アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
小さなキッチンに、クローバーとエルサイスはくっつくように立っていた。
「お前何個ホットケーキ作るつもりなんだよ。」
クローバーが小麦粉の入った大袋を抱えながら言う。
「どれくらい必要なのかわからなくて……。」
「だからって、どう考えたって1kgも必要ねーだろ。」
エルサイスは、キッチンに立って料理をしたことが、一切なかった。
幼い頃は専属の料理人がいたし、錬金術の師匠と暮らすようになってからは、師匠の愛人たちが入り浸っていたので、その人達が作っていたし、自分で合成ができるようになってからは、錬金術で料理をつくっていた。
「まずな、買い物の段階で、料理は始まってんだよ。」
クローバーはそういいながらも、小麦粉の袋を開ける。
「じゃ、小麦粉を200g計る。」
「だいたいじゃダメ?」
小麦粉の袋を受け取ったエルサイスが、袋から直接ボールに小麦粉を入れようとする。
「あのなぁ、料理初心者が失敗する最大の理由は……材料を!ちゃんと!計らないからだ!心に刻め!」
「はい!先生!」
エルサイスはそう言いながら敬礼する。クローバーもまんざらでもなさそうだ。
「私くらいになれば目分量でいけるが、ホットケーキ数枚作るのに、小麦粉1kgも買ってくるやつが、目分量なんてできると思うな。」
エルサイスはぐぅの音も出ない。
おずおずと小麦粉を計量し始めるエルサイスの横で、クローバーはタマゴと牛乳を手早く混ぜ始める。
「懐かしいなぁ。よくこうやって、母様や姉様たちと料理をしたよ。」
父親に結婚を言い渡されたクローバーは、騎士の養成所を辞め、実家に戻った。
母親はクローバーを歓迎すると、今まで女らしいことを何一つ教えてあげられなかったことや、父親を止めることができなかったことを、クローバーに謝罪した。そして「結婚なんかしなくていい」と言ってくれた。
「あなたは、あなたの道を進みなさい。あなたにはその力があるわ。」
母親はそう言って、クローバーに1人で生きていくための術を叩き込んだ。
料理、洗濯、裁縫、整理整頓、自分のことは全部自分でできるように、教育してくれた。
特に料理は、しっかり教えてくれた。母親自身が料理好きだたったこともあるが、毎日食べるものは、何よりも尊い生きる糧になるというのが、彼女の持論だったからだ。
先に結婚して家を出ていた姉たちも、私が実家に帰って来たことを聞いて、よく会いに来てくれるようになった。
「母様と姉様たちと、ホットケーキみたいな簡単なお菓子から、本格的なビーフシチューまで、いっぱい作ったよ。」
クローバーは混ざったタマゴと牛乳に砂糖を加える。そこにエルサイスが、きちんと200g計った小麦粉をドサッと入れる。
「クロのビーフシチュー食べたいなぁ!!」
「機会があったらな。」
クローバーはエルサイスに泡立て器を持たせると、材料を混ぜるよう言った。
「ダマにならないように優しく混ぜろよ。」
「はーい。」
材料を混ぜているエルサイスを横目で見ながら、クローバーはフライパンを火にかけ温め始める。
「家に戻って2年くらいはさ、すごい濃い体験をいっぱいした。」
庭を大改造して作物を育てたり、近所の子供たちを集めて剣術教室を開いたり、船に乗って旅行したり、真夜中に天体観測をしたり。
クローバーの母親は、クローバーが少しでも興味を持ったものは、何でもやらせてくれたし、自らも様々な提案をし、クローバーの興味を引き出した。
「今思えば、母様は私に、世の中には騎士以外にも、色んな生き方があるって教えてくれてたんだなって。」
クローバーはそう言いながら、生地を混ぜていたエルサイスの手を掴む。
「混ぜすぎ。そんなに混ぜたら泡立っちゃうよ。」
「ごめん、ごめん。ついグルグルしたくなっちゃって。」
エルサイスは苦笑いを返す。
クローバーは一旦火を止め、熱したフライパンを少し冷ます。
「焼かないの?」
エルサイスは早く焼きたそうに、生地入ったボールを持ってソワソワしている。
「落ち着け。一旦冷ましてからじゃないと、焼きムラがでるんだ。でも、もういいかな?」
クローバーはそう言うと、再び火をつけた。
「エル、初心者が失敗する理由その2!」
「その2!」
エルサイスが復唱する。
「最初から強火を使う!」
「最初から強火を使うと失敗する!」
「火加減がわからないうちは、弱火もしくは中火で焼くこと。心に刻め!」
「はい!先生!」
2人は顔を見合わせて笑った。
楽しい時間だった。
母親は、クローバーに色々な道を示してくれた。でもクローバーは、何をやっても、剣術だけはやめられなかった。毎日朝と夕方、何があっても必ず剣を振るった。
