アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
私は目の前に広がる怪しげな建物を見て、首を傾げた。
ピンクのステンドグラスで縁取られた門を通って奥まできたら、不思議な場所にたどり着いてしまった。
「派手だな。」
私は建物外観を見渡す。
3階建て位はありそうな大きな建物の上からは、蜘蛛の巣のようなものが放射状に伸びていて、怪しい雰囲気を醸し出している。窓には門と同じピンクのステンドグラス。妖艶としたこの建物は、家と言うより、館とか、城と言った方がいいかもしれない。
「ここ、どこ?」
「さぁ?」
エルサイスの返事は適当だ。
「世界地図出せよ。」
「地図にない冒険をしようよ。」
エルサイスはそう言ってニッコリ笑う。何か誤魔化しているときの顔だ。すぐわかる。
「誤魔化してんじゃねーよ。」
私が指摘すると、エルサイスは困ったように頭をかく。
「クロ、本当のこと言っても怒らない?」
「別に。」
「迷いました!」
エルサイスはそう言うと笑った。
まったく笑い事ではない。私は呆れたため息をついた。
ナビゲーションはエルサイスの役目だ。エルサイスはいつも私の少し前を歩き、地図を見て、次の目的地に案内してくれる。だが、今回は珍しく失敗したらしい。
別に目指すところがあったわけではない。ただ3国国境付近でネギの採取をしていただけだったのだが、ウロウロしているうちに、来たことのないマップに入ってしまったようだった。
「迷ったなら迷ったでいいから、早くそう言え。」
途中で言ってくれれば、奥に進む前に引き返すこともできたはずなのに、とんだ手間だ。
「何か失敗したの初めてだから、どうすればいいのかわからなくてー。」
エルサイスはそう言いながら地図を広げ、メガネをかけ直す。現在地を割り出そうとしているらしい。私も一緒に地図をのぞき込む。
「うーん……。今いるのは魔王城かな?絵がこの建物に似てるし。」
エルサイスは地図の端を指さす。古ぼけて黄ばんだ地図は、エルサイスの手で、ところどころ補修してあった。使い込まれている感じがする。
「ついでだし、寄っていく?」
「どこに?」
「魔王城。」
エルサイスにそう言われて、私は魔王城を見上げる。誰かが住んでいる気配はあまり感じない。
「まぁ、それもいいか。」
エルサイスが言った「地図にない冒険」とやらをしてみるのも悪くない。
私は紫色の池にかかった橋を渡り、魔王城の扉を開けて、中に入った。
中には先客がいた。ユーキとカレンだ。この2人とは、教会で不老不死の洗礼を受けた時期が一緒で、旅の途中何度か顔を合わせたことがある。
私は、うだつのあがらないヘタレなユーキが大嫌いだった。偉そうなくせに、言い訳ばかりで、弱くてダサい。カレンはしっかり者で、そんなユーキを献身的に支えているが、甘やかしが過ぎると、私は思う。エルサイスだって、私をそんなに甘やかしはしないだろう。
2人の前に立ちはだかるのは、どこかで見たような魔物だ。
「フハハハ、ここまでよく来た、勇者よ。ようこそ、魔王アスタナの城へ。」
「あれ、炎の洞窟で解放しちゃった魔物だね。」
エルサイスが私に耳打ちしてくる。
ライオンのような鬣、4本の角、鋭い爪。猫のような出で立ちのこの魔王は、リーヤンのペンダント事件のとき、私たちが宝箱の封印を解いてしまい、中から出てきたやつだ。
すぐに退治したが、魔王は死なない。また復活して、ここに出てきたと言うわけだ。
「ここまでの死の旅路、よくぞ生きて歩んで参った。誉めてつかわそう。しかし、我に勝てるかな?」
魔王アスタナは、ユーキとカレンに、大層な口上を述べる。
「ち、陳腐な口上じゃないか。でも、僕の退魔の剣で一撃だよ。ねぇ、子猫ちゃん。」
ユーキはそう言いながらも震えている。本当にダサい野郎だ。私はうんざりしたため息をついた。
「迷子になっただけだと思ったら、本当はここを目指してたんですねぇ。さすが勇者様。」
「僕も、僕もここを目指してたんだよ。」
エルサイスがカレン言葉に便乗する。
「いいから、わかった。うるさい。」
そうアピールしてくるエルサイスが、心底面倒だった。
「大口を叩くからには楽しませてくれ。そして死んでから黄泉路で後悔するがいい!」
「こ、後悔するのは、ど、どちらだろうな。君に地獄の一丁目行きの切符をあげるよ……!」
弱いやつほど、よくしゃべる。そんな言葉が頭をよぎった。この先の戦いに、興味がわかない。きっとつまらないと予想できた。
「やぁ!」
ユーキがアスタナに切りかかるが、シールドに阻まれてダメージが出ない。
「あれ魔王の特殊能力?」
「いや、ただ魔王の防御力を、ユーキの攻撃力が超えてないだけ。」
エルサイスの質問に、私は淡々と答える。弱すぎて話にならない。
「こんなものか!」
アスタナは腕を払ってユーキを退ける。
「うわぁあっ!」
弱々しい悲鳴を上げるユーキ。
「無念だ……子猫ちゃん……僕の骨を拾ってくれ……。」
ユーキはそう言いながら気を失ってしまった。何という茶番だろうか。私は呆れ返って言葉が出ない。私の後ろで、エルサイスはおかしそうに笑っていた。
「次は誰だ?」
アスタナはそう言うと、私たちをみた。
「今度は貴様か?どこかで見た顔だな。」
「クソボケ魔王は、自分を倒した人の顔も覚えられんのか。」
悪態をつく私を、エルサイスが「まぁまぁ」と言ってなだめる。
「次の勇者はなかな骨がありそうだ。貴様も我を倒しに来たか。」
「勇者って、本来は勇気のある人だよね。それがなんで、魔王を倒す者の意味になったんだろうね?」
エルサイスが、急に謎の考察を始める。私にとっては、どうでもいい話だ。
「さぁね。」
とだけ返しておく。
「強い者を恐れ、忌み嫌う。それがか弱き人間の業よ。そうして嫌われるのも魔王の宿命。貴様らの恐怖、怒りを甘んじて受け止めよう。遠慮なく我にぶつけよ。」
ズレている。この魔王はかなりズレている。私は強い者を忌み嫌うどころか、大好きなのだ。そういうところでは、私は、か弱き人間ではないのかもしれない。魔王がなぜ嫌われるのかは、私にはわからないが、少なくとも私は、この目の前の魔王に、恐怖も怒りもまったく感じていなかった。
「さぁ、来い!」
アスタナがそう凄む。私はエルサイスをチラリと見るが、エルサイスは肩を竦めるだけで、何にも言わない。
勝負を申し込まれたなら、受けるのが私の礼儀だが、こんなにも燃えない戦いは、正直面倒だった。
「まぁいいよ。エル、待っといて。すぐ終わらせる。」
私は前に進み出て剣を構える。ユーキが邪魔だったので、カレンに目配せしてどかしてもらった。
「さてと、ウォーミングアップといきますか。」
私はそう呟くと、アスタナに切りかかった。