アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第26話 反省会

私は魔物が嫌いではない。

目の前に現れて、襲いかかられれば、敵だし倒す。それは変わらないが、そこに憎しみや嫌悪感はない。

彼らは、純粋に戦いを求め、ただ真剣な命のやり取りをする好敵手だ。

そこに言い訳や、怨嗟はない。

そんな彼らに、私はシンパシーを感じるし、好感さえ持てる。

だからこそ、人間と戦うのは嫌いだ。

私は宿の部屋につくと、ベットに倒れ込んだ。

ものすごく疲れていた。

あとから入ってきたエルサイスが、テーブルの上に食事を広げる。

とても食べる気にはなれなかった。

枕を抱いて、顔をうずめる。

グレンと戦ったことを、私は後悔していた。魔物になったフジと戦ったときも、そうだった。

戦っている時はすごく楽しいのに、終わった瞬間すべてが色褪せ、冷たく凍っていくような感覚に陥る。

魔物と戦った時にはない嫌な感覚だ。

「クロ?泣いてるの?」

「泣いてない…。」

そう言い返しながら、自分の声が涙で濁ってるのを自覚する。

最悪の気分だった。

「珍しいね。」

エルサイスが面白がるような声を出す。嫌なやつだ。

泣きたくないのに、涙は次から次へと零れて、枕を濡らす。かろうじて嗚咽だけは我慢した。

「クロ、好きなだけ泣くといいよ。」

エルサイスは、そういうと私の頭を撫でる。それを振り払う気力はなかった。

「僕はさ、クロみたいに、泣けるくらい感情を動かせないんだ。だから、クロが少し羨ましいよ。」

枕から顔を外し、エルサイスの顔を伺う。エルサイスは困ったような、悲しいような表情で、どこか遠くを見つめていた。

「こんなことで泣くなんて、バカバカしい…。」

鼻をすすりながら、エルサイスに言う。

「クロはなんで泣いてるの?」

そう聞かれて、少し考える。考えても答えは出なかった。

「わかんない。」

「そっか。」

私の答えに、エルサイスは笑った。

「なんか嫌なんだ。すごく、胸が苦しい。」

たどたどしく言葉を紡ぐ私を、エルサイスは黙って待っててくれる。

「エル、もう私は人間とは戦わないよ。人間は魔物よりもずっと面倒で、複雑で…。」

とても私の手に負えるものではない。利害だとか、恨みだとか、正義だとか、色んなものが絡み合っていて、勝っても負けても、後味が悪い。

「こんな思いをするのは、もう嫌なんだ。楽しかったのに、あんなに美しかったのに…。いつも台無しになる。」

人間と戦うと、いつだって楽しいままおわれない。高揚感は叩き潰され、達成感も得られず、後悔ばかりが残る。

「誰かと戦うってことは、いつもそういう問題を孕んでいるのかもね。」

エルサイスはそう言いながら、クロケットを1つ、自分の口に放り込んだ。

物理的に傷つけ合うのだ。問題が起きない方がおかしいのかもしれない。

それでも、人間と魔物は、やっぱり違う。何が違うのか、説明できないのがもどかしい。

「リーヤンさんのことは、どう思ってるの?」

昨日酒場で私がエルサイスに聞いた質問を、そっくりそのまま返された。実際自分が聞かれると、中々困る質問だ。

「もう別にどうでもいいかなって。」

「意外な答えだなー。」

エルサイスはそう言って笑った。私がまだ怒ってると思っていたのだろう。「大嫌い」なんて答えを期待していたのかもしれない。

しかし、私は、ネズミ相手に構ってられるほど、暇ではないのだ。

「あんなやつは、殴り飛ばす価値もない。」

人は生まれながらに、持っているカードが限られていると、私は思っている。

私が使えるカードは、私自身が持っているカードと、パートナーのエルサイスが持っているカードだ。

その限られたカードの中で、私たちは最適解を探りながら、人生を歩んでいる。

