アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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番外編~誘拐されたソラ その4~

不老不死の村の酒場で、テイルとエルサイスは向かい合わせに座っていた。テイルはさっきからずっと、頭を抱えて俯いたまま、動かない。エルサイスはその様子を横目に、優雅に紅茶を飲んでいる。

もう深夜を回っていて、酒場ももうすぐ閉店の時間だ。客は2人だけで、店内は静寂に包まれていた。カウンターの奥で店主のロックが片付けをしている音だけが響く。クローバーは、この酒場の上にある宿の部屋で、ソラの心のケアをしていて、今は不在だ。

ガタンとドアが開く音がして、クローバーが酒場に入ってくる。

「ソラちゃんは?」

テイルが立ち上がりながら聞く。

「寝たよ。泣き疲れて。」

「そ、そうか……。」

テイルは複雑な顔で、また腰を下ろす。

「クロ、お疲れ様。」

「ありがと。」

クローバーはエルサイスの隣に腰を下ろすと、差し出された紅茶に口をつける。

沈黙。

「えっと……ソラちゃんは……その……。」

「詳しいことはお前にも話せない。誰にも言わないって約束したから。」

クローバーが先回りして牽制を送る。

「言えることは、肉体的被害はそれほどなかったってこと。ただ、精神的には、ソラちゃんは今とっても傷ついていて、脆くなってる。私がお前に、今から大事なアドバイスをするから、よく聞いて、絶対守れ。扱い方を間違えると、取り返しのつかないことになるぞ。」

クローバーが真剣な顔でそう言うと、テイルはゴクリと唾を飲み込んだ。緊張が走る。

「まず、ソラちゃんは、祭り会場でお前の手を離したことを、すごく後悔してた。だからこそ、そのことを絶対に責めるな。責めたら私がお前を殺す。」

「クーロ、殺すとか言わないの。」

エルサイスが注意するが、クローバーは面倒そうにするだけで、聞く耳持たない。

「責めねーよ。離したのは、俺が悪いんだ……。」

テイルが俯き、後悔を滲ませながら言う。その様子を見たクローバーが、テイルの頭をパチンと平手で叩く。

「いってぇーなぁ!何すんだよ!」

「そーいうのも!ソラちゃんを傷つけんだよ!バーカ!」

テイルはキョトンとしてしまう。

「ソラちゃんが優しくて、頑張り屋なのは、おめーが1番わかってるだろ?お前がそうやって落ち込んでると、ソラちゃんは『私のせいでテイルが…』って思っちゃうんだよ!」

幼いながらも、しっかり者で、優しいソラだからこそ、不要な罪悪感を得やすい。クローバーはそれを危惧していた。

「いいか?全肯定しろ。お前も、ソラちゃんも、何にも悪くない。悪いのは全部拐ったやつだ。」

「で、でも、それでソラちゃんが納得するか?」

テイル自身も、納得できそうになかった。元はと言えば、滅びの村でクローバーに言われた通り、これは自分の不始末が起こした事件なのだ。

「納得できなくても、そう言え。言うだけならタダだ。」

エルサイスが意外な顔をする。

「クロが、僕みたいなこと言うなんて、思いもしなかったよ。」

クローバーは、エルサイスがよく使う、その場しのぎの気休めや、誤魔化しが嫌いだった。でも、今はテイルにそうしろと言っている。エルサイスはクローバーの新たな一面に驚いていた。

「うるせぇなぁ。緊急措置だ。真面目に向き合ったら、ソラちゃんが壊れる。それぞれの心の中で勝手に反省会開くのは自由だが、外から言葉で責めるのは、絶対にダメだ。わかったか?」

クローバーがテイルの目をまっすぐ見る。テイルはその目を見つめ返すと「うん」と大きく俯いた。

「あと、不用意にソラちゃんに触らないこと。小さな接触でも、必ず許可を取れ。」

「許可?」

テイルが首を傾げる。

「手繋いでいい?とか、いちいち聞け。」

「僕とクロみたいだね。」

「おめーは最近許可取らねーだろ。気安く触りやがって……。」

クローバーがうんざりした様子で返す。

「だって、聞いても絶対『いいよ』って言ってくれないからさー。それに嫌なら拳が飛んでくるんだから、いいじゃないか。」

テイルは呆れた顔をする。この2人の関係は、自分には理解できそうにない。

「とにかく、今は急に触られることに恐怖を感じやすい。必ず事前確認を取れよ。」

クローバーはそう言うと、一息ついて、冷めた紅茶を飲み干す。

テイルはクローバーに言われてたことを、しっかり胸に刻んだ。ソラは今、不安定な波の上に立っているようなものだ。自分がしっかり支えなくてはと思う。

「あと、個人的に、お前に言っておきたいことがある。」

テイルはなんだろうと?と思い、顔をあげる。

「お前が昔のことを後悔してるのは、重々わかった。」

クローバーはわざとテイルの方を見ないようにしていた。

「さっきは、勝手なこと言って、悪かったな。」

そっぽを向いたまま、クローバーが謝る。テイルに『同じ境遇でも、真っ当に生きてるやつはいる』と言ったことを、クローバーは反省していた。それは正論かもしれないが、自分がテイルにぶつけていい言葉ではなかったと、後悔していたのだ。

