アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「にもさんは釣りが上手ですねぇ!」
エルサイスはそう言いながら、にもが釣り上げたトレジャーから、ガラス片を取り出す。
「ふふん!まぁね!」
にもは淡いピンク色のロングヘアを揺らしながら、得意そうに鼻をかく。おカッパの前髪が、おてんばそうな雰囲気を醸し出している。
「にもさんは本当に素直でいいですね。クロも見習ってほしいです。」
にもは「ふふっ」と照れて笑う。褒めれば褒めた分だけ響く。エルサイスは心の中で、なんて扱いやすいのだろうと思っていた。
「姉御は姉御で、かっこよくて、憧れる!」
「でも、にもさんはそのままの方が、いいと思いますよ。」
それがエルサイスの正直な感想だった。
「もふさんだって、今のにもさんの方が、きっと好きですよ。」
エルサイスの言葉に、にもは顔を曇らせる。
「好きなんて……。もふは、私のことなんか、きっとどうとも思ってないんだ……。」
にもはそう言うと、もふと同じ若草色の目を歪めながら、今にも泣きだしそうな顔をする。エルサイスは慌てて
「僕はそんなことないと思いますけど……。」
とフォローした。
もふがにものことを好きなのは、エルサイスの目から見れば、明らかなことだった。少なくとも「どうとも思ってない」なんてことはないだろう。
「でも……でも……。」
にもが言い淀む。
「ふむ。」
エルサイスはそううなずくと、にもから釣竿をサッと預かり、近くのベンチまでエスコートする。そして「さぁここに座って何でも話して下さい」と言うように、微笑みかける。
にもはエルサイスの行動に戸惑いながらも、ベンチに腰を下ろす。
「何かあったんですか?」
エルサイスがにもの隣に座りながら聞く。
「えっと……実は……」
にもは躊躇いながらも話し出す。
「こないだね、公国でもふに……その……。」
にも両手の指を絡ませ、落ち着きなく目を泳がせていた。
「あの……き、キスをしたの……。」
「え……?」
予想のはるか斜め上をいくにもの回答に、エルサイスは一瞬固まってしまった。
「もふが悪いんだよ!だって、私の気持ち知ってるくせに、いつも誤魔化してさ!」
にもはそう言いながら、不満そうに口を尖らせる。
「だから!ちょっと不意打ちで、驚かせてやったの!」
エルサイスはにもを、扱いやすい単純な人だと思っていたが、それは大きな勘違いだった。
「(とんだじゃじゃ馬だ。)」
こんな強烈な反撃をくらえば、それはもふだっておかしくなるだろうなと、エルサイスは思った。
「でもね、もふはなーんにもしてこなかった。好きも嫌いも言わないし、近づいてもこないし、離れてもいかない。」
にもはため息をついた。
「やっぱりもふは、私がなにしようと、どうとも思ってないんだよ……。」
にもともふは、大きくすれ違ってしまっていた。どっちもお互い好きなはずなのに、それがまったくうまく伝わっていない。
「にもさん」
「ん?」
エルサイスはにもを見つめる。こうなれば、一か八かだ。
「汗疹の薬が出来たら、もふさんにこう言うんですよ。」
エルサイスはそう言って、にもに小さな声で、耳打ちした。
連邦の宿でツインルームを隣同士で押さえて、そのうちの1つに、4人は集合していた。
「おかえりー。」
先に帰っていたクローバーともふが、エルサイスとにもを迎え入れる。
「こっちの薬はできてるよ。そっちは?」
「こっちもできてるよ。」
クローバーの問いかけに、エルサイスは小さなガラス瓶をバックから出した。
にもともふは、お互い無言のまま、微妙な距離を取っている。
「ほら、瓶に出来た薬入れろ。」
クローバーはエルサイスから小瓶を受け取ると、もふに渡した。もふは何も言わずに、乳白色の薬を瓶に詰めていく。
部屋全体が真空パックされているような、なぞの緊張感が流れていた。その空気に耐えられなくなったクローバーは、エルサイスにそっと近づくと
「一体これはなんなんだ。」
と耳打ちする。
「まぁまぁ見てなって。」
エルサイスは軽い返事をする。
「できましたよ。」
薬を詰め終わったもふが、瓶をクローバーに渡そうとすると、にもが
「あ、あの!待って!」
と、割って入る。
「ん?」
クローバーともふは、首を傾げながらにもを見る。
「あの……その……もふに塗ってもらいたい!」
にもの言葉にクローバーともふは目を丸くする。特にもふは、しばらくの間固まってしまうほど驚いていた。
「ほら、どうするんですか?もふさん?」
エルサイスが面白がるように、もふに言う。ふっと正気に戻ったもふは、エルサイスの策略を瞬時に理解し、呆れたようなため息をついた。
「エルさんて、意外に世話焼きなんですね。」
「なんのことかな?」
とぼけるエルサイスを見て、もふは笑った。
「本当、変なコンビですよ。あなたたちは。」
