アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
地下工場の中は、同じような景色が続いていて、目印になりそうなものも少なく、少しでも気を抜けば、迷ってしまいそうな場所だった。僕はドアを通るごとに、現在地を照合し、地下工場の新しい地図を羊皮紙に書いていく。
「大丈夫か?」
クローバーが、僕の書いた地図をのぞき込みながら言う。
「うん。今のところ順調。一旦戻って、さっきと反対側の道に行ってみよう。」
「わかった。」
行き止まりも多く、中々奥に進めないが、襲ってくる魔物は、さほど強くない。クローバー1人が1撃で倒せるくらいだ。
今日のクローバーは、いつもの大剣、デモンブレイド=アビスではなく、片手剣のデモンソード=アビスを装備している。炎の洞窟で、グレンと戦った時のことを教訓にしているのだろう。この狭い空間では、大振りの大剣は不利になる。多少攻撃力は落ちるが、片手剣の方が小回りが効いて扱いやすい。元々騎士だったクローバーは、片手剣を専門にしていたのだから、扱いにも慣れてもいるだろう。
「エナさんいないね。先に行ったのか、迷ったのか……。」
僕がそう呟くと、クローバーが
「どうでもいいな。面倒だから、もう会いたくない。」
と、本音を返す。僕は思わず笑ってしまった。
地下工場の入口で、エナとは別れることになった。入口の見張りを僕らが引き付けて倒している間に、エナだけ先に奥に入っていってしまったのだ。
元々そういう作戦ではあったが、クローバーは釈然としないようで、不機嫌そうだ。
むしろ、クローバーは、昨日からずっと機嫌が悪い。僕が火傷の応急処置をしたあたりから、不満そうな雰囲気を醸し出している。
何が不満なのかは、僕にはわからない。お姫様抱っこが恥ずかしかったのか、足を触られるのが嫌だったのか、それとも鍋を落としてしまった自分に怒っているのか。
思いつくのはそれくらいだが、どれも違う気がする。そのくらいの不満なら、一発僕を殴って当たり散らして、あっという間に解消するのが、クローバーのやり方なのだ。
問題はもっと深いと、僕は勘ぐっているが、無理に聞いたところで、返ってくる答えは少ないだろう。クローバーは元々、不満を溜め込んで黙っているような性格ではないのだ。言わないのは、気持ちの整理ができていないだけで、それができれば、話してくれる。僕はただそれを待っていればいい。
「行き止まりだね。」
僕が地図を書きながら言う。
「私、もうどっちが出口かわかんなくなってるから、よろしく。」
「了解。僕は大丈夫。ナビゲーションは任せて。」
今地下2階まできていた。何階まであるのかわからないが、なんとなく、ゴールが近いように感じる。
「ねぇ?」
「ん?」
僕は地図から顔を上げ、クローバーを見る。何か話し出しそうな雰囲気だ。
僕はクローバーが羨ましい。不満を堂々と口に出せるのは、彼女の強さだろ。僕は恐くて言い出せなくなったのだ。
幼い頃、不満を言えば、殴り飛ばされた。それはクローバーもきっと同じだったはずだ。
でも、クローバーはそれに立ち向かった。負けないよう言い返した。
一方僕は、逃げた。殴られるのが恐くて、不満を自分の中に押し込めた。そしていつしか、不満を不満とも感じないようになっていった。嫌なことはあるけれど、仕方ない。特別気にかけることでもないと思うようにし、少しずつ感情を失っていった。
どっちが良いとか、悪いとかではない。同じような目にあっても、別の選択をしたのは、持って生まれた性格としか言い様がないだろう。
おかげで、僕の心はいつも穏やかだ。不満も怒りもさほど感じない。でも、同時に、大きな喜びも感じることができない。感情とは表裏一体なのだ
そうした常に凪の状態の心に、僕自身、虚しさを感じることがある。
だからこそ、僕は、クローバーが眩しいくらいに好きなのだ。彼女の感情のうねりに、僕はタダ乗りして、その気持ちをトレースすることで、喜怒哀楽の疑似体験をしている。
我ながら、頭がおかしいと思う。
でも僕はもう、感情を自分のものとして、感じることができないのだ。
「もし、にもちゃんが、昨日の私みたいに火傷したら、同じ様に応急処置したか?」
「え?」
クローバーの質問に、僕は虚を突かれる。なぜそんなことを聞くのか、まったくの謎だ。でもここで、余計な疑問を挟んで話を遮るのはやってはいけない。
「うーん……するんじゃないかな?」
