アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
気持ちのいい朝というものを、私はまだ体験したことがない。
「クーロ。そろそろ起きてー。」
「うーーん……。」
ベットから動けないでいる私とは対照的に、エルサイスは既に着替えも終え、朝ごはんのサンドイッチを食べている。
「朝ごはんは?」
「いらない……。」
「ちゃんと食べないと、元気でないよ!」
「お前は私の母親か……。」
そう呟きながら、ぼーっと天井を見ていた。
体は怠く、重い。思考は正常に回らず、頭は考えることを拒否している。
とにかく休みたい。
今日という日が、特段嫌なわけではない。毎朝こうなのだ。朝起き抜けが、1日の中で最も辛い。
「クーロ!ほら!起きて!」
エルサイスが、私の両腕を引っ張って、無理やりベットから起こそうとする。
「うううううぅうう……」
私は呻きながら、全体重をかけて、起き上がるのを拒否する。
「もう!」
本当にエルサイスは母親みたいだ。
エルサイスが諦めて手を離したので、私はもう一眠りしようと、ブランケットにくるまる。
「寝るなら僕も添い寝しちゃおうかなー。」
エルサイスが聞こえよがしに言う。脅しだろう。
別にいい、来るなら来い、そんなことより私は寝ていたいんだ。そんな気持ちで、私は横向きに寝返りを打つと、目を閉じた。
暖かくて気持ちがいい、ふわふわした感覚が私を満たしていく。
そこにふと、異質なものが割り込む。
背中側に人の気配を感じた。エルサイスだ。本気で添い寝するつもりだろうか?
私はエルサイスの気配を必死で外に追いやって、ふわふわした感覚に縋りつく。
ブランケットの上から、エルサイスが私を包み込むように、ギュッと抱きついてくる。
無視する。
寝たい。今はそれしか考えたくない。
ブランケットの中にエルサイスの手が入ってきた。その手が、私のお腹に触れるか、触れないかの瞬間、私は素早く起き上がり、ブランケットを跳ね除けると、壁に立てかけてあるデモンブレイド=アビスを掴み、その剣先をエルサイスの喉元に向けた。
エルサイスは両手をあげて降参のポーズをとっているが、顔は笑っている。
「起きた?」
「このクソ野郎……。」
そう毒づく私をものともせず。エルサイスは
「瞳孔、開いてるよ。」
と、どうでもいい指摘をしてきた。
「さ、起きたなら顔洗っておいで、紅茶を合成してあげるから、朝ごはん食べながら飲みなよ。」
エルサイスは何事も無かったように、合成を始める。
「ちくしょう……。」
私は悪態をつきながら、頭をかく。いつにも増して、酷い目覚めだ。
本当にこいつは、油断も隙もない。
眠気はすっかり飛んでいたが、体の怠さは残っていた。重い体をなんとか動かしながら、朝の準備をする。
私が朝食を食べ終わる頃には、外はすっかり日も上り、人々が活発に行き交っていた。
「これからどうする?」
「うーーん?とりあえず村を出ようか?」
私はサンドイッチを口に押し込みながら答える。
不老不死の種がわかれば、この村にもう用はない。むしろ秘密を知っている私達は、この村にとって邪魔な存在だろう。
「救済者は?放っておく?」
「まぁ話くらいは聞きに行ってはいいかもね。」
私はそう言いながら、口に残ったサンドイッチを紅茶で押し流した。
不老不死の村は、相変わらずのどかだ。
この平和な日常の中で、おぞましい儀式が続けられているとは、誰も考えつかないだろう。
「……信じる者に祝福を。あぁ、すみません。奇跡を受けにきたわけではないのですね。」
救済者ケイトも、相変わらずだな思う。
「あなたは…そう…ええ。そろそろ来る頃かと思っていました。」
ケイトはそう言うと、不老不死の秘密を自ら暴露していく。
内容は昨日推測した通り、奇跡は人を魔物化すること、肉を食べないと凶暴化することなどが、語られた。
「しかし、今すぐ救わなければ、助けられない人もいます。不完全な技術でも、求めている人はたくさんいるのです。」
「善人ぶりやがって。不完全な技術と知っていれば、諦める人もいたはずだ。お前は情報を隠すことで、その人たちから選択の自由を奪っているんだ。」
私が核心をつくが
「この奇跡でこの村に迷惑をかけるのは私の本意ではありません。」
とかわされてしまった。
「私はこの村から去りましょう。」
勝手にしろと思った。どうせここから去っても、他の場所で同じようなことを繰り返す気だろう。イタチごっこだ。
「ちょっと待ってくれ。あなたが出ていくことはない。」
そこにロックが割り込んできた。
「立ち去るのはあんたらの方だ。彼女はこの村に必要な存在なんだ。」
「僕らは用済みってことですか?」
エルサイスが飄々と頬笑みながら言う。ロックの戸惑う様子を楽しんでいるようだ。私よりタチが悪い。
「長らくこの村はうつうつとした空気に満ちていた。」
ロックは村長としてこの村の衰退を、ひしひしと感じていたようだ。しかし、そこに『救済者』が現れ、衰退を止めるだけではなく、新たな黄金期を築きはじめている。
「この奇跡は我らの希望だ。『救済者』様は我らの救い主なのだ。」
ロックの答えに、私は
「こんな得体の知れない力に縋りついて、重大な欠陥を隠して、他人を欺き続ける村に、未来なんかあるか!」
と怒鳴り返す。
こいつらはずるい。自分たちが生き残るためなら、他者の権利を奪ってもいいと思っている。むしろ、奪っているとすら思っていない。悪いことなど何もしていないと、開き直っているのだ。
怒りで頭が熱い。エルサイスが私の肩を置き、ヒートアップするのを抑えてくれる。
ロックはただ悲しい顔をするだけだった。理解できない私を、哀れに思っているのかもしれない。
「冒険者さんよ、ワシらは旅に出る。これで許してはくれないか」
急に現れたフジが、割り込んできた。
「さぁ、勧誘員さん。ばあさんも同じく施術してはくれんかの?いいな?フニエ。」
「いいんですか?本当に?1度受ければもう戻れませんよ。」
エルサイスが言う。そこには責める様子も、心配する様子もない。ただただ確認をしたいような声色だった。
「どうせ話し相手がいないと、退屈で困るんだろ?一緒についていくさ。永遠にね。」
「フニエさん……。」
ロックが寂しそうに漏らす。
「本当にそれでいいの?こんな……こんな……」
私は言葉が続けることができない。この2人の大いなる決断を、誰が止めることができるだろうか?
「ああ当然さ。だから、ロックさん。世話になった冒険者さんたちを、差別するような真似はしないでくれるかい?」
この夫婦は、私たちが思っていたより、ずっと聡明で、ずっと偉大な人のようだ。全てを受け入れる覚悟がある。
私はその意思に敬意を払い、この場から身を引く決意をした。
「では、冒険者さんや。またどこかで会おう。」
私は、フジの言葉に頷いた。
「では、救済の儀式を行います……」
ケイトがそう言いながら、奇跡の施術を始める。
「僕らは先に行こうか?」
エルサイスの声に救われた。もう、この奇跡を見るのは、嫌だったから。
私はフジとフニエを見送る前に、不老不死の村をあとにした。