アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「アジーロと結婚しろ。」
「はぁ?」
クローバーは、父親が何言っているのか理解できなかった。
「アジーロはいい騎士だ。お前のことをよく気にかけていたし、認めてもいる。」
「何言ってんだよ……。親父……。」
頭の上から、冷水を浴びせられたような衝撃が、クローバーの中を駆け巡る。手足が冷たくなっていく。でも、頭の中だけは、怒りで熱く燃えていた。
アジーロとは、確かに仲が良かった。養成所でいじめられていた時は、何度も助けられたし、先の遠征では、クローバーの部下として、大いに力になってくれた。
でも、それだけだ。好きとか嫌いとかではない。同じ仲間だと思っていた。
「アジーロも、いいと言ってくれている。」
「ふざけんなよ!そんなの納得出来るか!」
裏切られた気分だった。何かの冗談であってほしいと思っていた。自分が今まで生きてきた大事な基盤が、根底から覆されそうになっている。
「もう決まったことだ。」
父親の意思は、固いようだ。
「私は今まで、お前を騎士にするために、努力してきた。周囲を説得し、根回しし、汚い取引もした。しかし、もう無理だ。これ以上お前を守ることはできない。」
「守ってくれなんてお願いしてねーよ!」
「騎士はそんな甘いものじゃないんだ!」
父親の怒鳴り声に、クローバーは一瞬怯む。でも、引けなかった。ここで引いたら自分の今までの人生が、全て無駄になってしまう。
「甘くないからこそ、誰よりも努力してきたんだ!なのに!」
「女は騎士にはなれないんだ。」
父親のきっぱりした物言いに、クローバーの心は、バラバラに壊れた。
「なんで……親父がそれを言うんだよ……。やっとここまできたのに、なんで今更……。」
悔しかった。父親の願いである騎士になるため、ずっとずっと『女』であることに抗い続けてきた。それなのに父親は、最後の最後でクローバーを裏切った。
『女に生まれたこと』がクローバーにトドメを刺したのだ。
「もうお終いなんだ。騎士になるのは諦めろ。」
涙は出なかった。ただただ、深い闇が広がっていくような、絶望だけがそこにはあった。
そうして、騎士リオンは死んだのだった。
誰かが、宿の部屋の扉をノックしている。
「クロ?開けるよ?」
エルサイスはクローバーが返事をする前に、ドアを開け部屋に入った。
「ちょっとはスッキリしたかい?」
両手いっぱいに抱えた荷物をテーブルに置きながら、エルサイスがクローバーに話しかける。
クローバーはベットに寝転がったまま、泣き腫らした目で、それをただ見ていた。
「喉乾いたでしょ。チップさんから新作のジュースもらってきたから、飲むといいよ。」
エルサイスはそう言ってストローの刺さった紙コップをクローバーに差し出す。クローバーは無言のままそれを受け取ると、ベットに座り直し、1口飲んだ。
柑橘系の飲み物だ。炭酸が入っていて、爽やかな味わいだった。
「美味しい?」
「うん……。」
「ならよかった。」
エルサイスは買ってきた荷物の整理を始める。あまりクローバーを構わないようにしているようだった。クローバーはその気遣いが嬉しくて、そして少し寂しい。
「ねぇ……。」
「んー?」
「私が男だったら、どうする?」
「え?」
エルサイスは首を傾げながらクローバーを見た。クローバーは真剣な顔で、ふざけているわけではないようだ。
「どうするって言われてもなぁ……。まぁどうもしないかな?」
「嫌?」
「別に気にしないけど。」
「私はさ、男に生まれたかったんだ。」
クローバーが何か話し出しそうな気配を感じたエルサイスは、手を止め椅子に座ると、聞く体制を取る。
クローバーは、ポツリポツリと、リオンとして生きた数年間の話をエルサイスにした。エルサイスは、クローバーの話を静かに聞いていた。
「あの頃は、なんで私は『女』なんだろうって。ずっとずっと自分が『女』であることを呪って生きてた。」
クローバーは抑えきれなくなって、泣き出した。
「なんで……?私は『女』なの?」
「クロは、悪くないよ。」
エルサイスが、クローバーにハンカチを渡しながら言う。
「悪いのは『女』ってだけで差別するやつらだ。生まれ持ったものは変えられないんだからさ。」
そんなことはクローバーだってわかっていた。でも、その差別があまりにも大きすぎて、クローバーはたくさんのものを失ったのだ。
「ねぇクロ、僕はクロが男か女かなんて気にしないよ。僕はクロが強くて、優しくて、かわいいって知ってるし、そこに男も女もないでしょ?」
「かわいいは余計だ。」
不満げなクローバーを、エルサイスは笑い飛ばす。
「辛い話をしてくれてありがとう。僕は男でも女でもない、クローバーっていう存在の味方だよ。」
エルサイスはそう言うと、クローバーの髪をクシャっと撫でた。
クローバーは『女』のままだし、今から騎士にもなれないし、周囲の差別もなくならない。何も変わっていないが、なぜかクローバーの心は、ほんの少し晴れていた。
こうして吐き出して、少しずつ折り合いをつけていくしかないのだ。過去は変えられないのだから。
「ところで……クロにお願いがあるんだ。」
「なんだよ急に。」
クローバーは涙をハンカチで拭うと、首を傾げた。
「材料は買ってきたから、一緒に、ホットケーキを作ってくれないかな?」
「はぁ?」
なぜかわくわくしているエルサイスを、クローバーは呆れ顔で見つめ返した。