アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
教会に着くと、少女は神父のクリフに懺悔する。
「私はポーラ。盗みをしてしまいました。すべて返します。だから、許して下さい。」
ポーラと名乗った少女は、どこかオドオドしていて、私はイライラを抑えるのに苦労していた。こういうはっきりしないで、いつまでもグズグズいうやつは、大嫌いなのだ。
こんなやつ、いつもならさっさとぶん殴って、放っておくところなのに、私は彼女を許し、償いの手伝いまでしていた。自分でも、なぜそこまでするのか不思議だった。
脳裏によぎるのは、怒りに燃えたテイルの姿だ。あの時、胸ぐらを掴まれた私は、何も言い返すことができなかった。
私は確かに、恵まれていた方だったかもしれない。衣食住の保証はされていたし、それなりの贅沢もできた。しっかりとした教育も受けさせてもらい、生きていく上での不自由は、何一つなかった。
「(でも……。)」
そう、『でも』なのだ。
「もうさんざん言われているかもしれぬが……。あなたの年頃なら、皆 、旅に出る頃なのだ。」
クリフがポーラを、諭すように言う。
私が、このポーラという少女を助けることに、さほど意味はない。私はただ、テイルの気持ちも考えず、偉そうな口を叩いてしまったことの償いに、彼女を利用するだけだ。助けたあと、ポーラがどうなろうが、知ったことではないと思っていた。
「嫌……生きているのがつらくなった時、死ねばいいと思うからがんばれるんです。死ねなくなるのは、絶対、嫌……。」
「死は最後の救済ですからねぇ。」
エルサイスが他人事のように呟く。中々深い言葉だと思う。
ポーラの言い分はわかる。どんな悲惨な人生を送っている人も、また、どんな輝かしい人生を送っている人も、最後は死ぬ。死は絶対で平等に訪れる、最終の救済なのだ。
「いくら嫌だと言っても、それが神の運命づけた、人間のとるべき道。」
クリフが強い口調で言う。
私は、この旅に出る風習の意味が、未だによくわからない。神の意思とか、国民の義務とか、色々理由はあるが、結局『昔からそうだから』という説明しか、なされていなかった。
私やエルサイスは、好き好んで冒険者を生業にしているが、ポーラのように、冒険を拒む者もいっぱいいるのだ。そんな人達まで、冒険者にする意味があるのか、私にはさっぱりわからない。
「それに万が一、神が許したとしても、盗みを犯した町で、今後暮らすのは難しかろう。」
クリフはそう言うと、ポーラの肩に手を置き、その目を真っ直ぐ見つめる。
「旅に出なさい。それが神の意思です。」
「それが罪の償いということなのですね……。」
ポーラはそう目に涙をいっぱいにためながら、クリフを見つめ返す。クリフは深く頷いた。
「では、あなたに冒険の洗礼を与えよう。」
クリフがポーラに洗礼を施すのを、私は複雑な気持ちで見ていた。このモヤモヤした気持ちがなんなのか、自分でもわからない。
「神よ、かの生きる希望に満ち、だがしかし、か弱く浅はかな若き者たちに旅の加護を与えよ。」
教会中にクリフ朗々とした声が響く。
「高くそびえる山も、厄災を帯びた敵も、畏れる必要のない、強き力をここへ。」
モヤモヤの答えが出ないまま、洗礼は終わり、ポーラが顔を上げる。
「さぁ、行きなさい。」
「はい。」
ポーラはそう返事をすると、堪えきれないように泣き出した。グズグズ泣くポーラに、私はうんざりする。本当に、一発殴ってやりたい気分だ。
ポーラは泣きながら教会の出口へ向かう。私たちに感謝を述べるどころか、挨拶すらなかった。別にそれを期待していたわけではなかったが、礼儀としてあるべきものがないと、不快にならずにはいられない。
パタンと扉が閉まる音がして、ポーラの背中が見えなくなると、私は大きなため息をついた。
「お疲れ様。」
エルサイスが私の肩に手を置き、労ってくれる。
「疲れたよ……。」
「なんか甘いものでも食べに行こうか?」
私にとって、感情を抑えるという行為は、脳の消耗が最も激しいのだ。腕立てを100回するよりも疲れる。
「チョコレートケーキが食べたい。」
私がそう言うと、エルサイスは
「ブドウ糖がダイレクトに取れるね。」
と言って笑った。
教会を出た私たちは、公国の酒場へ向かう。
途中ポーラの姿は見当たらなかった。もう町を出たのだろう。
彼女を許したところで、私の気持ちはまったく晴れなかった。それどころか、モヤモヤが増えた気さえする。
「浮かない顔してるね。」
ため息をつく私に、エルサイスが言う。
「なんかモヤモヤするんだ。私はテイルや、ポーラに比べれば、確かに恵まれていたかもしれない。でも……でもなんだよ。」
口に出して呟いて見たが、その先の思考は真っ暗になっていて、これ以上言葉を紡ぐのは無理そうだった。
ポーラを許せば『でも』と思ったことの答えが出ると思っていたのに、ますますわからなくなっていた。
「『でも』か……」
エルサイスはそう呟きながら、酒場のドアを開ける。
脳が疲れて死んでいるような状態で考えたって、何も出てこないのは当たり前だ。私はすべての思考を、一度、頭の隅に追いやって、今は甘い物を取ることだけに集中する。
全部はチョコレートケーキを食べたあとに考えればいい事なのだ。