アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「よく来たな。待っていたぞ。」
老人はそう言うと、僕らに席に座るよう促した。
白髪の老人は、両サイドをスキンヘッドにしていて、鼻の下に立派な髭が生えている。右目には奇抜な形のゴーグルをしていた。
「(何か特殊なレンズなのかもしれないな。)」
僕はあまり見つめすぎない程度に、ゴーグルを観察した。
あちこち見たくなってしまう。僕は年甲斐もなく、ワクワクしていた。そんな僕をクローバーが肘で小突いてくる。落ち着けってことらしい。
「改めて、礼を言う、ありがとう。私はエージンという。」
「こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます。僕はエルサイス。こちらは……。」
「クローバー。」
「です。」
僕らはそれぞれ自己紹介する。
エージンは棚からクッキーを出すと、皿に移し、僕らに振舞ってくれた。クローバーは遠慮なくそれを1つ取ると、口に放り込む。美味しかったみたいだ。口をもぐもぐしながら嬉しそうにしている。
「私は歳をとってはいるが、まだまだイケてる天才だ。」
エージンが話し出す。
「こいつはビモットとという。私の凄腕錬金術で作り出した機械人形だ。今はコイツと私の2人暮らし。言わば私の娘も同然だな。」
「娘?私は何となく息子だと思ってたけど……。」
クローバーが口を挟む。機械に性別は無いのだから、どっちでもいい気がする。
「息子か?いや、娘の方がいいな!」
エージンには、エージンのこだわりがあるらしい。
しばらく僕はエージンと、錬金術の話をした。エージンは博識で、僕の質問や疑問になんでも答えてくれたし、新たな疑問や問題点を見つけてくれた。白熱する議論についていけないクローバーは、美味しいクッキーを食べながら、つまらなそうにあくびをしていた。
「うーん……。いい線はいってたと思ったんだけどなぁ。ダメかぁ……。」
カッツのことから思いついた、魔物化した動物が人間に転生する理論について、エージンにコテンパンに論破された僕は、ため息をついた。悔しいが、完敗だ。悔しがる僕を、クローバーが嬉しそうに見ている。
「楽しそうだね。」
クローバーはそう言いながら、クッキーを食べた。最後の1枚だった。
「そんなに食べると、夕飯が食べられなくなるよ。」
僕が注意しても、クローバーは肩を竦めるだけで、悪びれるようすはない。
「おお、どうちたぁ、ビモット。」
エージンがそう、ビモットに話しかけたので、僕もクローバーもそちらを見た。
「具合が悪いのかい?ちょっと見てやろう。」
エージンはそう言うと、ビモットの顔を覗き込む。
「ゴミが入ったわけでもなさそうだが……。ああ、これだ。採光レンズに傷がついておるな……」
僕らから見れば、ビモットのようすはずっと変わっていなかった。エージンはその脅威の観察力で、ビモットの不調にいち早く気がついたのだ。
素直にすごいなと思う。
「『ジルコニア』が必要か。たしかここに……ないな。」
棚の引き出しを漁っていたエージンは、困ったような苦い顔をした。
「とってきましょうか?」
僕はつい、そう口に出してまっていた。
「おお……お願いできないかね。この子の体調を治すために『ジルコニア』という石を持ってきて欲しい。石炭ほどではないが、内陸の方ではよく見かける石だ。」
今更もう遅いが、クローバーの顔色を伺う。怒った様子も、面倒臭そうな様子もない。どうでもいいという感じだ。僕は少し安心する。
僕らは軽く準備をすると、ジルコニアを取りに国境沿いの道へと向かった。
今日のクローバーは、どこか機嫌がいい。テバサキにグラウンドショットを放ち倒しながら、気持ちよく体を動かしている。
「なんかご機嫌だね。」
「そうかぁ?」
テバサキが落としたジルコニアを拾いながら、クローバーがどうでもよさそうな返事をする。
「私なんかより、エルの方がよっぽどご機嫌だぞ。」
「そう?」
言われても、自分ではよくわからない。
でも、お互いご機嫌なのだとしたら、それはそれで素晴らしく幸せなことだと思う。
「あのじーさんはどうだ?」
「どうって?」
「話してて楽しいか?」
「うーん……楽しいとはまた別かなぁ……。何日も一生懸命考えた理論を、数分で論破されるのは、中々堪えるものがあるよ。」
僕はそう苦笑いをする。
「それでも、勉強にはなるから、すごい面白い。そんな感じかな?」
「やっぱり、楽しそうだ。」
クローバーはそう言うと、嬉しそうに笑った。僕のこの複雑な気持ちが、ちゃんと伝わっていない気もするが、クローバーが嬉しそうなら別に伝わらなくてもいいかと思う。
「私じゃさ、相手にならないからさ。」
「何の?」
「エルの議論の。私はエルが何言ってるかさっぱりわらん。難しくて。」
「気にしてた?」
「いや、全然。」
クローバーはあっけらかんとしている。
「できないもんは、できないし。したいともあんま思わないし。」
クローバーは僕と議論がしたいわけでも、難しくて、おいてけぼりになることが嫌なわけでもないようだった。
「剣術ってのはさ、こうして雑魚ばっかり狩ってると、知らないうちに腕がどんどん鈍っていくんだ。」
クローバーはそう言いながら、テバサキとメロミを、セイクリッドサークルでまとめて倒す。
「たまには自分の全力を出し切らないと、強さを保てなくなる。」
クローバーは、学問も同じだと考えたのだ。
「エルが思いっきり議論できる場ができて、ちょっと安心したよ。」
クローバーの理論は正しい。むしろ剣術よりも、学問の方が鈍りやすいと、僕は思った。
1人で考えていると、思考が固まりやすい。同じ考えに固執たり、間違いに気づけなかったり、簡単な見落としをしていたり、学問は腐りやすいのだ。
たまに誰かとしっかり全力で議論して、考えをアップデートするのは、とてもいいことだと思う。
クローバーが、そこまで僕のことを考えてくれてるとは、思ってもみなかった。
「クロ、ありがとう。」
そうお礼を言う僕を、クローバーは鼻で笑った。
「別に、エルのためじゃないさ。エルの思考を整理するために、質量保存の法則とか、カタストロフィー理論だとか、訳の分からない話を延々と聞かされるのが面倒なだけ。」
クローバーはそう言って笑った。どうやら照れてそう言ってるわけではないらしい。それが本音のようだ。
僕は苦笑いを返す。考え行き詰まると、ついつい1度クローバーにアウトプットして整理するクセが僕にはあった。クローバーは優しいので「うんうん」黙って聞いててくれたが、中々の負担だったらしい。
「嫌だった?」
「うーん……別にそんなに嫌ではないけど、寝たくないのに眠くなるのが困るね。」
僕は笑った。クローバーは本当に正直だ。
「さぁ、ジルコニアが集まったぞ。じーさんに渡しに行こう。」
クローバーは集めたジルコニアを、僕に投げてよこした。中々の重さがある。
「加工するところ見てもいい?」
「いちいち顔色伺うな。面倒なやつだなぁ。好きにしろ。」
クローバーはそう言いながらあくびをしている。
楽しいことをしていると、すぐ取り上げられた過去がある僕は、ついビクビクして、クローバーの顔色を伺ってしまう。
クローバーは僕が楽しんでいても、怒ったり、馬鹿にしたりしない。むしろ、一緒に楽しんでくれる。そうわかっていても、幼い頃から染み付いた習慣というものは、中々抜けないものなのだ。
それでも、少しずつこの呪縛から抜け出せればいいなと思う。
僕はウキウキしながら、エージンの家へ向かった。