アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
僕らは国境沿いの道を、連邦へと向かって歩いていた。
今日はやけに風が強い。前を歩くクローバーの尻尾髪が、ふわふわと舞っている。僕の髪も荒ぶっていて、さっきから何度もかきあげて押さえていた。
「うざったそうだな。」
クローバーが振り返って僕に言う。
「切ってやろうか?」
「遠慮しとくよ。」
クローバーに任せたら、坊主にされかねない。
「短いのも似合うと思うんだけどなぁ。」
「僕はこの髪型を気に入ってるんだ。」
クローバーはそんなものかと言うように、肩を竦めた。
幼い頃から、なぜかずっと長髪だったので、髪を短くするのには抵抗があった。子供の頃、僕に錬金術を教えてくれた師匠に、1度だけバッサリ切られたことがあったが、あまりの似合わなさにショックを受けて、しばらく外出せず家にこもった思い出もある。
しかし、こんな風の強い日は、この長髪に多少の不便を感じてはいる。髪が気になって、戦闘に集中できないし、ミスや判断の遅れも増える。
前後左右、様々な角度から、風が吹いて、僕の髪はどんどん絡まっていく。手で梳くのも一苦労だ。
「まったく……。」
クローバーはぐちゃぐちゃの髪に苦戦している僕を見て、呆れたような声をだした。
そして、バックからヘアゴムを出して
「これ使え。」
と僕に渡してきた。クローバーが尻尾髪を結ぶのにいつも使っているヘアゴムだ。
「え、僕結んだことないからできない。」
「はぁ?そんな長い髪して結んだことねーとか嘘言うな。お風呂のときはどうしてんだよ?」
「お風呂は適当にぐちゃぐちゃ縛ってるけど、基本タオルで巻いて押さえてる感じかな。」
僕は長髪は好きだが、髪型のアレジメントは苦手だ。結んだり、飾ったり、そういうことにあまり興味がなかった。
今まで髪を結んだことは何度もあるが、やったのは妹とか、自称彼女とか、師匠の愛人とか、いつも自分以外の誰かだった。
「仕方ねーな。ちょっとこっちこい。」
クローバーはそう言うと、連邦へ向かう道を少し外れて、坂を上った岬の端に建つ、民家に向かった。
遠目から民家にしては立派だなと思っていたが、近くで見ると中々の迫力がある。
2階建ての立派な民家には、風車がついていて、この強風のおかげで、ギシギシ音をたてながら快適に回っていた。
クローバーは2階の玄関ヘ行く階段を避けて、建物の右側、物置の方へと歩いていき、ちょうど岩の影になるところに腰を降ろした。
「ここなら風もちょっとはましになるだろ。ほら、ここ座れ。」
クローバーはそう言うと、自分の足の間をぽんぽんと叩いた。
「何するの?」
そう聞きながら、クローバーの前に座る。
「何するって、髪を結ぶんだよ。」
バックからブラシを取り出したクローバーは、僕の髪を梳かす。
「いたたたた!痛いよ!」
ぐちゃぐちゃに絡まった僕の髪は、中々梳かせない。ブラシが引っかかっては、髪が引っ張られ、痛い。
「大人しくしてろ。」
クローバーは力強くブラシを動かしていたが、乱暴ではない。慣れた手つきで、少しずつ丁寧に絡まった髪をほどいていく。
「エルの髪はキレイだな。」
独り言のように、クローバーが漏らす。
「サラサラ、キラキラしてて。」
太陽と海の光を反射する僕の金髪を触って、クローバーはどこか嬉しそうだ。
僕はこの金髪にいい思い出はあまりない。この髪のせいで、幼少の頃は散々な目にあってきたのだ。
それでも、クローバーの嬉しそうな顔を見ると、その嫌な思い出が溶けていくような暖かさを感じる。
いつもそうだ。クローバーの何気ない言葉とか、仕草とか、そういうものに僕は救われている。いちいち言葉を飾らなくても、クローバーは大事なものを、いくつも僕にくれるのだ。
なんだか嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになって、僕は俯いた。
「動くなって。」
僕の心を救っているとは露知らず、クローバーは中々厳しい。
「おっし、ほどけたかな?鏡がないのが残念だな。今のエルの髪、最高にキレイだ。」
クローバーとしては、ここまで髪を梳かしたことを自画自賛したのだが、傍から見れば完璧に僕のことを褒めているようにしか聞こえない。
僕はおかしくなって笑った。
「なんだよ?」
