アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
私はそれなりの時間、釣りを楽しんだ。エルサイスも隣で話をしながら、付き合ってくれた。
ウイリススカープが6匹、スティグマサーモンが3匹、長靴が4個、トレジャーいっぱい、そして珍しいワイルドキンギョが1匹。中々の大漁だ。
1度公国に戻って、魚をネコにあげようかと話していると、橋の向こう、噴水のある広場の方から、エナが走ってきた。
「ちょうどいいところに居た」
そう言うエナの隣にはさっき見た白衣装の女、救済者がいる。
なぜだか胸騒ぎがする。
「寝たきりの爺さんがここにいるんだけど、爺さんに奇跡をかけてもらって、こいつらが本物かどうか、見極めようと思うのよ」
私もエルサイスもギョっとする。
「(魚だけに…。)」
そんなめちゃくちゃくだらないギャグを思いついたが、口に出す状況ではないのは、流石にわかった。
「一緒に証人になってよ」
そう言うエナに、私は違和感を覚える。
エルサイスの様子を伺う。あまり表情は動いていないが、気乗りしない様子だ。
「それってその爺さんを実験台にするってこと?」
私の問いにエナが答える前に
「順番もありますから、その人だけ特別というわけには」
と、救済者が口を挟む。
「いいから、ほら、こっちこっち!」
エナは私の質問には答えずに、爺さんの家の前に救済者を引っ張っていく。
「こういう寝たきりの人ほど、助けなきゃいけないんじゃないの?それとも、動ける人しか助けられないっていうの?」
なんとも安い挑発だ。いくら火がつきやすい私でも、こんな馬鹿げた挑発に乗ったりしない。
「そんなことはありません!」
しかし、救済者は乗るようだ。エナと共に、家の中へと入っていった。
「なぁ、馬鹿げてると思わない?」
私は絶望的な気持ちでエルサイスに問いかける。
「馬鹿げてるけど、みんな真剣なんだよ。困ったことに。」
エルサイスは、困ったような、悲しいような、複雑な表情を浮かべている。
エナのやろうとしていることは、ものすごく乱暴なことだ。他人の人生を大きく変えてしまうかもしれない重大なことを、実験台として扱おうとしてる。
「こんなの止めさせないと!」
「そうだね。」
珍しく意見が合った。
不老不死になるという事の重大さを、どうしてこんなにも軽く見ているのだろう?
ここに集まって救済者を求める人々も、エナも、永遠の時を生きるということに、畏怖の念を感じないのだろうか?
私は困惑しながら、寝たきりの爺さんがいるという家の扉をノックした。
扉を開けて中に私達を案内してくれたのは、エナだった。
この家の主人のフジは、ベットに寝たきりになっていて、立ち上がれない様だ。
「私は『救済者』ケイト。頼まれてあなたに奇跡を授けに参りました。」
白衣装の女が、そう言って、礼儀正しくお辞儀をする。
救済者に名前があるとは考えもしなかった私は、思わずキョトンとしてしまう。
よくよく考えれば、どんな人にも名前はあって当然なのだが、私も知らず知らずのうちに、救済者を人ではない何かとして、特別視していたのかもしれない。
宗教とは厄介だ。信じていなくても、こうやって無意識に心を惑わせ、判断を鈍らせる。
私は改めて気を引き締める。
「そんな得体の知れんモノはいらん!帰れ!」
寝たきりのフジが、寝たきりとは思えない大きな声で怒鳴り返す。かけていた丸メガネは揺れ、空中に唾が飛ぶ。
こんなに大きな声で怒れる人が、なぜ寝たきりなのだろうか?充分元気ではないかと思う。
「あのさ、おじいさんさ、奥さんがかわいそうじゃないの!?」
ずるいやり方だ。本人ではなく、身内を人質に取って、その人がかわいそう、不幸になるといって不安にさせる。宗教勧誘でよく使う、人の優しさに漬け込む卑劣なやり方。
それを救済者のケイトではなく、エナがやっているのだ。
「ちょっと、奥さんは関係ないでしょ。本人がやりたいか、やりたくないかが、大事なところだ。」
エナをたしなめる。
エナは邪魔しないでと言うような目で、こちらを睨んできた。負けじと私も睨み返す。
「フニエはワシがいないほうがいいんじゃ!ひとのことはほうっておいてくれ!」
フジだって負けてない。
「そのまま意地張ってぽっくり逝くくらいなら、怪しげな術でも受ければいいじゃない。怪しげな術が失敗したって、このまま逝ったって!結果は一緒なんだから。」
「あなたには倫理観ってものが備わって無いんですか?」
エルサイスが呆れた様な声で言った。人の命を何だと思っているのだろうか。
「少しは未来を見なさいよ!頑固ジジイ!」
エルサイスの声に被せるようにエナが怒鳴る。
「やめろ!」
フジが怒鳴り返す。
「嫌なら逃げてご覧なさい。どうせ、手一つうごかせないんでしょ!」
頭がおかしいとしか思えない。
冒険を始めた頃、エナは、色々教えて世話を焼いてくれた。廃工場まで一緒に薬草を取りに行ったこともあった。ちょっと変わっているけど、先輩冒険者として尊敬している部分もあった。
でも、今日このエナの姿を見て、その思い出はすべて灰となる。残ったのは、軽蔑と得体の知れない恐怖だ。
「やめろというに!」
「ちょっと!やめてあげて!」
フジに加勢する。
「ワシはそこまでして、生き長らえたくない。死んだら死んだで、それがワシの運命じゃ!ほうっておけ!」
まったくの正論だ。
エナはこの頑固ジジイを説得するのは無理だと思ったのだろう。
「ほら、あんたらもやっちゃいなさいよ。それとも、失敗するのがコワイの?」
と、ケイトの方を煽りだした。
「エナ!やめて!」
懇願に近かった。裏返った、恥ずかしい声で叫ぶ。
救済者のケイトは、戸惑った顔をしながらも、まっすぐフジに近づく。表情とは裏腹に、その足取りに迷いはみられない。
「こんなの間違ってる!」
そう言って、フジとケイトの間に入ろうとした私の腕を、エルサイスが強く引っ張って止めた。
「てめぇ」
思わず悪態が漏れる。私のドスの効いた本気の声に、エルサイスは怯む様子がない。
ただ真剣な、そしてどこか悲しげば表情で、諦めたように首を左右に振るのだった。
「零は無でなし、無は零でなし…」
ケイトが奇跡の祈りを始める。
私はとてもそれを見守る気分にはなれず、エルサイスの腕を乱暴に振り払うと、フジから顔を背け、窓の外に目を向けた。
暖かい午後の光が降り注ぐ窓辺で、小さな黄色い鳥がさえずっていた。
世界はこんなにも美しいのに、なぜここは、こんなにも汚れているのだろうか。
行き場のない感情を、押し殺すため、私は小さく舌打ちをした。