アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
大農園を一通り見て回った。
ジャムは「何もない」と言っていたが、ここには野菜がある。その野菜を見るだけで楽しかった。
クローバーはトマトがなっているのを見つけると、もいでしまわないよう軽く手に取り
「トマトは、この後ろが放射状になってるやつがうまいんだ。」
と、僕に教えてくれた。
他にもキャベツは芯の切り口が五角形のものがいいとか、にんじんは真ん中の芯が細くて均一の太さのものがいいとか、農園を見回りながら、いい野菜を見分ける方法をいっぱい教わった。
「クロはすごいね!どうやって勉強したの?」
「別に勉強はしてない。ただ母様にそう教わったのを覚えてるだけ。」
クローバーはそう謙遜しながらも、どこか照れくさそうだ。
「(かわいいなぁー。)」
思うだけで、口には出さない。今日はクローバーの機嫌を、絶対に損ねてはいけないのだ。
農園を1周したが、野菜を売っている場所はどこにもなかった。どうやらここは卸すだけで、直売はやっていないらしい。
「困ったなぁ。ジャムさんに聞いてみようか?」
僕がそう提案しているところに、バスタが現れた。
「これはこれは冒険者殿、農園はどうですかな?」
「あ、はい。楽しませていただいてますよ。」
僕はいつもの営業スマイルを返す。敵ではないとアピールしておくのは大事だろうと思っていた。
「ここは今や平和なのだ。一時は集団を成して、まるでこの農園を潰す気があるがごとく、襲いかかってきたものだが……。今や、ワシがいるとわかるや否や、逃げ出してしまうほどだ。」
「魔物も、面倒なやつは嫌なんだろうね。」
「しーーっ!」
僕はボソッと正直な感想を述べるクローバーに、静かにするよう人差し指を立てる。余計なこと言って、バスタを怒らせたら、もっと面倒なことになる。
「あぁ、激しい戦いも、魔物たちの争乱も遠い昔の出来事のようだ……。」
運良くバスタは、昔の思い出に浸っており、クローバーの言葉を聞いていなかったようだ。
「遠い昔、王より仰せつかった、この地を守れという命。すでにあれから数十年。連邦の兵士を勤め上げてなお、ワシは自らの意思でこの地の守護を務める。」
「暇なんだな。」
「クロ!お願いだから黙ってて!」
慌てる僕を見て、クローバーは意地悪な笑みを浮かべる。今日のクローバーは珍しくいたずらっ子だ。それは機嫌がいい証拠なので、いい兆候ではあるが、バスタを刺激するのはやめてほしい。
「人のために。土地のために生きることの素晴らしさよ。ワシの牙が多くの血を吸ったのも、この平和を築くためと思うと、感慨深いわい。」
バスタはそう言うと、満足そうに笑った。バスタにとって、ここは故郷なのだなと思う。生まれも育ちも関係ないが、ずっと守ってきた大事な場所なのだ。
「むっ………?」
バスタが鋭い眼光を、遠くに向ける。
「何かありました?」
僕がそう聞く前に、クローバーが、剣柄を握っていた。何か変化を感じとったようだが、僕にはわからない。
「バスタさん!」
農園の主、ジャムがバスタのところに駆け寄ってくる。
「わかっている。平和というのは戦いと戦いの間の、束の間の息抜きだな。」
「何か来るな。」
クローバーが隙のない目で辺りを見渡しながら言う。
「わかるの?」
「ちょっとこの村には仕掛けがしてあってね。空気の動きが変わらるから、すぐわかるわ。」
ジャムはそう言うが、僕にはさっぱりわからない。
ジャムやバスタはここに長年住んでいるので、その変化に気がついて当然なのだろうが、今日初めてここにきたクローバーに、なぜその変化がわかるのか不思議だ。研ぎ澄まされた剣客の嗅覚なのだろうか?本当にクローバーには驚かされる。
「では、下がっておれ。我が剣は実践で培った殺人剣。」
「お手伝いしますよ?」
クローバーが戦いたいそうだったので、そう提案してみる。
「待て、下手に動くでない!ここまで罠をいくつも仕掛けてある。そこを抜けて、ここへたどり着いた時点で、敵の数は絞られる。」
「なるほど。先にふるいにかけて選りすぐったやつと戦えるのか。」
クローバーはなぜだか楽しそうだ。
「いいから下がっておれ。戦いの中では、おぬしの命、保証はできぬ。」
バスタはそう言うが、クローバーは言うことを聞きそうにない。
命の保証なんて、無くて当たり前なのだ。守ってもらう気なんて、さらさらない。クローバーはクローバーの責任で剣を握る。それだけだ。そして僕はその責任を半分持って、杖を握る。
「我が毒剣、肉は切れずとも、触れただけで命はないぞ!」
そう言いながら剣を構えるバスタの後ろで、僕とクローバーは戦闘態勢を整えた。
