アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「あ、お久しぶりです。」
久々に不老不死の村をふらっと訪れると、家畜小屋の前で、レイカが汗を流していた。
カッツの件から数週間経って、レイカは既に新しい豚を育てている最中のようだ。
「ほら、食べごろにはまだもう少しかかりますけどね。」
レイカはそう言って笑った。
もうすっかり迷いはないようだ。カッツの件はよい教訓になったのだろう。
「(まぁショック療法みたいなもんだけど。)」
私はそう思うと、レイカを観察した。
私よりもかなり年下の、まだ幼い少女だ。両親を亡くし、少女は1人きりで、この世界を生きていかなければならない。
この少女1人の肩に、どれだけの重さの責任が乗っているのだろうか。
そんなことに思いを馳せる。
人が1人で生きていく、それは全て個人の責任の上に成り立つものなのだ。自己責任というものは、この世界で最も重く、恐ろしいものだと私は思う。
私の責任は、半分以上エルサイスが持ってくれている。その代わり、エルサイスの責任の一部を私は持っている。
このレイカには、そうやって責任を分け合う人がいるのだろうか。
「おぉい、レイカ!干し草の補充終わったぞ!」
急にどこかで聞いたような声が割り込む。
「ちょっと!雇い主に対してその口の聞き方!?レイカさん、でしょ!?」
レイカが怒鳴り返した先を見ると、派手なピンク色の髪をした青年が、飄々とした様子で手をあげている。
「俺よりも年下のクセに!そんなに「レイカさん」って呼んでもらいたかったら、俺を追い越してみろよ、ブフフッ。」
青年はそう言うと笑った。どこかで見たような態度と、笑い方だ。
まさかと思いながら、エルサイスを見る。エルサイスは口に手をあて、何か考え込んでいて、私の目線に気がついていないようだ。
「あ、あの子ね、なんか豚を育てたいって言って、村の外からきたの!ちょうど人手も足りなかったから雇ったのよ!」
「ほう。」
エルサイスが興味深かそうに合図うちを返すが、目線はレイカではなく、ずっと青年の動きを観察している。
単なる偶然なのか、それとも理解し難い現象が起きているのか。私には判断ができない。
「とても働き者で、気が回るんだけど……」
「おい、レイカ!」
「呼び捨てはやめて!」
レイカは、青年に怒鳴り返す。
「口がとっても悪いの、ね?」
青年はレイカの言うことを聞きはしない。
「レイカ、呼んでるだろ!ちょっとこいつ見てくれよ!」
青年はぞんざいな態度でレイカを呼びつける。これでは、どっちが雇い主なのかわからない。
「はぁい!待って!……って呼び捨てやめろ!」
レイカはそう言うと、私たちをおいて、青年の元へ走っていった。
「ねぇあれってさ……。」
私は我慢出来なくなって、まだ青年を観察しているエルサイスに尋ねる。
「まぁ可能性としては無くはないね。」
「まじかよ……。」
エルサイスの返答に私は驚愕する。
「偶然にしては出来すぎだし。」
エルサイスはそう言うと笑った。
「必然だとしても、出来すぎに思えるけど。」
私は首をかしげながらそう返す。
「ハッピーエンドもたまには悪くないんじゃない?」
エルサイスはそう言うと、村の出口へと足を向ける。私はそれについて行く。
「え?エルの願望なの?」
「いや、可能性があるのは確かだよ。魔物は死なない。倒されても、魂は生きていて、また新たに作られた肉体に戻る。」
あの豚は、救済者の奇跡を受けて、たしかに魔物化したが、魔物そのものになった訳では無い。あくまで魔物血を入れただけだ。
「そんなことが本当に?」
「わからないよ。」
エルサイスはそう言いながらも、口に手をあて考えている。
こうやって口に手をあてるのは、エルサイスのクセだ。何か熟考している時によくやる。こういう時は、何を聞いても曖昧で「そうかもしれない」とか「まだわからない」とかふわふわした答えしか返ってこないことが多い。
