アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
私は魔物が嫌いではない。
目の前に現れて、襲いかかられれば、敵だし倒す。それは変わらないが、そこに憎しみや嫌悪感はない。
彼らは、純粋に戦いを求め、ただ真剣な命のやり取りをする好敵手だ。
そこに言い訳や、怨嗟はない。
そんな彼らに、私はシンパシーを感じるし、好感さえ持てる。
だからこそ、人間と戦うのは嫌いだ。
私は宿の部屋につくと、ベットに倒れ込んだ。
ものすごく疲れていた。
あとから入ってきたエルサイスが、テーブルの上に食事を広げる。
とても食べる気にはなれなかった。
枕を抱いて、顔をうずめる。
グレンと戦ったことを、私は後悔していた。魔物になったフジと戦ったときも、そうだった。
戦っている時はすごく楽しいのに、終わった瞬間すべてが色褪せ、冷たく凍っていくような感覚に陥る。
魔物と戦った時にはない嫌な感覚だ。
「クロ?泣いてるの?」
「泣いてない…。」
そう言い返しながら、自分の声が涙で濁ってるのを自覚する。
最悪の気分だった。
「珍しいね。」
エルサイスが面白がるような声を出す。嫌なやつだ。
泣きたくないのに、涙は次から次へと零れて、枕を濡らす。かろうじて嗚咽だけは我慢した。
「クロ、好きなだけ泣くといいよ。」
エルサイスは、そういうと私の頭を撫でる。それを振り払う気力はなかった。
「僕はさ、クロみたいに、泣けるくらい感情を動かせないんだ。だから、クロが少し羨ましいよ。」
枕から顔を外し、エルサイスの顔を伺う。エルサイスは困ったような、悲しいような表情で、どこか遠くを見つめていた。
「こんなことで泣くなんて、バカバカしい…。」
鼻をすすりながら、エルサイスに言う。
「クロはなんで泣いてるの?」
そう聞かれて、少し考える。考えても答えは出なかった。
「わかんない。」
「そっか。」
私の答えに、エルサイスは笑った。
「なんか嫌なんだ。すごく、胸が苦しい。」
たどたどしく言葉を紡ぐ私を、エルサイスは黙って待っててくれる。
「エル、もう私は人間とは戦わないよ。人間は魔物よりもずっと面倒で、複雑で…。」
とても私の手に負えるものではない。利害だとか、恨みだとか、正義だとか、色んなものが絡み合っていて、勝っても負けても、後味が悪い。
「こんな思いをするのは、もう嫌なんだ。楽しかったのに、あんなに美しかったのに…。いつも台無しになる。」
人間と戦うと、いつだって楽しいままおわれない。高揚感は叩き潰され、達成感も得られず、後悔ばかりが残る。
「誰かと戦うってことは、いつもそういう問題を孕んでいるのかもね。」
エルサイスはそう言いながら、クロケットを1つ、自分の口に放り込んだ。
物理的に傷つけ合うのだ。問題が起きない方がおかしいのかもしれない。
それでも、人間と魔物は、やっぱり違う。何が違うのか、説明できないのがもどかしい。
「リーヤンさんのことは、どう思ってるの?」
昨日酒場で私がエルサイスに聞いた質問を、そっくりそのまま返された。実際自分が聞かれると、中々困る質問だ。
「もう別にどうでもいいかなって。」
「意外な答えだなー。」
エルサイスはそう言って笑った。私がまだ怒ってると思っていたのだろう。「大嫌い」なんて答えを期待していたのかもしれない。
しかし、私は、ネズミ相手に構ってられるほど、暇ではないのだ。
「あんなやつは、殴り飛ばす価値もない。」
人は生まれながらに、持っているカードが限られていると、私は思っている。
私が使えるカードは、私自身が持っているカードと、パートナーのエルサイスが持っているカードだ。