「じゃぁもふだったら?」
「もふさんでも、多分したかなぁ……?抱っこは無理だけど。」
「じゃテイルだったら?」
「テイルさんはしないなぁ。」
一体これはなんのことなのだろう。
「エルのその基準は何?」
「基準?」
急に聞かれて、僕は返答に困る。何となくとしか言い様がない。
「基準って言われてもなぁ……。」
困って頭をかく僕を、クローバーが真っ直ぐ見つめてくる。
「私が『女だから』ああした訳じゃないよな?」
「あぁ……なんだ。そういうこと?」
僕は思わず笑ってしまった。
クローバーは『女だから』という理由で、優しくされたり、守ってもらったりするのが、大嫌いなのだ。『男より弱い存在である女を守る』という固定概念からくる優しさは、クローバーにとって、見下し以外の何者でもない。そうやって『女だから』というだけで、下に見られるのを、クローバーは心の底から憎んでいるのだ。
「僕は別にクロが女の子だから、ああしたわけじゃないよ。クロが、クロだから、だよ。」
堪えきれない笑みを漏らしながら、僕が答える。
口に出せば、当たり前のことだ。それ以外の理由はない。昨日あんなに慌ててしまったのも、相手がクローバーだったからだ。あれは自分でもらしくなかったと思う。でも、つい気が動転してしまったのだ。
クローバーは、僕の凪いだ心に、時々こうして波を立てる。それは嬉しいことばかりではなく、それなりの痛みも伴うが、悪いことではない。
クローバーのそばに居るだけで、特別なことは何も無くても、僕は少しずつ大事なものを取り戻していける。きっとそれは、素晴らしいことなのだ。
「本当だな?」
「僕は嘘つかないよ。」
「それが既に嘘だろ。」
「そうだね。」
僕が思わず「ふふっ」っと笑うと、クローバーがうんざりしたようなため息をつく。
「ずっとそれが引っかかって、不機嫌だったの?」
「不機嫌じゃない。ただ、なんか……モヤモヤしてただけ。最初は自分でもわからなかったけど、アジーロを思い出したんだ。あいつは、ああいうとき、私が『女だから』で動いてたやつだったから。それに、お前女の子にモテそうだから、そういうの得意なのかなってさ。」
クローバーはそう言うと、バツが悪そうに頭をかいた。
「私が悪かったな。変に勘ぐったりしてすまん。」
「別にいいよ。」
クローバーにとっても、僕にとっても、この確認は大事なことなのだ。どっちが上とか下もない。対等な関係を築くためには、こういう小さな確認の積み重ねが重要になってくる。
「さっきも昨日も、ありがとう。火傷はもう随分良くなったよ。」
クローバーはそう素っ気なく言いながら、素早く僕から目を逸らし、先に歩き出す。照れているのか、後ろから見ると、耳が真っ赤だ。
「(あぁなんてかわいいんだろう。)」
僕は愛しくなって、思わずクローバーを後ろから抱きしめた。案の定、間髪入れず、クローバーの拳が僕のお腹に飛んでくる。
「ぐふぅ……。」
何度くらっても痛い。
「調子乗ってんじゃねーよ。」
そう言うクローバーの後ろで、僕はゴホゴホむせた。
「ほら、行き止まりだぞ。」
僕を置いて先に進んだクローバーが言う。
小さな部屋の真ん中にトロッコが1台置いてあるだけで、次へ進む道はない。確かに行き止まりだった。
「ゴホ……えっと……。うーん……。」
僕は目の端の涙を拭いながら、地図を確認する。
「あれ?ここが1番奥のはずなんだけどなぁ?他はどこも行き止まりだったよ。」
僕はそう言いながら、辺りを見回す。どこかに隠し通路があるかもしれない。
「なんかトロッコから音が聞こえないか?」
クローバーはそう言うと、壊れかけた車輪に足をかけ、トロッコの中をぞき込む。
「お、ロープがかかってるぞ。」
「本当だ。これで下に行けるね。」
トロッコの床には穴が空いていて、さらに下に行けそうだ。この先が工場なのだろう。
「クロ、この先は多分、かなり危険だよ。」
僕はクローバーに真剣な目を向ける。
この地下工場は、公国が関わっているだけでなく、あの『いのりの教団』が管理していると、エナが言っていた。
おそらく、一筋縄ではいかないだろう。今回の件は、色々な意味で、かなり危険だ。
それでも
「私は行くよ。知りたいから。」
とクローバーが言う。ならば仕方ない。僕は一緒に行くだけだ。
僕は決意を込めて「うん」とうなずき返す。
「さぁ鬼が出るか、蛇が出るか。」
クローバーはそう言いながら、ロープを握ると、ゆっくり下へ降りていった。