農園の小さな小道に現れたのは、魔物を十数匹引き連れた、1人の兵士だった。
「おまえ……」
バスタが驚愕を浮かべる。
「ごぶさたしております。師匠。」
金髪の髪を逆立てた兵士が、バスタに近づく。連邦の兵士のようだが、いつも城塞都市をうろついている者たちとは、服装が違う。より高位の兵士なのかもしれない。
「おまえは……。」
「ああ、お忘れですかね、俺のこと。あなたの後輩のオスカーですよ。」
オスカーはそう言いながら、薄ら笑いを浮かべている。なんとなく、直感的に嫌なものを感じた。ベタベタしたオイルみたいな、絡みつくような笑いだった。
クローバーは剣を抜きこそしないが、剣柄から手を離さず、オスカーを睨みつけている。
「覚えておる。そのオスカーがなぜここに……。まだ連邦の兵士として働いているのだろう。陛下の命令か?この農場を守るためにか?」
「半分は正解。半分は不正解。陛下の命令なのは間違いないですよ。」
「では……」
「この農村は魔物襲われて滅びたのです。」
「なんだと!」
クローバーの頭に、クエスチョンマークが並んでいるのが手に取るようにわかる。こいつは何を言い出すんだという、怪訝な顔をしている。
「少なくとも、王はそう仰っています。」
オスカーは蔑むようにバスタを見てニヤリと笑う。自分の師匠を見る態度とは思えない、高慢な顔だ。
「滅びた……だと!?どういうことだ?それが陛下のご意思か?陛下がなぜ、私を見放すのだ。」
「平和すぎると困るでしょ。武器は売れないし、兵士も減らさなきゃいけない。」
僕はピンときた。
連邦は、この村を1つ犠牲にすることによって、軍事力を拡大するための口実を手に入れる気なのだ。
「なんて非効率なことするんだろうね。」
僕がそうため息をつくと、クローバーが
「どういうこと?」
と聞いてきた。
「この村が滅べば、みんな危機感を持ってくれて、軍事力にお金をかけても許してくれると思ってるんだよ。」
僕は呆れたようにそう答える。
いくら防衛に必要と正論を言ったって、軍事を拡大するのは、やはり困難なのだ。国民が納得しない。だから、こんな自作自演までして、国民をなんとか納得させようとしているのだ。
人は正論では動かない。その最たるものが、これなのだ。流石にここまでくると、本当に非効率で、腹立たしい。
「この村が滅びても死者は数える程度。他の村が滅びるよりも被害は小さい。」
そう言うオスカーに、バスタは「信じられない」と食ってかかる。
信じられないのも無理はないだろう。でも僕は、オスカーの言っていることは真実だと思う。本当に馬鹿馬鹿しいが、政治運営として、これは間違ってはいない方法なのだ。
「村はそのまま残しますよ。この村の食料は貴重ですからね。だから、別にあなたも、死にたくなければ、みんなと一緒にここを捨てて逃げてくれればいいんですよ?」
「おのれ……」
「あなたの時代も、ここの農場主の天下も、そろそろ終わりということです。」
「とんだ茶番だな。でも、茶番の割には面白くねーわ。」
クローバーが不快感を露わにする。
「新しい時代には、既存利権の破壊が、新たな秩序が必要不可欠なのです。」
そう偉そうに講釈をたれるオスカーを、僕はただ悲しい思いで見ていた。
話はわかる。そういう理論も、思想も、間違ってはいない。やり方だって、これならかなり合理的だ。
「国民を守るために必要なことは強い国家であること。そう陛下仰っていました。そのための、多少の犠牲は必要不可欠なのです。」
ただ、人は正論では動かない。それはこっちも同じだ。間違ってなかろうと、合理的だろうと、僕らは納得出来ない。
「そんな理論、クソ喰らえだ。」
クローバーはそう言うと、デモンブレイド=アビスを抜いて構える。僕もそれに倣い、ファントムロッドを握りしめる。
「上の命令は絶対。そう教えてくれたのは、師匠ですよ。」
「ああ、そうだ。上の命令は絶対……。ワシはこの土地を守れと陛下に仰せつかったのだ。その命令従い、オスカー、おまえを許すわけにはいかぬ!」
「目の前のものを守ろうとするが故に、多くの人間の命を犠牲にする。老いとは怖いですね。何が正しいか、すでにわからなくなってしまわれましたか。」
「あなたは間違っていないだけで、正しいとは限らないんですよ。」
僕はいつもの涼しい顔で、そう言っておきながら、珍しく饒舌だなと、自分で思った。今日の僕は、機嫌がいいのかもしれない。
チラリとクローバーを見ると、どこか嬉しそうに頷いていた。
「仕方ありません。弟子として、乱心した師匠の不始末。きっちりけじめをつけましょう。」
オスカーはそう言うと、剣を抜いた。
それを合図に、オスカーが従えていた魔物たちが、一斉に襲いかかってくる。
恐怖はない。僕とクローバーなら、勝てるという自信が、僕にはあった。