アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第33話 ポニーテール

僕らは国境沿いの道を、連邦へと向かって歩いていた。

今日はやけに風が強い。前を歩くクローバーの尻尾髪が、ふわふわと舞っている。僕の髪も荒ぶっていて、さっきから何度もかきあげて押さえていた。

「うざったそうだな。」

クローバーが振り返って僕に言う。

「切ってやろうか?」

「遠慮しとくよ。」

クローバーに任せたら、坊主にされかねない。

「短いのも似合うと思うんだけどなぁ。」

「僕はこの髪型を気に入ってるんだ。」

クローバーはそんなものかと言うように、肩を竦めた。

幼い頃から、なぜかずっと長髪だったので、髪を短くするのには抵抗があった。子供の頃、僕に錬金術を教えてくれた師匠に、1度だけバッサリ切られたことがあったが、あまりの似合わなさにショックを受けて、しばらく外出せず家にこもった思い出もある。

しかし、こんな風の強い日は、この長髪に多少の不便を感じてはいる。髪が気になって、戦闘に集中できないし、ミスや判断の遅れも増える。

前後左右、様々な角度から、風が吹いて、僕の髪はどんどん絡まっていく。手で梳くのも一苦労だ。

「まったく……。」

クローバーはぐちゃぐちゃの髪に苦戦している僕を見て、呆れたような声をだした。

そして、バックからヘアゴムを出して

「これ使え。」

と僕に渡してきた。クローバーが尻尾髪を結ぶのにいつも使っているヘアゴムだ。

「え、僕結んだことないからできない。」

「はぁ?そんな長い髪して結んだことねーとか嘘言うな。お風呂のときはどうしてんだよ?」

「お風呂は適当にぐちゃぐちゃ縛ってるけど、基本タオルで巻いて押さえてる感じかな。」

僕は長髪は好きだが、髪型のアレジメントは苦手だ。結んだり、飾ったり、そういうことにあまり興味がなかった。

今まで髪を結んだことは何度もあるが、やったのは妹とか、自称彼女とか、師匠の愛人とか、いつも自分以外の誰かだった。

「仕方ねーな。ちょっとこっちこい。」

クローバーはそう言うと、連邦へ向かう道を少し外れて、坂を上った岬の端に建つ、民家に向かった。

遠目から民家にしては立派だなと思っていたが、近くで見ると中々の迫力がある。

2階建ての立派な民家には、風車がついていて、この強風のおかげで、ギシギシ音をたてながら快適に回っていた。

クローバーは2階の玄関ヘ行く階段を避けて、建物の右側、物置の方へと歩いていき、ちょうど岩の影になるところに腰を降ろした。

「ここなら風もちょっとはましになるだろ。ほら、ここ座れ。」

クローバーはそう言うと、自分の足の間をぽんぽんと叩いた。

「何するの?」

そう聞きながら、クローバーの前に座る。

「何するって、髪を結ぶんだよ。」

バックからブラシを取り出したクローバーは、僕の髪を梳かす。

「いたたたた!痛いよ!」

ぐちゃぐちゃに絡まった僕の髪は、中々梳かせない。ブラシが引っかかっては、髪が引っ張られ、痛い。

「大人しくしてろ。」

クローバーは力強くブラシを動かしていたが、乱暴ではない。慣れた手つきで、少しずつ丁寧に絡まった髪をほどいていく。

「エルの髪はキレイだな。」

独り言のように、クローバーが漏らす。

「サラサラ、キラキラしてて。」

太陽と海の光を反射する僕の金髪を触って、クローバーはどこか嬉しそうだ。

僕はこの金髪にいい思い出はあまりない。この髪のせいで、幼少の頃は散々な目にあってきたのだ。

それでも、クローバーの嬉しそうな顔を見ると、その嫌な思い出が溶けていくような暖かさを感じる。

いつもそうだ。クローバーの何気ない言葉とか、仕草とか、そういうものに僕は救われている。いちいち言葉を飾らなくても、クローバーは大事なものを、いくつも僕にくれるのだ。

