アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「マスター!お酒ちょうだい!お酒!」
公国の酒場に入るなり、クローバーは酒場のマスター、チップに向かってそう叫んだ。
「珍しいなぁ!酒を頼むなんて。」
チップがフライパンを振りながら、目を丸くして返す。
「クロ、やめときなよ。また吐くよ?」
「うるせぇ!これが飲まずにいられるか!」
僕はため息をつく。
クローバーは下戸中の下戸なのだ。とにかくアルコールがまったく飲めない。薄いカクテルの入ったコップを、飲み干す前に、潰れてしまう。
「めちゃくちゃ薄いカクテル出してください。」
僕はクローバーが見ていない隙に、チップに耳打ちする。チップは大笑いすると
「わかったよ!」
とウィンクした。
席に着くと、チップがクローバーにレモン色のカクテルを、僕にビールを持ってきてくれる。
「荒れてんなぁ?なんかあったのか?」
「まぁ色々。」
僕は苦笑いして誤魔化す。僕が料理を注文している横で、クローバーがカクテルを半分ほど一気に飲み干していた。
「クロ!ホントにやめときなって!」
「いいの!!飲みたい気分なんだから!」
今日のクローバーは中々強情だ。
「後で絶対後悔するよ。」
クローバーは、お酒特有の高揚感や、気持ち良さを感じる前に、具合が悪くなってしまうのだ。そんな体質なのに飲むというのは、わざわざ自分から気持ち悪くなりにいくようなものだ。何が楽しいのか、まったくわからないが、本人が飲みたい気分なら仕方ない。
料理が届く頃には、クローバーの顔は真っ赤になっていた。元々の肌が白いので、余計目立つ。
「もー!!ムカつく!」
クローバーが乱暴にテーブルを叩く。
「クーロ、静かに。」
僕の注意も聞かず、クローバーはバンバンテーブルを叩く。
「だってムカつくんだもん!」
「まだユーキさんのこと怒ってるの?もう忘れなよ。」
「私の頭はそんな都合よくできてない。」
クローバーはそう言うと、不満そうに口を尖らせた。
僕もクローバーと同じで、ユーキを助けたわけでも、恩を売ったわけでもないと思っていた。ただあの場に、ユーキがたまたま居合わせただけで、それ自体に意味は無い。だから、感謝も、お礼も要らない 。そんな期待は1ミリもしていなかった。ただ、こんな形で、害を持って返されるとは、思ってもみなかった。何がどう転ぶのか、わからない世の中だ。
「私は別にいいんだよ。誰が魔王を倒したことになってても。」
クローバーはそう言いながら、プロシェットにかぶりつく。
魔王アスタナを倒したのはクローバー、むしろ、トドメを刺したのは魔王ちゃんだが、それは、僕らにとって、どうでもいいことだった。ユーキが手柄を横取りして、自分が倒したと声高に叫んでも、別に問題はない。クローバー風に言うなら「好きにしろ」だ。
「そのあとが問題だったね。」
魔王の仲間の濡れ衣を着せられ、僕らは城塞都市を追い出された。ほとぼりが冷めるまで、しばらく城塞都市に入るのは控えた方がいいだろう。クローバーはあそこの宿屋のバスルームがお気に入りだったが、それもしばらくおあずけになる。
「面倒だよ。本当。」
僕はため息をついた。
「あいつが嘘をつこうと、虚勢を張ろうと、興味はない。ただ、私を愚鈍と罵って、魔王の手下なんて雑魚扱いしたのが気に食わない。」
クローバーはそういうと、カクテルの入ったグラスを飲み干した。
「クロの怒りはそっちなんだね。」
濡れ衣を着せられたことも、城塞都市を追い出されたことも、彼女の怒りの論点ではなかったようだ。ただ『下に見られた』ということに、怒っていた。
「なぁにが『見るからに愚鈍そうな』だぁ。おめーに言われたくねーよぉ!」
クローバーは既に呂律が怪しい。僕はチップに水を頼む。
今回のことは、交通事故みたいなものだ。本当に防ぎようがない。こちらがどんなに無関心を貫いていても、相手から執着されると、こうやって問題が起きる。
僕は、錬金術の師匠ところにいた時を思い出していた。あの頃は、僕がいくら興味を示さなくても、しつこく言い寄ってくる女の人が、いくらでもいた。僕はそんな彼女たちが心底煩わしかった。無視しても、冷たくあしらっても、なぜか付きまとってくる。その執着は、時に僕への攻撃となって、実害を出す。
だから僕は、相手を満足させるだけの言葉に、多くのリソースを払うようになったのだ。嘘でも、心にも無くても、満足すれば、彼女たちは攻撃してこない。かなりの忍耐が必要で、多少の煩わしさはあったが、自分の生活を円滑に送るには、必要なことだった。
