アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第57話 火傷

今日は風が心地いい。

滅びの村の風車小屋の下で、私は休憩をとっていた。ウッドデッキの上に寝そべって、空を見上げる。雲一つない快晴の青空を、暖かな春の風が吹き抜けていった。寒くもなく、暑くもなく、ちょうどよいい陽気だ。とても気持ちがよかった。

冒険は楽しいことばかりではない。嫌なことで、心が荒んだり、ささくれだったりすることもある。この景色は、そういうダメージを浄化するとういうか、癒してくれるような効果があると、私は思う。

あまりの心地良さに、私はなんだか眠くなってきてしまい、ゆっくり目を閉じる。今日はもう、何かする予定も、誰かとの約束もない。このまま夕方まで昼寝をしたって、誰も文句は言わないだろう。そういう、いつ何をしても自由なところが、冒険者の良いところなのだ。

私はうとうとと、現と夢の間を行き来する。ゴールデンスランバー、黄金のまどろみ。脳が溶けて落ちていくような、甘い誘惑。あと少しで、その穴に落ちるという時に、誰かが近づいてくる気配がする。

「クロ?寝ちゃった?」

聞きなれた、いつもの声で、エルサイスが呼びかけてくる。

「寝てる。」

私は不機嫌な返事を返す。幸せな時間が、台無しだ。

「起きてるじゃないか。」

エルサイスはそう言って、コロコロと笑う。うるさいやつだ。

「あーもー。今最高に気持ち良かったのにー!!」

眠りの女神は、あっという間に私を突き放し、去っていってしまった。気持ちのいいまどろみは消え、体の重い感覚だけが、残り香のようにまとわりついている。

「ごめん、ごめん。起こしちゃったね。」

エルサイスは口ではそう言っているものの、全然申し訳なさそうにしていない。私はため息をつくと、目を擦りながら、のっそりと起き上がる。

「アロエベラは?」

「6個取れたよ。すぐ合成するね。」

エルサイスはそう言うと、火傷に効く薬を合成し始めた。

「すぐ出来るよ。」

エルサイスにそう言われた私は、ウッドデッキに座り直すと、右足を包帯を解き、薬を塗る準備をする。

 

 

 

昨晩。

私は、公国の狭いキッチンで、料理をしていた。

「あっ!」

私がそう声を出した時には、もう遅かった。熱湯の入った鍋は、私手を離れ、床に落ちていく。

ガシャーンという派手な音が響き、パスタと熱湯がそこら中に飛び散った。

「あっつ!」

突然のアクシデントに、私は対処しきれず、右足に熱湯をかけてしまった。ヒリヒリとした痛みに顔歪めながら、屈んで見ると、足首のあたりが赤くなっていた。

「クロ!」

音を聞きつけたエルサイスが、ベットから飛び起きて、こちらにかけてくる。

「大丈夫?怪我は?」

「大丈夫。ちょっと火傷しただけ。」

「大丈夫じゃないじゃないか!」

エルサイスはそう言うと、あっという間に私を抱えあげ、宿の外へかけていく。

「ちょっ?!何!?」

突然のことに、私は抵抗もできなかった。

宿の外へ出ると、エルサイスは、私の火傷した方の足を、雪だまりに突っ込んだ。

「痛っ!」

ヒリヒリして痛いのと、冷たくて痛いので、私は呻きながら、エルサイスの服をぎゅっと握る。

「ちょっとだけ我慢して。」

もうすっかり夜になった公国の隅で、私はエルサイスにお姫様抱っこされながら、片足を雪に埋めている。なんとも奇妙な光景だ。

「エル、もう大丈夫だから、降ろして。」

急に恥ずかしさを感じてしまい、私はエルサイスの肩を押して降りようとする。

「ダーメ。」

エルサイスは腕に力を入れて、離してくれそうにない。

「こういうのは、最初の応急処置が大事なんだよ。火傷のあとが残ったら、困るでしょ。」

「別に今更気にしない。」

火傷や、切り傷などの生傷は、騎士のときも、冒険者になった今も、絶えない。戦っている限り、それは避けられないものなのだ。それを今更どうこう言ったって、仕方ないではないかと思う。

