アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「だから、指を離さない。」
クローバーはそう言うと、僕の指に手を添えて、介助してくれる。
「なんで私より手が大きいのに、取りこぼすんだよ。」
「そんなこと言われても……。」
公国の宿の鏡の前で、僕はクローバーに、ポニーテールの結び方を教わっていた。自分で自分の髪を結ぶのは中々難しい。僕の場合、どうしてもおくれ毛がでてしまい、全然うまくいかない。
「こうして、ここを押さえたまま……」
クローバーは僕の後ろから手を添えて、結び方を教えてくれる。こんなに手が触れ合っているのに、意識してるのは僕だけで、クローバーはまったく気にしていないようだ。
「(こういうところは鈍感なんだよなぁ……。)」
そう心の中でボヤいていると
「おい、聞いてんのか?」
と、クローバーが平手で頭を叩いてくる。
「痛っ!!叩かないでよ!」
「私が教えてやってんのに、おめーが聞いてねーからだろ!」
「すいません!すいません!」
バシバシ叩いてくるクローバーを避けながら、僕は必死で謝る。本当に痛い。力加減ってものを知って欲しい。
農園から公国に帰ってきた僕たちは、酒場のチップのところに行った。そして夜のピークタイムが過ぎた辺りで、厨房の一部を借りて、ビーフシチューを作り始める。
僕はクローバーに言われるがまま、材料を切ったり、洗い物をしたりして、手伝った。
「ここまできたらほぼ完成だ。」
クローバーがそう言ったのは、深夜になってからだった。
「早く食べたいなぁ。」
僕がいい香りする大鍋を見ながら言うと、クローバーが
「よし、1晩寝かせよう。」
と、衝撃の発言をする。
「え!?今から食べるんじゃないの!?」
今日食べられると思って、ビールも飲まずに頑張ったのに、明日まで待たないといけないなんて、辛すぎる。
「ダメダメ、1晩寝かせないとコクが出ないんだ。」
「そんなぁ……。」
泣きそうな僕を、クローバーは突っぱねる。
「いっぱいあるし、せっかくだから、みんなで食べよう。」
クローバーはそう言うと、ボンド『シルフィード』のメンバーにメッセージを送る。
農園の主ジャムは、クローバーが書いたメモよりも、幾分多くの食材を渡してくれた。おかげで僕ら2人ではとても食べきれないような、大鍋にいっぱいのビーフシチューができそうだった。
「明日のお昼にみんなでビーフシチューパーティだ。」
クローバーはそう言うと笑った。僕は今日食べられないことをガッカリしながらも、明日みんなで食べるのが楽しみになった。
ポニーテールは、結局クローバーに結んでもらった。
「明日から結べるようになるまで毎日特訓するからな。」
鏡越しに僕を見ながら、クローバーが言う。その目は真剣だ。
「スパルタだなぁ……。」
「自分のことは、自分でやれ。」
僕のボヤきをクローバーが一蹴する。
「(そういう自分は、1人で朝起きれないくせに。)」
心の中だけでそう思う。余計なことを言って、クローバーの機嫌を損ねたら、ビーフシチューを食べられなくなってしまうかもしれない。なんとしても、そんな事態だけは避けたい。
僕の髪を結び終わると、クローバーは自分の準備を始める。
「珍しく元気だねー。」
僕はそうクローバーに声をかける。
僕は昨日の疲れがまだ抜けていない。体のあちこちが痛いし、少し気怠い。
「うん、いつもより疲れてないかも。」
激しい戦闘の後のクローバーは、次の日寝込むほど疲れていることが多いのだが、今回は珍しく元気だ。
「前にさ、エルが、体の中で1番消耗が激しいのは頭だっていったじゃん?」
そんなようなことを言ったかもしれないが、僕はよく覚えていない。でもとりあえず
「うんうん。」
と頷いておく。
「あれかな?って。」
「どういうこと?」
一体どの話なのか皆目検討がつかない。
「ああやって戦ってるとさ、段々ヒートアップしてきちゃって、もう周りが見えなくなっちゃうんだよね。」
クローバーは1度火がつくと中々止まれない。戦闘で徐々にテンションが上がっていき、一定値を超えると手が付けられなくなってしまうのだ。
「その時頭で考えてることは、意外に単純なんだ。戦いたい、倒したい、切りたい。そんだけ。」
随分物騒な思考だ。
「考えてること自体は単純だけど、頭はフル回転で体に指示を出してる。それですごく疲れちゃうんじゃないかなって。」
「ふむ。」
僕は口に手を当て考える。
考えてから手を動かすよりも、考えないで勝手に手が動く方が、ずっと脳の消耗が激しいのかもしれない。中々面白い考察だった。
「無意識で動く方が早いけど、余計なこと考える暇がない分、視野が狭くなる。実際、ああなってる時は、ほとんど目で見えてない。感覚だけで体を動かしてる。」
それはそれで素晴らしい感覚だが、同時に恐ろしさも感じる。
「意識の制御がない分、体の消耗も激しそうだね。」
人は本能で動くより、理性で動いた方が、効率的なのかもしれない。
「昨日はエルのおかげで、目が覚めた。意識して体を動かした方が、頭も体も疲れないし、すっきりする。今も元気だし。」
クローバーそう言いながら、手早く自分の髪を結ぶ。
「だから、またああなったらよろしくね。」
「いや、最初からああならないようにしてよ。」
僕は苦笑いを浮かべる。クローバーはお使いでも頼むように簡単に「よろしくね」なんて言うが、バーサーカー状態のクローバーを止めるのは、本当に命がけなのだ。
瞳孔の開き切ったクローバーの目は、本当に目だけで人を殺せそうなくらい恐ろしい。大分慣れてきてはいるが、今でも時々怖気ついてしまうことがある。
おまけに感覚だけで戦っているので、不用意に近づけば、容赦なく切られる可能性だってある。
強い心と意思がなければ、できないものなのだ。
「騎士の頃はどうやってたの?分隊長だったんでしょ?」
あんなバーサーカーに、分隊長が務まるとは、とても思えない。騎士の頃は、もっとちゃんと冷静だったはずだ。
「うーん?リオンの時はさ、ずっと独りで、誰にも頼れないし、失敗もできないから、多分抑えてたんだよね。色んなこと。」
クローバーがパーテーション越しに着替えながら返す。
「今はさ、エルがなんとかしてくれるからいいやーって。」
クローバーはそう言って、おかしそうに笑った。
いや、僕にとっては笑い事ではない。信頼してくれているのは嬉しいが、任せきりは困る。
「いや、抑えてよ。僕だって、なんとかできない時もあるよ。」
そう反論したが
「エルはなんだかんだで、なんとかしてくれるよ。」
と、クローバーは軽く返してくる。
意外なところで信頼度が高いのは嬉しかったが、中々のプレッシャーだ。
「リオンの時みたく、自分で無理やり抑えてるとさ、それはそれで疲れるんだよ。今のこれくらいの感覚が心地いいね。」
「クローバーは何気に甘えん坊なんだね。」
つい、そう漏らしてしまった。着替え終わったクローバーはパーテーションから出てくると
「別に、そんなんじゃない。」
と、バツの悪い顔をした。図星だったのかもしれない。僕は笑った。
「さぁ、みんな待ってる。行くぞ。」
クローバーはそう言うと、『シルフィード』のメンバーが待っている酒場へ向かった。