アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
バックステップして、魔物と距離をとる。
エルサイスが私の位置まで走ってきて
「大丈夫?」
と声をかける。
私はまだ塞ぎきらない傷から血を拭いながら
「大丈夫。」
と答えた。
魔物は苦しそうに顔を抑えながら
「ぐうぅうう」
と弱々しく呻いている。
その声に、私は嫌なもの感じた。言葉に表すにはまだ不明瞭な、予感なようなものだ。
「クロ、とどめを。」
エルサイスが杖を構えながら言う。
でも、私は動けなかった。頭の中で警告音が鳴っている。
警告音の中で、事実が回り回って、1つの結論を出す。パズルのピースがハマるような感覚だ。しかし、そこにひらめきの快感はない。むしろ、絶望の扉を開いてしまったような苦痛があった。
「どうしたの?」
訝しげに私を見つめるエルサイス。
私は剣を構えることもできず、ただ立ち尽くしていた。
「逃げた……!あっちにはフジさんの家が!急がないと!」
エルサイスがそう言うのが早いか、魔物は村の奥へと逃げていった。
気持ちが悪い。私はその場に膝をついて、こみ上げる吐き気を我慢した。
エルサイスが屈んで、私の背中をさすってくれる。
「クロ?大丈夫?」
とどめを刺さなかったことを、エルサイスは責めなかった。ただただ、私の様子を、戸惑いながらも心配してくれている。
「ごめ……ん。」
なんとか、そう絞り出す。
「いいよ。どうしたの?」
戦いの高揚感はきれいさっぱり消えていた。アドレナリンも切れて、傷の痛みを思い出していた。
「あぁエルの言った通りだよ…。」
すっかり冷めきった思いでそう漏らす。戦いはあんなに楽しかったのに、本当に台無しの気分だ。
この魔物の話を聞いた時、エルサイスは「救済者や不老不死と関係があるかもしれない」と言った。
その関係に、私は気づいてしまった。
「どういうこと?」
「それを今から、確かめに行こう。」
魔物のあとを追って、階段を下り、村の奥へと足を進める。
走りはしない。早歩きくらいの速度で向かう。
エルサイスは何も言わずに、黙ってついてくる。
エルサイスは、私を問い詰めたり、疑問を挟んだりしない。
私はそれが嬉しかった。私のことをちゃんとわかってくれてる。
私が出したこの結論を、私の口から説明できる自信はない。
フジの家の前には、ロックが立っていた。
「お前が欲しいのはこれか!」
ロックはそう言うと、肉を焼いた料理を魔物に差し出した。
「ぐるぅううぅ」
魔物は声にならない叫びをあげばがら、ロックから料理を奪うと、貪るように食べ始めた。
「あぶない!」
どこからともなく、急にエナが現れて、ロックと魔物の間に立ち塞がり、魔物にとどめを刺そうとした。
「待ってくれ!」
「エナ!待って!」
私とロックが止めに入る。
その刹那、魔物を紫色の邪悪な霧が包んだかと思うと、魔物の姿は消え、フジがそこに立っていた。
「そういうことか。」
エルサイスは納得したように呟いた。私の行動の意味が理解できたようだ。
「……じいさんに、とどめを刺すのは、やめてくれないか。」
ロックがエナに言う。
「魔物の声を聞いた時から、なーんか嫌な予感がしたんだよ。どっかで聞いたことある声だったから。」
私は受け入れ難い事実に、顔を歪めながら言った。
「……どういうこと?」
エナはそう戸惑いながら、剣を鞘に収める。
「すべては等価交換で成り立っている。無限の命を保つためには、命を食らう必要があるのさ。」
ロックはそう言うと、フラフラしているフジの体を支えた。
「ワシは、なにをやっていたんじゃ?」
いつもの威勢はどこへやら、フジが弱々しくロックに尋ねた。
「なあに、ちょっと肉が不足しただけさ。ただな……」
「何をしたのかは、皆まで言うな」
フジはそう言うと、うなだれた。
魔物になった時の記憶は、ちゃんとあるのだろうか?無かったとしても、感覚として残っているのかもしれない。
ボコボコに切りつけたことを、少し後悔するが、不可抗力だ。仕方ない。
「ばあさん?」
ロックの声に、みんなそちらを見た。
家の前に、フニエが怯えた様子で佇んでいた。
「ああ、村長さん……魔物は、どうなりました?」
そう聞いたフニエから、私は目を逸らした。
とてもじゃないが、私の口からそれをフニエに報告することはできない。エルサイスも、黙っていた。
「無事でよかった。まぁフニエさんは気にしないでいい。」
村長と呼ばれたロックは、そう言って、フジをフニエに引き渡した。
ロックの適当過ぎるごまかしが、フニエに効くとは思えない。2人は今夜中に、むしろ家に入った瞬間に、この異常な自体に気づくだろう。
「どうするつもりなんだろうね。」
エルサイスが、私にしか聞こえない小さな声で言った。
「どうにもならんさ。」
私は気のない返事をした。
世の中どうにもできないものばかりなのだ。その先を考えるのは、フジとフニエであって、私たちが予想したところで、意味はない。
「あとは、この村の問題だ。気になることがあるなら酒場で聞こう。」
不老不死の村の村長ロックは、そう言うと酒場へ帰っていった。