アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「そろそろ帰ろうか?」
「うん!」
たっぷり祭りを楽しんだテイルとソラは、心地よい疲労を感じながら、帰路につく。祭り会場は相変わらず人で溢れていて、前に進むのも一苦労だ。テイルは背の低いソラを庇うように、少し前を歩いていた。
「あっ!」
「ん?」
ソラの声に、テイルが振り返る。
「髪飾り落としちゃった。」
数m後ろに、オレンジ色の花がついた髪飾りが落ちていた。ソラお気に入りの一輪挿し【緋】の花を、アレンジしたものだ。
「取ってくる!」
ソラはそう言うと、テイルの手を離した。
「あ、ソラちゃん!」
テイルの中で胸騒ぎがする。ソラが離れていく指先に、自分の皮膚が剥がされていくような嫌な感覚があった。直感的に、今ソラを離してはいけないと思ったが、ソラはスルリとテイルの手を抜けていく。
「きゃっ!」
数m先で、髪飾りを拾っていたソラに、何者かが近づき、あっという間に彼女を連れ去っていってしまう。わずか数秒の出来事だ。
「ソラちゃん!」
テイルはすぐに追いかけようとするが、人に押され思うよう動けない。その間にソラは、人混みに紛れ、見えなくなっていく。
必死で辺りを見回す。焦りで、額に嫌な汗をかいていた。頭の中では、警告音がずっと鳴り響いている。
「ソラちゃん!」
何度もそう呼びかける声は、太鼓や笛の囃子、花火の音にかき消されてしまう。
「テイル!!」
ソラの悲鳴のような微かな声に、テイルは振り返る。人混みの中を、何者かに担がれて運ばれて行くソラが、一瞬だけ見えた。
「ソラちゃん!」
急いで追いかけようとするが、思うように進めない。
「ソラちゃん!」
もう一度呼びかけるが、返事はない。
やっと人混みを抜けたところで、左右を見回す。地面にソラがつけていたゲルミのお面が落ちていた。
ソラの姿は、跡形もなかった。
「(やばいやばいやばい)」
焦りで思考が回らない。どうすればいいのかわからず、テイルはがむしゃらに走り出す。
「わぁっと!」
「痛っ!!」
前を見ていなかったため、テイルは誰かとぶつかってしまい、尻もちをついた。
「いったいなんなんだよ……。」
「クロ?大丈夫?」
聞き覚えのある声だった。
「お前ら!?」
顔を上げると、馴染みの2人がいた。クローバーと、エルサイスだ。
「あれ?テイルさんじゃないですか。」
「テイル?なんだよ、お前かよ。ちゃんと前見て歩けよ!いってぇなぁ!」
クローバーはぶつかった相手がテイルとわかると、早速悪態をつく。
棚からぼたもち、瓢箪から駒、天の助け。テイルは藁にもすがる思いでクローバーの肩を掴んだ。
「な、なんだよ!」
訳も分からず怯むクローバーに、テイルは構いもせず
「ソラちゃんが拐われたんだ!」
と助けを求めた。
「そのティムってやつが怪しいってわけか。」
3人は、祭り会場の端で、浴衣からそれぞれの戦闘服に着替え、話をしていた。
「応援を呼ぼうか?」
そう言って、ボンド『シルフィード』のメンバーに連絡を取ろうとするエルサイスを
「やめとけ。」
と、クローバーが制止する。
「人探しには、人手が多い方がいいんじゃないの?」
「そうだ!早く見つけないと!ソラちゃんに何かあったら……」
「何かあった時、大勢の人がそれを知ってたら、困るのはソラちゃんだ。」
エルサイスとテイルの反論を、クローバーが一蹴する。
「それって……」
「わかるだろ?ソラちゃんが女の子で、拐った相手が男だ。」
あまり考えたくない事態だが、その可能性がないとは言いきれない。
「そんな!ソラちゃんはまだ子供だ!」
「子供だろうと、大人だろうと、女っていうのは、常にそういう危険に晒されてるもんなんだよ。」
クローバーのきっぱりとした物言いに、テイルは絶望的な思いになった。
「まだそうと決まったわけじゃありません。でも、事態は急を要しています。ティムという人の行き先に心当たりは?」
エルサイスが、地図を広げながら聞く。テイルは回らない頭を必死に働かせて考える。
「ティムは基本的に連邦に拠点を置いて活動してた。」
テイルは地図上の城塞都市を指さす。
「エル、どう思う?」
こういう推理はエルサイスが得意だった。
「うーん…祭り会場の外は公国です。連邦までソラさんを担いで行くには遠すぎます。牛車を使えばすぐですが……」
「牛車はすぐ足がつきやすい。聞き込みはするが、使う可能性は低いだろ。」
