アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
国境沿いに住む、天才錬金術師のエージンから、汗疹の薬のレシピを教わった4人は、2手にわかれて材料を取りに行くことにした。
クローバーともふは、国境沿いの道を公国方面に向かって歩いていた。
クローバーは元々そんなおしゃべりな方ではない。特に話題もなく、静かに歩みを進める。いつもにものマシンガントークに付き合っているもふは、こんな無言の状態が長く続くことに、居心地の悪さを感じていた。
一方クローバーは、出かけにエルサイスが言っていたことを思い出していた。
「もふさんの相談にのってあげて。」
エルサイスはそう言うと、にもとともに、薬を入れる瓶用のガラス片を集めに、共和国方面に釣りに出かけていってしまった。仕方なく、残されたクローバーともふは、汗疹の薬に必要なアロエベラとゲルを取りに、公国へ向かうことになったのだ。
「(相談なんて言われてもなぁ……。)」
クローバーはチラリともふを見た。
掴みどころのないやつだ。エルサイスと似ているが、本質は全然違う。どっちものらりくらりとかわして翻弄してくるのは一緒だが、それでもエルサイスはクローバーに主導権を握らせている。もふは違う。逃げてるくせに、にもに主導権を渡さない。エルサイスよりも更にタチが悪い。というのが、もふに対するクローバーの見解だった。
考えていたって、仕方ない。クローバーはくよくよするのが嫌いなのだ。
「エルから相談にのれって言われたけど、何か悩んでんのか?」
単刀直入なクローバーの物言いに、もふはキョトンとしてしまう。
「え?……いや……別に……。」
いつもなら、ニッコリ笑って「なんにもないですよ」と受け流すもふだが、今回は急にボールを投げられて、面食らってしまった。しどろもどろになりながら、やっとそう返す。
クローバーが訝しげな目を向けてくる。刺すような目線に、もふはたじろくが、そう簡単には崩れない。
「エルさんって意外に世話焼きなんですね。」
そう言いながら、もふはニッコリ微笑む。
「お前とエルは似たもの同士なんだよ。」
「そうですかねぇ?まぁ気は合うなと思いますよ。」
もふが、うまくかわせたなと思った瞬間
「にもちゃんのことだろ?」
と、クローバーがいきなり核心をついてくる。
「なんのことですか?」
もふは、それでもしらばっくれる。
「にもちゃんとの距離感がわからなくなってんだろ?」
いつものクローバーは、どこか的外れなことを言いがちなのに、どうしてこういうときは、的のど真ん中に当ててくるのか、もふは不思議でならなかった。
「クローバーさんは不思議な人ですね。」
もふが苦笑いを返す。
「いつまでも誤魔化してると、どんどん苦しくなるだけだぞ。迷子になりたくなきゃ、ちゃんと向き合え。」
エルサイスをずっと見てきたクローバーは、それをよくわかっていた。
もふは、観念してため息をつく。今のにもとの距離感は、もう潮時なのかもしれないと、もふは思っていた。でも、これからどうすればいいのか、全然わからない。その悩みの相談相手が、クローバーでいいのか、もふには判断がつかないが、エルサイスが勧めるなら、やってみるのも悪くないと思った。
「実はですね、先日、にもとキスをしてしまいまして……。」
「は?」
「クローバーさん、お願いです。拳、握らないで下さい。」
もふは咄嗟にお腹を守る。腹パンは本当にもう食らいたくないと、怯えていた。
「もちろん俺からじゃないです。にもから不意打ちでされてしまって……。」
その日、公国は雪ではなく、珍しく雨が降っていて、もふはにもに言われるがまま、相合い傘をして、教会の軒下で雨宿りをしていた。
「ねぇ?もふはどうして優しいの?」
「さぁ?どうしてだろうね?」
降り続く雨を見上げながら、もふはにもに、適当な答えを返す。
「私のこと好き?」
「うん、好きだよ。」
ニッコリ笑ってそう答えても、にもはどこか不満そうだ。
「そーじゃなくて!」
「どうならいいんだい?」
いつもと同じやりとりだった。こんな会話は日常茶飯事で、寝言でだってかわせる。もふはそう簡単に思っていた。
「ねぇもふ……キスしてよぉ……。」
にもが泣きそうな顔でせがんでくる。それもいつものことだった。もふは
「いいよ。」
と言うと、にものおでこ手を当て、その手の上からキスをする。いつものようにそうやって誤魔化すつもりだった。
「はい、おし…ま……!!」
にもがもふの服の襟を、急にぐいっと引っ張った。突然のことに、もふはバランスを崩し、前のめりなり、そこににもの唇が滑り込む。