何かしらの答えが出るまで放っておくことにする。
考えながらも、エルサイスはちゃんと前を見て歩き、行き交う人を避け、段差につまづかないよう気をつけている。器用なものだなと思う。
暖かい風が吹いていた。天気は快晴。雲一つない青空が広がっていて、太陽が私の肌をジリジリと焦がす。
レイカは、あの青年と責任を分かち合うことができたかもしれない。彼の正体がなんであれ、それは喜ばしいことだ。
私は幼いレイカに「霞でも食ってろ」と言い放った。あれは本心だったけれど、わざわざレイカにそれをぶつける必要はなかったかもしれないと、少し反省する。
彼女は十分悩んでいた。自分だけの責任の上で、その重圧に苦しんでいたのだから、その上に赤の他人の私が正論をぶつけて叩くのは、酷な話だ。
言いたいことを言うのと、言わなければならないことを言うのは、同じように見えて、全然違うのだ。
あの時、エルサイスが止めてくれたおかげで、怒鳴らなかったのが、せめてもの救いだった。
それでも、私はあの時、レイカを許せなかった。生まれた時から食肉になるよう言い聞かせていたのに、レイカは最後の最後で裏切ったのだ。カッツが黙々と登ってきた梯子を、急に外した。
それでもカッツは自分の意思を貫いて、梯子を自分の力で登りきり、レイカまで救っていった。
改めて考えると、すごい豚だ。
私も、カッツと同じような経験をしたことがあるが、私は意思を貫けなかったし、誰も救うことができなった。
私を裏切ったのは、私の父親だった。
また嫌なことを思い出しそうになる。
顔を押さえて、頭を振る。記憶の奥深くに眠る化け物を起こさないように、私はため息をついて、不満の種を追い出す。今更思い出したところで、終わったことは、どうにも出来ないのだから。
「うん。」
と、急にエルサイスが1人で頷いた。私は顔を上げる。
「なんかわかった?」
私がそう聞くと、エルサイスは大真面目な顔で
「甘いものが食べたい。」
とだけ言った。
「はぁ?」
急にこいつは何を言い出すんだ。エルサイスは本当にわからない。真面目なのか、冗談なのか、しっかりしてるのか、天然なのか。
「人間の体の中で、1番消耗が激しい場所って知ってる?」
「知らん。」
「ちょっとは考えてよ。」
エルサイスはそう言って笑う。いつもなら無視するが、今日はまぁいいかと考えてみる。
「うーん……。ここかな?」
私は左胸を押さえながら答える。
「ずっとドクドク動いてうるさいし、大変そう。」
「惜しいね。」
エルサイスはなんだか楽しそうだ。
「心臓っていうのは、実によくできた器官なんだよ。一切無駄がない。規則的に全身に血を送り込むだけの単純で、でもとっても重要な器官だからこそ、ものすごく効率的なんだ。」
私たちは話しながら歩き、不老不死の村を出た。足は自然と公国に向かっている。
「人間の体で1番消耗が激しいのはね、ここだよ。」
エルサイスはそう言うと、自分の頭を指さす。
「頭?」
「そう、脳が、つまり考えることが1番大変なんだ。考えたり、悩んだり、想像したり、感情をコントロールしたり、とっても複雑なんだ。」
そう言われればそうかもしれない。私は体を動かしている時より、悩んでいる時の方が圧倒的に疲れる。
「脳は大飯喰らいなのに、ブドウ糖しか栄養にできない。」
「ブドウ糖?」
「簡単に言えば砂糖だよ。」
エルサイスはそう言うと、私の頭を撫でた。
「考えてもわかんない時、何かに悩んでるとき時、暴れだしたい感情を抑えている時、そんな時は、甘いものを食べるのが1番さ。」
本当にエルサイスは、私のことをよく見ている。でも、踏み込んではこない。丁度いい距離感だ。
「まぁ悪くないな。」
エルサイスの手を振り払うと、私は笑った。
「いちごパフェあるかなぁ?」
「私はケーキがいい。」
私たちはそう言い合いながら、公国の酒場を目指す。
真相はどうであれ、ハッピーエンドも悪くない。私はレイカとあの青年の幸せを密かに願った。