アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
不老不死の酒場は、それなりに人がいた。
公国や連邦に比べれば、全然少ないが、それでも以前の閑散ぶりに比べたら、2,3組が座っているだけでも、盛況と言えるだろう。
救済者よる経済効果は、それなりに出ているようだ。
「今度は一体、何の用だ?」
酒場のマスターで、この村の村長であるロックが、眉を寄せながらぶっきらぼうに言う。
昨日宿泊まろうとした時も、こんな感じだった。
私たちのことを、ものすごく警戒している。
無理もない。私たちはこの村の秘密を知る要注意人物なのだ。ロックにとっては、目の上のたんこぶみたいな存在だろう。
「別に何もしないさ。客として、ただ飯を食べにきただけだ。」
私はそう言うと、手近にあったテーブルに腰を下ろした。エルサイスもそれに続く。
ロックは不満そうにため息をつくと、渋々ながらメモとペンを構えて注文をとる。
私たちはいくつか料理と、飲み物を注文する。ロックは注文をとると何も言わずに厨房へと去っていった。
「感じ悪いな。」
私はロックの態度にそうぼやく。
「まぁ仕方ないんじゃない。」
運ばれてきた料理はどれも遜色なく美味しかった。私とエルサイスはそれを残さず平らげた。
エルサイスが食後のコーヒーを飲む頃、ロックがカウンターで、この村の農夫のモーフと話をしていた。
「そろそろ、もうほっとくわけにはいかないか。」
「ああ、あのままほっといたら、あの子が畜産を続けられなくなってしまうな。」
2人は厳しい表情で話している。
「あの子はまだ子供だ。畜産の厳しさをちゃんと教育してやらないといけないな。あの子代わりに、あの豚を出荷してやろう。」
ロックはそう言うと、モーフとともに酒場を出ていった。
「今の、レイカさんたちのことかな?」
「そうだろうね。」
エルサイスの質問に、私は気のない返事をする。
「無理に出荷しても、結局レイカさんは畜産業辞めちゃう気がするなぁ。」
エルサイスはそう漏らす。
レイカの納得が足りなければ、出荷しようと、しまいと、壊れてしまう。ロックたちの行動は善意の名を被った独り善がりだ。
「見に行く?」
私は別にどっちでも良かった。
「うーん……僕はロックさんたちにも、レイカさんにも、あんまり興味は無いけど……。ただあの豚のカッツには、錬金術師として学術的な興味が多少あるかな。」
エルサイスがそう言うのなら、行くのも悪くない。
私は代金をカウンターに置くと、レイカのいる家畜小屋に向かった。
豚のカッツは、レイカの好意で小屋の外に出ていた。レイカはカッツを狭い小屋に閉じ込めて置くのが忍びなくなったらしい。
「俺たちは古くから家畜を育てて、そして殺し、それを肉として出荷して生活している。」
先に来ていたロックが、レイカを説得していた。
「命を奪うことに罪悪感を感じる時もある。愛着ある家畜を殺すことをつらく思うこともな。」
畜産において、手塩に育てた家畜を最後殺すことは、絶対なのだ。家畜はペットではないのだから、かわいがるために世話をするのではない。最初から殺すために世話をするのだ。
そこには本来、罪悪感も辛さも、挟む余地がないはずだが、それでも人間の感情として「かわいそう」と思うことはあるかもしれない。
「だが、それでもそれらを自らの手で殺してきた。生きるためにそれは必要なことだ。」
「レイカ、お前はその金で育ってきたんだ。それを今更、殺せないと言うのか?」
「わかってます……わかってるよ!でも、この子は殺せない……!」
ロックとモーフの言葉に、レイカは悲痛な叫びをあげる。
レイカは理性ではわかっているのだ。自分は今まで、ずっとロックやモーフの言うようにして生きてきていた。しかし、カッツが話すようになって、カッツが家畜の豚だと思えなくなったのだ。
「私の友達、私の家族なの……!」
カッツに人間的なものを見出したレイカを、説得するのは難しいだろうと、私は思う。
殺すことも、食べることも、相手が家畜の豚だからできるのだ。その姿を見失い、カッツを人間の家族として認識しているレイカには、できない話だ。
「イヤだと言うなら、村の秩序に関わる。」
ロックが腕組みしながらいう。
「すぐにこの村を捨てて冒険に出ろ。その豚を連れてな。」
ロックは中々手厳しい。村の村長である彼は、とにかく村のルールだとか、秩序だとか、そんなものを心底大事にしている節がある。
悪くはないが、それで個人が犠牲になっていく様は、何とも言えないくだらなさがある。
「出て行けとは、随分乱暴だね。」
エルサイスがそう漏らす。私は
「いいんじゃないの。こんなしょーもない村出て行ったってさ。」
と 、正直な気持ちを述べる。
ロックが一瞬私を睨みつけてきたが、私は気にも止めない。
「……わかった……カッツ……行きましょう。この村を出るのよ。」
