アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
僕は黙ってクローバーのあとに続く。僕にはクローバーのブレーキ役として、ついていかなければいけない義務がある。真っ直ぐ前を見て歩くクローバーには、既に危険な怒りのオーラが、まとわりついているように見えた。
僕は思わず笑ってしまう。こうやって思いっきり怒ったり、時に泣いたりできるクローバーが、僕は愛おしくて、そして羨ましい。
「あ、彼女だよ。」
路地裏でうずくまる少女を発見した。
「あなた、私を追って……?」
少女は僕を見ると、一瞬怯えた表情をするが、すぐ目に力を入れ直し、敵意を見せる。
「出して……お金を……。」
少女はそう言うと、僕の前に手を差し出す。僕は首を傾げる。急に何を言い出すのだろう。理解ができない。
「お前、何言ってんだ?」
クローバーも、あまりのことに、怒りを通り越して、呆れた顔をしている。
「あなた……持ってるでしょ、大金を。」
この少女は、中々度胸がある。窃盗犯の自分を追ってきた僕らから、お金を巻き上げようとするなんて、そんな馬鹿なこと普通の人ならしないだろう。僕らに勝てるくらいの戦闘能力があるか、何か素晴らしい策を考えているのか、そんな用意がなければ、無理な話だ。
僕とクローバーは顔を見合わせる。クローバーの目から、怒りは消えていた。今は戸惑いの方が大きいようだ。訝しげな顔で、首を傾げている。
「ねぇ、死んで。」
戸惑う僕らに、少女がそう言う。ますます意味がわからない。
「お前、頭大丈夫か?」
さすがのクローバーも、支離滅裂な少女を気味悪がっているようだ。若干引いたような目で少女を見ている。
「どうして、こんなことをするんです……?」
まともな答えが返ってくるとは期待していなかったが、とりあえず聞いてみる。
「どうして……?みんながみんな、あなたみたいに成功できるわけじゃない、冒険者として。」
少女は、そう言うと、目を伏せた。
「若い者は旅に出ろ、それが風習だとか言われ続けた。でも、行きたくなかった。私なんかが魔物と戦えるわけがないじゃない。」
「魔物と戦って、そこで死んだとしても、冒険者ならまた復活する。それに、魔物と戦うだけが冒険者じゃない。」
クローバーが諭すように言う。珍しく落ち着いていた。人は自分よりもヤバそうな人を見ると、逆に冷静になれるものなのかもしれないなと、僕は思った。
「生き返るとしても……痛みがあるじゃない、怪我をすれば。死ぬほどの怪我ってどれだけの痛みなのよ。」
確かに、死ぬ時はそれなりに痛い。魔物との戦闘で、僕もクローバーも、それなりの回数倒れ、その度に肉体的な痛みは感じていた。刺されれば血が出るし、殴られれば苦しい。それでも、僕らは戦える。なぜ?と言われても困ってしまうが、僕らは、さほど痛みに恐怖を感じないというのが、一因ではあるだろう。クローバーは騎士として、そんな恐怖はとっくの昔に克服しているだろうし、僕も幼少期の虐待経験で、痛みに慣れてしまっていた。
それは普通の生活をしていた少女からすれば、特別なことかもしれないが、クローバーの言う通り、魔物と戦うだけが冒険者ではない。冒険やり方は、無限にあるのだ。
「でも町には仕事がない。食いあぶれて、日々生活するのもままならない。」
「だから強盗を……?」
僕の問いかけに、少女は頷いた。
「そう……だから、死んで。」
「言ってることの意味がわからん。」
クローバーはうんざりしたようにつぶやくと、少女に背を向けた。もう話したくないらしい。同じ言葉を話しているのに、ここまで話が通じないのは、初めてだ。エナよりも酷いと思う。
「「だから」って……どうしてですか?」
僕は何とか話を整理しようと試みる。
「殺すしかないじゃない……顔を見られたらからには。捕まるかもしれない、仕返しされるかも……。」