「生地入れていい?」
「いいよ。入れすぎるなよ。」
エルサイスがフライパンに生地を流し込むと、一瞬だけ、ジュっと生地が焼ける音が鳴る。
「クロが、2年間実家で暮らしてる間、結婚の話はどうなってたの?」
エルサイスが生地が焼けるのを待ちながら聞く。
「うん?母様がさ、今花嫁修業してるからって誤魔化してた。」
クローバーはそう言いながら笑った。
「結婚させる気なんてさらさらなかったのにね。」
強かな母親だった。クローバーが幼い頃は、父親に逆らえず、言われるがままだったが、だからこそ、そのことを後悔して、傷ついて帰ってきたクローバーを、守ってくれたのだ。
「でもまぁ、流石にそんなに長くは誤魔化せなかったよ。だからさ、アジーロに直接言ってやったんだ。私は私より弱いやつとは結婚しないって。」
「ハードル高いなぁ。」
エルサイスは、クローバーに勝てる自信がまったくなかった。20mくらい離れたところから遠距離魔法で攻撃するとか、罠で動けないところを叩くとか、卑怯なやり方しか思いつかない。それでも尚、勝てる気はしない。
表面にプツプツとした穴が出てきて、ホットケーキが焼きあがってきた。クローバーはフライパンを軽く振ると、ポーンと生地を高く飛ばし、ひっくり返した。
「おぉ!」
エルサイスは興奮した声をあげる。
「すごい!僕もやりたい!」
「やめとけ。掃除するはめになるぞ。」
ホットケーキの甘い匂いが、部屋を満たしていく。
「アジーロさんはさ、それで納得したの?」
「うん?まぁ元々私の性格はある程度わかってたヤツだからな。納得っていうか、まぁほら……決闘だよね。」
「あ、本当に戦ったんだ。」
クローバーは澄ました笑顔を浮かべる。
「中々楽しい試合だったよ。」
「負けたら結婚だよ?よかったの?」
「負ける気しなかったからな。」
それほどまでに、クローバーは努力していたのだ。実際、クローバーはアジーロに勝利し、結婚の話は無くなった。
「アジーロさんはそれで引き下がったんだ?」
「ちょっとゴネたけど、もう私との間に信頼関係はなかったし、最後は諦めてくれたよ。」
クローバーはアジーロを仲間だと、対等な関係だと思っていた。でも結局彼も、クローバーが『女だから』守っていただけに過ぎなかった。クローバーは、それが本当に嫌で、酷い裏切りの1つだと思っていた。
「親父はカンカンだったけど、その親父もぶっ倒したからな。」
「え?誰が誰を?」
「私が、親父を。」
エルサイスは震え上がる。
「そりゃ……クロのお父様も感慨深かったろうね……。」
「そうだな。まさか娘に倒される日が来るとは夢にも思わなかっただろうね。」
中々痛快な話だった。結局、クローバーを『女だから』で抑圧してきた者達は、誰1人クローバーに勝てなかったのだ。
「で、最終的に私は家を出て、冒険者になって、自由を手に入れました。めでたし、めでたし。」
クローバーはそう言いながら、焼きあがったパンケーキを皿に移した。
「ほい、できたよ。次のやつはエルが焼く?」
「うんうん、やりたい!」
クローバーはエルサイスに場所を譲ると、横で様子を見守る。
「火加減は?」
「弱火か中火です!先生!」
「よし、おっけー!」
過去は変えられない。クローバーは『女』ということだけで、今まで散々な目に遭ってきたが、今はこうして、エルサイスと対等な立場を築いて、楽しめている。
「だから!!やめとけって!」
クローバーのマネをして、エルサイスがフライパンを振った。生地はひっくり返るどころか、そのままグチャっと床に落下した。
「あぁ!」
悲痛な叫びを漏らすエルサイス。
「馬鹿なやつだな。」
クローバーはそう言いながらも笑った。
クローバーが『女』であることは変えようもない事実だ。でも、本来、女だからできないものも、男だからできないものも、ないはずなのだ。しかし、人の思想が、差別が、それを許さないことがある。クローバーはその被害者だった。
それでも今のクローバーは自由だ。
落ちた生地を片付けながら
「もう1回やっていい?」
とエルサイスが上目遣いで、クローバーに聞く。
「絶対失敗するからやめろ。」
クローバーは呆れ顔でそう返す。
クローバーは、剣で戦えるし、料理だってするし、無謀な挑戦をしようとするパートナーを嗜めることも出来る。
そうしてクローバーとエルサイスは、ワイワイしながら生地を焼き、出来上がったホットケーキを2人でお腹いっぱい食べた。
変えられないものを、嘆きたくなる時は、きっとまたくる。それでも、今は、この時間をただ楽しもうと、クローバーは思った。
そうして2人は暖かく幸せな時間を過ごしたのだった。