アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
古い民家の、壊れたベットルームの隅に、ソラは座っていた。両手を後ろ手に縛られ、身動きが取れない。すぐ側には、ティムがいて、その様子を見張っている。ロウソクの小さな灯りの中、ティムの赤い目が不気味に光っていた。
「お前らは入口を見張ってろ。誰も近づけるんじゃねーぞ。」
ティムは数匹のオークにそう言うと、手で払うように部屋から追い出した。どうやら魔物を雇っているらしい。
「テイル……。」
ソラは泣きそうな声で、助けを求めるように呟いた。ティムはその様子を見てせせら笑う。
「お前の王子様はこねーよ!」
ティムはソラの胸ぐらを掴むと、乱暴に引き寄せた。
「うっ……。」
ソラが痛みに呻き声をあげるのも構わず、ティムは話し出す。
「お前の王子様が、昔何してたか教えてやるよ。」
ティムはソラの耳に顔寄せ、囁く。ソラはその気持ちの悪さに、震え上がった。
「テイルも俺も親に捨てられたんだ。金がねーから口減らしに。俺たちは生きるためになんでもやった。他人を傷つけ、押しのけて、奪った。」
ソラの頬を、ティムの手が絡みつくように這う。まるで蛇のようだ。
「……っう。」
ソラは思わず泣き出した。とにかく怖かった。
「馬車を襲い、お前みたいな弱そうなガキを人質にとって金を巻き上げた。パンを盗んで、追いかけてきたじじいを切りつけて逃げた。そうすることでしか、生きていけなかったんだ。お前の王子様の手は、泥と血でもう汚れてんだよ。」
ポロポロと泣いているソラを見て、ティムは満足そうに微笑む。
「今だって同じだ。テイルも、俺も、ずっと変わらない。ただのドブネズミだ。ネズミはネズミらしく、ドブの中這いずり回って生きていくしかないんだよ。」
「違う!」
ソラは思わず叫んだ。ものすごく怖かったが、テイルを馬鹿にされた怒りが、ソラを動かした。
ティムはソラの急な反応に驚いて、胸ぐらを掴んでいた手を離す。
「テイルは……!テイルはあなたなんかと一緒じゃないわ!お父さんと私に会って、変わったんだから!」
ティムは呆気に取られた顔で、ソラを見ていた。
「テイルはちゃんと罪と向き合った。あなたみたいに、いつまでも言い訳して、逃げて、正当化しようとなんてしなかったわ。」
「ガキがいきがるなよ!」
ティムは片手でソラの胸ぐらを掴んで持ち上げると、乱暴にベットに押し倒した。
「お前は朝になったら、売られるんだよ。いい値段がつくぞ。」
ティムはそう言いながら、ソラに馬乗りになる。
「お前みたいな顔のいいガキを欲しがるやつはいっぱいいるんだ。なんでなのか、俺が教えてやるよ!」
ティムがソラの浴衣の襟に手をかける。ソラは思わず悲鳴を上げた。
テイルがドアを蹴破ると、オークの群れが襲いかかってきた。
「うわぁあ!」
思わぬ不意打ちに、テイルは体勢を崩すが、それをクローバーとエルサイスが援護する。
クローバーは先頭で飛び出してきたオークを、おもいっきり蹴飛ばす。よろけたオークに、エルサイスがウォーターヴェインの追撃を加えた。先頭のオークがそれで倒れると、後ろからきたオークたちが渋滞を起こす。
「ここは私とエルでやるから、お前はソラちゃんの所へ行け!」
クローバーがオークの太い腕を剣で受け止めながら言う。
「お、おう!」
テイルが動揺を抑えながら、返事をしたその瞬間、別のオークがクローバーの脇腹にパンチを食らわせる。
「ぐぅ……!!」
思わぬクリーンヒットに、体の軽いクローバーは、あっという間に部屋の隅まで吹っ飛ばされてしまった。脆くなっていた壁が壊れ、ガラガラと派手な音をたてながら崩れていく。
「クローバー!!」
テイルが助けに入ろうとすると
「大丈夫です!行ってください!」
と、エルサイスが叫ぶ。ちょうどアルカナを唱えたところだ。
