アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
フジは奇跡を受けると、すぐに立ち上がった。つい数秒前まで、手すら自分で動かせなかった老人が、立ち上がったのだ。
流石に僕は驚いた。
そこにタイミング良く、フジの奥さん、フニエが帰ってきた。
そして
「あら……あんた。これで夢が叶うわね。外へ出たい!また旅に出たいって。あんたの可愛いヨメも体が動くうちに、一緒に行くよ!」
と言い出したのだ。
フジは口では救済者の奇跡を受けることを拒否していたが、フニエの話では、本当は元気になって、また旅に出ることを望んでいたようだ。
だからといって、不老不死になることが、最良の選択だとは、僕は思わない。
この技術は確かに素晴らしい力を持っているが、その力に頼ることのリスクが一切わからないのだ。
誰もそれを質問しないし、説明しない。リスクをないものとして扱っている。
僕はそこに作為的なものを感じるのだ。
クローバーは眉間にシワを寄せ、憮然とした顔で、ことの成り行きを見守っている。
元気になったフジは、寝たきりの時と変わらず、口達者で、フニエと言い合いをしている。
フジはさっきからずっと怒鳴っているが、もうそれが癖というか、そういう話し方なだけで、別に怒っているわけではないようだ。
エナに向かって怒鳴ったときも、必死に拒否していたわけではなく、だたそういう話し方だったというわけだ。
なんとも紛らわしい。
「しわくちゃのくせに、誰が可愛いヨメじゃ?」
「そんなしわくちゃに、あんたが一目惚れしたんだろ!?」
「そんなの昔の話、忘れたわ!」
惚気け話の言い合いを聞かされて、僕もクローバーも呆れ返る。
フジはたった今不老不死になり、人生を大きく変えたのだ。その事の重大さをまったくわかっていない。もっと真剣に話し合った方がいいのではないか?
「これから、どうするんですか?」
たまりかねた僕が、そう尋ねた瞬間、フニエは
「ウゥッ……」
とうめき声を漏らすと、その場に倒れた。
近くにいたクローバーが、とっさにフニエの体を支える。フジがそこに慌てて飛んでいき
「ばあさん!」
と呼びかける。
僕も駆け寄ると、フニエの手首を取り、脈を測った。
顔色は悪くない。脈拍も、呼吸も正常。
フジが突然元気になって、介護から開放された安心感から、疲れが一気に出たのだろう。
「エル、ベットに寝かすから手伝って。」
突然の状況にもかかわらず、クローバーは意外に冷静だ。
僕はクローバーと位置を代わって、フニエを抱き上げると、ゆっくりベットに寝かせた。
細くて、軽くて、少し力を入れたら折れてしまいそうな老人の体だ。
これが当たり前なのだ。それが生きるということなのだ。
「ばあさん、しっかりしろ、ばあさん」
フジの呼びかけに、フニエはうっすら目を開けた。
「ワシの面倒を見るのに、無理をさせちまったな。」
「いいえ…それよりも…じいさん、おなかはすいていないかい?」
フニエの言葉に、僕とクローバーは衝撃を受けた。
この夫婦は、あくまでこの先も、[日常]を続けていく気のようなのだ。
不老不死になろうとも、心労で倒れようとも、食べて、寝て、旅をして、いつもの当たり前を続けていく。
その姿に、僕は複雑な感情を覚える。とても整理がつかない。
クローバーは、顔に手を当て、うつむいていた。溢れ出す感情の嵐を、押さえ込んでいるようにも見える。
「無理をするな!そんなのはワシが!」
「あら………元気だった時も、あなたが食事を作ってくれた記憶なんて私にはないけどね?」
寝込んでいるというのに、フジに負けず劣らず、フニエも口達者だ。
「……ああ!もう!今日は寝てなさいよ!あとで酒場から調達してきてあげるから!」
エナが2人の間に割って入る。
エナはこうなることを予見していたのだろうか?この夫婦の意思の強さを、始めから知っていてこの話を持ちかけたのか?
「……すまないね……」
フニエが力なく言う。
「あ、行くのは私じゃなくて、このふたりなので、お礼はそちらへどうぞ!」
急にエナに話を振られた僕とクローバーは、面食らってしまった。
クローバーは怒りを込めた目で、エナを睨み返したが、エナはその様子にまったく気がついていないようだった。
ここにいつまでも居るよりは、外に出て、新しい空気を吸った方がいい。僕はそう判断して
「……じゃぁ、早速、酒場にふたりの食事をとりに行こうか?」
と言って、クローバーと一緒に、家を後にした。