アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第30話 豚がしゃべった

「まじか……。」

私は、思わずそう漏らした。

エルサイスを見る。いつも飄々としていて、ちょっとやそっとのことでは動じないエルサイスですら、ドン引きした顔をしている。

そんな私たちにはお構い無しに、カッツは好き勝手なことを話している。

「エル、豚がしゃべってるよ……。」

「そう……だね……。」

苦笑いすらでない。ただただ気味が悪かった。

私たちはレイカに原野の湧き水を渡して、そのまま不老不死の村に泊まった。

酒場の2階にある不老不死の村の宿は、相変わらず狭かったが、もうホコリっぽくは無かった。それなりの頻度で、宿泊客がいるようだ。

朝になって、私たちがレイカとカッツの様子を見に行くと、カッツは既に新興宗教の元から、レイカの元に帰ってきていた。

「昨日は『原野の湧き水』を持ってきてくれてありがとう!おかげ様でカッツは元気になったよ!」

レイカは私たちと顔を合わせるなり、そう嬉しそうに笑った。しかし、すぐ顔を曇らせると

「……うん……元気になったんだけどさ……。」

と俯いた。そこに

「よぉお、そいつはレイカのダチか?なんだかイナカくさいのと付き合ってんな!」

と、聞きなれない声が割り込んだ。

ここには、私と、エルサイスと、レイカしかいない。

私はキョロキョロして声の主を探す。

「って、おまえもイナカくさいけどな、ブフフ!」

カッツがそう言った。豚がそう言ったところを、私は確かに見た。そして「まじか……。」と漏らしたのだった。

「こら、カッツ!そんな口の利き方しないの!」

レイカがカッツを叱る。

「なんだよぉ、レイカ!じゃぁどういう口の利き方すればいいんだよ!」

カッツは中々態度がでかいやつだ。豚のくせに生意気だ。

そのままレイカとカッツは言い争いをしている。

「これは……思ったより数倍インパクトあるな。」

私の言葉に、エルサイスが頷く。

動物が言葉を話す場面は、絵本やおとぎ話の中で、何度も見たことがあった。それはどれも違和感なく、かわいらしい描写で表現されていたので、別に変だとも思っていなかった。しかし、実際に見ると、それは違和感の塊だ。

糞で汚れた家畜小屋の中で、荒い息で唾を飛ばしながら、知性の欠片も感じられない丸々太った豚が、人間の言葉を話している。

私はとにかく気味が悪かった。

「あ……ははは……そう……なんかね……帰ってきたら言葉を話せるようになってたんだ。ちょっと口が悪くてね……。」

レイカは困ったように眉を下げた。レイカの戸惑いは相当なものだろう。病気を治すだけのはずが、カッツと話せるようになったのだ。

「でも、カッツと話せるようなって、この子の言葉をたくさん聞けて、すごく嬉しいんだ。この子とは家族なんだもの……寂しさも紛れてね。」

私たちと違い、レイカはカッツに、気味の悪さは感じていないようだった。それどころか、情まで湧いている。

これは危険だなと思う。私がレイカに原野の湧き水を渡したのは、レイカの豚が病気で死んで、レイカが『収入源』を失ってしまうのが困ると思ったからだ。けして『家族』が死んでしまうのが可哀想っと思ったからではない。

「俺もレイカを喜ばせることができて嬉しいぞ!それにもうすぐ俺は美味しい肉になって出荷されるのさ!」

「意外だな。僕は豚が話だしたら「死にたくない!」って騒いで面倒なことになると思ってたけど……。」

エルサイスがそう呟く。

確かに、生き物の生存本能として、そうなるのが当たり前のように感じるが、カッツは生まれた頃から、レイカがずっと言い聞かせてきたおかげなのか、家畜としての自覚がしっかり出来てる。

