アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
確かな手応えがあった。目の前の魔物は、倒したはずだ。しかし、魔物は最初と変わらず、何食わぬ顔でそこに立っていた。
「くっそ。」
私は膝をつく。エルサイスも、肩で息をしていた。いつもよりもずっと気を使わなければいけないこの戦闘は、私とエルサイスの体力と精神力を、大幅に削っていた。
頭がクラクラする。
「私の名前はロッツ。私が名を名乗る意味がわかるか!?」
ロッツという魔物がそう叫ぶ。通常、魔物に名前はない。名前がある魔物は『魔王』と呼ばれる。
「そう。私は魔王。私は不死身。旧人類ごときに私は殺されぬ!」
ロッツはそう言うと、ニタァと嫌な笑みを浮かべた。
「キリがない……。」
エナがロッツにやられた傷口を押さえながら、絶望的な声を出す。
私は振り返って、エルサイスを見る。エルサイスは目が合うと、弱々しく首振るだけで、良い策はないようだ。私たちは確かに1度勝利はしたが、最終的には敗北するしかないらしい。
「気を付けろ!上から何か来るぞ!」
クグツの声に、全員が上を見上げた。
何か降ってくる。
「エル!!」
私は突っ立っているエルサイスの元へ駆け寄ると、服を引っ張り、引き倒した。
「うわぁわっ!」
エルサイスは突然のことに驚き、無様に悲鳴をあげながら倒れ込む。
その瞬間、さっきまでエルサイスが立っていた場所に、空から巨大な生き物が降り立った。
「ドラゴン……!」
ずれたメガネを掛け直しながら、エルサイスが驚愕の声をあげる。
白い鱗状の爬虫類のような体に、棘がいくつも生えていて、その棘の先は赤い毛細血管のような模様が浮き出ていた。目はギョロりと飛び出ていて、気味の悪さに拍車をかけている。
ドラゴンが青い翼を広げ、激しく咆哮する。
あまりの声量に、私もエルサイスも顔を歪めた。
その場にいた誰もが、唖然とし、何も出来ず立ち尽くしていた。咆哮を終えたドラゴンは、翼に力を込めると、再び飛び立つ。その風圧に、私は思わず後ずさりし、目を細める。
呆然とする私たちを残し、ドラゴンはあっという間に飛び去っていった。
「ヤバイ……!」
そう言って、最初に行動を起こしたのは、クグツだ。背を向け、一目散に逃げていく。
それを見たエルサイスは、スクっと立ち上がると、私の手を乱暴に引いて、走り出す。
「わっ!ちょっ!お前、待て!」
敵前逃亡なんか、私はしたくなかった。しかし、エルサイスの行動があまりに突然のことだったので、抵抗する間もなく、彼に引きずられるように走るはめになる。
「今の魔物……このなつかしい感じは……何……?」
エナはその場から動けないままでいた。そこにマナが割り込む。
「エナ、しっかりしなさい!このままじゃ勝ち目はありません!こういう時は逃げるんです!」
マナはそう言うと、エナを連れて逃げ出す。
完敗だ。これ程までに打ちのめされたのは、久々だった。
「ここまで逃げてきたら、大丈夫ですかね……?」
神へと続く道の端っこで、私たちはそれぞれ息をついた。
私は深呼吸して息を軽く整える。エルサイスは私の横で、苦しそうに肩で息をしながら、膝をついていた。まったくだらしがない。私に太れと言う前に、お前は体力をつけろと思う。
私はエルサイスに水筒を投げて渡す。
「ありがと。」
エルサイスはかすれ声でそう言うと、中味を一気にあおった。
「マナ、やっぱり行かせて……!私、弟を探すために冒険に出たんだもの。ようやく、手がかりをつかんで、ここにいるってきいたのに……。」
「戻るなら私も行くよ。やられっぱなしじゃ気がすまねぇわ。」
エナとマナの話に、私がそう割り込むと、エルサイスが私の肩に手を置き、首を振る。やめておけということらしい。
「でも、今のあなたの力で、あのドラゴンに勝てると思いますか?」
「クロもだよ。僕らではまだ無理だ。」
エルサイスがきっぱりとした口調で言う。
「そんなんやってみなきゃわかんねーだろ?」
「勝てる……私が……本気を出せば……第三の瞳が……深淵に知られず、曼珠沙華のように開けば…」
エルサイスが呆れ返った顔で私とエナを交互に見た。
「前言撤回する。多分無理。」
私はエナと同じに見られたくなくて、仕方なく事実を認める。エルサイスは私の変わり身の早さに笑った。
「勝てません。」
マナが私に続く。
「勝てる!」
エナは強情だ。意地になっている。
「エナ、冷静になってください。本気で勝てるなんて思ってませんよね。」
「死んだお父さんとお母さんからロイをよろしくねって任されて……あの子を守るのは、姉である私の仕事なのよ!」
とんだ思い上がりだなと、他人事ながら思う。守るとか、守られるとか、みんな勝手に自分の役割を決めて、守られる側を弱者と決めつける。
アジーロもそうだった。勝手に私を庇護すべき弱い者扱いして、守っていた。確かに彼に助けられたことは何度もあったが、だからといって弱者として見られるのは、我慢ならなかった。
「エナ、私と一緒に強くなりましょう。あのドラゴンを倒しましょう。そして弟さんを探しにあの塔へ。」
マナはそう言うと、エナに微笑みかけた。エナは悔しそうに顔を歪めながらも「うん」と頷いた。
エナには、マナがついていると安心だなと思う。マナはエナの暴走を止めるブレーキ、私とエルサイスみたいなものだ。
できればずっと傍についていてほしいものだが、この2人は、しょっちゅうはぐれて、離れ離れになっているのだ。どうしてそうなるのか、私には理解できない。
「お2人ともエナがお世話になりました。またどこかでお会いしましょう。」
2人はそう言うと、去っていった。