アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「お兄ちゃん……!……じゃないのか……。ごめんなさい。私の兄のエースが働き先からずっと帰らなくて……。」
私とエルサイスが同時に、声のする方を見ると、栗色の髪の女の子が、申し訳無さそうに立っていた。
「お久しぶりですね。ケイプさん。」
エルサイスが、お決まりの、にこやかな笑みでそう返す。
「誰だっけ?」
私はケイプに聞こえないよう、小さな声でエルサイスに尋ねた。
「前に、枯れない花を合成してあげた人だよ。」
そう言われても、まったく思い出せない。私は人の顔や名前を覚えるのは、苦手なのだ。
「お兄さんのこと、心配ですね。」
エルサイスが、社交辞令を返す。困ったように眉を下げ、表情まで完璧だ。本心はきっとどうでもいいと思っているに違いない。
「ええ。働き先の人にさっきもお願いして、早く帰ってくるように言ってもらったんですが……。」
「どこで働いてるんだ?」
私が見る限り、この辺で働けそうな所は見当たらない。
「ああ、働き先っていうのはこの村の地下工場です。」
「「地下工場?」」
私とエルサイスは、同時にそう言って、訝しげに顔を見合わせた。
この村では以前、建設したばかりの地下工場で事故があったのだ。それが原因で人がいなくなり、村は滅んだ。ケイプの話のよれば、その地下工場にあとから来た人たちが、新たな工場を作り、働き手を募集しているらしい。
「兄もそれに手を挙げたので、私も一緒にこの村に来たのです。」
この地下工場には、色々な曰くがある。私は公国の元メイド、ノエルのことを思い出していた。この村出身のノエルは、地下工場で行われていることの真実を暴こうとして、失敗し、粛清された。あのとき、公国の王ドレイクは『貧しい国を回すための売り物を作っている』と言っていたが、結局それが何なのかは、その時はわからずじまいだった。
「嫌な予感がするな。」
私がそう呟くと、エルサイスも真剣な顔で「うん」とうなずく。
「兄から連絡がなく、もう1週間以上……。兄は体が弱くて、あまり長く働けないはずなのですが……」
ケイプはそう言うと目を伏せた。
私はどうするか考えを巡らせる。地下工場の話は、深淵を覗くような、底が見えない闇があるように思える。ノエルが暴こうとした真実、貧しい国を回す売り物、公国が人を集めている噂、帰ってこないケイプの兄。
「危険な冒険になると思うよ。」
エルサイスが、厳しい表情で言う。真実を知るには、いつだってそれなりの代償が必要なのだ。その代償がいくらになるのか、私にはわからない。でも、このまま放っておくのも、嫌だ。
「好奇心は猫をも殺すか……。」
ドレイクに言われた言葉だ。
真実なんて知ったところで、どうにもできない。私たちは無力だ。でも、だからと言って、始めから知る努力を放棄することは、私にはできない。あがいてやる。ただ流されるのは嫌いなのだ。
「エル。」
私がそう呼びかけただけで、エルサイスは決意を込めた表情で「うん」とうなずく。いいパートナーだ。
私がケイプに向かって口を開きかけた瞬間
「いいわ、私が見にいってあげる!」
と、突然エナが割り込んできた。
「どこから湧いてでたんだ……。」
出鼻をくじかれた私は、つい不満な態度を漏らしてしまう。
「あなたも……冒険者さん?」
「そうよ!」
エナはそう言うと、ケイプに優しく笑いかける。
「エナさん、ドラゴンの時以来ですね。マナさんは……?」
エルサイスはそう言うと、キョロキョロと辺りを見回した。マナらしき姿は見当たらない。
「マナ?うん、またはぐれちゃってね……。でも、信じていればまた会える、うん!」
私は呆れたため息をついた。こうしょっちゅうはぐれていたら、パートナーの意味がないではないかと思う。
「それよりも、探しにいってあげましょうよ、ケイプさんのお兄さんを。困っている人のために働く、それが冒険者ってもんでしょ?」
エナの言葉に、私は顔を歪める。
「そんな話、私は知らないな。」
私は、誰かのために働いているわけではない。ただ自分のしたいことをしているだけだ。冒険というのは、本来そういう自由なものなのだ。誰かのためとか、そういう詭弁はいらない。冒険者は、正義の味方でも、何でも屋でもないのだから。
「我は翻弄されし自我を、混沌より導き、救い出すべき運命の担い手。ウフフ……。」
エナは私の言葉をまったく聞かず、完全に自分の世界に入ってしまっていた。さすがのエルサイスも、エナの横で、うんざりした表情をしている。
「………?あ、あのぉ……。」
ケイプはエナの変化に戸惑っていた。私たちは見慣れてしまったが、初めてエナのこれを見れば、それは驚くだろう。何かが憑依したと思っても、おかしくはない。
「気にしないで!お兄さんのことは私たち任せて。行くわよ!」
エナはそう言うと走り出す。
「お願いして本当にいいんですか?」
ケイプが心配そうな顔で、私たちに声をかける。
「ええ、大丈夫ですよ。」
エルサイスが、いつもの作り笑顔でそう返すと、ケイプは嬉しそうに笑い、頬を赤らめた。
「(こいつ、モテそうだな。)」
エルサイスを見て、私は急にそんなことを思った。エルサイスは、女の子の扱いに、慣れているのかもしれない。別にそれはそれで構わないが、それを自分に向けられるのは、嫌だ。
何となく、さっきのモヤモヤの正体が輪郭を現してくる。私の不満はその『女の子扱い』からきてるのかもしれない。
「ほら、いいから、早く早く!」
先に走り出したエナが上から呼びかけてくる。元々行く気ではあったが、エナに先導されるのは、ちょっと癪だ。
「うるさいやつだ。ほんと。」
私がうんざりしてると、隣でエルサイスが苦笑いを浮かべた。
「行くぞ。」
私たちはエナに続いて、地下工場の入口へと走り出した。