もふはそう言いながら、にもに近づくと、その手を取った。
「それでは僭越ながら、背中に薬を塗らせていただきますよ。レディ。」
「うさんくせーな。」
サッと仮面を被ったようなもふの態度に、クローバーは正直な感想を述べる。
「大丈夫ですよ。クローバーさんの言葉は忘れていません。」
もふはどこか覚悟したような真剣な目で、クローバーを見た。
クローバーは短くため息をつくと
「にもちゃん泣かせたら許さねーからな。あと、変な気起こすなよ。」
と、もふ釘を刺し、エルサイスとともに、2人で部屋を出ていく。
「にもちゃーん!隣の部屋にいるから、何かあったら壁叩いてね!助けにくるよ!」
部屋を出る直前、クローバーがにもにそう呼びかけた。
「はーい!」
元気に返事をするにも横で、もふは身震いする。クローバーの腹パンは、もうすでに、もふのトラウマになっていた。
「さて、にも、俺後ろ向いてるから、上着を脱いでベットにうつ伏せに寝て。準備出来たら言ってね。」
2人が出ていくと、もふはそう言って、にもに背を向けた。にもはそれを確認すると、いそいそと服を脱ぎ始める。
もふは薬の瓶を握り締めながら、クローバーから言われたことを考えていた。
属性に囚われない、にもの存在そのものを好きになれと言われても、もふはピンとこなかった。
にもは、生意気で、ポンコツで、頑張り屋で、かわいい女の子だ。それらはいえばただのにもの属性だけれど、その1つ1つが集まって、今のにもの存在を形取っている。
では、にもの属性をそのまま引き継いだ男が現れたら、もふは好きになるだろうか。そう考えた時、答えはNOだった。
もふが好きになった男は、がっしりした体つきで、年上の、物腰の優しい人だ。にもとは似ても似つかない。
結局それが、もふが、にもの存在そのものを好きな証明になっていた。
にものあとに、もふの理想の男が現れて、そっちを好きになったとしても、それは相手が男だからでも、にもが女だからでもない。もふ自身が好きだから、好きなのだ。
結局もふは、男だとか、女だとか言い訳して、逃げていただけだった。先に男を好きになっ自分が、本当に女を好きなれるのか、ただ不安だったのだ。自分の気持ちが、正しいのか、真実なのか、わからないまま誤魔化して、ここまできてしまっていた。
「いいよー。」
にもが準備OKの合図を出す。
そんな誤魔化しは、今日で終わりにしよう。
そう覚悟を決めたもふは、言いたいことをまとめながら、ゆっくり振り向く。
「え!?はぁ!?これ……酷い!」
まとめていた言葉が全部吹っ飛ぶくらい、にもの汗疹は酷い状態だった。赤いプツプツが、背中の真ん中辺りにぶわぁと広がっていて、所々掻きむしったあとで血が滲んでいる。
「にも……これはダメだよ……。」
「姉御にも、まったく同じこと言われた……。」
にもはバツが悪そうに、枕に顔を埋めた。
「ちょっと染みるかも。」
もふはあまりの酷さに顔をしかめながらも、にもの背中に、丁寧に薬を塗っていく。
「にも。」
「ん?」
「ごめん。」
「何が?」
もふは言葉を続けることができなかった。いざとなると、なんと言葉を紡いだらいいのか、全然わからない。今までずっと向きあってこなかったことを、もふは本当に後悔した。
「ねぇ?もふ?」
黙ってしまったもふに、にもが呼びかける。
「ん?」
「私のこと好き?」
「す、好きだよ!!」
もふは、食い気味にそう返す。誤魔化しではなく、本心からそう言ったが、にもにちゃんと伝わるか不安だった。狼少年だ。今までのらりくらりとかわしてきたことのツケを、今払っている。
「そっかぁ……。」
にもはそう言うと、安心したようにふにゃっと笑った。幸せそうな笑顔だった。
もふは胸が熱くなるのを感じていた。たった今、確かに、もふの心は、にもの笑顔に救われたのだ。
「ねぇもふ?」
「んー?」
「キスして!」
にものお願いに、もふは戸惑う。でも、ここで誤魔化したらまた振り出しだ。
「いいよ。」
もふは覚悟を決めると、息を大きく吸ってから、ゆっくり顔を近づけ、にもの頬にチュっと短いキスをする。
「はい。おしまい。」
そう言いながら、顔が赤くなるのを感じ、顔を見られたくないもふは、にもが起き上がらないと見えない角度に素早く避難する。
「えー!?口にして!」
調子にのってわがままを言うにもに、もふはため息をつく。
「今はダーメ。」
「今は?」
「今は。」
それがもふの精一杯だった。
「仕方ないなぁ……。」
にもはそう言いながらも、どこか嬉しそうだ。
もうにもは、自分の思い通りにならないだろう。もふはそう感じていたが、後悔は無かった。もうコントロールはできないし、したくない。これからは、2人で舵を取っていくのだ。
どこに向かうのか、何が待っているのか、検討もつかないが、以前に比べれば、2人の目指す先は明るかった。