「高い金額で売れて、レイカがもうかりゃ、レイカも嬉しくて、俺も美味しくて万々歳じゃないか!ブフフフッ」

カッツそう笑う。

畜産業をよく理解している豚だ。

カッツは話せるようになったが「食べられたくない!」「死にたくない!」と騒がないので、思ったよりずっと楽で扱いやすいと思う。

ちょっと気味が悪いし、可哀想な気もするが、このまま出荷してしまえば問題ないだろう。

カッツにはその自覚があるし、それを望んでいる。

「カッツ……。そうなのよね……食べ頃になったら、出荷しなきゃならないんだね……」

「なんでそんなに寂しそうなんだよ、レイカ?」

悲しそうに目を伏せるレイカを、カッツが見上げる。

「私は……私は誰かにカッツを食べられたくない……。」

私はため息をついた。これはまた別の問題が起きそうだ。

「あなたが言葉を話すようになったから……。あなたのこと誰かに奪われたくないのよ。あなたがただの豚だった時は全然、そんな感情は起きなかったのに……。自分でも勝手だと思うけど……」

本当に勝手な話だ。

「……この子が、人間だったら良かったのに……」

「むちゃなことを言うね。」

私が呆れたように返す。

「ね?どうして動物を殺す職業なんてあるのかしら。私はどうしてその家に生まれたの?どうして人間は……肉を食べるの?」

「どうしてって、それは……」

レイカに詰め寄られたエルサイスは、戸惑った声をあげる。

「生まれたらすぐ子豚の歯を抜くの。すごく苦しんで痛がって、子豚たちは鳴くのよ。でも、そうしないと人間や他の豚たちを傷つけちゃうから……そうまでして私たちは肉を食べなきゃならないの?」

「それが生きるって言うことだろ。」

私はそう言い切る。

「人間には動物に対してそんなひどい仕打ちをする権利が本当にあるのかしら……?」

レイカは随分勝手だ。今までやってきた畜産業を、馬鹿にしているとしか思えない。

「肉を食べるのが残酷だと思うなら、やめればいい。」

私は腕組みしながらレイカを睨みつける。

食肉をするのは、人間だけではない。動物だってする種はいる。彼らは、人間のように、こんな馬鹿馬鹿しいことは考えない。

生きるために食べる。そこには、言い訳も迷いもはない。

「私たちは生き物を食べて生きてる。動物だけじゃない。野菜や植物だって、生きてるんだ。」

エルサイスが私の肩を手を置く。それで私はレイカを怒鳴りつけたい気持ちを何とか抑える。

「結局、食肉を否定するのは自己満足なんだよ。本当に可哀想だと思うなら、何も食うな。霞でも食って生きてろ。」

私はそう静かに言うと、レイカの前から立ち去る。

人間は生まれた瞬間から場所をとる。生きるために、他者の命を奪って生きている。そこに善悪はない。可哀想だとか、酷いとか、そんな風に思うのは勝手なのだ。

本当にそう思うなら、自らが死ぬしかないのだから。

エルサイスが私のあとをついてくる。

「後悔してる?」

「いや、どちらかと言うと失望かな。」

私はエルサイスの質問にそう返すと、ため息をついた。

「レイカさんの覚悟が思ったより足りなかったね。」

エルサイスはそう言うと、苦笑した。

「豚がしゃべったショックがデカすぎたかな。」

「そうかもね。」

救済者たちに、振り回されてばかりだ。本当に腹立たしい。

「レイカさん、どうするんだろうね?」

「さぁ?好きにすればって感じだよ。」

食肉を否定する層は一定数いる。私はその人たちを否定しないし、好きにすればいいと思う。ただ、私たちにまで「食べるな」とか「食肉はおかしい」と言ってくることは、我慢ならない。

「彼女が豚を出荷するのを嫌がったところで、何にもならんさ。何しろ、彼女以上にあのカッツとかいう豚は、畜産業を理解してる。」

「変な豚だったね。僕の想像と全然違った。」

「私は豚がしゃべる想像すらできなかったよ。」

私はもう1度ため息をついた。

食肉の話ばかりしていたら、なんだかお腹が空いてきた。グーと、私の腹の虫が鳴る。

「何か食べに行こうか?」

音を聞いたエルサイスが、笑いながらそう言う。

「うん……。」

私は恥ずかしさに熱くなる顔を、俯いて隠しながら、そう返事をする。

生きていれば、腹が減る。食べることは絶対なのだ。それならせめて、楽しく美味しく食べて、糧になった生き物に感謝しようと、私は思う。

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