アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第5話 エナの暴走

私はそれなりの時間、釣りを楽しんだ。エルサイスも隣で話をしながら、付き合ってくれた。

ウイリススカープが6匹、スティグマサーモンが3匹、長靴が4個、トレジャーいっぱい、そして珍しいワイルドキンギョが1匹。中々の大漁だ。

1度公国に戻って、魚をネコにあげようかと話していると、橋の向こう、噴水のある広場の方から、エナが走ってきた。

「ちょうどいいところに居た」

そう言うエナの隣にはさっき見た白衣装の女、救済者がいる。

なぜだか胸騒ぎがする。

「寝たきりの爺さんがここにいるんだけど、爺さんに奇跡をかけてもらって、こいつらが本物かどうか、見極めようと思うのよ」

私もエルサイスもギョっとする。

「(魚だけに…。)」

そんなめちゃくちゃくだらないギャグを思いついたが、口に出す状況ではないのは、流石にわかった。

「一緒に証人になってよ」

そう言うエナに、私は違和感を覚える。

エルサイスの様子を伺う。あまり表情は動いていないが、気乗りしない様子だ。

「それってその爺さんを実験台にするってこと?」

私の問いにエナが答える前に

「順番もありますから、その人だけ特別というわけには」

と、救済者が口を挟む。

「いいから、ほら、こっちこっち!」

エナは私の質問には答えずに、爺さんの家の前に救済者を引っ張っていく。

「こういう寝たきりの人ほど、助けなきゃいけないんじゃないの?それとも、動ける人しか助けられないっていうの?」

なんとも安い挑発だ。いくら火がつきやすい私でも、こんな馬鹿げた挑発に乗ったりしない。

「そんなことはありません!」

しかし、救済者は乗るようだ。エナと共に、家の中へと入っていった。

「なぁ、馬鹿げてると思わない?」

私は絶望的な気持ちでエルサイスに問いかける。

「馬鹿げてるけど、みんな真剣なんだよ。困ったことに。」

エルサイスは、困ったような、悲しいような、複雑な表情を浮かべている。

エナのやろうとしていることは、ものすごく乱暴なことだ。他人の人生を大きく変えてしまうかもしれない重大なことを、実験台として扱おうとしてる。

「こんなの止めさせないと!」

「そうだね。」

珍しく意見が合った。

不老不死になるという事の重大さを、どうしてこんなにも軽く見ているのだろう?

ここに集まって救済者を求める人々も、エナも、永遠の時を生きるということに、畏怖の念を感じないのだろうか?

私は困惑しながら、寝たきりの爺さんがいるという家の扉をノックした。

 

 

扉を開けて中に私達を案内してくれたのは、エナだった。

この家の主人のフジは、ベットに寝たきりになっていて、立ち上がれない様だ。

「私は『救済者』ケイト。頼まれてあなたに奇跡を授けに参りました。」

白衣装の女が、そう言って、礼儀正しくお辞儀をする。

救済者に名前があるとは考えもしなかった私は、思わずキョトンとしてしまう。

よくよく考えれば、どんな人にも名前はあって当然なのだが、私も知らず知らずのうちに、救済者を人ではない何かとして、特別視していたのかもしれない。

宗教とは厄介だ。信じていなくても、こうやって無意識に心を惑わせ、判断を鈍らせる。

私は改めて気を引き締める。

「そんな得体の知れんモノはいらん!帰れ!」

寝たきりのフジが、寝たきりとは思えない大きな声で怒鳴り返す。かけていた丸メガネは揺れ、空中に唾が飛ぶ。

こんなに大きな声で怒れる人が、なぜ寝たきりなのだろうか?充分元気ではないかと思う。

「あのさ、おじいさんさ、奥さんがかわいそうじゃないの!?」

ずるいやり方だ。本人ではなく、身内を人質に取って、その人がかわいそう、不幸になるといって不安にさせる。宗教勧誘でよく使う、人の優しさに漬け込む卑劣なやり方。

それを救済者のケイトではなく、エナがやっているのだ。

「ちょっと、奥さんは関係ないでしょ。本人がやりたいか、やりたくないかが、大事なところだ。」

エナをたしなめる。

エナは邪魔しないでと言うような目で、こちらを睨んできた。負けじと私も睨み返す。

「フニエはワシがいないほうがいいんじゃ!ひとのことはほうっておいてくれ!」

フジだって負けてない。

「そのまま意地張ってぽっくり逝くくらいなら、怪しげな術でも受ければいいじゃない。怪しげな術が失敗したって、このまま逝ったって!結果は一緒なんだから。」

「あなたには倫理観ってものが備わって無いんですか?」

エルサイスが呆れた様な声で言った。人の命を何だと思っているのだろうか。

「少しは未来を見なさいよ!頑固ジジイ!」

エルサイスの声に被せるようにエナが怒鳴る。

「やめろ!」

フジが怒鳴り返す。

「嫌なら逃げてご覧なさい。どうせ、手一つうごかせないんでしょ!」

頭がおかしいとしか思えない。

冒険を始めた頃、エナは、色々教えて世話を焼いてくれた。廃工場まで一緒に薬草を取りに行ったこともあった。ちょっと変わっているけど、先輩冒険者として尊敬している部分もあった。

でも、今日このエナの姿を見て、その思い出はすべて灰となる。残ったのは、軽蔑と得体の知れない恐怖だ。

「やめろというに!」

「ちょっと!やめてあげて!」

フジに加勢する。

「ワシはそこまでして、生き長らえたくない。死んだら死んだで、それがワシの運命じゃ!ほうっておけ!」

まったくの正論だ。

エナはこの頑固ジジイを説得するのは無理だと思ったのだろう。

「ほら、あんたらもやっちゃいなさいよ。それとも、失敗するのがコワイの?」

と、ケイトの方を煽りだした。

「エナ!やめて!」

懇願に近かった。裏返った、恥ずかしい声で叫ぶ。

救済者のケイトは、戸惑った顔をしながらも、まっすぐフジに近づく。表情とは裏腹に、その足取りに迷いはみられない。

「こんなの間違ってる!」

そう言って、フジとケイトの間に入ろうとした私の腕を、エルサイスが強く引っ張って止めた。

「てめぇ」

思わず悪態が漏れる。私のドスの効いた本気の声に、エルサイスは怯む様子がない。

ただ真剣な、そしてどこか悲しげば表情で、諦めたように首を左右に振るのだった。

「零は無でなし、無は零でなし…」

ケイトが奇跡の祈りを始める。

私はとてもそれを見守る気分にはなれず、エルサイスの腕を乱暴に振り払うと、フジから顔を背け、窓の外に目を向けた。

暖かい午後の光が降り注ぐ窓辺で、小さな黄色い鳥がさえずっていた。

世界はこんなにも美しいのに、なぜここは、こんなにも汚れているのだろうか。

行き場のない感情を、押し殺すため、私は小さく舌打ちをした。

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