アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
今日は風が心地いい。
滅びの村の風車小屋の下で、私は休憩をとっていた。ウッドデッキの上に寝そべって、空を見上げる。雲一つない快晴の青空を、暖かな春の風が吹き抜けていった。寒くもなく、暑くもなく、ちょうどよいい陽気だ。とても気持ちがよかった。
冒険は楽しいことばかりではない。嫌なことで、心が荒んだり、ささくれだったりすることもある。この景色は、そういうダメージを浄化するとういうか、癒してくれるような効果があると、私は思う。
あまりの心地良さに、私はなんだか眠くなってきてしまい、ゆっくり目を閉じる。今日はもう、何かする予定も、誰かとの約束もない。このまま夕方まで昼寝をしたって、誰も文句は言わないだろう。そういう、いつ何をしても自由なところが、冒険者の良いところなのだ。
私はうとうとと、現と夢の間を行き来する。ゴールデンスランバー、黄金のまどろみ。脳が溶けて落ちていくような、甘い誘惑。あと少しで、その穴に落ちるという時に、誰かが近づいてくる気配がする。
「クロ?寝ちゃった?」
聞きなれた、いつもの声で、エルサイスが呼びかけてくる。
「寝てる。」
私は不機嫌な返事を返す。幸せな時間が、台無しだ。
「起きてるじゃないか。」
エルサイスはそう言って、コロコロと笑う。うるさいやつだ。
「あーもー。今最高に気持ち良かったのにー!!」
眠りの女神は、あっという間に私を突き放し、去っていってしまった。気持ちのいいまどろみは消え、体の重い感覚だけが、残り香のようにまとわりついている。
「ごめん、ごめん。起こしちゃったね。」
エルサイスは口ではそう言っているものの、全然申し訳なさそうにしていない。私はため息をつくと、目を擦りながら、のっそりと起き上がる。
「アロエベラは?」
「6個取れたよ。すぐ合成するね。」
エルサイスはそう言うと、火傷に効く薬を合成し始めた。
「すぐ出来るよ。」
エルサイスにそう言われた私は、ウッドデッキに座り直すと、右足を包帯を解き、薬を塗る準備をする。
昨晩。
私は、公国の狭いキッチンで、料理をしていた。
「あっ!」
私がそう声を出した時には、もう遅かった。熱湯の入った鍋は、私手を離れ、床に落ちていく。
ガシャーンという派手な音が響き、パスタと熱湯がそこら中に飛び散った。
「あっつ!」
突然のアクシデントに、私は対処しきれず、右足に熱湯をかけてしまった。ヒリヒリとした痛みに顔歪めながら、屈んで見ると、足首のあたりが赤くなっていた。
「クロ!」
音を聞きつけたエルサイスが、ベットから飛び起きて、こちらにかけてくる。
「大丈夫?怪我は?」
「大丈夫。ちょっと火傷しただけ。」
「大丈夫じゃないじゃないか!」
エルサイスはそう言うと、あっという間に私を抱えあげ、宿の外へかけていく。
「ちょっ?!何!?」
突然のことに、私は抵抗もできなかった。
宿の外へ出ると、エルサイスは、私の火傷した方の足を、雪だまりに突っ込んだ。
「痛っ!」
ヒリヒリして痛いのと、冷たくて痛いので、私は呻きながら、エルサイスの服をぎゅっと握る。
「ちょっとだけ我慢して。」
もうすっかり夜になった公国の隅で、私はエルサイスにお姫様抱っこされながら、片足を雪に埋めている。なんとも奇妙な光景だ。
「エル、もう大丈夫だから、降ろして。」
急に恥ずかしさを感じてしまい、私はエルサイスの肩を押して降りようとする。
「ダーメ。」
エルサイスは腕に力を入れて、離してくれそうにない。
「こういうのは、最初の応急処置が大事なんだよ。火傷のあとが残ったら、困るでしょ。」
「別に今更気にしない。」
火傷や、切り傷などの生傷は、騎士のときも、冒険者になった今も、絶えない。戦っている限り、それは避けられないものなのだ。それを今更どうこう言ったって、仕方ないではないかと思う。
