アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
当日の朝は、晴れていて心なしか暖かかった。悪くないいい天気だ。
公国の門の前で、テイルとソラが最後の確認をしている。
「ハンカチは?」
「もった。」
「飲み物は?」
「もった。」
「忘れものは無いか?」
「もーテイル!大丈夫だってば!」
しつこく確認するテイルに、ソラは口を尖らせる。心配されること自体に不満があるようだ。
「ちょっと行って、すぐ帰ってくるから!」
お使いは、公国から錬成施設に行って、テイルのメイン武器、ファントムブレイドを強化して、帰ってくるというものだ。
テイルの武器を持っていくことで、テイルを無力化し、ついてこれないようにするあたり、ソラに策士の才能を感じる。
「国境沿いは物騒だから気をつけろよ!」
「わかってる。もう行くね!」
ソラはそう言うと、青色の連邦服を翻し、門を出ていった。
ソラの姿が見えなくなったあたりで、酒場の影に隠れていたクローバーと、エルサイスが出てくる。
「さて、僕らも行きますか。」
エルサイスがクローバーに声をかける。
「ソラちゃんがケガでもしたら、お前ら絶対に許さないからな。」
テイルがクローバーを睨む。
「うるせーやつだな。わかってるよ。」
クローバーが面倒くさそうに返事をした。
エルサイスは、そんな2人の間に挟まれて、困ったようなため息をもらした。
雪山と草原は、春のような暖かい風が吹き付けていた。気持ちがいい。
ソラは、1人の解放感を楽しんでいた。隣に誰もいないのは少し寂しいが、誰の了解も得ず、いつ何をしてもいいという状況は、中々わくわくするものがある。
少し道を外れたところに、採取ポイントが光っているのが見えた。遠回りになるが、走って取りに行く。じょうぶな枝を拾った。
その様子を、クローバーとエルサイスは、少し離れた茂みの影から見ていた。
「急に道を外れるから何事かと思ったわー。」
ほっと胸を撫で下ろすクローバーを見て、エルサイスは笑った。
「テイルさんに過保護とか言ってるけど、クロも大概だよ。」
「うるせぇ。」
クローバーはそう言って、エルサイスを睨みつける。
「そろそろ国境だね。」
ソラは鼻歌交じりに、国境への道を下っていく。今にも踊り出しそうなくらい上機嫌だ。
「ちょっと待て。」
前を行くクローバーが、急に立ち止まったので、エルサイスはクローバーにぶつかってしまった。
「どうしたの?」
「しーーー。」
息を殺して、ソラの様子を伺う。
国境手前でソラは、豚のような姿をした魔物、オークに絡まれていた。
「食べ物をよこせ!」
「ごめんなさい。あなたが食べれそうな物は、今持ってないんです。」
ソラは困ったような声を出した。
クローバーとエルサイスに緊張が走る。それぞれ剣と杖を構え、何かあればすぐ加勢する用意をした。
「私この先に行きたいんです。そこを通してください。」
「食べ物をよこさないと通さないぞ。」
「そんな勝手な要望、聞き入れられません。」
ソラは中々強気だ。
「魔物を従わせたいなら、自分の力を示せ!」
オークはそう言うと、ソラの10倍はありそうな太い腕を振り下ろした。
それを見たクローバーが、加勢に飛び出そうとした瞬間、エルサイスはその肩を強く掴み、止めた。
「お前!」
クローバーが驚きと怒りでエルサイスを睨みつけている間に、ソラは軽々オークの攻撃を避けた。
「おいたが過ぎますよ!」
ソラはそう言うと、身を翻し、杖を構えた。
その華麗なステップに、クローバーは目を見はった。
ソラはすぐに詠唱に入り、オークにウォーターヴェインを放つ。水流に足を取られたオークは、その場に派手にすっ転ぶ。
「悪い子は!お仕置きです!」
ソラがセラフィムウィングを唱えると、三対六翼の羽搏きが、オークを切り裂く。
「ぎゃっ!」
オークはそう短く言ったかと思うと、倒れた。断末魔をあげる暇さえなかった。
「まったくもう。」
ソラはため息をついた。
ポストに手紙を投げ込むような、そうすることが当たり前であって、いちいちバタバタする必要がない。そんな落ち着いた対処だった。
少し離れた岩陰からそれを見ていたクローバーは、関心していた。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
エルサイスはそう言うとウィンクした。クローバーは嫌そうな顔で、それを手で払う。でも、反論はできなかった。
ソラは、クローバーやテイルが思っているより、ずっと優秀なのだ。エルサイスはそれを見抜いていた。同じ厄介なパートナーを持つもの同士、感じるものがあったのかもしれない。
「やぁ!今日は1人かい?」
公国側の国境警備兵ブライトが、ソラに声をかける。
「そうなんです!」
ソラが嬉しそうに返事をする。満面の笑
みだ。そして、どこか誇らしげだ。
「一人旅は何かと物騒だ。お気をつけて!」
ブライトはそう言うと、門を開け、ソラを通した。
ブライトに向かって、元気に手を振るソラが見えなくなるまで、クローバーとエルサイスは息を潜めて隠れていた。
あまり離されると見失ってしまう。2人は姿勢を低くしながら、走ってソラを追いかける。
その様子を、ブライトが訝しげに見ていた。傍から見れば、明らかに怪しい姿だろう。疑いの目を向けるブライトに、エルサイスは苦しい愛想笑いを返した。
国境沿いの道は、珍しく誰もいなかった。
