アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
原野の湧き水を渡すと、レイカは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!これでカッツが元気になるかどうか、それはわからないけど……。少しでも可能性のある話しならお願いしたいの。」
まさに藁をも掴む思いだ。
宗教というのは、弱者を救済するためにあるものだと、僕は思う。
しかし、世の中には、弱者に寄り添う振りをしながら、既に弱っている者から、さらに搾取しようとする輩らが、ごまんといるのだ。
宗教の中にも、そういう団体は少なからずある。
彼らは弱者を探し求めている。搾取するために、藁をも掴む者達を食い物にしているのだ。
そんな人たちにとって、今のレイカは格好の餌食だろう。
でも、豚を魔物化して、ケイトたちに一体何の利益があるのか、僕には皆目見当がつかない。
そこがわからないままなので、僕はこの件を、止めることができないでいる。
「あの人たちが村のみんなを不老不死にしてるのは本当なんでしょ?だったら、それに賭けてもいいと思うの。」
不老不死の技術は、そんな素晴らしいものではない。奇跡なんてキレイな言葉で飾られているが、中身はおぞましい呪いだ。
「なんか、悪魔に魂を売り渡すような気分だよ。」
クローバーが眉間のシワを深くしながら言う。
ケイトたちの意図はわからない。ただここで黙ったまま、レイカに別の道を示さないのは、まずい気がする。真実を話して、レイカに選択を迫った方がいい、クローバーはそう思ったのだろう。
不老不死の技術の秘密をレイカに教えようと
「おい、不老不死の技術っていうのはな……」
そう話し出したところに
「原野の湧き水を持ってきましたか?」
と、ケイトが突然現れた。
「あぁではそれをこちらへいただいて。」
ケイトはそう言いながら、手を差し出す。
僕らは、突然現れたケイトのせいで、真実を話すタイミングを完全に失ってしまった。
わざとだろう。偶然にしてはタイミングが良すぎる。
「お前……。」
「あら?あなたちは……お久しぶりですね。」
クローバーの悪態に、ケイトは笑みを返す。
嫌な笑みだ。リーヤンと同じく、内面の醜さが滲み出ているように感じる。
ケイトはレイカから、原野の湧き水を受け取ると
「そちらのカッツくんを、私どもでお預かりしましょう。儀式の場へお連れします。」
と言った。
今から僕が不老不死の真実をレイカに話したところで、目の前のケイトが、すぐに否定するか、誤魔化してしまうだろう。
ただでさえレイカは追い詰められている。人は追い詰められると、信じたい方を真実だと思い込むものだ。
僕たちの言葉を信じる可能性は低い上に、嘘をつくなと反撃を食らうかもしれない。
「私も……!」
レイカはカッツに付き添うつもりで食い下がった。
「ごめんなさい。あなたはここで待っていて下さい必ずや、あなたの想いに応えて、この子の病気を治してみせますから。ね?いいですか?」
有無を言わせぬケイトの態度に、レイカは
「はい……。」
と答えるしかなかった。
「では………。」
と言うと、ケイトはカッツを連れて、去っていった。
「カッツ……大丈夫、かしら?」
レイカが心配そうに目を伏せる。
「どうだろうね。」
クローバーが気のない返事をする。
嘘でも「大丈夫」と言わないところが、クローバーらしい。
「………でも、きっと大丈夫ですよね!悪い方に考えたら、悪いことしか起こらないもの。いい方に考えていれば、いいことしか起こらないわ!」
「そうですね。」
僕はそう言うと、レイカにニッコリ笑いかけた。
心にも無いことを、しれっと言う。僕は、人が望んでいる言葉を与えるのは、得意なのだ。たとえそれが嘘だとしても。
悪い方に考えたら、悪いことしか起きないということは、まぁまぁあることだが、いい方に考えていても、悪いことは起きるものだ。世の中そんな簡単ではない。
しかし、そんな正論をレイカにぶつけたところで、どうにもならない。
人が正論で動くなら、世の中はもっと楽に回っている。そうではないから、面倒なのだ。
レイカは僕の言葉で自信を持てたのか、嬉しそうに笑った。
僕はそこに、罪悪感も後ろめたさも感じない。嘘でも心が救われることはあるのだ。
「行くか。」
クローバーの声に続いて、僕らは家畜小屋を離れた。
「お前は本当に嫌な奴だな。」
家畜小屋から少し離れた広場の、小さな噴水の前で、クローバーは足を止め、僕に軽蔑の目を向ける。
「何が?」
「わざとらしくとぼけやがって。」
僕は思わず
「ふふっ……。」
と笑い声を漏らす。
「(クローバーはまっすぐでかわいいなぁ。)」
そんなようなことを思う。
「何笑ってんだよ。」
「別に……ははは。」
クローバーの拳が僕のお腹めがけて飛んできた。
「ぐふっぅ!」
思わぬ不意打ちに、まともに食らってしまう。
「ぐっ……うっつぅ……ケホケホ……。」
むせながらその場にうずくまる。
「ちょ……本当に……ゴホッゴホッ……腹パンやめ……て……。」
僕が苦しみながら抗議する。
「うるせぇ!黙って殴られとけ!」
クローバーは中々理不尽だ。
クローバーは、気に食わないことがあると、すぐ僕のお腹にパンチを食らわせてくる。
これが当たると、息ができなくなるくらい痛いのだ。
「すごく……痛い……。ゴホッ……。」
「んなの、当たり前だろ。痛くしてんだから。おめーが心にも無いことを、息するように言うのが悪い!」
クローバーは僕の嘘が大嫌いなのだ。
僕は、その人が言われたいことを予想して、それが事実や、僕の思いに反していたとしても、言ってあげているだけだ。相手はそれで満足する。
それは余計な波風を立てないための、僕の処世術なのだ。
しかし、クローバーからすれば、僕は『不誠実』に見えるらしい。自分にも、他人にも『正直』なクローバーらしい見解だと思う。
クローバーを見ていると、本当に感心する。
その歯に衣着せぬ『正直』な物言いは、他人に嫌われることが多い。しかし、クローバーは、誰に嫌われようと、恨まれようと、全く気にしないのだ。
罵りを受けたり、逆恨みされたり、苦労もそれなりに多い。それでも、お世辞をいったり、誤魔化したり、心にも無いことは言わない。
僕は、そういう衝突が面倒で、すぐニコニコ笑って誤魔化してしまう。
敵は少ない方が動きやすい。僕は円滑な人間関係のためなら、多少の我慢と嘘は気にならない。
僕は、相手を思いやるふりをしながら、自分を守っているだけなのだ。
こんな嘘つきの僕よりも、何でもまっすぐ正直に伝えてくれるクローバーの方がよっぽど『誠実』なのだが、世の中は中々それを認めない。
結局みんな、自分に都合のいい言葉しか、聞きたくないのだ。
「お前、私にあの顔で笑いかけたら、殺すからな。」
クローバーは中々物騒だ。
「クロにはしないさ。」
深呼吸しながらそう返す。
「とゆうかできない。クロの前だと、自然に笑っちゃうからね。」
僕はそう言いながら、目の端溜まった涙を拭う。
呼吸は落ち着いたが、ダメージはまだ残っている。本当に勘弁してほしい。
「くだらねーこと言うな。」
クローバーはそう言いながら、僕から顔をそらす。後ろから見ると、耳が赤い。
本当は「照れてるでしょ?」と指摘したいが、2発目の腹パンが恐くて言えない。
仕方ないので、このニヤニヤしたくなる嬉しさは、僕の心の中にしまっておくことにした。