アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
エルサイスの心臓は早鐘の様に鳴っていた。手足は氷のように冷たいのに、額は玉のような汗をかいてる。
「大丈夫か?うなされてたぞ。」
クローバーが、エルサイスを心配そうに覗き込む。左手はずっと握ったままだ。
「あぁ……ルル……。」
エルサイスがうわ言のように呟きながら、右手で顔を覆う。
「ルル?」
クローバーが聞き返すが、エルサイスには聞こえていないようで、返事は返ってこなかった。
エルサイスは、今ここがどこで、自分が誰なのか、ぼんやりと思い出していた。思い出すことこそが、呪われた証。エルサイスは他の誰でもない、エルサイスだった。
「怖い夢でも見た?顔が真っ青だ。」
クローバーはエルサイスの額の汗を拭くタオルを取るため、立ち上がった。
その瞬間、エルサイスが右手を伸ばしてクローバーを抱き寄せた。
「わぁ!」
あまりにも急だったので、クローバーは受け身も取れず、ベットに倒れ込む。そこにエルサイスが覆いかぶさってくる。
「何!?やだ!」
クローバーは突然のことに恐怖を感じて、すぐにエルサイスを押しのけようとしたが
「ごめん。今だけ許して。」
と、エルサイスに懇願するように言われ、止まってしまった。
こんなエルサイスを見るのは初めてだった。抱きつくと言うよりは、すがりついてくるようなエルサイスに、クローバーは戸惑っていた。
「エル……?」
呼びかけても返事はない。荒い息遣いだけが返ってくる。
エルサイスは俯いたままクローバーの肩に顔をうずめていた。金髪の長い髪が、その顔を覆い隠していて、表情は見えない。ただ、クローバーの肩を強く掴んでいる手は、僅かに震えていた。
クローバーはそんなエルサイスを可哀想に思って、強ばらせていた体の力を抜き、受け入れる体勢をとる。
それに気がついたエルサイスは
「ごめん……。」
と言いながら、腕をクローバーの背中に回し、ぎゅっと抱きしめた。熱湯の入ったマグカップのように熱いエルサイスの体が、密着してくる。
「(このまま襲われたら、勝てないだろうな。)」
エルサイスの腕に大人しく抱かれながら、クローバーはそんなことを思う。
いくら後衛専門紙装甲のエルサイスでも、大人の男だ。完全なマウントを取られた状態で、クローバーが全力で抵抗したとしても、力では勝てない。
ただ、心配はしていなかった。それなりに信用していたから、クローバーはエルサイスを受け入れたのだ。
それに今エルサイスを拒否したら、何か大事なものを失ってしまう。根拠は全くないが、なぜかクローバーはそう確信していた。
一方エルサイスは、ただただクローバーにすがりついていた。そうしていないと、自分の体が、心が、全部バラバラになってしまう。そんな気がしていた。
さっき寝ている時に見たあれは、夢ではない。全部記憶だ。そこに、夢にあるような脚色や誇張はない。実際にあったことを思い出して見ていたのだ。
もう十何年前の子供の頃の記憶だった。忘れたいのに、こうしてふとした時に、繰り返し思い出す。
血で染まった大事な妹の姿が、瞼に焼き付いて離れない。目を開けたいが、開けたら泣いてしまいそうで、それも恐かった。
クローバーを抱く手に、思わず力が入る。
「んっ……。」
エルサイスの腕の中で、クローバーが苦しそうに呻き声をあげる。
ふと急に、クローバーが歌い出す。
1つ2つと花を数えていく、子守唄だった。
初めて聞いても、どこか懐かしいような、ゆったりとした歌だ。
小さな、でも、しっかりとした音程と、深みがある声でクローバーは優しく歌う。
エルサイスはクローバーの声に耳を傾けた。心地がいい。次第に腕の力が抜けていく。
そんなエルサイスの背中を、クローバーが赤ん坊を寝かしつけるように、テンポ良くポンポンと叩く。
悪い夢を見た時の対処法を、クローバーはよく知っていた。自分も何度もその経験があったし、その度に慰めてもらった記憶がある。
クローバーは、自分が母や姉たちにしてもらったことと、同じことを、エルサイスにしてあげた。
子供あやすように、優しく包む込むように。
最後の音が、空気に吸い込まれていくと、エルサイスは大きく深呼吸し、クローバーを解放した。
「落ち着いた?」
クローバーが起き上がりながら聞く。
「あぁ……ごめん……。」
エルサイスはしゃがれ声でそういいながらベットに座り直した。相変わらず、顔は髪で隠れていて、表情は見えない。
「クロ、ごめん……。」
「いいよ、別に。何か飲むか?」
「うん……。」
クローバーはベットから降りると、水を取りに席を外した。
クローバーがいない数十秒の間に、エルサイスは髪をかきあげ、前を向き、大きく深呼吸して、ベットサイドに置いてあるメガネをかけ、精神体勢を整える。
「ほい。」
クローバーが戻ってくる頃には、いつもの笑顔で
「ありがとう。」
と言えた。
見事な精神コントロールだが、クローバーはなぜだか悲しそうだ。
「大丈夫か?怖い夢見てたみたいだけど…。」
「うん……。」
エルサイスはコップの水を飲み干すと、ため息をついた。熱で頭が少しクラクラする。
「ルルの……妹の夢を見たんだ……。」
「妹?」