「僕が気にするんだよ。」

エルサイスはそう言いながら、真剣な顔を向けてくる。

「そんなん知るかよ……。」

私はそう呟きながら、うんざりする。そんな顔されても、困るし、何となく居心地が悪い。こういう扱いを受けるのに、私は慣れていないのだ。

私はどうしたらいいのかわからないまま、大人しくエルサイスの腕に抱かれていた。

部屋に戻ると、ベットに座らされ、絶対に動かないようにと言われた。

「はいはい。」

反論するのも面倒なので、私は適当な返事をし、エルサイスが鍋を片付けるところを、大人しく見ていた。

「アロエベラがないや。薬を合成するのに必要なのに。」

片付けが終わったエルサイスが、鞄の中を漁りながら言う。

「アロエベラは、こないだ全部草ブロックにしちゃったよ。」

「そう言えば、そうだったね。2-3個残せば良かった……。」

そう頭をかくエルサイスを、私は不思議な思いで見ていた。

「何をそんなに慌ててるんだ?らしくないぞ。」

エルサイスは、もっと冷静沈着で、ちょっとのことで慌てたり、焦ったりしないと思っていたが、今日はなんだかおかしい。どこかバタバタとしていて、落ち着かない。

「そりゃ慌てるでしょ。クロが怪我したんだから。」

「怪我なんて、いつもしてるじゃないか。魔物と戦って。」

「それとこれとは別だよ。戦闘の傷はすぐ治るけど、こういうのは、ちゃんと治療しないと治らないからね。」

冒険者は不死だが、その不死は万能ではない。冒険者でも、病に伏せれば、教会での復活はできず、死ぬ。街の中での戦闘や、怪我も、その類に入る。神の加護は、街の中では効果がないのだ。

「別に死ぬような怪我でもねーだろ。こんなの。」

「クロはもっと自分を大事にした方がいいよ。」

「そのセリフ、そっくりそのままバットで打ち返すわ。」

私が言い返すと、エルサイスは困ったように眉を下げ、苦い顔をする。何も言い返せないようだ。

「とりあえず、今日は包帯で保護して、アロエベラは明日取りに行こう。」

エルサイスはそう言うと、私の足をとり、丁寧に包帯を巻いていく。なんだか変な感じだ。嫌ではない、恥ずかしいとも違う。何とも言えない複雑な感情が、私の心を曇らせる。

「はい、できたよ。触らないでね。」

エルサイスが私の頭を撫でながら言う。私はすぐその手を乱暴に振り払って、不満をエルサイスにぶつける。エルサイスは、それをものともせず、優しく微笑んでいた。

何がこんなに不満なのか、自分でもよくわからない。本当はエルサイスにお礼を言わなければいけないのに、それもできなかった。

 

 

 

エルサイスが、完成した薬を、丁寧に私の足に塗っていく。ヒヤッとする薬の感覚に、私は思わず体を強ばらせる。

「染みる?」

「いや、薬が冷たくてびっくりしただけ。」

「そっか。」

エルサイスはそう合図打ちをすると、おかしそうに微笑んだ。私はなんだかモヤモヤする。昨日と一緒の感覚だ。モヤモヤの正体がわからないまま、エルサイスが包帯を巻き終えてしまう。

「これでもう大丈夫。」

「うん。」

なぜか「ありがとう」が出てこない。

「どうかした?」

「何が?」

「なんか、難しい顔してるからさ。」

エルサイスは、そう言いながら、私の顔を覗き込む。

「別に、何でもない。」

私はそう言うと、エルサイスの肩を手で押し返した。今はあんまり近づいてほしくない。

「そっか。」

エルサイスは、それ以上無理に近づいてこなかったし、追求もしなかったので、私はホッとする。追求されたところで、言葉にできるようなことを、私はまだ何も持って無いのだ。

沈黙。風車が回るギシギシという音だけが、私たちを包んでいた。

そこに

「お兄ちゃん……!」

と、誰か声が割り込む。私もエルサイスも、同時にそちらを向いた。

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