クローバーの様子にテイルは目を丸くして驚いたあと、声をあげて笑った。エルサイスもテイルに続いて笑う。

「笑うことねーだろ……。」

クローバーは不機嫌そうに頬を膨らませる。

「お前からそんな言葉を聞くとは思わなかったよ!大丈夫だ。もう全然気にしてねーよ。ありがとな。」

テイルはそう言うと、笑い過ぎて出てきた涙を、手で拭った。エルサイスは微笑みながら、クローバーの頭をよしよしと撫でている。「よく謝ったね」と子供を褒める先生のようだ。クローバーは不満げな顔でその手を乱暴に振り払った。

「さぁもう行くぞ。いい加減、疲れた。」

クローバーはそう言うと、立ち上がった。

「僕らは公国に宿を取ってあるので、おいとまさせていただきます。」

エルサイスもクローバーに続き、酒場の出口に向かう。

「ソラちゃんには、いつでも相談にのるって言ってあるけど、あの子のことだ、遠慮して自分からは中々呼ばないと思うから、こっちから会いに行くようにするよ。」

「すまんな。俺には話しずらいこともあるだろうから、よろしく頼む。」

テイルはそう言うと、深々と頭を下げた。

「今日はすまなかった。本当にありがとう。」

頭を下げたまま、テイルが言う。

「気にすんな。ソラちゃんのためだ。」

「大丈夫ですよ。クロはかわいい女の子のためなら、なんでもするんですから。」

「お前、いらんこと言うな。」

テイルは顔を上げると、言い合いをしているクローバーとエルサイスを見て、苦笑いを浮かべた。

2人を見送ったあと、テイルは酒場の2階にある宿へと上がる。ソラを起こさないよう、そっとドアを開け部屋に入ると、ベットに座り、月明かりの中、外を見ているソラがいた。

「ソラちゃん、起きてたのか?」

「うん、目が覚めちゃって……。」

ソラは、泣き腫らして赤くなった目を細め、困ったように笑った。

「疲れただろう?そばに居るから、寝た方がいい。」

テイルはそう言って、ソラのベットの端に腰掛け、ソラの手を握ろうとして、途中でとまる。

「手、握ってもいい?」

「うん。」

許可がおりてから、テイルは優しくソラの手を握る。

沈黙。

ソラは眠る気はないようで、ずっと窓の外を見ていた。テイルは何かしてあげたい気持ちを、必死で抑えながら、ソラをただ見守る。今は何かすることよりも、余計なことをしない方が重要だ。

「ねぇ?」

「ん?」

「私がティムさんを許したこと、どう思ってる?」

ソラが外を見たまま言う。

テイルは押し黙ってしまう。それを聞きたいのは、自分の方だった。「本当にこれでよかったのか?」と。でも、今それをソラに聞くのは酷な話だ。絶対にしてはいけない。

テイルはクローバーの言葉を思い出す。

「よかったと思うよ。」

全肯定だ。迷っている暇はない。とにかく今はソラを守らなければならないのだ。

「ソラちゃんはすごい。俺やクローバーじゃ出来ないことをやったんだ。」

テイルはそう言って、ソラの手を強く握った。ソラも少し力を入れて、握り返す。

「私ね、お父さんみたいに、なりたかったの。」

ソラはそう言いながら、テイルの方を向く。テイルはキョトンとしてしまう。なぜここで急に父親の話が出るのか、理解出来ない。

「お父さんが、テイルを許したように、それでテイルが変わったように、ティムさんも……。」

テイルはハッとする。ソラは、父親がテイルを救ったように、ティムを救いたかったのだ。

こんなに幼い彼女が、そんな大きなことを考えていたとは思いもせず、テイルは鈍器で殴られたような衝撃を受ける。ソラはテイルが思っていたよりも、ずっと大人で、慈悲深かった。

でも、ソラが慈悲を授けたところで、ティムが変わるかどうかは、まったくわからない。世の中には、何をしても治らない、性根の腐ったやつというのが、ごまんといるのだ。

それでもテイルは

「ティムが、俺みたいに、裏社会から足を洗うかはわからない。でも、ソラちゃんは確かに、ティムの心に大事な何かを残したと、俺は思うよ。」

と言った。それはテイルの願望にすぎない、祈りのようなものだったが、今のソラには、その祈りが必要だった。

「テイルがそう言ってくれるなら、いいの。もうこれで、いいの。」

ソラはきっぱりとした口調でそう言いうと、ライトグリーンの瞳をほんの少しだけ輝かせ、ニッコリ笑った。

テイルはその笑顔にホッとする。

「さぁもう遅いから、今日は寝な。」

「うん。」

ソラは頷くと、ベットに寝転がる。

「手握っててくれる?」

「うん、大丈夫。離さないよ。」

ソラは安心したように息をつくと、目を瞑った。

「おやすみなさい、テイル。」

「おやすみ、ソラちゃん。」

すぐに寝息を立て始めたソラを見ながら、テイルは父親のことを思い出していた。

父親は、自分を襲ったテイルを助け、ご飯を食べさせて、寝床を与え、最終的には家族として迎えてくれた。

「親父……。」

メガネを外す。これは父親の真似をして付けている伊達メガネだ。こんなくだらない真似している自分よりも、ソラの方が、ずっとずっと父親に近かった。テイルは情けない気持ちになる。

それでも、落ち込んではいられないのだ。ソラはまだ不安の海を泳いでいる。それを支えられるのは、自分だけだ。

テイルはソラの隣に寝転ぶ。手は握ったままだ。目を瞑ると、眠りはすぐにやってきた。

その日テイルとソラは、同じ夢を見た。父親と一緒に3人で、シチューを食べる夢だ。それは暖かく、楽しく、幸せな夢だった。

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