レイカはそう言うと、カッツに手を差し出した。
「……冗談じゃねぇな……」
カッツはレイカの手を取らないどころか、それを拒否した。
「え……?」
予想外の出来事に、レイカは固まってしまう。
「町を出ていくなんて冗談じゃねぇ。町の外で何を食えと?そして、俺は何のために生きればいいんだ?」
カッツはレイカの話し相手になる生き方では、満足しないらしい。
「俺は誰かに美味く食われるために生きてきたんだ。それを町を出てくだ?冗談じゃねぇ!」
「酷い話だ。」
私は思わずそう漏らす。
カッツはずっとずっとレイカに「おいしいお肉になってみんなを喜ばせてね」と言われて育ってきたのだ。自分にもその自覚が芽生え、覚悟ができていたのに、最後の最後にレイカ本人から「殺せないから町を出よう」と言われたら、それは腹も立つだろう。
レイカは自分勝手だ。家畜を殺すことよりも、もっと酷いことをしている。レイカは最後の最後に、カッツから、今まで生きてきた意味まで奪おうとしたのだ。
私の心の中で何かがチクリと痛む。思い出したくないものを思い出しそうになったので、一生懸命他のことを考えるよう努めた。
今それは考えたくない。思い出したくない。パンドラの箱をぐるぐる巻にするように、頭を振って、思考を散らす。
そんな私をエルサイスが不思議そうに見ていた。
「カッツ 、やめて……!」
レイカが泣きそうな声を出す。
「町の外に出て食うもんがなくなりゃ、俺が食うのはおまえだぜ、レイカ!」
カッツはそう言うと、レイカの突進した。
「きゃぁ!」
レイカは恐怖に悲鳴をあげる。ロックとモーフが慌ててカッツを押さえる。
「カッツーー!」
レイカが押さえつけられたカッツを絶望したような顔で見ている。
「……俺を食え……俺は美味いぜ、レイカ……ブフッ……。」
中々男らしい豚だなと思う。レイカの思いを断ち切るため、わざとレイカを襲い、自分を食べるよう言って、レイカがまた畜産業を続けるよう導いたのだ。
エルサイスはそれを興味深く見ていた。
私もエルサイスも、始めカッツを、ただの気味の悪いしゃべる豚としか思っていなかった。例え話せるようになっても、豚は豚だ。知性も品位も常識も持っていないと思っていた。しかし、カッツはそれらをちゃんと持っていた。自分の生き方を自覚しながら、他者を思いやり、未来へと導く手助けまでした。
「これすごいなぁ……。豚は最初から知性をもってるのか?それとも救済者の儀式が豚にそれを与えたのか?……うーん……」
エルサイスは口に手を当てながらブツブツと考察している。
「カッツ……私を襲うなんて、やっぱり魔物だったんだね。ゴメンね……。」
レイカはそう言うと、泣き崩れた。
何とも悲しい話だなと思う。カッツの思いは、レイカに正しく伝わっていないような気がした。
「報われない話だな。」
私をそう呟いた。なんとも後味が悪い。
カッツはロックとモーフに連れられて行った。どこかは言われなくてもわかる。次会う時は、切り身になっているだろう。
「みなさんには、ご迷惑をおかけしたので……その、あの子の肉でおいしい料理を作ります。出来上がったら、みんなで酒場でいただきましょう!」
レイカはそう言うと、悲しげに笑った。
「あなたも、お手伝いお願いします。ケバブ、お願いできますか?」
レイカはそう言われたエルサイスは、私の顔を見た。
「好きにしろ。」
私はそう言うと、先に酒場に向かって歩き出した。
私たちは酒場で、豪勢な豚肉料理を食べた。食事をしたばかりだったので、あまり多くは食べられなかったが、どれも美味しかった。
私は肉にパン粉をまぶしてあげたカツレツという料理に感動して、普段なら食べられない量を食べていた。
「カッツは自分が何のために生きてたか、よくわかってた。」
「あの豚の方が、人間の私らより、よっぽど肝が座ってて、物分りがよかったよ。」
私はそう言いながら、カツレツを1口食べて、顔をほころばせる。すごく気に入った。週1で食べたいくらいだ。
「本当なら私がそれをちゃんと理解してあげなきゃ、ダメだったのにね……」
レイカはそう言うと、目を伏せた。後悔しているのかもしれない。
「まぁいきなり家畜が話し出せば、誰だって戸惑ってしまいますよ。」
エルサイスがそうレイカを慰める。
レイカはまだ幼い。こんな小さな少女に、生死の選択を迫るのは酷なことかもしれないなと思う。しかし、レイカは畜産農家という有利なカードを捨てるわけにはいかないのだ。
「私は、畜産を仕事として生きる村の住人。私の仕事は動物を殺すこと……。これを超えないと1人前になれないんです……。」
レイカは覚悟しなければならなかったのだ。
運命というものがあるとしたら、カッツは、家畜として食べられるだけでなく、レイカを立派な畜産農家として育てるために生まれてきたのかもしれないと、私は思った。
私たちはカッツの命に感謝しながら、全ての料理を残さず食べて、幸せ時を過ごした。