アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
農園の入口付近の敵は、粗方倒した。何匹かは、途中、恐れを為して逃げていったこともあり、乱戦は15分も持たなかった。あとは農園に侵入した数匹の残党を狩れば大丈夫だろう。その残党だって、農園に設置されている罠にかかって、数は減っているはずだ。
私たちの勝利だった。
「クロ?大丈夫?」
エルサイスが駆け寄ってきて、回復してくれる。
「大丈夫。何だろ……すごい気分が楽だ。」
私はそう言いながら、顔についた返り血を拭う。
こういう戦闘が終わった時は、もっと疲れていることが多いのだが、まだまだ戦えそうな余裕があった。
「疲れてないの?」
エルサイスが息を切らせながら聞いてきた。左腕から出血していたので
「回復した方がいいぞ。」
と教えてあげた。エルサイスは自分自身にプネウマをかける。
「思ったより、疲れてないな。」
首や腕を回して、自分の体を確かめる。
息はそれなりに上がっていたが、心音は落ち着いている。激しい戦闘特有の、気持ち悪い虚脱感や、立っていられなくなるような疲労感は全くなかった。
「すごいね……僕はヘトヘトだよ。」
エルサイスはそう言いながら、膝に手をつき、肩で息をしている。立っているのが辛そうだ。
「私が見とくから、これ飲んどけ。」
私は辺りを警戒しながら、エルサイスに水の入った水筒を渡す。エルサイスは
「ありがとう。」
とかすれ声で言うと、中身をグビっと飲み干した。
私はエルサイスを連れて、農園を見て回りながら、残党狩りをする。被害は思ったよりも少なかった。消火活動が迅速に行われたらしく、放火の被害もボヤ程度で、大きな火事にはならなかったようだ。
「あれ、バスタさんじゃない?」
エルサイスが指さした方を見る。バスタとオスカーの大将戦は、まだ決着がついていなかったようだ。
「師弟対決かぁ。」
大将は大将に任せることにする。バスタの活躍の場を奪うのは野暮だ。
バスタもオスカーも、広い間合いをとって、睨み合っていた。ジリジリとした緊張感が続く。
「動かないね。」
「静かにしてろ。」
私はエルサイスを注意する。何が合図で2人が動くかわからないのだ。不用意な音は禁物だ。
バスタが使う毒の剣は、当たればそれで終わりの、正に一撃必殺の剣技。オスカーだってそれはわかっているのだから、それをくらう前に、終わらせようとするだろう。それはつまり、1回でも先に切った方が勝ちということだ。
初手で勝敗が決まる。これはそういう戦いなのだ。お互い警戒して、動きを見極めようとするのは、当然のことだった。
「(つまらんな。)」
そういう戦い方は否定しない。1発に全てを掛けるというのは、それはそれで尊く、美しい戦いだと思う。
でも、私には合わないし、興味もそそられない。私は接近戦が好きなのだ。交わされ、ぶつかる剣先で、命やり取りを、何度もできる。詰めた距離の分だけ消されるのも当然で、そのスリルがやめられない。
バスタとオスカーの戦いは、そういった派手さが全くなかった。お互いがお互いの動きを、目を凝らして確認するだけで、中々進ままい。でも始まれば一瞬で終わってしまう。
そんな刹那的な戦闘では、私は物足りないのだ。
「くる。」
先に動いたのはオスカーだった。正面からバスタに切りかかる。バスタはそれを受け止めると剣を払いのけ、右上から左下に振り下ろす。オスカーはそれをバックステップで避けたが、コンマ1秒遅かった。バスタの剣先が太ももあたりをかすめ、小さな傷をつくる。
「もう終わりさ。」
「つまらなそうだね。」
エルサイス言う通り、本当につまらなかった。だから最初老兵士を見た時から、興味を持てなかったのだ。こういう戦い方は、私には向いていない。
