アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「あれ、レイカさんじゃない?」
エルサイスの声に、私は顔を上げる。
「誰だっけ?」
雪山と草原の川辺に、金髪のポニーテールの女の子が立っている。そばかすだらけの顔を見ても、誰だかさっぱり思い出せない。
「3,4日前に、不老不死の村で見たじゃないか。」
エルサイスにそう言われて、記憶を掘り起こす。少し思い出した。家畜の豚に、カッツという名前をつけていた女の子だ。
あの日のことは、どちらかというと、フェンダークに食い逃げされたことの方が印象深く残っていたので、彼女の存在はすっぽり抜け落ちていた。
「何してんだろうね?」
村や街の外は、魔物がウロウロしている。武器も持たずに、丸腰で出歩くのは中々物騒だ。
「声かける?」
エルサイスの質問に、私は少し考える。フェンダークが言ったことを思い出していた。
フェンダークは私に、第3者が手を出していい問題か?と疑問を投げて去っていった。
そんなこと、私にはわからない。
ただ、今までの経験上、私が手を出したところで、どうにかなったことなんて何一つなかった。
運命なんて言葉はあまり好きではないが、私が声をかけようと、かけまいと、物事は変わらず進んでいってしまうのだ。
フジの件も、リーヤンの件も、私の手の中を、物事があっという間に流れ落ちていった。いくらすくっても、指の隙間からこぼれ落ちていく水のように、どうすることも出来なかった。
何をしても変わらないなら、私はしたいようにするだけだ。
「こんなところで、何してるの?」
私はレイカに近づき、声をかけた。
私たちが声をかけると、レイカは驚いたが、同時にどこか安心したような顔をした。
そして、どうしてこんなところにいるのか、説明し始めた。
レイカの話はこうだ。
カッツはあれから、ずっと元気がなかった。そこに、村の人たちを不老不死にしているという噂の、新興宗教の救済者ケイトが現れた。
「こちらのお子さんの体調が悪いとお聞きしたのですが……」
とレイカに声をかけたケイトは、不老不死の技術を使えば、豚を元気にすることが出来る。と言った。
不老不死の施術を受けるには、獣の穢れを取るため、『聖水』が必要だとケイトに言われたレイカは
「穢れだなんて……カッツは私が丹精こめて育てた、美味しい豚なんです。」
そう反論したらしいが
「いくら愛情を注いでも、人間とは異なるもの。『聖水』は必要なのです。」
とケイトに言われ、その聖水の原料である『原野の湧き水』を1人で取りに来たらしい。
一通り話を聞いた私たちは、眉を寄せる。
「またあいつかよ……。」
懲りない救済者だ。
ケイトが言っている不老不死の技術というのは、人間を魔物化するものだ。同じ技術を使うということは、豚を魔物化する気らしい。
「なーんか、フェンダークが言ってた話と一緒だな。」
この時私は、いくら魔物化したとしても、豚が話すようになるなんて、針の先程も思わなかった。
「いくら必要だからと言って、無防備のまま1人で村の外に出るのは危険ですよ。」
エルサイスがレイカを注意する。
「でも………」
そう一瞬目を伏せたレイカは、ハッとしたよう顔をし、
「それなら、お願いできないかな?」
と私たちに懇願するような目を向ける。
「もし、取ってきてくれれば我が家に古くから伝わる『ケバブ』のレシピをあげるよ。」
私は「どうする?」というように、エルサイスを見る。エルサイスは
「まぁレシピが増えるのは嬉しいよね。」
と言うだけで、やるのか、やらないのかは言わない。はっきりしないやつだ。
私は本音を言えばどうでもいい。ただ、ここでレイカを放っておいて、そのあとレイカが魔物に襲われて怪我をしたとか、最悪死んだとか、そういうことになったら嫌だと思う。
話かけた時点で、もう関わってしまったのだ。ならば最後まで責任を持とう。
「わかったよ。いくつ必要なんだ?」
私がそう言うと、レイカは嬉しそうに顔を輝かせた。
私は水が好きだ。水がいっぱい集まって、ゆらゆら揺れたり、流れていくのを見ると、なんだか落ち着く。
原野の湧き水を取るため、私たちは雪山と平原の川辺を、上流の方へと歩いていた。
私の後ろを、エルサイスがついて歩いてくる。
私は振り返って、エルサイスの顔を伺う。
「どうしたの?」
「いや、別に……。」
そう言いながら、目を逸らす。
「自信ないの?」
エルサイスに言い当てられて、私はバツの悪い顔をする。
これは呪いだ。リーヤンのことがあってから、私は色々なことに臆病になっている。これは手を出していいのか?そればかり考えて、がんじがらめになっていた。自分の行動や選択が、間違っていないか、ビクビクしているのだ。
「クロらしくないね。」
「私らしいってなんだよ。」
「クロはもっと後先考えないって言うか……」
「それ悪口?」
私がムッとして返すと、エルサイスは笑った。
「褒めてるんだよ。」
とても褒められているとは思えない。
私は後先考えないで突っ走って、失敗ばかりしている。一度火がつくと、振り返れない、ブレーキが効かない、どこまでも走っていってしまう。喜怒哀楽の感情に、理性がついていかないのだ。
リーヤンの件だって、楽しいと思ったら、止まれなくなってしまって、結果、取り返しのつかないことになった。
私はとにかく感情的で、理性の働きが弱い。
「僕は、クロのそういうとこが、良いところだと思うなぁ。」
「お世辞は要らない。」
「お世辞じゃないさ。チャンスを掴むのは、いつだって行動した人だ。」
エルサイスはそう言うと、私のロウポニーに結んでいる髪の先っぽを優しく撫でた。
「慎重に考えてるうちに、チャンスはすぐ逃げていくものだよ。」
「それでも、後悔することが多いよ。」
「やらない後悔より、やった後悔の方がマシさ。」
後悔しないということが、無理なのかもしれないなと思う。それなら、エルサイスの言うことに分がありそうだ。
「それにさ、絶対的な『正しい』がないように、絶対的な『間違い』もないんじゃないかな?」
目からウロコ。暗い雲の隙間から、光が差し込むような感覚が、私を満たす。影が薄れ、世界が彩りを取り戻す。
私の表情の変化を察したのか、エルサイスが嬉しそうに微笑む。
なんだかわからないが、ちょっと悔しい。
「それに、本当に危ないときは、僕がブレーキになるよ。」
エルサイスはいつも私を止めようとしてくれる。肩に手を置き、呼びかけ、諭す。それは確実に、私の抑止力になっている。
しかし、私は、そんなエルサイスさえ吹っ飛ばして、暴走してしまうことがある。
「それでも止まれなかったときは?」
「そしたら仕方ないから、僕も一緒に走るだけさ。1人では行かせないよ。」
一緒に責任をとるということだろう。ちょっと心強い。
エルサイスは撫でていた毛先を離すと、その手を私の頭に乗せ、ちょっと乱暴に髪をクシャッとしてくる。
「いつものようにすればいいんだよ。」
私は、いつものように、好きなことを、好きなようにやればいいのだ。1人ではないのだから。
なんだか、急に恥ずかしくなって、私はエルサイスの手を振り払うと、走り出した。
「さっさと原野の湧き水を取って、あの女の子のとこに持っていこう。」
私がエルサイスにそう呼びかけると、エルサイスは、おかしそうに笑った。
私のことなど、すべてお見通しという感じだ。エルサイスの前では、何も取り繕えない。
それが嫌で、そして、それが心地いい。
私は、エルサイスを引き離すように、川の上流に向かって、ダッシュした。