アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「クロ。」
優しく声をかけると、クローバーは寝転がって目をつぶったまま
「うーん……?」
と眠そうな返事を返した。
濃い赤い前髪が、太陽に透けて、燃えるようなオレンジ色になっている。
柔らかい風が吹き、風車がギシギシと音をたてながらゆっくり回る。
クローバーは、風車小屋のウッドデッキの上に、仰向けに寝転びながら、両手を頭の下に置き、夢うつつ船を漕いでいた。
僕はその隣に座り、その様子を幸せな気持ちで眺めている。
「お茶ができたよ。飲む?」
「う?……うーん……。」
クローバーは曖昧な合図打ちをしたかと思うと、すやすやと寝息をたて始めた。
僕はゆっくりお茶をノドに流し込む。アロエベラから合成したお茶は、独特の風味がしたが、これはこれで悪くない。
廃工場に魔王が現れたという噂を、公国の酒場で聞いた僕達は、この滅びの村まで様子を見に来た。
滅びの村にある廃工場では、トッポがまた悪さをしようとしていた。
そう、また。だ。
廃工場の魔物は前に一度退治したのだ。特に苦労もなく、魔物はクローバーの一撃で、あっけなく倒れた。その時に魔物はトッポと名乗っていた。魔物に名前はない。名前がある魔物は『魔王』というらしい。
魔王という肩書きは似合わない弱さだが…。
今回もトッポは
「不死身のトッポ様の前に、のこのこ現れるとはなんたる愚行!我は決して死ぬことはない!我が死なぬ以上、貴様らが倒れる以外、道はないのだ!」
などと喚き散らし、クローバーを散々イラつかせ、彼女の
「うるせぇ黙れ。」
の一撃、脳天を貫くスカルティガーで倒れた。
魔王は倒すと、また強くなって復活すると言っていたが、前とさほど変わらない弱さだった。
そんなこんなで魔王退治を終え、僕らは今滅びの村入口近くにある、風車小屋の下で休憩をとっていた。
こんなにゆっくりするのは、本当に久々だった。
不老不死の村で、フジが奇跡を受けるところを見たあとから、クローバーは荒れていた。
レベリングだと言いながら、エリアボスを飽きるほど狩りまくり、無理な戦闘で死にかけたり、実際テバキゾクに1人特攻して、教会送りなったりした。
釣りをしたり、海辺ではしゃいだり、草原に寝そべって昼寝をしたり、ベンチに座っておしゃべりしたり、酒場で大きな声で歌ったり、そういう時間が、最近はめっきり減っていた。
戦って、戦って、疲れたら宿に戻って、また戦って。
クローバーは、戦いの中でしか、自分の気持ちを整理できないのかもしれない。
難儀な性格だなと思う。
そんな彼女が、久々の休息を取って、リラックスしながらうたた寝をしている。
むにゃむにゃ寝言を言いながら、クローバーが横向きに寝返りを打つ。
僕はとっさに手を出して、ウッドデッキから落ちないように、その背中を支える。
手が触れた背中は、小さくて、暖かくて、柔らかかった。
このまま抱きつたい衝動に駆られるが、理性を総動員して我慢する。そんなことをしたら、起こしてしまうだろうし、起きた瞬間が、僕の最期になる可能性が高い。
僕はクローバーのことが好きだけれど、それ以上に大切だと思っている。拒否ができない状況で、そういうことをするのは、反則だ。
それに僕は、今の関係を壊せるほど、無謀でもない。
要するに、臆病者なのだ。
そんな僕の葛藤を知る由もないクローバーは、規則的な寝息をたてながら、夢の世界を楽しんでいる。
クローバーは、あの日のことを、自分の中でやっと整理出来たのだと思う。
心も体も傷つきながら、戦って、戦って、自分と向き合った。そうして手に入れた答えが、どんなものなのか、僕にはわからないけれど、彼女が納得できたならそれでいい。
ゆったりとした時間が流れる。
滅びの村はその名の通り、滅んでいるので、人が通ることは滅多にない。
時々、僕らのような冒険者が、ふらっと迷い込むことがあるが、今日はそれもなく、僕とクローバーの貸切状態だ。
朽ちた家々や、無人の教会。村を横断する古い吊り橋の向こうには、巨大な木がそびえ立ち、葉っぱが風に舞ってそよそよと音を立てる。
まるで時間が止まっているかのような錯覚に陥る。
不老不死の村は、見えなくても村のそこかしこから、誰かが住んでいて当たり前の日常を送っている空気が感じられた。そのどこにでもありそうな、温かさから、のどかだなと思った。
それとは対照的に、この滅びの村は、良くも悪くも、とても静かだ。
風の音と、風車が回る音しかしない。
これはこれで、僕は嫌いではない。むしろ、静かなのは、好きだ。
でも、かつてここに住んでいた者達からしてみれば、それは寂しいことなのだろうと思う。
不老不死の村の酒場のマスター、ロックは「救済者がこの村の賑わいを取り戻した」そんなようなことを言った。
不老不死の村が、この滅びの村のようになることを、救済者が防いでいる。
それは素晴らしいことなのだろう。
それでも僕は、まだモヤモヤしたものを抱えている。
本当に救済者は素晴らしい善人なのだろうか?
あの日、フジが不老不死になった日のことを思い出す……