傷を受けたオスカーはニヤリと、気味の悪い笑みを浮かべる。私はまだ何か奥の手が出るかと、期待して見ていた。しかし、バスタがオスカーの喉元めがけて切かかると、オスカーはそれを後ろに飛んでかわし、何か魔法の様なものを使って、一瞬で消えてしまった。
私が呆気に取られていると
「転移の魔法だね。敵前逃亡とは、何とも賢い騎士様だよ。」
と、エルサイスが皮肉をいった。
「酷い戦いだよ。まったく。」
ため息をつく私の前で、バスタは虚空に消えた弟子の姿を、まだ見つめているようだった。
「すまぬ、冒険者殿。手間をかけさせたな。」
くすぶっている火を消したり、戦闘で壊してしまった柵を片付けていると、バスタがそう言いながら近づいてきた。
「別に、それなりに楽しめたからいいよ。」
今回の戦闘は、私もかなりいい発見や収穫があった。エルサイスだって、初めての乱戦で、学ぶことはそれなりにあっただろう。私たちとって、大事な経験になった。
「みんな~、火は粗方消えたわよ。よくもまぁ、畑のまわりをキレイに刈り込んだものねぇ。」
ジャムが手を振りながら叫んでいる。酷い目にあったが、それでも元気そうだ。
「おかげ様で、畑は全く被害なしですんだわ。」
「ま、時間があったもんでな。」
バスタはそう言うと笑った。草取りがこんな形で効果を発揮するとは、思いもしなかっただろう。
「で、今回も無事、敵は倒せたの?」
「ああ、敵は撃退した。同時に、弟子も失ったがな……。逃がしはしたが、我が剣の傷を受ければ、以前のように戦うことは、もう無理だろう。」
バスタの毒の剣は、恐ろしいシロモノだ。私は絶対に受けたくない。受けても死にはしないが、私にとって『戦えない』ことは、死と同様なのだ。生きながらに死ぬなんて、恐ろしすぎる。
この老兵士と私は、色々相性がよくないようだ。
「冒険者殿にも世話になった。できたら礼をしてほしい。」
バスタがそう言うと、ジャムは困った顔した。
「冒険者さん、ありがとうね。でも、お礼と言っても特に……野菜くらいしか、渡せるものがないのよね。」
普通の冒険者なら、野菜を渡されても困るだろう。手に余らせて腐らせてしまう。でも、私たちは野菜を買うためにここにきた、特殊な冒険者だった。
私とエルサイスは、期待した目で、顔を見合わせた。
「実は……」
エルサイスは、私が書いたビーフシチューの材料のメモを、ジャムに見せながら、事情を説明する。ジャムは喜んで、野菜だけでなく、牛肉やワインも用意してくれた。
「これからも野菜が必要になったら、取りに来て。いつでもわけてあげるわ。」
私たちに食材の袋を渡しながら、ジャムがそう言う。私もエルサイスも、喜んでそれを受けとった。
いい仕入先ができた。
「いいのか?こんなにもらって。」
一応バスタの方を見て、確認を取る。
「冒険者殿よ。」
バスタは真剣な表情で、浮かれている私たちを見る。
「これは、口止め料だ。陛下がこの農園を襲わせた、ということは、誰にも言うな。」
「あー、そう言うこと?」
私は眉を寄せる。賄賂の様なものを感じるが、仕方ない気もする。どうせ、誰かに言ったところで、こんな荒唐無稽な話を、誰が信じるのだろうか?
「わかりました。」
エルサイスがバスタに、真剣な表情で返す。
王様の耳はロバの耳。大事な秘密は他人に漏らしたところで、罰せられ、始末されるのは、結局私たちの方なのだ。
そう思って、私もエルサイスに続いて頷く。
「世の中には抗いがたい強い力がある。どんなに自分正しいと主張しても、潰される場合もあるってことだ。」
そんな場合の方が、圧倒的に多い気がする。私は『所詮女のいうこと』で、散々嫌な目にあってきたのだ。そうやって、立場の弱いものの言うことを叩き潰す風潮は、形を変えて、様々な場所存在する。
「我々はそれに翻弄される、か弱き存在だが、だがそれに負けず、まっすぐ生きるのだぞ、冒険者殿よ。」
そう微笑む老兵士に、私とエルサイスはそれぞれ敬礼を返した。