そんな話で「はい、わかりました」で死ぬ人が、どこにいるのだろうか。この少女はやはりどこかおかしいらしい。
「そうよ、私が悪いのは理解している。けど、こうしてしか生きることができない……。盗みなんかしたくなかった!悪いことなんかしないで、綺麗な自分でいたかった。でも、生きるためには、しょうがないんだ!」
クローバーの目が、ピクリと反応して、不快感を示していた。言い訳ばかりのこの少女に、イラついているのだろう。僕は先回りして、クローバーの肩に手を置き、落ち着くよう促す。
「時代が時代なら、私はもっと優しく生きれたのに!…もう、戻れないの!」
「くだらねーな。」
クローバーが僕の手を振り払いながら言う。
「いつまでそうやって言い訳して生きる気だ。」
クローバーに睨まれた少女は、短く「ひっ」と悲鳴をあげる。
「お前本当は、自分が悪いなんて、1ミリも考えてないだろ?仕方ない、時代が悪いで、お前自身はなんの努力もしないで他人から奪う。それでいて偉そうにしてる。気に食わねぇなぁ。」
クローバーはそう言うと、腕組をする。手をあげる気はないようなので、僕は少しホッとする。
「もう言い訳はやめろ。考え直せ。お前はまだ戻れる。まだ誰も殺してねーんだろ?」
クローバーの意外な言葉に、僕は目を丸くする。いつものクローバーなら、とっくの昔に剣を抜き、切りかかってそうなのに、今日は率先して、少女を説得している。
「無理……もう無理なのよ。」
「私を殺るって言うなら、お前は私と戦うことになる。お前なんか2秒もあれば殺れる。弱そうだし。」
「このままだと、私を殺す……というの?」
少女は怯えた表情を見せる。
「クロ、どうするの?」
僕には、クローバーの思惑が見えない。いつもならさっさとぶん殴って放っておくような事案なのに、今日のクローバーはやけに少女に肩入れしているように思える。
「エル、私はテイルの借りを、ここで返したい。」
クローバーのその言葉に、僕は「あぁ」と納得した。クローバーは意外に律儀な性格をしているのだ。
クローバーは、幼少期仕方なく野盗をしていたテイルと、この少女を重ねていたようだ。ついこないだ、「あの頃は仕方なかった」と言ったテイルに「同じような境遇でも、真っ当にいきてやつはいる」と説教してしまったことを、クローバーはずっと後悔していて、テイルに謝罪したあとも、まだ気にしていたのだ。
少女の境遇は、テイルよりもずっと程度が軽そうだが、似たようなものであるのは確かだった。クローバーは、ここで少女を許して、テイルへの説教の借りを返したいらしい。
「好きにするといいよ。」
テイルはもうそんなこと気にしてないと、僕は思うが、クローバーが気になるなら仕方ない。これでクローバーの気持ちがスッキリするなら、それもいいだろう。
「もう二度とやらないって、約束しろ。それなら助けてやる。」
クローバーから慈悲を授かった少女は、泣き出した。
「うううっ……ごめんなさい……。見逃してくれなんて言わないわ……お城でもどこへで連れてって……罰は受ける……。」
「私たちのことはもういい。兵士に引き渡す気もねぇよ。その代わり、盗んだものをみんなに返せ。」
「………。」
少女は涙を拭くと、コクンと頷いた。僕は、2人の様子をただ見守っていた。
本当にこれでいいのかわからない。ここで許したところで、少女は変わらないかもしれない。でもそれは、仕方のないことなのだ。そこに期待するのはやめた方がいい。今はとにかく、クローバーが少女を許したという事実が残ればそれでいい。
教会へ向かう少女に付き添うクローバーを、僕はチラリと見る。クローバーは、この旅で確かに変わっている。多分、それはいい事だと僕は思う。僕も少しは変わっているかもしれない。少女は嫌がっているが、冒険者には、冒険者にしかできない体験がある。それが、自分を良い方向に変えてくれる。
だから冒険は楽しいのだ。