クローバーが途中で口を挟む。エルサイスはその言葉に同意するように「うん」と頷く。
「他に心当たりはありませんか?」
テイルは顔に手を当て、必死で昔のことを思い出す。どれも思い出したくない酷い思い出ばかりだが、今はそれが必要だった。
「ここだ!滅びの村!ここを拠点にして、公国を行き交う馬車を襲ってた時期が、ちょっとだけある。」
クローバーはエルサイスの顔を伺う。
「滅びの村なら、公国から近いですし、人目にも付きにくい。その記憶が正しければ、ソラさんがそこにいる確率はかなり高いと思います。他に心当たりがなければの話ですけど……。」
テイルはまた考える。考えたが、他に思い当たる場所はなかった。
「いや、他はないな。俺たちは基本、連邦を住処にしてた。だから公国の土地勘は薄いんだ。」
「わかった。急ぐぞ。」
クローバーはそう言うと、あっという間に走り出す。テイルとエルサイスが慌ててそのあとを追う。時間は刻一刻と過ぎていく。ぼやぼやしてはいられないのだ。
滅びの村の入口付近の風車前で、クローバーは猫のように目を光らせながら、辺りを警戒していた。
公国を出てすぐ、牛車の御者にソラのことを聞いたが、似たような子を乗せた覚えはない言われた。それでティムが連邦に向かった可能性はほぼゼロになったので、3人は滅びの村まで走ってきたのだ。
テイルとエルサイスは、クローバーの足元で膝をつき、苦しそうに肩で息をしていた。
「おま……ちょ、はや……すぎ……。」
「つ…つらい……。」
息を切らせている2人とは対照的に、クローバーは涼しい顔で村全体を見回していた。
「だらしねー野郎どもだなぁ。息を整えろ、敵に気づかれるぞ。」
呆れ顔のクローバーに睨まれながら、テイルとエルサイスは大きく深呼吸し、息整える。
「人がいる気配は感じるな。」
息を整えたテイルが立ち上がりながら言う。
「あぁ、でもどこにいるかまでは、さすがにわからねーなぁ。」
「それぞれに別れて、しらみ潰しに当たります?」
「いや、戦力分散は得策じゃない。エル1人だと、すぐ死にそうだし。」
「否定できないのが悲しいなぁ。」
エルサイスはそう言って苦笑いをした。
「急ぐぞ。」
テイルは言い合っている2人を置いて、先を急ぐ。荒れ果てた民家のドアを1軒1軒開けて、ソラがいないか確かめていく。
ソラを見つけられないまま、時間だけが過ぎていった。テイルは苛立ち
「くっそっ!」
と悪態をつきながら、4軒目の民家のドアを蹴飛ばして壊した。
「落ち着いてください。」
エルサイスがたしなめる。
「元はと言えば、おめーの不始末だろうが。」
クローバーの言葉に、テイルは顔を歪める。
「おめーが野盗なんてくだらねーことしてたのが悪いんだろ。」
「やりたくてやってたわけじゃねぇ。あの頃はそうするしか……」
「言い訳すんな。同じような境遇でも、真っ当に生きてるやつはいる。」
テイルが突然、クローバーの胸ぐらを掴んで、乱暴に引き寄せる。その黒い瞳には、怒りの炎が灯っていた。
「最初から持ってるやつが、偉そうな口聞くな。」
静かに、でも確かな怒りを持って、テイルがクローバーに凄む。テイルの突然の激昂に、クローバーもエルサイスも目を丸くする。
「お前はあるのかよ…。何日も空腹に喘いだことが、汚ぇ泥水しか飲めなかったことが、知り合いが毎日のように病気になって死んでいくことが、そんな生活が当たり前だったことが、あるのかよっ!!」
人は生まれながらに、持っているカードが限られている。テイルはそのカードが、圧倒的に少ない側だった。1日を生き抜くのも困難なほど、テイルは何も持っていなかったのだ。その分彼は、奪うことを覚えた。生きるためにそうするしか道がなかったのだ。
「あ、いや、すまん……。勝手なこと言いすぎた……。」
いつもなら言い返しそうなクローバーも、テイルのあまりの剣幕に押されてしまい、たじたじになりながら謝る。
「落ち着いてください。今なにより先に、ソラさんのことですよ。」
エルサイスはそう言うと、テイルの手をクローバーから引き剥がす。テイルは引き剥がされた手をそのまま自分の顔に当てると、ため息をついた。
「悪ぃ……俺も熱くなりすぎた。」
沈黙。気まづい雰囲気が流れた。
「キャーーー!!」
夜の闇を切り裂くような悲鳴に、3人は同時に顔をあげた。ソラの声だ。
「ソラちゃん!」
真っ先に走り出したのは、テイルだった。その後ろに、クローバーとエルサイスが続く。
声の方に行くと、民家で入り組んだ丘の上に、ほんの小さな灯りが見える。そこを目指して、3人は全力で走った。