アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「はー疲れたー。」
クローバーは部屋に入るなりそう言うと、目の前のベットに倒れ込んだ。
「そっち僕のベットじゃないの?」
魔物退治に行く前、クローバーは窓側のベットに寝ていたので、そっちを使うと思っていた。
「どっちだっていいじゃーん。気にするくらい潔癖でもないでしょ。」
クローバーはそう言うと、デモンブレイド=アビスを床にほおり投げた。
「もっと大事に扱いなよ。」
僕はそれを拾うと、壁に立てかける。
狭い通路を通って、窓側のベットに腰掛けると、髪をかきあげながら、深いため息をついた。
さすがに疲れた。
クローバーに倣って、仰向けにベットに寝転ぶ。
ばふんという音と共に、ホコリが舞い上がったが、意外にも、布団からはお日様の匂いがして、気持ちがよかった。
「はーー。」
隣から、クローバーのため息が聞こえてくる。
「なんとも言えない事件だったね。」
「うん。」
救済者が起こす奇跡とは、人を魔物化することだった。魔物化すると、不老不死になれる。その代わり、定期的に肉を食べなければ、人間の姿を失い、本物の魔物になる。
そんなことよく思いつくなと感心してしまう。
「エルはどう思う?この村のこと。」
僕がクローバーにそう聞こうと思っていたのに、先に聞かれてしまった。
「うーーん。」
クローバーはベットに座り直すと、もぞもぞしながら狩人の外套を脱いでいる。
「この村の今のことだけを考えれば、そりゃいいんじゃない。人々が喜ぶ、村も潤う。万々歳だね。」
この不老不死の村にとって救済者は希望だ。少しずつ衰退していく村を救う正に救世主。
ただそれは、嘘と偽りと欺瞞で歪んだ上での希望だ。
「まぁ長く持つとは思えないよ。」
歪みはいずれ、どこかで決壊する。その決壊が、この村だけの問題で収まるとは到底思えない。
これは世界規模の、生命に対する冒涜なのだ。
「エル、私はね、ここにはここの正しさがあるのはわかってるよ。」
クローバーはそう言いながら、ロウポニーの髪を解き、頭を振った。伸ばしている襟足の髪がふわふわと部屋に舞う。
「でも、私がそれに従う義理はない。人の口に戸は建てられないよ。」
「不老不死の秘密を公表するのかい?」
「さぁどうだろう?公表したところで、信じないやつはいるだろうし、奇跡を受けるやつも減らないかもしれない。この奇跡そのものを止めさせない限り、魔物化する人は増え続けるよ。」
「じゃぁ?魔物化するのを止めさせるかい?」
そんなことができるだろうか?
もし止めさせるとなれば、この村と、新興宗教団体を敵に回すことになるだろう。
「そんなことはできないさ。」
クローバーはそう言うと苦笑いした。
「この村のやり方は私は気に食わない。でも、だからといって、私にはこの構造をぶっ壊す力も、権利もない。自分が正しいと思うことを押し通すには、勇気と、それなりの力がいる。あと、責任もね。」
クローバーはつまらなそうにため息をつく。
「どうせこんな祭りはいずれ終わる。終わった時に新たに出てくる問題に向き合うのは、私たちじゃない。愚かにも永遠の命を持ったやつらだ。」
「それだけで済めばいいけど。」
僕の考えている被害規模は、クローバーの考えより幾分広い。
「済まないなら、済まないで、その時戦うさ。まぁ本当なら予防的な意味で、芽は今のうちに詰んでおきたいとこだけど……。」
「放っておいたら、取り返しがつかなくなりそうって気はするけどさ。僕としては、もうとっくに取り返しがつかなくなってるような気もするね。」
「無力だね。」
「人はみんな無力だよ。」
「まぁ無力を自覚してるだけましだろ。」
クローバーはそう言うと、深呼吸した。僕と同じで、お日様の香りを楽しんでいるのかもしれない。
「クロ、僕はね、最近よく『正しい』ってなんだろう?って考えるんだ。」
「随分哲学的な話だな。」
クローバーは寝転がったまま、足を使ってブーツを脱いでいる。行儀が悪い。
「正しさなんてさ、あってないようなものなのかもね。」
クローバーがブランケットにくるまりながら言う。
「そうかもね。考えても、考えても、答えはでない。」
正しいことが、正しいと評価されたり、感謝されるとは限らない。その『正しいこと』は、人の立場や、時代や、場所によって変わってくるからだ。なんと不安定なものだろうか。
「僕はさ、正しいことをして、感謝されたいとは思わないし、自分の正しさを、証明しようとも思わない。」
結局、そこに問題が起きるのだ。考え方の違いで済ませない人が、自分の正しさを相手に押し付けて、相手を攻撃したり、悪者にしたりする。
国同士の戦争なんかが、いい例だ。あれもお互いの正しさや、正義を証明するためにやるものだ。
「そうだね。私もそうだ。私は私の主張を好き勝手にするけど、それが支持されなくたって別に構わない。エナがいい例だ。私は彼女のやってることに納得できないし、めちゃくちゃだと思うから、多少口出しするけど、それで彼女が変わらないからと言って、私がどうこうできることでもない。」
「まぁ彼女は変わらないだろうね。」
「それでも構わないさ。気に食わないけど、まぁ、それだけの話だね。」
クローバーがあくびを噛み殺し損ないながら続ける。
「私はね、自分の主張はするけど、他人の正しさの主張は否定しないよ。それと同時にね、誰かの正しさを証明するために、私が思う正しさを否定されたり、侵害されたら、そいつと戦うよ。」
「言論で?」
「時には物理で。」
クローバーは眠そうな声で「ふふっ」と笑った。
「物騒だね。」
僕もそう言うと笑った。
「クロが戦う時は、僕も一緒に戦うよ。」
「そりゃ心強いね……。」
クローバーは夢見心地でそう言うと、枕に顔を押し付けて、すやすやと寝息をたてはじめた。
僕は立ち上がって、窓の外を見る。
向かいのフジの家は、まだ灯りがついていた。
2人は、どんな結論を出すのだろうか?
「はーー」
ため息をついて、ベットに倒れ込む。
考えても、考えても、栓のないことばかりだ。
僕は、僕が思う正しいことを、信じてやっていくしかないのだ。
部屋のランタンの灯りをしぼる。夜が一気に部屋を満たした。
「おやすみ、クロ。」
もう隣で夢の中にいるパートナーにそう声をかけると、僕は目を閉じた。
眠りはすぐやってきて、僕の意識を暗くて深い穴の中にずるりと引きずりこんでいった。