アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
不老不死の村の酒場で、テイルとエルサイスは向かい合わせに座っていた。テイルはさっきからずっと、頭を抱えて俯いたまま、動かない。エルサイスはその様子を横目に、優雅に紅茶を飲んでいる。
もう深夜を回っていて、酒場ももうすぐ閉店の時間だ。客は2人だけで、店内は静寂に包まれていた。カウンターの奥で店主のロックが片付けをしている音だけが響く。クローバーは、この酒場の上にある宿の部屋で、ソラの心のケアをしていて、今は不在だ。
ガタンとドアが開く音がして、クローバーが酒場に入ってくる。
「ソラちゃんは?」
テイルが立ち上がりながら聞く。
「寝たよ。泣き疲れて。」
「そ、そうか……。」
テイルは複雑な顔で、また腰を下ろす。
「クロ、お疲れ様。」
「ありがと。」
クローバーはエルサイスの隣に腰を下ろすと、差し出された紅茶に口をつける。
沈黙。
「えっと……ソラちゃんは……その……。」
「詳しいことはお前にも話せない。誰にも言わないって約束したから。」
クローバーが先回りして牽制を送る。
「言えることは、肉体的被害はそれほどなかったってこと。ただ、精神的には、ソラちゃんは今とっても傷ついていて、脆くなってる。私がお前に、今から大事なアドバイスをするから、よく聞いて、絶対守れ。扱い方を間違えると、取り返しのつかないことになるぞ。」
クローバーが真剣な顔でそう言うと、テイルはゴクリと唾を飲み込んだ。緊張が走る。
「まず、ソラちゃんは、祭り会場でお前の手を離したことを、すごく後悔してた。だからこそ、そのことを絶対に責めるな。責めたら私がお前を殺す。」
「クーロ、殺すとか言わないの。」
エルサイスが注意するが、クローバーは面倒そうにするだけで、聞く耳持たない。
「責めねーよ。離したのは、俺が悪いんだ……。」
テイルが俯き、後悔を滲ませながら言う。その様子を見たクローバーが、テイルの頭をパチンと平手で叩く。
「いってぇーなぁ!何すんだよ!」
「そーいうのも!ソラちゃんを傷つけんだよ!バーカ!」
テイルはキョトンとしてしまう。
「ソラちゃんが優しくて、頑張り屋なのは、おめーが1番わかってるだろ?お前がそうやって落ち込んでると、ソラちゃんは『私のせいでテイルが…』って思っちゃうんだよ!」
幼いながらも、しっかり者で、優しいソラだからこそ、不要な罪悪感を得やすい。クローバーはそれを危惧していた。
「いいか?全肯定しろ。お前も、ソラちゃんも、何にも悪くない。悪いのは全部拐ったやつだ。」
「で、でも、それでソラちゃんが納得するか?」
テイル自身も、納得できそうになかった。元はと言えば、滅びの村でクローバーに言われた通り、これは自分の不始末が起こした事件なのだ。
「納得できなくても、そう言え。言うだけならタダだ。」
エルサイスが意外な顔をする。
「クロが、僕みたいなこと言うなんて、思いもしなかったよ。」
クローバーは、エルサイスがよく使う、その場しのぎの気休めや、誤魔化しが嫌いだった。でも、今はテイルにそうしろと言っている。エルサイスはクローバーの新たな一面に驚いていた。
「うるせぇなぁ。緊急措置だ。真面目に向き合ったら、ソラちゃんが壊れる。それぞれの心の中で勝手に反省会開くのは自由だが、外から言葉で責めるのは、絶対にダメだ。わかったか?」
クローバーがテイルの目をまっすぐ見る。テイルはその目を見つめ返すと「うん」と大きく俯いた。
「あと、不用意にソラちゃんに触らないこと。小さな接触でも、必ず許可を取れ。」
「許可?」
テイルが首を傾げる。
「手繋いでいい?とか、いちいち聞け。」
「僕とクロみたいだね。」
「おめーは最近許可取らねーだろ。気安く触りやがって……。」
クローバーがうんざりした様子で返す。
「だって、聞いても絶対『いいよ』って言ってくれないからさー。それに嫌なら拳が飛んでくるんだから、いいじゃないか。」
テイルは呆れた顔をする。この2人の関係は、自分には理解できそうにない。
「とにかく、今は急に触られることに恐怖を感じやすい。必ず事前確認を取れよ。」
クローバーはそう言うと、一息ついて、冷めた紅茶を飲み干す。
テイルはクローバーに言われてたことを、しっかり胸に刻んだ。ソラは今、不安定な波の上に立っているようなものだ。自分がしっかり支えなくてはと思う。
「あと、個人的に、お前に言っておきたいことがある。」
テイルはなんだろうと?と思い、顔をあげる。
「お前が昔のことを後悔してるのは、重々わかった。」
クローバーはわざとテイルの方を見ないようにしていた。
「さっきは、勝手なこと言って、悪かったな。」
そっぽを向いたまま、クローバーが謝る。テイルに『同じ境遇でも、真っ当に生きてるやつはいる』と言ったことを、クローバーは反省していた。それは正論かもしれないが、自分がテイルにぶつけていい言葉ではなかったと、後悔していたのだ。
クローバーの様子にテイルは目を丸くして驚いたあと、声をあげて笑った。エルサイスもテイルに続いて笑う。
「笑うことねーだろ……。」