テイルは少し迷ったが、気持ちを振り払うように前を向くと、走り出した。
「クロ、立てる?」
テイルの背中を見送ったエルサイスが、杖を構えながら、そう声をかける。
「くっそ……いってぇなぁ……。」
クローバーは切れた唇から流れ出る血を、手の甲で乱暴に拭いながら、ヨロヨロと立ち上がった。
「いける?」
「ぶっ潰す!」
エルサイスはクローバーの答えに微笑んだ。
クローバーはデモンブレイド=アビスを煌めかせながら、オークに切りかかる。それをエルサイスが支援する。
オークごときに、遅れをとる2人ではなかった。
「ソラちゃん!」
テイルがベットルームに飛び込むと、ソラに馬乗りになっているティムが見えた。その瞬間、テイルの頭の中は、怒りで真っ赤に染まる。咄嗟に繝漫桜花短刀を抜き払うと、ティムに斬りかかった。
「おっと!」
ティムはそれを難なくかわし、自身も短剣を抜き、構える。
「テイル!!」
ティムから解放されたソラは、起き上がると叫んだ。浴衣の前が随分はだけている。
「お前、ソラちゃんに何をした!」
怒りに目を光らせながら、テイルがファイアスラッシュを叩き込む。ティムは力任せのそれを、短剣で受け流すと、テイルの脇腹に蹴りを入れる。まともに食らってしまったテイルは、朽ちたタンスの上に倒れ込み、盛大なホコリを巻いあげた。
「どーした!そんなもんか!?」
ティムが赤い目を光らせながら、倒れたテイルを嘲笑う。
その刹那、ホコリの中からテイルが飛び出し、ティムの喉元めがけて短刀を突き出す。その一撃はギリギリで避けられてしまい、反撃に腕を切りつけられた。右腕から、血が吹き出したが、テイルは構わず短刀を振るう。
剣と剣が擦れ合う、キンっという高い音が部屋に何度も響いた。
「俺はただ、このガキに、自分の身の程を教えてやっただけだ!」
「ふざけんな!」
交わる剣越しに、2人は言い合いをする。
「思い出せよ!テイル!」
ティムはそう短刀を弾き返し
「奪え!!これまで何度もやってきただろ!傷つけて、押しのけて、俺からこのガキを奪ってみろよ!」
と言いながら、テイルの心臓に狙いを定める。テイルはそれをかわすと、突き出した手を払うようにサンダースラッシュを放った。ティムの短剣がクルクル回転しながら部屋の隅まで飛んでいく。
テイルの目が光る。頭の中は怒りでずっと真っ赤だ。
「さぁ!奪え!テイル!」
そう叫ぶティムの顔めがけて、テイルの短刀が走る。
「テイル!!ダメ!!やめて!!」
ソラの叫びに、テイルの刃が止まった。
「ソラ……ちゃん……。」
真っ赤になった頭の中に、ソラの怯えた顔が割り込む。
「テイル……お願い!やめて!!」
そう泣くソラを見て、テイルは短刀を下ろした。
「ぬるいんだよ!てめぇは!」
正気に戻り呆然としているテイルに、ティムが、隠していたもう1本の短剣で切りかかる。
「テイル!!」
ソラの叫びとほぼ同時に、クローバーが部屋に飛び込んできて、2人の間に割り込み、短剣を弾き飛ばす。そして、そのまま突進し、大剣の面の部分を使って、ティムを壁に押し付けた。
「ぐぇっ……。」
無様な呻き声をあげるティムを、クローバーが
「覚悟はできてるか?」
と、瞳孔の開ききった目で睨む。
「くーちゃん!?」
あまりの出来事に、ソラは目を丸くして驚く。
「ソラさん大丈夫ですか?」
後から入ってきたエルサイスは、鞄からサッと狩人の外套を出すと、ソラに巻き付けた。そして、ソラの手の縄を、丁寧に解く。
「エルさんも、ありがとう。」
ソラがそう言っている横で、クローバーがティムを押し潰そうとしていた。
「おい、テイル。こいつどうする?両手切り落として、公国で晒し者にしたあと、八つ裂きにして、オークの餌にするか?」
クローバーは随分物騒なことを言う。
「クーロ、落ち着いて。ソラさんの前だよ。」