ソラは道沿いに咲いている花を集めて、花冠を作りながら歩いていた。とても器用だ。
「テイルにあげよう。」
あの粗暴な男に、かわいい花冠が似合うとは思わないが、ソラはそんなことは気にしないらしい。
国境沿いを左に行くと、錬成施設前だ。錬成施設へ行く石段の途中、ソラが何かを食べているのに気がつく。
「エル、見てあれ!」
クローバーが小声でエルサイスに言う。
「ん?」
「あの子、プロシェット食べてる。」
クローバーはそう言いながら、笑いをこらえるので精一杯の様子だ。
最初に拾ったじょうぶな枝と、さっき倒したオークからドロップした魔物の肉で、自分で合成したのだろう。
「すごい美味しそうに食べてるね。」
エルサイスも笑い声を抑えるのに苦労していた。
ソラは、本当になんの心配もいらない、しっかり者だった。自分で自分の身を守れるし、お腹がすいたら自分作って食べるし、帰った時のお土産まで用意している。
そのまま錬成施設の中へと消えていったソラを、クローバーとエルサイスは外で待ち伏せする。
建物の影に隠れながら、2人は言い合いをしていた。
「なんだか、バカバカしくなってきたよ。」
「だから僕は、本当に1人で行かせてあげるのがいいって言ったんだ。」
「私に判断を丸投げしときながら、後出しジャンケンしやがって。」
「過保護なんだよ。テイルさんも、クロも。」
「うるせぇ。」
そんなことを言っているあいだに、ソラが出てきた。2人は息を潜める。
「さてと。」
ソラはそう言うと、帰り道とは反対の方、クローバーとエルサイスの方をくるりと向いた。
「そこにいるのはわかってるんですよ!」
クローバーもエルサイスも、ギクリと体を強ばらせる。何とかごまかせる策はないかと、クローバーが、エルサイスを見て助けを求めたが、エルサイスは首を左右に振って、お手上げだという顔をした。
「怒りませんから、出てきて下さい。」
万事休す。
クローバーとエルサイスは、両手をあげて降参のポーズを取りながら、ソラの前に出頭した。
「いつから気づいてた?」
クローバーがバツが悪そうに聞く。
「最初からですよ!もう!」
ソラは腰に手をあて、頬を膨らませる。怒った姿もかわいらしい。
「テイルの差し金ですか?」
「まぁ、雇い主はそうですね。」
両手を上げたままのエルサイスが、苦笑いしながら白状する。
「まったく…。早く帰ってお仕置きしないと。」
ソラはそう言うと、クローバーの手をとった。
「え?」
「ほら、一緒に帰りますよ!」
ソラはそう言うと、クローバーと手を繋いで歩き出した。クローバーは戸惑いながらも、それに従う。
ソラ手は、とても小さいのに、力強く、暖かい。
エルサイスはその様子を、微笑ましく思いながら、2人のあとをついて歩いた。
「どういうことなのか説明してもらおうかしら?」
公国の酒場で、ソラがテイルに詰め寄る。
「え…いや…こ、これは…。」
テイルは両手をあげ、ソラから必死に目を逸らしながら後ずさりした。
完全に気圧されている。
「お前ら!なんで見つかってんだよ!ちゃんとやれよ!」
テイルは、クローバーとエルサイスに責任の追求をして、ソラから逃れようとしたが
「悪いのはテイルでしょ!関係ないくーちゃんやエルさんまで巻き込んで!ほら、2人に謝ってよ!」
と言われ、失敗に終わる。
「いや、でも!」
「謝って。」
「あ、はい…。」
有無を言わせないソラの態度に、テイルは折れた。目を伏せながら
「わ、悪かったな…。」
とボソリと呟いた。
「どういたしまして。」
依頼に失敗したことは事実なので、クローバーはバツが悪そうだが、とりあえず謝罪を受け入れる。
「本当に、すみませんでした。」
ソラが頭を下げる。
「いや、謝るのは僕らの方です。不躾についていって、すみませんでした。」
エルサイスが丁寧なお辞儀をする。
「いえ、全部テイルが悪いんです。私を信用してくれないから…。本当に1人で出来るのに…。」
ソラは少し悲しそうな顔をした。
「君が心配なんだよ。こいつは。まぁ私もだったけど。」
クローバーはそう言いながら、困ったように頭をかいた。
「道中ソラさんは、本当に1人で何でもしていましたよ。」
エルサイスがテイルそう説明する。
「そうか…。」
テイルはそう言うと、ソラ手を取った。
「ソラちゃんごめんね。次はちゃんと1人で行かせてあげるから。」
そう真剣な眼差しで言うテイルに
「もう次はいいわ。」
とソラが素っ気なく返す。
「私がいないと、テイルが何を悪いことするかわからないんだもの。見張ってなきゃね!」
ソラはそう言うと、いたずらっぽくウィンクした。
誰も適わない。
その顔は、もう少女ではない。立派な1人の大人の女性の顔だった。
「今日は本当にすみませんでした。お礼にお食事を奢らせて下さい。全部テイルが払います。」
「え、まじで?じゃぁ、すみませーん、この店で1番高い料理くださーい。」
「僕1番高いお酒で!」
クローバーとエルサイスは容赦がない。
「ちょ、お前ら!!ちっとは失敗の反省を…!」
「反省するのは、テイルでしょ?」
「あ、はい…。」
その様子に、クローバーとエルサイスは笑った。
4人はそのあと、大いに食べて、大いに飲んだ。
楽しい夕宴だ。
ソラが思い出したように、バックから花冠を出す。テイルは始めは嫌がったが、ソラの好意には逆らえない。
赤と黄色のカラフルな花冠を、恥ずかしそうに被るテイルの姿を見て、ソラは笑った。
それはどこかまだやっぱり、あどけなさが残る顔だった。