アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第32話 ハッピーエンド?

「あ、お久しぶりです。」

久々に不老不死の村をふらっと訪れると、家畜小屋の前で、レイカが汗を流していた。

カッツの件から数週間経って、レイカは既に新しい豚を育てている最中のようだ。

「ほら、食べごろにはまだもう少しかかりますけどね。」

レイカはそう言って笑った。

もうすっかり迷いはないようだ。カッツの件はよい教訓になったのだろう。

「(まぁショック療法みたいなもんだけど。)」

私はそう思うと、レイカを観察した。

私よりもかなり年下の、まだ幼い少女だ。両親を亡くし、少女は1人きりで、この世界を生きていかなければならない。

この少女1人の肩に、どれだけの重さの責任が乗っているのだろうか。

そんなことに思いを馳せる。

人が1人で生きていく、それは全て個人の責任の上に成り立つものなのだ。自己責任というものは、この世界で最も重く、恐ろしいものだと私は思う。

私の責任は、半分以上エルサイスが持ってくれている。その代わり、エルサイスの責任の一部を私は持っている。

このレイカには、そうやって責任を分け合う人がいるのだろうか。

「おぉい、レイカ!干し草の補充終わったぞ!」

急にどこかで聞いたような声が割り込む。

「ちょっと!雇い主に対してその口の聞き方!?レイカさん、でしょ!?」

レイカが怒鳴り返した先を見ると、派手なピンク色の髪をした青年が、飄々とした様子で手をあげている。

「俺よりも年下のクセに!そんなに「レイカさん」って呼んでもらいたかったら、俺を追い越してみろよ、ブフフッ。」

青年はそう言うと笑った。どこかで見たような態度と、笑い方だ。

まさかと思いながら、エルサイスを見る。エルサイスは口に手をあて、何か考え込んでいて、私の目線に気がついていないようだ。

「あ、あの子ね、なんか豚を育てたいって言って、村の外からきたの!ちょうど人手も足りなかったから雇ったのよ!」

「ほう。」

エルサイスが興味深かそうに合図うちを返すが、目線はレイカではなく、ずっと青年の動きを観察している。

単なる偶然なのか、それとも理解し難い現象が起きているのか。私には判断ができない。

「とても働き者で、気が回るんだけど……」

「おい、レイカ!」

「呼び捨てはやめて!」

レイカは、青年に怒鳴り返す。

「口がとっても悪いの、ね?」

青年はレイカの言うことを聞きはしない。

「レイカ、呼んでるだろ!ちょっとこいつ見てくれよ!」

青年はぞんざいな態度でレイカを呼びつける。これでは、どっちが雇い主なのかわからない。

「はぁい!待って!……って呼び捨てやめろ!」

レイカはそう言うと、私たちをおいて、青年の元へ走っていった。

「ねぇあれってさ……。」

私は我慢出来なくなって、まだ青年を観察しているエルサイスに尋ねる。

「まぁ可能性としては無くはないね。」

「まじかよ……。」

エルサイスの返答に私は驚愕する。

「偶然にしては出来すぎだし。」

エルサイスはそう言うと笑った。

「必然だとしても、出来すぎに思えるけど。」

私は首をかしげながらそう返す。

「ハッピーエンドもたまには悪くないんじゃない?」

エルサイスはそう言うと、村の出口へと足を向ける。私はそれについて行く。

「え?エルの願望なの?」

「いや、可能性があるのは確かだよ。魔物は死なない。倒されても、魂は生きていて、また新たに作られた肉体に戻る。」

あの豚は、救済者の奇跡を受けて、たしかに魔物化したが、魔物そのものになった訳では無い。あくまで魔物血を入れただけだ。

「そんなことが本当に?」

「わからないよ。」

エルサイスはそう言いながらも、口に手をあて考えている。

こうやって口に手をあてるのは、エルサイスのクセだ。何か熟考している時によくやる。こういう時は、何を聞いても曖昧で「そうかもしれない」とか「まだわからない」とかふわふわした答えしか返ってこないことが多い。