クローバーは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「お前からそんな言葉を聞くとは思わなかったよ!大丈夫だ。もう全然気にしてねーよ。ありがとな。」
テイルはそう言うと、笑い過ぎて出てきた涙を、手で拭った。エルサイスは微笑みながら、クローバーの頭をよしよしと撫でている。「よく謝ったね」と子供を褒める先生のようだ。クローバーは不満げな顔でその手を乱暴に振り払った。
「さぁもう行くぞ。いい加減、疲れた。」
クローバーはそう言うと、立ち上がった。
「僕らは公国に宿を取ってあるので、おいとまさせていただきます。」
エルサイスもクローバーに続き、酒場の出口に向かう。
「ソラちゃんには、いつでも相談にのるって言ってあるけど、あの子のことだ、遠慮して自分からは中々呼ばないと思うから、こっちから会いに行くようにするよ。」
「すまんな。俺には話しずらいこともあるだろうから、よろしく頼む。」
テイルはそう言うと、深々と頭を下げた。
「今日はすまなかった。本当にありがとう。」
頭を下げたまま、テイルが言う。
「気にすんな。ソラちゃんのためだ。」
「大丈夫ですよ。クロはかわいい女の子のためなら、なんでもするんですから。」
「お前、いらんこと言うな。」
テイルは顔を上げると、言い合いをしているクローバーとエルサイスを見て、苦笑いを浮かべた。
2人を見送ったあと、テイルは酒場の2階にある宿へと上がる。ソラを起こさないよう、そっとドアを開け部屋に入ると、ベットに座り、月明かりの中、外を見ているソラがいた。
「ソラちゃん、起きてたのか?」
「うん、目が覚めちゃって……。」
ソラは、泣き腫らして赤くなった目を細め、困ったように笑った。
「疲れただろう?そばに居るから、寝た方がいい。」
テイルはそう言って、ソラのベットの端に腰掛け、ソラの手を握ろうとして、途中でとまる。
「手、握ってもいい?」
「うん。」
許可がおりてから、テイルは優しくソラの手を握る。
沈黙。
ソラは眠る気はないようで、ずっと窓の外を見ていた。テイルは何かしてあげたい気持ちを、必死で抑えながら、ソラをただ見守る。今は何かすることよりも、余計なことをしない方が重要だ。
「ねぇ?」
「ん?」
「私がティムさんを許したこと、どう思ってる?」
ソラが外を見たまま言う。
テイルは押し黙ってしまう。それを聞きたいのは、自分の方だった。「本当にこれでよかったのか?」と。でも、今それをソラに聞くのは酷な話だ。絶対にしてはいけない。
テイルはクローバーの言葉を思い出す。
「よかったと思うよ。」
全肯定だ。迷っている暇はない。とにかく今はソラを守らなければならないのだ。
「ソラちゃんはすごい。俺やクローバーじゃ出来ないことをやったんだ。」
テイルはそう言って、ソラの手を強く握った。ソラも少し力を入れて、握り返す。
「私ね、お父さんみたいに、なりたかったの。」
ソラはそう言いながら、テイルの方を向く。テイルはキョトンとしてしまう。なぜここで急に父親の話が出るのか、理解出来ない。
「お父さんが、テイルを許したように、それでテイルが変わったように、ティムさんも……。」
テイルはハッとする。ソラは、父親がテイルを救ったように、ティムを救いたかったのだ。
こんなに幼い彼女が、そんな大きなことを考えていたとは思いもせず、テイルは鈍器で殴られたような衝撃を受ける。ソラはテイルが思っていたよりも、ずっと大人で、慈悲深かった。
でも、ソラが慈悲を授けたところで、ティムが変わるかどうかは、まったくわからない。世の中には、何をしても治らない、性根の腐ったやつというのが、ごまんといるのだ。
それでもテイルは
「ティムが、俺みたいに、裏社会から足を洗うかはわからない。でも、ソラちゃんは確かに、ティムの心に大事な何かを残したと、俺は思うよ。」
と言った。それはテイルの願望にすぎない、祈りのようなものだったが、今のソラには、その祈りが必要だった。
「テイルがそう言ってくれるなら、いいの。もうこれで、いいの。」
ソラはきっぱりとした口調でそう言いうと、ライトグリーンの瞳をほんの少しだけ輝かせ、ニッコリ笑った。
テイルはその笑顔にホッとする。
「さぁもう遅いから、今日は寝な。」
「うん。」
ソラは頷くと、ベットに寝転がる。
「手握っててくれる?」
「うん、大丈夫。離さないよ。」
ソラは安心したように息をつくと、目を瞑った。
「おやすみなさい、テイル。」
「おやすみ、ソラちゃん。」
すぐに寝息を立て始めたソラを見ながら、テイルは父親のことを思い出していた。
父親は、自分を襲ったテイルを助け、ご飯を食べさせて、寝床を与え、最終的には家族として迎えてくれた。
「親父……。」
メガネを外す。これは父親の真似をして付けている伊達メガネだ。こんなくだらない真似している自分よりも、ソラの方が、ずっとずっと父親に近かった。テイルは情けない気持ちになる。
それでも、落ち込んではいられないのだ。ソラはまだ不安の海を泳いでいる。それを支えられるのは、自分だけだ。
テイルはソラの隣に寝転ぶ。手は握ったままだ。目を瞑ると、眠りはすぐにやってきた。
その日テイルとソラは、同じ夢を見た。父親と一緒に3人で、シチューを食べる夢だ。それは暖かく、楽しく、幸せな夢だった。