その限られたカードの中で、私たちは最適解を探りながら、人生を歩んでいる。
リーヤンは、自分に足りないカードを、赤の他人を騙すことによって補充し、目的を達成しようとした。
そんなやり方でしかできないリーヤンを私は蔑む。
カードが無いなら、パートナーや仲間を見つけて、正規のルートでカードを増やせばいいのに、彼女はそれができない。
かわいそうなやつなのかもしれない。
「リーヤンはもうどうでもいいんだ。あの女は変わらないよ。ずっとああやって生きてきて、成功体験もいっぱい重ねてるんだろうし。」
今回はたまたま失敗しただけかもしれない。いつも上手くいっていれば、やめられなくなるだろう。
他人を騙すやり方は、パートナーや仲間を作るより、かかるコストが圧倒的に少ないのだ。
でも、それは麻薬のようなもの。コストをケチり続ければ、いつかそのしわ寄せが返ってくる。
リーヤンはもう普通の生き方はできないのだろう。
そうやって私は、リーヤンが重い十字架を背負っていると思うのだ。罰はその十字架で十分だ。私があれこれ手を出す意味はない。
「私はね、自分の浅はかさとか、軽率さとかを後悔してるんだ。」
口に出したら、また泣きたくなってきた。涙がポロポロ頬を伝う。
エルサイスは私に気を使ってるのか、ずっと窓の方を見ている。泣き顔を見られるのは嫌だったから、少し嬉しい。
窓の外は、まだ雨が降っていた。止むどころか、ますます激しさを増し、大きな雨粒が窓を叩き、パラパラという音を立てている。
「クロが浅はかなのも、軽率なのも、いつものことじゃないか。」
エルサイスは中々痛いところを突いてくる。
「わかってるよ!そんなこと!だけど……嫌になっちゃったの!」
私の返しに、エルサイスは大いに笑った。なんだか悔しい。
「クロはかわいいね。」
散々笑ったあと、エルサイスが言った。
「かわいいっていうな。」
本気で落ち込んでいるのに、笑い飛ばすなんて、酷いやつだ。
「クロ、そのままでいいんだよ。」
エルサイスはそう言いながら、また私の頭を撫でる。
「クロはそういう性格なんだからさ、今更だよ。」
そんなことはわかっているのだ。
慎重とか、冷静とか、そんなカードを、私は多分持っていない。持っていないからこそ、積極性とか、好戦的とか、そういうカードの使い方を控えなければならないのだ。
鞘がないなら、剣を抜かない。ブレーキがないなら、アクセルを緩める。大事なことだと思うが、それが自分にできるのかわからない。
「クロができないなら、僕がやればいいよ。」
エルサイスはそういいながら、こちらを見た。
「クロができないことは、僕が。僕ができないことは、クロが。それでいいんじゃないかな?」
そう笑いかけるエルサイスから、私は目を逸らした。
なんだか気恥しい。
泣き顔を見られたのもあるが、なんだかよくわからない嬉しさというか、くすぐったさがある。
この感情は何なのだろう?
「さぁ反省会は終わりにしよう。もう十分だよ。お風呂にでも入って、ご飯食べて、元気出そう。」
エルサイスの提案に、私はコクンと頷く。
タオルを持ってバスルームに向かう私に
「僕も一緒に入ろうか?」
とエルサイスが言った。
「は?」
私が冷たい目を返すと、エルサイスは嬉しそうにする。こいつは頭がおかしい。
エルサイスは、本当によくわからない。
バスルームで熱いシャワーを浴びると、すべてが溶けていくように心が軽くなった。
そしてこれからご飯を食べて、エルサイスとたわいもない話をして、眠くなったら寝るのだ。
辛いことがあっても、苦しくても、そうして私たちは日常を生きていく。
そして、良くも悪くも、いずれ忘れていくのだ。
それなら、私は私の気の赴くまま、後悔と反省を繰り返しながら、進んでいこう。