リーヤンは、自分に足りないカードを、赤の他人を騙すことによって補充し、目的を達成しようとした。

そんなやり方でしかできないリーヤンを私は蔑む。

カードが無いなら、パートナーや仲間を見つけて、正規のルートでカードを増やせばいいのに、彼女はそれができない。

かわいそうなやつなのかもしれない。

「リーヤンはもうどうでもいいんだ。あの女は変わらないよ。ずっとああやって生きてきて、成功体験もいっぱい重ねてるんだろうし。」

今回はたまたま失敗しただけかもしれない。いつも上手くいっていれば、やめられなくなるだろう。

他人を騙すやり方は、パートナーや仲間を作るより、かかるコストが圧倒的に少ないのだ。

でも、それは麻薬のようなもの。コストをケチり続ければ、いつかそのしわ寄せが返ってくる。

リーヤンはもう普通の生き方はできないのだろう。

そうやって私は、リーヤンが重い十字架を背負っていると思うのだ。罰はその十字架で十分だ。私があれこれ手を出す意味はない。

「私はね、自分の浅はかさとか、軽率さとかを後悔してるんだ。」

口に出したら、また泣きたくなってきた。涙がポロポロ頬を伝う。

エルサイスは私に気を使ってるのか、ずっと窓の方を見ている。泣き顔を見られるのは嫌だったから、少し嬉しい。

窓の外は、まだ雨が降っていた。止むどころか、ますます激しさを増し、大きな雨粒が窓を叩き、パラパラという音を立てている。

「クロが浅はかなのも、軽率なのも、いつものことじゃないか。」

エルサイスは中々痛いところを突いてくる。

「わかってるよ!そんなこと!だけど……嫌になっちゃったの!」

私の返しに、エルサイスは大いに笑った。なんだか悔しい。

「クロはかわいいね。」

散々笑ったあと、エルサイスが言った。

「かわいいっていうな。」

本気で落ち込んでいるのに、笑い飛ばすなんて、酷いやつだ。

「クロ、そのままでいいんだよ。」

エルサイスはそう言いながら、また私の頭を撫でる。

「クロはそういう性格なんだからさ、今更だよ。」

そんなことはわかっているのだ。

慎重とか、冷静とか、そんなカードを、私は多分持っていない。持っていないからこそ、積極性とか、好戦的とか、そういうカードの使い方を控えなければならないのだ。

鞘がないなら、剣を抜かない。ブレーキがないなら、アクセルを緩める。大事なことだと思うが、それが自分にできるのかわからない。

「クロができないなら、僕がやればいいよ。」

エルサイスはそういいながら、こちらを見た。

「クロができないことは、僕が。僕ができないことは、クロが。それでいいんじゃないかな?」

そう笑いかけるエルサイスから、私は目を逸らした。

なんだか気恥しい。

泣き顔を見られたのもあるが、なんだかよくわからない嬉しさというか、くすぐったさがある。

この感情は何なのだろう?

「さぁ反省会は終わりにしよう。もう十分だよ。お風呂にでも入って、ご飯食べて、元気出そう。」

エルサイスの提案に、私はコクンと頷く。

タオルを持ってバスルームに向かう私に

「僕も一緒に入ろうか?」

とエルサイスが言った。

「は?」

私が冷たい目を返すと、エルサイスは嬉しそうにする。こいつは頭がおかしい。

エルサイスは、本当によくわからない。

バスルームで熱いシャワーを浴びると、すべてが溶けていくように心が軽くなった。

そしてこれからご飯を食べて、エルサイスとたわいもない話をして、眠くなったら寝るのだ。

辛いことがあっても、苦しくても、そうして私たちは日常を生きていく。

そして、良くも悪くも、いずれ忘れていくのだ。

それなら、私は私の気の赴くまま、後悔と反省を繰り返しながら、進んでいこう。

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