「あったまいてぇー。」
クローバーがうめく。まだ酒場にきて30分も経っていない。
「本当に酔うのが早いなぁー。安上がりでいいね。」
僕はそう言いながら、2杯目ビールを飲み干す。まったく全然酔っていない。
「うるしゃい!酔ってねーよぉ!」
クローバーはもうすでに呂律が回ってない。
クローバーは中々飲まないので、酔っているところを見るのは、結構貴重だ。顔を赤く染めながら、ふにゃふにゃ言ってる姿は、かなりかわいらしいが、具合が悪そうなところとはちょっと心配だ。
「んーんー。」
頭を押さえながら唸るクローバーに、僕は水の入ったコップを差し出す。
「んー。」
クローバーは唸りながらそれを受け取ると、一気に飲み干した。
「大丈夫?」
「だいじょーぶ。」
本当に大丈夫なのかは、本人でさえわからないだろう。
「ねぇ?エル?」
「ん?」
「あのねぇ。」
「うん。」
「私ねぇ。」
「うん。」
なんだか子供のような話し方のクローバーがおかしくて僕は思わず笑ってしまう。それでも構わず、クローバーは話し続ける。
「魔王ちゃんがねぇ、好きなのぉ…。」
「仲良しだもんね。」
「うん、おともだちーなの。」
クローバーはそう言うと、テーブルに突っ伏した。もう眠いのかもしれない。
「でもねー、みんな魔王ちゃんを怖がるの。あんなに優しくて、かわいいのにー。」
それは仕方がないことだった。今の世は『魔を滅ぼすことが正しい』とされているのだ。魔物や、魔王は恐れられて当然だ。
「える?」
「なぁに?」
「私はさぁ悔しいんだぁ。魔王ちゃんより、ユーキの方がずっとずっと汚いのに、みんなにユーキは認められて、魔王ちゃんは拒否される……。なんでぇ?」
クローバーは泣きそうな声を出す。今日は泣き上戸の日のようだ。
「みんなさ、肩書きとか、属性で人を見ちゃうもんなんだよ。」
男は強い、女は弱い、魔王は怖い、魔物は乱暴。そんな固定観念で、世界は溢れていて、差別し、差別されながら、みんな生きている。
弱い男だっているし、強い女だっている。優しい魔王も魔物もいる。属性に囚われず、その人個人を見ればわかることだが、中々難しい。
「魔王ちゃんが恐れられるように、クロは女ってだけで差別されるし、僕は金髪ってだけで差別された。どこにでもあるんだよ。そういうものは。」
取り除くのは不可能な問題だ。
「でもさぁ…。嫌なんだよぉ…。」
「気持ちはわかるよ。でも、僕は思うんだ。僕らが差別されるように、僕らも誰かをきっとどこかで差別してる。そのことをちゃんと覚えておかないといけないなって。」
フェンダークの言ったとおり、僕もクローバーも、そしてユーキも、結局同じ人間なのだ。そこはいくら否定しても変えられない。相手を人間と思わないようにすれば、確かにスッキリするかもしれないが、それはまた別のところで、差別を生む。
「うん…そうだねぇ…気をつけるよ……。」
クローバーは呟くようにそう言うと、寝落ちした。まだ酒場に入ってから、40分ほどしか経ってない。スピードコースだ。
僕は軽くため息をつくと、バックから小さなブランケットを出し、クローバーにかけた。そして残った料理を片付けていく。
僕は大層な人間ではないし、聖人君子でもない。だから、きっとどこかで誰かを差別している。誰かの差別を指摘する前に、まずは自分の差別と向き合わなければいけないのだ。
僕はチップに飲食代を払うと、荷物をまとめ、寝ているクローバーを起こさないようおんぶした。
「大丈夫か?」
チップが心配そうに聞く。
「大丈夫です。クロが肩で吐かなければ。」
「危険な賭けだな。」
チップはそう言うと大いに笑った。僕は苦笑いを返す。本当に危険な賭けだ。
外に出ると、冷たい風が頬を刺す。背中でクローバーが
「んんん…。」
と呻いて、モゾモゾしたが、吐きそうな気配は無いので、少し安心した。
寝ているクローバーをおぶるのは、中々骨が折れる。筋肉質な彼女は、体重の割には、ずっしりと重いのだ。僕は辛くなる前に宿屋につけるよう、少し足を早める。
「クロ、月がキレイだよ。」
返事はない。
生まれ持ったものは誰も変えられない。自分が持っているカードは、限られているのだ。だからこそ、他人のカードを羨ましがったり、バカにしたりする。
でも僕は、僕のカードで、満足できる道を探っていこうと思う。クローバーとともに。ただそれだけだ。
明日のクローバーは二日酔いできっと大変だろう。朝起こすのに苦労しそうだ。そんなことを思いながら、僕は宿屋へと入っていった。