「僕が気にするんだよ。」
エルサイスはそう言いながら、真剣な顔を向けてくる。
「そんなん知るかよ……。」
私はそう呟きながら、うんざりする。そんな顔されても、困るし、何となく居心地が悪い。こういう扱いを受けるのに、私は慣れていないのだ。
私はどうしたらいいのかわからないまま、大人しくエルサイスの腕に抱かれていた。
部屋に戻ると、ベットに座らされ、絶対に動かないようにと言われた。
「はいはい。」
反論するのも面倒なので、私は適当な返事をし、エルサイスが鍋を片付けるところを、大人しく見ていた。
「アロエベラがないや。薬を合成するのに必要なのに。」
片付けが終わったエルサイスが、鞄の中を漁りながら言う。
「アロエベラは、こないだ全部草ブロックにしちゃったよ。」
「そう言えば、そうだったね。2-3個残せば良かった……。」
そう頭をかくエルサイスを、私は不思議な思いで見ていた。
「何をそんなに慌ててるんだ?らしくないぞ。」
エルサイスは、もっと冷静沈着で、ちょっとのことで慌てたり、焦ったりしないと思っていたが、今日はなんだかおかしい。どこかバタバタとしていて、落ち着かない。
「そりゃ慌てるでしょ。クロが怪我したんだから。」
「怪我なんて、いつもしてるじゃないか。魔物と戦って。」
「それとこれとは別だよ。戦闘の傷はすぐ治るけど、こういうのは、ちゃんと治療しないと治らないからね。」
冒険者は不死だが、その不死は万能ではない。冒険者でも、病に伏せれば、教会での復活はできず、死ぬ。街の中での戦闘や、怪我も、その類に入る。神の加護は、街の中では効果がないのだ。
「別に死ぬような怪我でもねーだろ。こんなの。」
「クロはもっと自分を大事にした方がいいよ。」
「そのセリフ、そっくりそのままバットで打ち返すわ。」
私が言い返すと、エルサイスは困ったように眉を下げ、苦い顔をする。何も言い返せないようだ。
「とりあえず、今日は包帯で保護して、アロエベラは明日取りに行こう。」
エルサイスはそう言うと、私の足をとり、丁寧に包帯を巻いていく。なんだか変な感じだ。嫌ではない、恥ずかしいとも違う。何とも言えない複雑な感情が、私の心を曇らせる。
「はい、できたよ。触らないでね。」
エルサイスが私の頭を撫でながら言う。私はすぐその手を乱暴に振り払って、不満をエルサイスにぶつける。エルサイスは、それをものともせず、優しく微笑んでいた。
何がこんなに不満なのか、自分でもよくわからない。本当はエルサイスにお礼を言わなければいけないのに、それもできなかった。
エルサイスが、完成した薬を、丁寧に私の足に塗っていく。ヒヤッとする薬の感覚に、私は思わず体を強ばらせる。
「染みる?」
「いや、薬が冷たくてびっくりしただけ。」
「そっか。」
エルサイスはそう合図打ちをすると、おかしそうに微笑んだ。私はなんだかモヤモヤする。昨日と一緒の感覚だ。モヤモヤの正体がわからないまま、エルサイスが包帯を巻き終えてしまう。
「これでもう大丈夫。」
「うん。」
なぜか「ありがとう」が出てこない。
「どうかした?」
「何が?」
「なんか、難しい顔してるからさ。」
エルサイスは、そう言いながら、私の顔を覗き込む。
「別に、何でもない。」
私はそう言うと、エルサイスの肩を手で押し返した。今はあんまり近づいてほしくない。
「そっか。」
エルサイスは、それ以上無理に近づいてこなかったし、追求もしなかったので、私はホッとする。追求されたところで、言葉にできるようなことを、私はまだ何も持って無いのだ。
沈黙。風車が回るギシギシという音だけが、私たちを包んでいた。
そこに
「お兄ちゃん……!」
と、誰か声が割り込む。私もエルサイスも、同時にそちらを向いた。