笑っている僕に、クローバーがつっかかってくる。
「別に。嬉しいなぁと思って。」
「お前はホント、変なやつだな。」
クローバーは怪訝な顔した。
「どうする?どんな感じに結ぼうか?」
そう聞かれても、なんと答えればいいのかわからない。どんな結び方があるのか、僕は知らないのだ。
「わかんないから、クロに任せるよ。」
「じゃツインテールとか。」
「それは嫌。」
「じゃ三つ編み。」
「それもちょっと……。」
「お団子は?」
「なんか選択肢がおかしい。」
「わがままだなぁ!」
クローバーはそう言いながら笑った。僕をからかって面白がっている。
「無難にポニーテールにしようか。自分でも結べるような簡単な髪型の方がいいだろ。」
クローバーはそう言うと、ブラシで僕の髪を1つにまとめ始めた。
「よし、これでスッキリした。」
ポニーテールはあっという間に完成した。
「うんうん、この方がいい。似合ってるぞ。」
クローバーが満足げに頷く。
「首元がスースーするよ。」
顔の周りの髪が無くなって、視界がかなり良くなったと同時に、慣れない違和感を感じる。
「鏡があればいいのに。」
今自分がどうなっているのかすごく気になる。
「あ、この家の窓に写せばいいんじゃない?」
クローバーはいい案を思いついたという感じで、そう言うと、2階の玄関に続く階段を指さした。
髪型を確認するためだけに、わざわざ他人の家の敷地に入るのは気が引けたが、今はどうしても見たいという欲求が勝っていた。
僕らは階段を上がって玄関の前に立つ。ドアの小さな小窓には、ちょうどカーテンがかけられていて、姿が写しやすい。
「おぉ……。」
僕は感嘆の声をあげた。
「似合ってるだろ?」
クローバーは得意そうだ。
「うん。いい……いいね!ありがとう!」
自分でも、似合っていると思った。毎日これでもいいかもしれない。
「後で結び方教えるから。」
「え、これからもクロがやってくれるんじゃないの?」
「自分のことは、自分でやれ。」
クローバーはそう言うと、色違いのヘアゴムを何本か僕にくれた。甘やかしてはくれないようだ。
それでも、僕は幸せ気持ちになった。
「さぁ行くぞ。」
クローバーがそう言って階段を降りようとしたその時、下からブライドが上がってきた。黒いショートカットが良く似合う、真面目そうな青年だ。
「君たちも、エージンさんに用が?」
「いえ、たまたま寄っただけです。」
僕が答える。
「そうか。」
公国側の国境警備を任されているブライドが、こんな民家に何の用なのだろうか。
ブライドはドアの前で一瞬ため息をつくと、呼び出しのベルを鳴らした。
返事はない。
「エージンさん、ここを開けてください。みんな心配してるんですよ。こんな人里離れたところにひとりで暮らして。」
ブライドが家の中に向かって、そう呼びかける。
「かまうな!私は孤独を愛する天才だ。自由にさせろ。」
家の中から、しゃがれた老人の声が返ってくる。
「天才とは大きくでたもんだな。」
クローバーがどうでも良さそうに感想を述べる。
「病気になったらどうするんです?」
「薬ぐらいなら自分でなんとかできる!私は天才錬金術師なのだぞ!」
「1度でいいから、ここを開けてください!顔を合わせて話をしましょう、お願いします!」
ブライドは中々引き下がらない。
「やだね!」
家の中から、ぞんざいな答えが返ってくる。
「放っておけばいいのに。」
クローバーがそう漏らす。
わざわざこんなところまできて、住人の安否確認をする必要があるのか疑問だ。
「エージンさん!」
ブライドがうんざりしたように呼びかける。
しかし、もう何も返ってくることはなかった。
「まったく……。」
ブライドはそう言い残すと去っていった。
一体なんのためにこんなことをしているのだろう。この家のエージンという人はブライドを拒んでいる。ブライドもこの仕事を好きでやっているわけではなさそうだ。どっちも迷惑してるのに、なぜやめないのだろうか。
世の中は不条理なこと溢れている。
「……まだそこに誰かいるのか?心配するなと言っただろう。あぁ、土産があるならそこへ置いていけ。」
「ちゃっかりしてるじいさんだな。」
クローバーは呆れ顔でそう言うと、階段を降りていく。
僕はもう一度小窓に自分の姿を写して、髪型を確かめると
「うん。いい。」
と呟いた。
僕は満足した気持ちで、クローバーのあとに続いた。