アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「あー!最高ー!」
1日の終わりに飲むビールは、格別だ。この黄金一口は、全ての疲れを吹き飛ばしてくれる。
1杯目のビールをあっという間に飲み干した僕の向かいで、クローバーがプロシェットにかぶりついていた。小さな口を頑張って大きく開けて、一生懸命食べる姿は、猫のような獰猛さと、かわいさを兼ね備えている。
「すみませーん!ビール追加でー。あとドフィノワーズ下さい。」
近くのウェイトレスを呼び止めて、そう注文する。
「かしこまりました!」
ウェイトレスは元気にそう返事をしながら、注文を書き留めると、厨房へ去っていった。
「ビール飲みすぎないでよ。」
クローバーがもぐもぐしながら言う。
「クーロ、食べながら話さないの。」
「飲食代のほとんどは、エルが飲む酒代なんだからね。」
クローバーは僕の注意を聞きはしない。
でも、僕だってクローバーの注意を聞きはしないのだから、お互い様なところはある。
僕は追加で届いたビールに口をつけ、半分ほど飲み干す。クローバーにバレないよう、近くに居たウェイトレスに、小さな声で3杯目を注文する。
連邦の酒場は、公国の酒場に負けず劣らず、とても賑やかだ。
たくさんの冒険者や、兵士、街の人々が集まって、食事をしたり、談笑したり、それぞれの時間を楽しんでいる。
「エル、さっきのリーヤンとかいう女の話、どうするの?」
「え?別にどうもしないけど……。」
あれは社交辞令というやつだ。僕の中で、機会があったらやるというのは、やらないと同じ意味。つまり、引き受けてはいない。それを相手がどう受け取ろうと、僕には関係ない。
やらなかったところで、機会がなかったと言えばいいのだ。何の問題もない。
「あの女、エルの方ばっかり見て、嫌な感じだったな。」
「あ?ヤキモチ妬いてくれた?」
「は?」
僕は、クローバーが時々する、このゴミを見るような冷たい目が、たまらなく好きだ。だからわざとこうして、クローバーが怒りそうなことを言ってしまう。
僕はきっと、頭がおかしい。世間一般でいう『変態』というやつかもしれない。そう自覚しながらも、改める気はない。狂っているなら、狂っているでいい。
犯罪ではないのだから、公的には許されるはずだ。ただ、私的には許されないときもある。油断すると、すぐクローバーの拳が飛んでくる。
「冗談だよ。あれはまぁ泣き落としの一種だよね。」
リーヤンは、自分の中の『女』を武器にして、あの手この手で、僕に縋ってきた。
「まぁ僕には一切響かなかったけどね。」
彼女のしたことは、暖簾に腕押しだ。他の人にはどうかわからないが、僕には全く効果がない。僕にとって、クローバー以外の女の人は、その辺の石ころと変わらない。別に気にも止めない存在なのだ。
「あぁいうやつが好きな男はいっぱい居そうだ。」
クローバーが吐き捨てる様に言う。その口調から読み取るに、クローバーはリーヤンのことがあまり好きではないらしい。
確かに、クローバーとリーヤンは、対極に位置しているかもしれない。クローバーは自分の中の『女』を利用することを、嫌悪している節がある。
「エルはどう思うの?」
「何を?」
「あの女を。」
「リーヤンさんを?…うーん。別にどうも思わないかな?」
別に好きでも嫌いでもない。そこを判断できるようになるくらい、彼女に興味を持てないというのが、僕の正直な感想だ。
クローバーは難しい顔をしている。何か言いたいことがあるようだが、うまくまとめられないのかもしれない。
「いいよ。好きなように話しなよ。」
僕が先を促す。
「うーん…。別にそんな話したいことがあるわけじゃない。ただ…何か、嫌な感じがしただけ。」
クローバーの言葉は曖昧だ。解像度が足りない。直感的に嫌なものを感じてはいるが、それを裏付けるだけの証拠がない。そんな感じだ。
「何かありそうな気がする?」
「どうだろう?全然わからない。ただ単に、ああいうクネクネしたやつが嫌いなだけかも。私はね、自分がかわいいとわかってて、それを利用するやつが嫌いなんだ。女の涙とか、女の色気とか。」
クローバーはそう言うと、サイダーを飲み干した。アルコールの入っていない甘いやつだ。
「別にそれが悪いって言ってるんじゃない。やりたいやつは、好きにすればいいさ。そういう生き方しかできないやつもいるし。ただ、そういう色仕掛けに世間が慣れると、同じ女である私もとばっちりを食う。」
いつの時代も、女であるだけで、軽んじられるという事象は存在する。
『女だから』泣けば許してもらえたり、『女だから』代金の代わりに性的なものを要求されたり、リーヤンはそれを逆手にとって、武器にして生きているが、クローバーはそんなに器用ではない。
どんなに怒鳴られようと絶対に泣かないし、性的な要求されれば相手を殴り飛ばす。
生意気、可愛げがないと貶められ、嫌な思いもいっぱいしている。それがクローバーの強さなのだ。媚びず、膿まず、色褪せず。
その強さが、僕は好きなのだ。
「生きにくい世の中だね。」
「まぁ今に始まったことではないさ。」
クローバーはそう言うと、苦い顔をした。
僕は男なので、その苦悩を図り知ることはできない。
それでも僕は、クローバーの味方でありたいと思う。
あくまで、味方だ。
守ってあげたいとか、助けてあげたいとか、そういう態度は僕の高慢なのだ。
クローバーは守らなくても、助けなくても、ちゃんと1人で生きている。僕はそばに居て、対等な立場で、それを見ているだけでいい。
「それ、一口ちょうだい。」
クローバーが届いたばかりのドフィノワーズを指さす。僕はスプーンでそれをすくってクローバーの口元まで持っていく。チーズが伸びて、湯気が出ている。
「ものすごくあっついよ。はい、あーん。」
「いや、あーんとかしたら絶対ヤケドするわ!」
クローバーは僕の手を制すと、自分のスプーンで皿から一口分取り、フーフーし始めた。
僕は心の中で落胆する。せっかくクローバーと「あーん」が出来る機会だと思ったのに、ガードが固い。
「ん!おいひい!でも、あっふい!」
パクリとドフィノワーズを一口食べたクローバーは、その熱さにハフハフ言っている。
「(かわいい…。)」
今まで、クローバーのことを「ブス」とか「かわいくない」とか言うやつは、たくさんいた。それはクローバーがそいつの思い通りに、女らしく、弱く、へりくだった態度で振る舞わなかったからだ。
そんなことをしなくたって、クローバーは十分にかわいいのに、と僕は思う。
世の中には、様々な生き方がある。リーヤンの様に生きたって、クローバーの様に生きたって、どっちだっていいのだ。自分の持っているカードで、自分で思うように生きればいい。
僕はクローバーの様子を幸せな気持ちで見ながら、3杯目のビールを飲み干した。