アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
勝負はあっという間に決まった。私が切りかかった5秒後には、アスタナは地面に膝をつき、肩で息をしていた。
あまりに骨のない戦いに、私はため息をつく。
「ウォーミングアップにすらならないな。」
そう言いながら、剣を収める。
「お疲れ様。」
「疲れてない。」
エルサイスの労いを一蹴する。腹立たしいくらいつまらない戦いだった。
「魔王とは……つまらぬ存在だ。ただ勇者を名乗る者に倒されるだけの存在……。」
アスタナは倒されたくせに、随分饒舌だ。
「我は長い月日、魔王として君臨した。その中で人間とは何か、魔王とは何か……考え続けた。」
「何か長くなりそう?」
エルサイスが嫌そうに眉を寄せる横で、私はあくびをした。退屈で仕方ない。誰も合図打ちをしないまま、アスタナはダラダラと話を続けていた。その様子を見て、エルサイスが
「早く死なないかな?」
と言った。
「エル、お前ホントに時々馬鹿正直だよな。私もそう思ってたけど、ちゃんと黙ってたんだぞ。」
大人として、それは思っていても言ってはいけないことだ。でも、エルサイスはサラッと言ってのけた。
「ついね、つい出ちゃった。」
エルサイスはそう言うと笑った。私よりずっとたちが悪い。
「だが、1つだけ話せるとすれば、聞くがよい、勇者よ、魔王とは……!」
「私は勇者じゃなくて、ただの冒険者だって。」
うんざりしながらそう言う。話が長い上に中身がない。
「ながぁいっっっ!」
さっきまでいなかった声が割り込むと、アスタナを岩の柱が貫く。アスタナが
「うわぶべらとてっっっ!」
と、随分複雑な断末魔を上げる。
「あ、魔王ちゃん。」
急いで振り返ると、ピンクのロングヘアに、黒いうさぎの耳のついたフードを被った、魔王ちゃんがいた。
魔王ちゃんとは、フェンダークと同じくらいの時期に知り合いになった。エルサイスと一緒に、小悪党のケインの落とし穴にハマったところを助けたのがきっかけで、仲良くさせてもらっている。
会う頻度はそんなに多くはないが、会えばいつも一緒にご飯を食べて、様々な話を聞いた。永遠に生きている魔王ちゃんは、私たちが生まれる前の、ずっと昔の話を、たくさんしてくれる。そんな魔王ちゃんが、私は好きだった。
「ここは私お城よ。それをあつかましい、我が物顔で語ってくれちゃって!」
魔王ちゃんはプンプンしながらアスタナに近づく。
「くっ、き、貴様っ!よくも我が口上を途中でさえぎってくれたな……。奈落の底で悪夢を……!」
「そういうのはヨソでやって!」
魔王ちゃんはそう言うと、アスタナを火あぶりにする。
「うわぁぁああっ!」
アスタナは最後にそう叫ぶと、黒い霧になって消えていった。
「お気に入りのソファ、汚さないでよね!」
魔王ちゃんはそう言うと「ふんっ」と息をつく。うんざりした様子だ。
魔王ちゃんは、可愛らしい姿をしているが、その実力は確かに魔王そのものだった。
魔王ちゃんさえ良ければ、1度私と手合わせを願いたいところだが、彼女は元々争いを好まない性格なので、中々難しい。
「ここ、魔王ちゃんのお家だったんですね。」
エルサイスが改めて部屋を見渡しながら呟く。
「ようこそ!ここは私のお城よ!来てくれたのね!」
魔王ちゃんが嬉しそうに言う。
来たたくて来たわけではないが、魔王ちゃんが嬉しいならそれでいいと思う。
「ここ、私が建てたんだよ!」
「え?まじで?」
私もエルサイスに倣って、改めて部屋を見渡す。
壁には美しい金細工で人の横顔のようなものが描かれていて、床一部は特殊な強化ガラスでできている。そのガラスの下にはピンク色の光る花が敷き詰められ、幻想的な雰囲気だ。そして何よりすごいと思ったのが、ハイヒールを履いた女の人の足の形をした柱だ。こんな大胆な細工は、他で見たことがなかった。
「高そうなお城ですねぇ。」
エルサイスが素直な感想を漏らす。
「たーっくさん、酒場で働いたりして、こつこつためて……。まだ見ぬ優しき人のすいーとるーむを作るのが、私の唯一の夢」
「すいーとるーむ……。」
魔王ちゃんの思い入れや、その努力には敬服するが、すいーとるーむはちょっと私には理解できない。
「だったのに……」
魔王ちゃんは、そう言うと目を伏せる。
「悪趣味だと思う?思うよね?」
そう詰め寄る魔王ちゃんに
「そんなことないと思いますけど?」
とエルサイスが笑って返す。私も、ただ住むには若干派手だなと思うが、悪趣味だとは思わない。
「魔王ってイメージだけで人間が建てたお城だからね。あんまり私の趣味じゃないんだ。」
魔王ちゃんはそう言うと、ため息をついた。