エルサイスがたしなめる。
「そんくらいしねーと、気がすまねぇだろ!」
「クローバー、お前、ちょっと落ち着け。」
テイルがすっかり冷めきった頭で言う。ソラの声のおかげもあるが、自分よりも怒って暴れているクローバーを見ると、逆に冷静になれた。
「とりあえず、離してやれ。」
「はぁ?そんなんできるかよ!ぶち殺さなきゃ気がすまん!」
クローバーが腕に力を込めると、ティムが
「ぐうぅおうあ………」
と声にならない悲鳴を上げ、口から泡を吹く。
「くーちゃんやめて!」
「クロ!」
見かねたエルサイスが、クローバーを羽交い締めにして、ティムから引き剥がす。
「ちょっ、離せ!」
暴れるクローバーを、エルサイスは慣れた様子で押さえる。まるで凶暴な野良猫を捕獲した時のような感じだ。
圧迫から解放されたティムは、ガハゴホむせながら、その場に崩れ落ちた。テイルはそれを見て、ため息をつく。
「テイル!!」
縄が解け、自由なったソラが、テイルに駆け寄り抱きつくと、安心感からか、わんわん泣き出した。
「ソラちゃんごめん。本当にごめん……。」
テイルもソラの小さな肩を、力いっぱい抱き締め返す。それを見たクローバーとエルサイスは、顔を見合わせ、ほっとする。
「くっそが!」
呼吸を整えたティムが、床に唾を吐きつけ、悪態をついた。
「王子様ヅラしやがって!反吐が出るぜ!」
「ティム。」
テイルはティムの正面に立ち、向きあう。その背中には、ソラがくっついている。
「俺は確かに、他人から奪って生きてた。でも、今違う。」
テイルはそう言うと、ソラの手を強く握った。
「俺は親父とソラちゃんに教わったんだ。『与える』ってことを。今まで奪ってきた分、誰かに与えて、俺はこれからも罪を償っていく。」
「ドブネズミが、偉そうなこと言うな!1度犯した罪は消えねーんだよ!!」
ティムが嫌悪を滲ませながら反論する。
「消えないからって、償わないわけにはいかねーんだよ!」
テイルとティムが睨み合う。沈黙が流れた。
「私許すわ。あなたを責めない。」
最初に口を開いたのは、ソラだった。その意外な発言に、全員が驚く。
「ソラさん、本当にいいんですか?」
エルサイスが聞くと、ソラは涙を拭きながら「うん」と頷く。
「お望みとあらば、私がこいつを八つ裂きにすることもできるよ?」
クローバーは相変わらず物騒だ。
「くーちゃん、私はそれを望みません。」
ソラはそう言うと、テイルの後ろから前に出て、ティムの手を取った。ティムは驚いて目を丸くする。
「あなたに、これ、あげます。」
ソラはそう言うと、オレンジ色の花の髪飾りをティムに握らせる。一輪挿し【緋】の花をアレンジした、ソラお気に入りの髪飾りだ。
「こ、こんなの!いらねぇよ!」
ティムが動揺を隠せない様子で言う。
「いらなくても、あげます。」
ソラはそう言うと、微笑んだ。
「あなたに、神の御加護がありますように。」
一瞬の沈黙。
テイルが諦めたようなため息をついた。そして
「帰るか。」
と言ってソラの手を引く。部屋を出る2人に、エルサイスとクローバーも続く。去り際、クローバーがティムを振り返って
「命拾いしたな。でも、テイルとソラちゃんが許しても、私はお前を許さねぇ。次あの2人になんかしてみろ。私がお前を殺すからな。」
と脅す。
「もう関わらねーよ。おめーらみたいに面倒なやつら。こっちから願い下げだ。」
ティムは俯いたまま、そう力なく返した。
「クロ。ほら、行くよ。」
クローバーはまだ何か言いたそうだったが、エルサイスに引っ張られると、渋々部屋を出ていった。
4人が去っていった部屋で、ティムは1人、髪飾りを見つめていた。こんなもの、ゴミとして捨てることも、燃やすこともできたが、なぜかそうする気になれない自分がいた。
「神の御加護か……。」
ティムはそう呟くと、力なく笑った。