アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第39話 人は正論では動かない

大農園を一通り見て回った。

ジャムは「何もない」と言っていたが、ここには野菜がある。その野菜を見るだけで楽しかった。

クローバーはトマトがなっているのを見つけると、もいでしまわないよう軽く手に取り

「トマトは、この後ろが放射状になってるやつがうまいんだ。」

と、僕に教えてくれた。

他にもキャベツは芯の切り口が五角形のものがいいとか、にんじんは真ん中の芯が細くて均一の太さのものがいいとか、農園を見回りながら、いい野菜を見分ける方法をいっぱい教わった。

「クロはすごいね!どうやって勉強したの?」

「別に勉強はしてない。ただ母様にそう教わったのを覚えてるだけ。」

クローバーはそう謙遜しながらも、どこか照れくさそうだ。

「(かわいいなぁー。)」

思うだけで、口には出さない。今日はクローバーの機嫌を、絶対に損ねてはいけないのだ。

農園を1周したが、野菜を売っている場所はどこにもなかった。どうやらここは卸すだけで、直売はやっていないらしい。

「困ったなぁ。ジャムさんに聞いてみようか?」

僕がそう提案しているところに、バスタが現れた。

「これはこれは冒険者殿、農園はどうですかな?」

「あ、はい。楽しませていただいてますよ。」

僕はいつもの営業スマイルを返す。敵ではないとアピールしておくのは大事だろうと思っていた。

「ここは今や平和なのだ。一時は集団を成して、まるでこの農園を潰す気があるがごとく、襲いかかってきたものだが……。今や、ワシがいるとわかるや否や、逃げ出してしまうほどだ。」

「魔物も、面倒なやつは嫌なんだろうね。」

「しーーっ!」

僕はボソッと正直な感想を述べるクローバーに、静かにするよう人差し指を立てる。余計なこと言って、バスタを怒らせたら、もっと面倒なことになる。

「あぁ、激しい戦いも、魔物たちの争乱も遠い昔の出来事のようだ……。」

運良くバスタは、昔の思い出に浸っており、クローバーの言葉を聞いていなかったようだ。

「遠い昔、王より仰せつかった、この地を守れという命。すでにあれから数十年。連邦の兵士を勤め上げてなお、ワシは自らの意思でこの地の守護を務める。」

「暇なんだな。」

「クロ!お願いだから黙ってて!」

慌てる僕を見て、クローバーは意地悪な笑みを浮かべる。今日のクローバーは珍しくいたずらっ子だ。それは機嫌がいい証拠なので、いい兆候ではあるが、バスタを刺激するのはやめてほしい。

「人のために。土地のために生きることの素晴らしさよ。ワシの牙が多くの血を吸ったのも、この平和を築くためと思うと、感慨深いわい。」

バスタはそう言うと、満足そうに笑った。バスタにとって、ここは故郷なのだなと思う。生まれも育ちも関係ないが、ずっと守ってきた大事な場所なのだ。

「むっ………?」

バスタが鋭い眼光を、遠くに向ける。

「何かありました?」

僕がそう聞く前に、クローバーが、剣柄を握っていた。何か変化を感じとったようだが、僕にはわからない。

「バスタさん!」

農園の主、ジャムがバスタのところに駆け寄ってくる。

「わかっている。平和というのは戦いと戦いの間の、束の間の息抜きだな。」

「何か来るな。」

クローバーが隙のない目で辺りを見渡しながら言う。

「わかるの?」

「ちょっとこの村には仕掛けがしてあってね。空気の動きが変わらるから、すぐわかるわ。」

ジャムはそう言うが、僕にはさっぱりわからない。

ジャムやバスタはここに長年住んでいるので、その変化に気がついて当然なのだろうが、今日初めてここにきたクローバーに、なぜその変化がわかるのか不思議だ。研ぎ澄まされた剣客の嗅覚なのだろうか?本当にクローバーには驚かされる。

「では、下がっておれ。我が剣は実践で培った殺人剣。」

「お手伝いしますよ?」

クローバーが戦いたいそうだったので、そう提案してみる。

「待て、下手に動くでない!ここまで罠をいくつも仕掛けてある。そこを抜けて、ここへたどり着いた時点で、敵の数は絞られる。」

「なるほど。先にふるいにかけて選りすぐったやつと戦えるのか。」

クローバーはなぜだか楽しそうだ。

「いいから下がっておれ。戦いの中では、おぬしの命、保証はできぬ。」

バスタはそう言うが、クローバーは言うことを聞きそうにない。

命の保証なんて、無くて当たり前なのだ。守ってもらう気なんて、さらさらない。クローバーはクローバーの責任で剣を握る。それだけだ。そして僕はその責任を半分持って、杖を握る。

「我が毒剣、肉は切れずとも、触れただけで命はないぞ!」

そう言いながら剣を構えるバスタの後ろで、僕とクローバーは戦闘態勢を整えた。

 

 

 

