アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「もうちょい左……行き過ぎ。前、前……ちょっとだけ左…痛い!行き過ぎだ!枝にぶつかったじゃないか!下手くそ!」
「見えないんだから、仕方ないだろう!」
僕は今、クローバーの両太ももに顔を挟まれ、ある意味幸せな状況だ。ただ、その幸せを噛み締めている余裕はない。
「ちょっと右…。おけ。あと少し……。」
「ちょ……立ち上がらないで……バランスが!」
「危ねぇ!ふらつくな!」
「いたたたたたた!髪掴まないで!」
「取れた!」
その声に僕はホッとした。
跪いて、肩からクローバーを地面に下ろす。
ちょっと休憩がてら、涼もうということで、僕らは丸岩周辺にきた。
そこでクローバーが、木にたわわにビワが成っているのを見つけて、食べたいと言い出したのだ。
ビワは随分高いところに成っていて、身長180cmの僕でも、全然手が届かない。
僕はやめた方がいいと言ったのだが、クローバーが譲らず、仕方なく、僕がクローバーを肩車して取ることになった。
クローバーと密着できるしラッキーかもと、少しでも期待した自分の浅はかさを、僕は恨んだ。ラッキーなんてこと言っている場合では全然なかった。
肩の上でクローバーは、僕に確認もせず、勝手に左右に体重移動するので、僕はふらつかないよう必死に足を踏ん張らなければならなかった。さらにその上、ビワが成っている上の様子がまったく見えない状況で、クローバーの右やら左やら前やら後ろやらの命令に、従わなくてはならない。
思ったより100倍ハードだった。
僕はクローバーより体は大きいが、伊達に紙装甲の後衛をやってはいない、体力は大きく劣っているのだ。
クローバーを地面に下ろすと、僕は膝をつき、肩で息をした。
本当に疲れた。
クローバーはそんな僕に目もくれず
「やったー!美味しそう!」
と、両手いっぱいのビワの実を嬉しそうに眺めている。
達成感いっぱいのクローバーとは対照的に、僕は疲労感いっぱいだ。
「そんなに私重かった?」
「いや、重くはないけど…」
重くはなかった。ただちょっと自由すぎた。
「情けないなー。」
クローバーはそう言いながら、ビワの実を1つもぐと、僕にくれた。
僕はその場に座り直すと、皮を剥いて1口食べた。
「あまーいね!」
クローバーが嬉しそうに言う。確かに甘くて美味しい。これなら、苦労したかいがあったと言えるだろう。
クローバーは僕の隣に腰を下ろすと、ビワの実を1つ1つ丁寧に剥きながら食べていく。僕もそれに倣う。
「やっぱいいねー。冒険の醍醐味だね!」
口の周りをビワの果汁で汚しながら、クローバーが言う。
「そうだね。たまにはこういうのもいいかもね。」
あくまで、たまには、だ。毎回は体力が持たない。
「あの夫婦も、旅を楽しんでいるかな?」
クローバーが言うあの夫婦とは、きっとフジとフニエのことだろう。
「どうだろうね。」
不老不死の村で彼らと別れてから、随分経つが、再会は果たしていない。
僕らは公国や連邦を行ったり来たりしているだけだが、あの夫婦はもっと遠くを旅しているのかもしれない。
「永遠の旅って、どんなものだろうね?」
「うーーん……。クロはさ、カルタフィルスを知っているかい?」
「カルタ……何?」
「カルタフィルス。」
「何それ?」
クローバーはそう聞き返しながら、川面で果汁で汚れた手と顔を洗う。僕はタオルを差し出し、クローバーに渡す。
「カルタフィルスは聖書に出てくる人だよ。別名、彷徨えるユダヤ人。」
神の子が、処刑場まで十字架を背負って歩いていく途中、門番のカルタフィルスが、神の子を嘲笑し、石を投げた。
「そのとき、神の子は『私は行く、お前は私が帰ってくるまで、待っていなければならない』って言ったんだって。」
「それが?」
クローバーは話が見えず困惑している。
「神の子はその後処刑されたわけだけど、いつか世界の救世主として、復活すると言われている。その時まで、カルタフィルスは神の子を待っていなければならない。神の子が復活する『いつか』まで、カルタフィルスはこの世を彷徨い続ける。」
「壮絶だな。神の子の呪いか。」
「そう。永遠の旅というのは、神が使う呪い。罰なんだよ。」
「暗い話だな。」
クローバーが眉をひそめる。
「どうせなら、夫婦は旅の果てに安住の地を見つけ、いつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。って話がいいなぁ。」
僕は笑った。
僕はクローバーのように、前向きに考えることはできない。世の中そんなに甘くはないのだ。
でも、クローバーの考え方も素敵だ。
どうせ僕らは、真実を追うことはできない。想像することしかできないなら、良い方向に考えたって、悪い方向に考えたって、僕らの自由だ。
「好きに考えたらいいよ。」
「そうするよ。私はいい方に考えたいんだ。その方が少しは気が晴れるから。」
川は綺麗で透き通っていた。
クローバーは裸足になって、浅瀬に足をつけて涼んでいる。
クローバーは水が好きだ。海とか、滝とか、よく好んで見に行ったり、そこで遊んだりする。
僕も嫌いではない。水がいっぱい集まって、ゆらゆら揺れたり、流れていくところを見ると、なんだか落ち着く。
「僕らは、なんで旅をしているんだろうね?」
つい、そんなことが口をついて出た。特に意味があったわけではない。ただ、なんとなく、そう漏らしていた。
「楽しいからじゃないの?」
クローバーが、キョトンとした顔でこちらを見ながら、当たり前のように言った。他にどんな理由があるというのだ?と言いたげな顔だ。
僕は数秒固まってしまった。そしてそのあと、思わず吹き出してしまう。
「ははは、そうだね。そうだよ。」
「何?私今そんな面白いこと言った?」
笑っている僕を見て、クローバーは怪訝な顔をしている。
「いや、なんか、クロはすごいなーって。」
これまでの旅の中で、嫌なことはいっぱいあった。今回の不老不死の村の話だって、なんとも言えない後味の悪いものだった。
村に立ち寄らなければ、変に首を突っ込まなければ、旅をしていなければ、そんな思いをすることはなかったかもしれない。
それでも僕らは、同じように旅を続けていく。
辛いことや、嫌なことがあっても、こうして楽しい日もあるから。
僕らは、今を楽しむ旅をする。それは不老不死になった者達が、永遠に失ったものだ。
それは、いずれ終わりを迎えるものの特権なのだ。
旅の先に、何があるのかはわからない。何があっても、クローバーとなら、乗り越えて行けそうな気がした。
「クロ、これからもよろしくね!」
「なんだよ、急に……。気持ち悪いな。」
僕の思いとは裏腹に、クローバーの態度は冷たい。
僕は笑った。
クローバーは眉をひそめて僕を見ている。
こういう日も、悪くないなと、僕は思った。