「それは少し残念ですね。せっかくお金を貯めたのに。」
エルサイスが同情するように言う。一世一代の買い物を、自分の趣味にできなかったのは、不幸かもしれない。
「私ちいさおうちを建ててって、大工さんにお願いしたんだけど、でき上がったらこんなので……」
「全然小さくないな。」
私は肩を竦める。
「『魔王なら、らしくしないとな!大赤字だけどおねえちゃんかわいいから、歴史に残るようなやつ、建てといたぜ!』……って。」
とんだお節介だ。ありがた迷惑もここまで来ると、文句も言えないなと思う。
「あまりに素敵な笑顔で、怒れなくって……。」
「それは気の毒でしたね。」
エルサイスが眉を下げながら言う。きっと心の中ではどうでもいいと思っているんだろうなと、私は勘ぐる。エルサイスは、合図うちだけはいっちょ前なやつなのだ。
「でも、他の魔王の感性には合うみたいで、ちょっと家を空けると、みんな自分の城にしたいって攻めてくるの。さっきの魔物も多分、そんなヤツの1人ね。私の留守中に入り込んだんだわ。」
なんとも迷惑な話だった。
「家宅侵入罪じゃん。」
私は呆れたため息をつく。魔王ちゃんが本当にかわいそうだ。
「勇者様、ちょっとしっかりして。」
「うーん………」
カレンの声に、みんな振り返る。アスタナの攻撃に気を失っていたユーキが目を覚ましたようだ。
「なんて美しいんだ。」
ユーキはぱっと起き上がると、魔王ちゃんに駆け寄り、その手を取った。私は咄嗟に、ユーキに腹パンをキメたくなって、拳を握ったが、エルサイスに肩を押さえられたので、やめることにした。
「まぁ……」
私の行動とは裏腹に、魔王ちゃんは、嬉しそうな声を出す。
「あなたが僕を魔王から救ってくれたのかい、ベイビー?ぜひ名前を教えてくれたまえ。」
「私こいつのしゃべり方嫌いだわ。」
「僕も何となくその気持ちわかるよ。」
私の肩を押さえまま、エルサイスが苦笑いを浮かべる。
「私?うーん、そうねぇ、一部の人からは『魔王ちゃん』って呼ばれるわ」
バットチョイスだ。魔王ちゃんには他に『マイカ』という名前がある。そっちを教えた方がいい気がした。
「『魔王ちゃん』?魔王……?君……魔王なの?」
思った通り、ユーキは引いている。
「そう。でも、こわがらないで。私ほど人畜無害な魔王は……」
「魔王はもう勘弁してくれぇ……!」
ユーキは魔王ちゃんの話途中で、走って逃げ出してしまった。
「勇者様ったら、まったくもう……。」
カレンが呆れ返りながら、そのあとを追って出ていった。
「あー、もう!みんな魔王ってだけでこの反応なんだから。」
魔王ちゃんは、そう言ってうなだれた。
「大変だね。魔王ちゃんこんなに優しくて面白いのに。」
悲しそうな魔王ちゃんを、私は慰める。
「あーあ……魔王なんてやめたいよ……。」
「魔王ってやめれるんです?やめれるなら、やめたらいいんじゃないですか?」
ため息をつく魔王ちゃんに、エルサイスがそう言う。
「ううん。天から与えられた役目だもの。魔王は、年を取ることも、死ぬこともできないの。」
不老不死の村の事件の時に、考えた話だった。永遠の時間を生きることは、どれほどの苦痛が伴うのだろうか。それを耐えて生きている魔王ちゃんは、本当にすごいと私は思う。
「魔王は、魔物を生み、使役できる唯一の存在。魔王がいないと、魔物を誰も制御できなくなっちゃう。そうすると、勝手に魔物が増えて人間が滅びちゃうんだ。」
魔王ちゃんに、そんな大事な仕事があるとは思わなかった。なんだかとても壮大で大変そうだ。
「魔物を従えて正しくコントロールするのが魔王の役目。ただ勇者に殺されるためだけにいるんじゃないんだよ?」
恐怖の対象として、ガス抜きのように、殺されるためだけに存在するよりは、それなりの使命があった方がいいと、私は思った。
「すこし、お話長くなっちゃったね。」
魔王ちゃんはそういうと、悲しそうに笑った。
「いや、全然長くないよ。ありがと。」
私はそう短く返した。
「私飲み歩きよりも、実は家飲み派なの。だから、あなたたちも遊びに来ていいんだよ?」
私とエルサイスは顔を見合わせる。
「あ、でも基本的におつまみとかないから持ってきてくれると嬉しいなぁ~。」
魔王ちゃんが甘えるように言う。私はおかしくなって微笑んだ。
「いいよ。今度私が美味しいおつまみと食事いっぱいつくって持ってきてあげる。」
「お酒は僕が付き合いますよ。」
エルサイスが私に続く。
魔王ちゃんはそれを聞くと、嬉しそうに笑った。
魔王ちゃんの果てしない時間が、いつまで続くのか、私たちには検討もつかない。でも、私たちといる間だけは、ほんの少しでも幸せな気持ちになってくれたらいいなと思った。