アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第43話 準備中

「だから、指を離さない。」

クローバーはそう言うと、僕の指に手を添えて、介助してくれる。

「なんで私より手が大きいのに、取りこぼすんだよ。」

「そんなこと言われても……。」

公国の宿の鏡の前で、僕はクローバーに、ポニーテールの結び方を教わっていた。自分で自分の髪を結ぶのは中々難しい。僕の場合、どうしてもおくれ毛がでてしまい、全然うまくいかない。

「こうして、ここを押さえたまま……」

クローバーは僕の後ろから手を添えて、結び方を教えてくれる。こんなに手が触れ合っているのに、意識してるのは僕だけで、クローバーはまったく気にしていないようだ。

「(こういうところは鈍感なんだよなぁ……。)」

そう心の中でボヤいていると

「おい、聞いてんのか?」

と、クローバーが平手で頭を叩いてくる。

「痛っ!!叩かないでよ!」

「私が教えてやってんのに、おめーが聞いてねーからだろ!」

「すいません!すいません!」

バシバシ叩いてくるクローバーを避けながら、僕は必死で謝る。本当に痛い。力加減ってものを知って欲しい。

 

 

 

農園から公国に帰ってきた僕たちは、酒場のチップのところに行った。そして夜のピークタイムが過ぎた辺りで、厨房の一部を借りて、ビーフシチューを作り始める。

僕はクローバーに言われるがまま、材料を切ったり、洗い物をしたりして、手伝った。

「ここまできたらほぼ完成だ。」

クローバーがそう言ったのは、深夜になってからだった。

「早く食べたいなぁ。」

僕がいい香りする大鍋を見ながら言うと、クローバーが

「よし、1晩寝かせよう。」

と、衝撃の発言をする。

「え!?今から食べるんじゃないの!?」

今日食べられると思って、ビールも飲まずに頑張ったのに、明日まで待たないといけないなんて、辛すぎる。

「ダメダメ、1晩寝かせないとコクが出ないんだ。」

「そんなぁ……。」

泣きそうな僕を、クローバーは突っぱねる。

「いっぱいあるし、せっかくだから、みんなで食べよう。」

クローバーはそう言うと、ボンド『シルフィード』のメンバーにメッセージを送る。

農園の主ジャムは、クローバーが書いたメモよりも、幾分多くの食材を渡してくれた。おかげで僕ら2人ではとても食べきれないような、大鍋にいっぱいのビーフシチューができそうだった。

「明日のお昼にみんなでビーフシチューパーティだ。」

クローバーはそう言うと笑った。僕は今日食べられないことをガッカリしながらも、明日みんなで食べるのが楽しみになった。

 

 

 

ポニーテールは、結局クローバーに結んでもらった。

「明日から結べるようになるまで毎日特訓するからな。」

鏡越しに僕を見ながら、クローバーが言う。その目は真剣だ。

「スパルタだなぁ……。」

「自分のことは、自分でやれ。」

僕のボヤきをクローバーが一蹴する。

「(そういう自分は、1人で朝起きれないくせに。)」

心の中だけでそう思う。余計なことを言って、クローバーの機嫌を損ねたら、ビーフシチューを食べられなくなってしまうかもしれない。なんとしても、そんな事態だけは避けたい。

僕の髪を結び終わると、クローバーは自分の準備を始める。

「珍しく元気だねー。」

僕はそうクローバーに声をかける。

僕は昨日の疲れがまだ抜けていない。体のあちこちが痛いし、少し気怠い。

「うん、いつもより疲れてないかも。」

激しい戦闘の後のクローバーは、次の日寝込むほど疲れていることが多いのだが、今回は珍しく元気だ。

「前にさ、エルが、体の中で1番消耗が激しいのは頭だっていったじゃん?」

そんなようなことを言ったかもしれないが、僕はよく覚えていない。でもとりあえず

「うんうん。」

と頷いておく。

「あれかな?って。」

「どういうこと?」

一体どの話なのか皆目検討がつかない。

「ああやって戦ってるとさ、段々ヒートアップしてきちゃって、もう周りが見えなくなっちゃうんだよね。」

クローバーは1度火がつくと中々止まれない。戦闘で徐々にテンションが上がっていき、一定値を超えると手が付けられなくなってしまうのだ。

「その時頭で考えてることは、意外に単純なんだ。戦いたい、倒したい、切りたい。そんだけ。」

随分物騒な思考だ。

「考えてること自体は単純だけど、頭はフル回転で体に指示を出してる。それですごく疲れちゃうんじゃないかなって。」

「ふむ。」

僕は口に手を当て考える。

考えてから手を動かすよりも、考えないで勝手に手が動く方が、ずっと脳の消耗が激しいのかもしれない。中々面白い考察だった。

「無意識で動く方が早いけど、余計なこと考える暇がない分、視野が狭くなる。実際、ああなってる時は、ほとんど目で見えてない。感覚だけで体を動かしてる。」

それはそれで素晴らしい感覚だが、同時に恐ろしさも感じる。

「意識の制御がない分、体の消耗も激しそうだね。」

人は本能で動くより、理性で動いた方が、効率的なのかもしれない。

「昨日はエルのおかげで、目が覚めた。意識して体を動かした方が、頭も体も疲れないし、すっきりする。今も元気だし。」

クローバーそう言いながら、手早く自分の髪を結ぶ。

「だから、またああなったらよろしくね。」

「いや、最初からああならないようにしてよ。」

僕は苦笑いを浮かべる。クローバーはお使いでも頼むように簡単に「よろしくね」なんて言うが、バーサーカー状態のクローバーを止めるのは、本当に命がけなのだ。

瞳孔の開き切ったクローバーの目は、本当に目だけで人を殺せそうなくらい恐ろしい。大分慣れてきてはいるが、今でも時々怖気ついてしまうことがある。

おまけに感覚だけで戦っているので、不用意に近づけば、容赦なく切られる可能性だってある。

強い心と意思がなければ、できないものなのだ。

「騎士の頃はどうやってたの?分隊長だったんでしょ?」

あんなバーサーカーに、分隊長が務まるとは、とても思えない。騎士の頃は、もっとちゃんと冷静だったはずだ。

「うーん?リオンの時はさ、ずっと独りで、誰にも頼れないし、失敗もできないから、多分抑えてたんだよね。色んなこと。」

クローバーがパーテーション越しに着替えながら返す。

「今はさ、エルがなんとかしてくれるからいいやーって。」

クローバーはそう言って、おかしそうに笑った。

いや、僕にとっては笑い事ではない。信頼してくれているのは嬉しいが、任せきりは困る。

「いや、抑えてよ。僕だって、なんとかできない時もあるよ。」

そう反論したが

「エルはなんだかんだで、なんとかしてくれるよ。」

と、クローバーは軽く返してくる。

意外なところで信頼度が高いのは嬉しかったが、中々のプレッシャーだ。

「リオンの時みたく、自分で無理やり抑えてるとさ、それはそれで疲れるんだよ。今のこれくらいの感覚が心地いいね。」

「クローバーは何気に甘えん坊なんだね。」

つい、そう漏らしてしまった。着替え終わったクローバーはパーテーションから出てくると

「別に、そんなんじゃない。」

と、バツの悪い顔をした。図星だったのかもしれない。僕は笑った。

「さぁ、みんな待ってる。行くぞ。」

クローバーはそう言うと、『シルフィード』のメンバーが待っている酒場へ向かった。

 

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