何かしらの答えが出るまで放っておくことにする。

考えながらも、エルサイスはちゃんと前を見て歩き、行き交う人を避け、段差につまづかないよう気をつけている。器用なものだなと思う。

暖かい風が吹いていた。天気は快晴。雲一つない青空が広がっていて、太陽が私の肌をジリジリと焦がす。

レイカは、あの青年と責任を分かち合うことができたかもしれない。彼の正体がなんであれ、それは喜ばしいことだ。

私は幼いレイカに「霞でも食ってろ」と言い放った。あれは本心だったけれど、わざわざレイカにそれをぶつける必要はなかったかもしれないと、少し反省する。

彼女は十分悩んでいた。自分だけの責任の上で、その重圧に苦しんでいたのだから、その上に赤の他人の私が正論をぶつけて叩くのは、酷な話だ。

言いたいことを言うのと、言わなければならないことを言うのは、同じように見えて、全然違うのだ。

あの時、エルサイスが止めてくれたおかげで、怒鳴らなかったのが、せめてもの救いだった。

それでも、私はあの時、レイカを許せなかった。生まれた時から食肉になるよう言い聞かせていたのに、レイカは最後の最後で裏切ったのだ。カッツが黙々と登ってきた梯子を、急に外した。

それでもカッツは自分の意思を貫いて、梯子を自分の力で登りきり、レイカまで救っていった。

改めて考えると、すごい豚だ。

私も、カッツと同じような経験をしたことがあるが、私は意思を貫けなかったし、誰も救うことができなった。

私を裏切ったのは、私の父親だった。

また嫌なことを思い出しそうになる。

顔を押さえて、頭を振る。記憶の奥深くに眠る化け物を起こさないように、私はため息をついて、不満の種を追い出す。今更思い出したところで、終わったことは、どうにも出来ないのだから。

「うん。」

と、急にエルサイスが1人で頷いた。私は顔を上げる。

「なんかわかった?」

私がそう聞くと、エルサイスは大真面目な顔で

「甘いものが食べたい。」

とだけ言った。

「はぁ?」

急にこいつは何を言い出すんだ。エルサイスは本当にわからない。真面目なのか、冗談なのか、しっかりしてるのか、天然なのか。

「人間の体の中で、1番消耗が激しい場所って知ってる?」

「知らん。」

「ちょっとは考えてよ。」

エルサイスはそう言って笑う。いつもなら無視するが、今日はまぁいいかと考えてみる。

「うーん……。ここかな?」

私は左胸を押さえながら答える。

「ずっとドクドク動いてうるさいし、大変そう。」

「惜しいね。」

エルサイスはなんだか楽しそうだ。

「心臓っていうのは、実によくできた器官なんだよ。一切無駄がない。規則的に全身に血を送り込むだけの単純で、でもとっても重要な器官だからこそ、ものすごく効率的なんだ。」

私たちは話しながら歩き、不老不死の村を出た。足は自然と公国に向かっている。

「人間の体で1番消耗が激しいのはね、ここだよ。」

エルサイスはそう言うと、自分の頭を指さす。

「頭?」

「そう、脳が、つまり考えることが1番大変なんだ。考えたり、悩んだり、想像したり、感情をコントロールしたり、とっても複雑なんだ。」

そう言われればそうかもしれない。私は体を動かしている時より、悩んでいる時の方が圧倒的に疲れる。

「脳は大飯喰らいなのに、ブドウ糖しか栄養にできない。」

「ブドウ糖?」

「簡単に言えば砂糖だよ。」

エルサイスはそう言うと、私の頭を撫でた。

「考えてもわかんない時、何かに悩んでるとき時、暴れだしたい感情を抑えている時、そんな時は、甘いものを食べるのが1番さ。」

本当にエルサイスは、私のことをよく見ている。でも、踏み込んではこない。丁度いい距離感だ。

「まぁ悪くないな。」

エルサイスの手を振り払うと、私は笑った。

「いちごパフェあるかなぁ?」

「私はケーキがいい。」

私たちはそう言い合いながら、公国の酒場を目指す。

真相はどうであれ、ハッピーエンドも悪くない。私はレイカとあの青年の幸せを密かに願った。

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