農園の小さな小道に現れたのは、魔物を十数匹引き連れた、1人の兵士だった。

「おまえ……」

バスタが驚愕を浮かべる。

「ごぶさたしております。師匠。」

金髪の髪を逆立てた兵士が、バスタに近づく。連邦の兵士のようだが、いつも城塞都市をうろついている者たちとは、服装が違う。より高位の兵士なのかもしれない。

「おまえは……。」

「ああ、お忘れですかね、俺のこと。あなたの後輩のオスカーですよ。」

オスカーはそう言いながら、薄ら笑いを浮かべている。なんとなく、直感的に嫌なものを感じた。ベタベタしたオイルみたいな、絡みつくような笑いだった。

クローバーは剣を抜きこそしないが、剣柄から手を離さず、オスカーを睨みつけている。

「覚えておる。そのオスカーがなぜここに……。まだ連邦の兵士として働いているのだろう。陛下の命令か?この農場を守るためにか?」

「半分は正解。半分は不正解。陛下の命令なのは間違いないですよ。」

「では……」

「この農村は魔物襲われて滅びたのです。」

「なんだと!」

クローバーの頭に、クエスチョンマークが並んでいるのが手に取るようにわかる。こいつは何を言い出すんだという、怪訝な顔をしている。

「少なくとも、王はそう仰っています。」

オスカーは蔑むようにバスタを見てニヤリと笑う。自分の師匠を見る態度とは思えない、高慢な顔だ。

「滅びた……だと!?どういうことだ?それが陛下のご意思か?陛下がなぜ、私を見放すのだ。」

「平和すぎると困るでしょ。武器は売れないし、兵士も減らさなきゃいけない。」

僕はピンときた。

連邦は、この村を1つ犠牲にすることによって、軍事力を拡大するための口実を手に入れる気なのだ。

「なんて非効率なことするんだろうね。」

僕がそうため息をつくと、クローバーが

「どういうこと?」

と聞いてきた。

「この村が滅べば、みんな危機感を持ってくれて、軍事力にお金をかけても許してくれると思ってるんだよ。」

僕は呆れたようにそう答える。

いくら防衛に必要と正論を言ったって、軍事を拡大するのは、やはり困難なのだ。国民が納得しない。だから、こんな自作自演までして、国民をなんとか納得させようとしているのだ。

人は正論では動かない。その最たるものが、これなのだ。流石にここまでくると、本当に非効率で、腹立たしい。

「この村が滅びても死者は数える程度。他の村が滅びるよりも被害は小さい。」

そう言うオスカーに、バスタは「信じられない」と食ってかかる。

信じられないのも無理はないだろう。でも僕は、オスカーの言っていることは真実だと思う。本当に馬鹿馬鹿しいが、政治運営として、これは間違ってはいない方法なのだ。

「村はそのまま残しますよ。この村の食料は貴重ですからね。だから、別にあなたも、死にたくなければ、みんなと一緒にここを捨てて逃げてくれればいいんですよ?」

「おのれ……」

「あなたの時代も、ここの農場主の天下も、そろそろ終わりということです。」

「とんだ茶番だな。でも、茶番の割には面白くねーわ。」

クローバーが不快感を露わにする。

「新しい時代には、既存利権の破壊が、新たな秩序が必要不可欠なのです。」

そう偉そうに講釈をたれるオスカーを、僕はただ悲しい思いで見ていた。

話はわかる。そういう理論も、思想も、間違ってはいない。やり方だって、これならかなり合理的だ。

「国民を守るために必要なことは強い国家であること。そう陛下仰っていました。そのための、多少の犠牲は必要不可欠なのです。」

ただ、人は正論では動かない。それはこっちも同じだ。間違ってなかろうと、合理的だろうと、僕らは納得出来ない。

「そんな理論、クソ喰らえだ。」

クローバーはそう言うと、デモンブレイド=アビスを抜いて構える。僕もそれに倣い、ファントムロッドを握りしめる。

「上の命令は絶対。そう教えてくれたのは、師匠ですよ。」

「ああ、そうだ。上の命令は絶対……。ワシはこの土地を守れと陛下に仰せつかったのだ。その命令従い、オスカー、おまえを許すわけにはいかぬ!」

「目の前のものを守ろうとするが故に、多くの人間の命を犠牲にする。老いとは怖いですね。何が正しいか、すでにわからなくなってしまわれましたか。」

「あなたは間違っていないだけで、正しいとは限らないんですよ。」

僕はいつもの涼しい顔で、そう言っておきながら、珍しく饒舌だなと、自分で思った。今日の僕は、機嫌がいいのかもしれない。

チラリとクローバーを見ると、どこか嬉しそうに頷いていた。

「仕方ありません。弟子として、乱心した師匠の不始末。きっちりけじめをつけましょう。」

オスカーはそう言うと、剣を抜いた。

それを合図に、オスカーが従えていた魔物たちが、一斉に襲いかかってくる。

恐怖はない。僕とクローバーなら、勝てるという自信が、僕にはあった。

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