なんだか嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになって、僕は俯いた。

「動くなって。」

僕の心を救っているとは露知らず、クローバーは中々厳しい。

「おっし、ほどけたかな?鏡がないのが残念だな。今のエルの髪、最高にキレイだ。」

クローバーとしては、ここまで髪を梳かしたことを自画自賛したのだが、傍から見れば完璧に僕のことを褒めているようにしか聞こえない。

僕はおかしくなって笑った。

「なんだよ?」

笑っている僕に、クローバーがつっかかってくる。

「別に。嬉しいなぁと思って。」

「お前はホント、変なやつだな。」

クローバーは怪訝な顔した。

「どうする?どんな感じに結ぼうか?」

そう聞かれても、なんと答えればいいのかわからない。どんな結び方があるのか、僕は知らないのだ。

「わかんないから、クロに任せるよ。」

「じゃツインテールとか。」

「それは嫌。」

「じゃ三つ編み。」

「それもちょっと……。」

「お団子は?」

「なんか選択肢がおかしい。」

「わがままだなぁ!」

クローバーはそう言いながら笑った。僕をからかって面白がっている。

「無難にポニーテールにしようか。自分でも結べるような簡単な髪型の方がいいだろ。」

クローバーはそう言うと、ブラシで僕の髪を1つにまとめ始めた。

「よし、これでスッキリした。」

ポニーテールはあっという間に完成した。

「うんうん、この方がいい。似合ってるぞ。」

クローバーが満足げに頷く。

「首元がスースーするよ。」

顔の周りの髪が無くなって、視界がかなり良くなったと同時に、慣れない違和感を感じる。

「鏡があればいいのに。」

今自分がどうなっているのかすごく気になる。

「あ、この家の窓に写せばいいんじゃない?」

クローバーはいい案を思いついたという感じで、そう言うと、2階の玄関に続く階段を指さした。

髪型を確認するためだけに、わざわざ他人の家の敷地に入るのは気が引けたが、今はどうしても見たいという欲求が勝っていた。

僕らは階段を上がって玄関の前に立つ。ドアの小さな小窓には、ちょうどカーテンがかけられていて、姿が写しやすい。

「おぉ……。」

僕は感嘆の声をあげた。

「似合ってるだろ?」

クローバーは得意そうだ。

「うん。いい……いいね!ありがとう!」

自分でも、似合っていると思った。毎日これでもいいかもしれない。

「後で結び方教えるから。」

「え、これからもクロがやってくれるんじゃないの?」

「自分のことは、自分でやれ。」

クローバーはそう言うと、色違いのヘアゴムを何本か僕にくれた。甘やかしてはくれないようだ。

それでも、僕は幸せ気持ちになった。

「さぁ行くぞ。」

クローバーがそう言って階段を降りようとしたその時、下からブライドが上がってきた。黒いショートカットが良く似合う、真面目そうな青年だ。

「君たちも、エージンさんに用が?」

「いえ、たまたま寄っただけです。」

僕が答える。

「そうか。」

公国側の国境警備を任されているブライドが、こんな民家に何の用なのだろうか。

ブライドはドアの前で一瞬ため息をつくと、呼び出しのベルを鳴らした。

返事はない。

「エージンさん、ここを開けてください。みんな心配してるんですよ。こんな人里離れたところにひとりで暮らして。」

ブライドが家の中に向かって、そう呼びかける。

「かまうな!私は孤独を愛する天才だ。自由にさせろ。」

家の中から、しゃがれた老人の声が返ってくる。

「天才とは大きくでたもんだな。」

クローバーがどうでも良さそうに感想を述べる。

「病気になったらどうするんです?」

「薬ぐらいなら自分でなんとかできる!私は天才錬金術師なのだぞ!」

「1度でいいから、ここを開けてください!顔を合わせて話をしましょう、お願いします!」

ブライドは中々引き下がらない。

「やだね!」

家の中から、ぞんざいな答えが返ってくる。

「放っておけばいいのに。」

クローバーがそう漏らす。

わざわざこんなところまできて、住人の安否確認をする必要があるのか疑問だ。

「エージンさん!」

ブライドがうんざりしたように呼びかける。

しかし、もう何も返ってくることはなかった。

「まったく……。」

ブライドはそう言い残すと去っていった。

一体なんのためにこんなことをしているのだろう。この家のエージンという人はブライドを拒んでいる。ブライドもこの仕事を好きでやっているわけではなさそうだ。どっちも迷惑してるのに、なぜやめないのだろうか。

世の中は不条理なこと溢れている。

「……まだそこに誰かいるのか?心配するなと言っただろう。あぁ、土産があるならそこへ置いていけ。」

「ちゃっかりしてるじいさんだな。」

クローバーは呆れ顔でそう言うと、階段を降りていく。

僕はもう一度小窓に自分の姿を写して、髪型を確かめると

「うん。いい。」

と呟いた。

僕は満足した気持ちで、クローバーのあとに続いた。

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