一瞬だった。唇を重ねるだけのキスを、もふはにもとしてしまった。
「で、そのあとどうしたの?」
「どうもしませんよ。」
もふはそう言いながら、バツが悪そうにクローバーから目を逸らす。
「はぁー?にもちゃんが!勇気を出して!そこまでしたのに!何逃げてんだよ!?」
クローバーはイライラしていた。一体どこまで逃げれば気が済むのだ。これではにもがあまりにもかわいそうだ。
「それからにもとの距離感が全然わからなくなってしまって……。」
「自業自得だな。」
これまでもふは、ずっと2人の距離の主導権を握ってきて、それに胡座をかいていた。
「突然にもちゃんが、お前の主導権を無視して一線を超えてきたから、オロオロしてなんにもできねーってわけか。お前本当にクソだせぇ野郎だな。」
もふはぐぅの音も出ない。クローバーは、もふに軽蔑の眼差しを向ける。
もふは1回ため息を漏らすと、躊躇いがちにクローバーを見ながら
「俺今から衝撃の発言してもいいですか?」
と聞く。クローバーは訝しげにしながらも「うん」と頷く。
「俺、男の人を、好きになったことあるんですよ。」
「へー。そうなんだ。」
クローバーはあっけらかんとしていた。そこには嫌悪も戸惑いもない。当たり前のように受け入れている。
「気持ち悪くないんですか?」
「何が?」
「男が男を好きになることが。」
「人を好きになることに、性別なんて関係ねーだろ。」
気を使っているわけではない。元々クローバーは気を使えるような性格ではないのだ。
これだけ堂々と受け入れられると、もふは逆に戸惑ってしまう。でも、チャンスだとも思った。ここで全部吐き出してしまえと、もふは話を続ける。
「俺、よくわからなくて……。にもは女としては1番好きだけど、今ここに俺の1番好きな男がきたら、そっちを好きになってしまうかもしれない。本当に、どうなるかわからないから、踏み出せないんです。」
もふはそう真剣に悩んでいた。
男を先に好きになった経験は、今のにもとの関係をもっと複雑なものにしていて、自分の心を惑わす。どれが本当自分の気持ちなのか、自分は本当ににもを好きになれるのか、もふはいつも不安だった。
「馬鹿馬鹿しい。お前本当に嫌いだわ。」
クローバーに面と向かって「嫌い」と言われたもふは、どうしたらいいのかわからず、困ってしまう。
「お前が今好きなのは、にもちゃんなんだろ?そこは間違いないな?」
もふが「うん」と頷く。
「なら、それで全て解決だろ。両思い、ハッピーエンド。めでたし、めでたし。」
クローバーはそう言うと、公国への道を再び歩き出す。
「え、ちょっ?待ってくださいよ!」
まったく解決糸口が掴めていないのに、話を切り上げようとするクローバーに、もふは焦る。
「馬鹿な野郎だ本当に。男だとか、女だとか、そんな下らない属性に囚われてるうちは、この先誰を好きになったって同じだ。」
クローバーは振り返ると、もふを見つめた。
「本当は自分でわかってんだろ?お前はただ、1度男を好きになった自分に自信がないだけで、その不安を、男が女がって言って、誤魔化してんだよ。」
もふは心の内を言い当てられて、たじろく。
「くだんねーこと言ってないで、男でも女でもない、にもちゃんの存在そのものを好きになってみろよ。」
それだけ言うと、クローバーはまた歩き出す。
もふは、一瞬目を瞑って考えたが、すぐに結論が出せそうな問題ではなかった。
「クローバーさんはどうなんですか?」
先を行くクローバーを走って追いかけながら、もふが聞く。
「エルさんのこと、どう思ってるんですか?」
「急になんだよ。」
クローバーは面倒そうな返事をする。
「別にどうも思ってない。」
「好きなんですか?」
クローバーに追いついたもふは、回り込んでその表情を確認する。クローバーは眉を寄せて、本当にただ面倒くさそうな顔をしていた。
「あのなぁー、言われっぱなしで一矢報いたいのはわかるが、ズレてんだよ。お前は。」
クローバーはもふの胸に指を突き立てると、ポンと押した。うんざりした様子だ。
「私とエルの関係は、好きとか嫌いとかじゃない。」
クローバーはもふを押しのけると、先へ進む。
「でも、エルさんはクローバーさんと同じ思いじゃないかもしれませんよ。」
もふは食い下がる。
「だからって私には関係ない話だ。私は、私がどう思ってるかが最重要なんだよ。」
クローバーは振り返らずにそう言う。
もふの完敗だった。これだけ言い負かされたのは人生で初めてだ。もふはどうすることできず、ただ先を行くクローバーの背中を見つめていた。