アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第59話 不満と波

地下工場の中は、同じような景色が続いていて、目印になりそうなものも少なく、少しでも気を抜けば、迷ってしまいそうな場所だった。僕はドアを通るごとに、現在地を照合し、地下工場の新しい地図を羊皮紙に書いていく。

「大丈夫か?」

クローバーが、僕の書いた地図をのぞき込みながら言う。

「うん。今のところ順調。一旦戻って、さっきと反対側の道に行ってみよう。」

「わかった。」

行き止まりも多く、中々奥に進めないが、襲ってくる魔物は、さほど強くない。クローバー1人が1撃で倒せるくらいだ。

今日のクローバーは、いつもの大剣、デモンブレイド=アビスではなく、片手剣のデモンソード=アビスを装備している。炎の洞窟で、グレンと戦った時のことを教訓にしているのだろう。この狭い空間では、大振りの大剣は不利になる。多少攻撃力は落ちるが、片手剣の方が小回りが効いて扱いやすい。元々騎士だったクローバーは、片手剣を専門にしていたのだから、扱いにも慣れてもいるだろう。

「エナさんいないね。先に行ったのか、迷ったのか……。」

僕がそう呟くと、クローバーが

「どうでもいいな。面倒だから、もう会いたくない。」

と、本音を返す。僕は思わず笑ってしまった。

地下工場の入口で、エナとは別れることになった。入口の見張りを僕らが引き付けて倒している間に、エナだけ先に奥に入っていってしまったのだ。

元々そういう作戦ではあったが、クローバーは釈然としないようで、不機嫌そうだ。

むしろ、クローバーは、昨日からずっと機嫌が悪い。僕が火傷の応急処置をしたあたりから、不満そうな雰囲気を醸し出している。

何が不満なのかは、僕にはわからない。お姫様抱っこが恥ずかしかったのか、足を触られるのが嫌だったのか、それとも鍋を落としてしまった自分に怒っているのか。

思いつくのはそれくらいだが、どれも違う気がする。そのくらいの不満なら、一発僕を殴って当たり散らして、あっという間に解消するのが、クローバーのやり方なのだ。

問題はもっと深いと、僕は勘ぐっているが、無理に聞いたところで、返ってくる答えは少ないだろう。クローバーは元々、不満を溜め込んで黙っているような性格ではないのだ。言わないのは、気持ちの整理ができていないだけで、それができれば、話してくれる。僕はただそれを待っていればいい。

「行き止まりだね。」

僕が地図を書きながら言う。

「私、もうどっちが出口かわかんなくなってるから、よろしく。」

「了解。僕は大丈夫。ナビゲーションは任せて。」

今地下2階まできていた。何階まであるのかわからないが、なんとなく、ゴールが近いように感じる。

「ねぇ?」

「ん?」

僕は地図から顔を上げ、クローバーを見る。何か話し出しそうな雰囲気だ。

僕はクローバーが羨ましい。不満を堂々と口に出せるのは、彼女の強さだろ。僕は恐くて言い出せなくなったのだ。

幼い頃、不満を言えば、殴り飛ばされた。それはクローバーもきっと同じだったはずだ。

でも、クローバーはそれに立ち向かった。負けないよう言い返した。

一方僕は、逃げた。殴られるのが恐くて、不満を自分の中に押し込めた。そしていつしか、不満を不満とも感じないようになっていった。嫌なことはあるけれど、仕方ない。特別気にかけることでもないと思うようにし、少しずつ感情を失っていった。

どっちが良いとか、悪いとかではない。同じような目にあっても、別の選択をしたのは、持って生まれた性格としか言い様がないだろう。

おかげで、僕の心はいつも穏やかだ。不満も怒りもさほど感じない。でも、同時に、大きな喜びも感じることができない。感情とは表裏一体なのだ

そうした常に凪の状態の心に、僕自身、虚しさを感じることがある。

だからこそ、僕は、クローバーが眩しいくらいに好きなのだ。彼女の感情のうねりに、僕はタダ乗りして、その気持ちをトレースすることで、喜怒哀楽の疑似体験をしている。

我ながら、頭がおかしいと思う。

でも僕はもう、感情を自分のものとして、感じることができないのだ。

「もし、にもちゃんが、昨日の私みたいに火傷したら、同じ様に応急処置したか?」

「え?」

クローバーの質問に、僕は虚を突かれる。なぜそんなことを聞くのか、まったくの謎だ。でもここで、余計な疑問を挟んで話を遮るのはやってはいけない。

「うーん……するんじゃないかな?」

「じゃぁもふだったら?」

「もふさんでも、多分したかなぁ……?抱っこは無理だけど。」

「じゃテイルだったら?」

「テイルさんはしないなぁ。」

一体これはなんのことなのだろう。

「エルのその基準は何?」

「基準?」

急に聞かれて、僕は返答に困る。何となくとしか言い様がない。

「基準って言われてもなぁ……。」

困って頭をかく僕を、クローバーが真っ直ぐ見つめてくる。

「私が『女だから』ああした訳じゃないよな?」

「あぁ……なんだ。そういうこと?」

僕は思わず笑ってしまった。

クローバーは『女だから』という理由で、優しくされたり、守ってもらったりするのが、大嫌いなのだ。『男より弱い存在である女を守る』という固定概念からくる優しさは、クローバーにとって、見下し以外の何者でもない。そうやって『女だから』というだけで、下に見られるのを、クローバーは心の底から憎んでいるのだ。

「僕は別にクロが女の子だから、ああしたわけじゃないよ。クロが、クロだから、だよ。」

堪えきれない笑みを漏らしながら、僕が答える。

口に出せば、当たり前のことだ。それ以外の理由はない。昨日あんなに慌ててしまったのも、相手がクローバーだったからだ。あれは自分でもらしくなかったと思う。でも、つい気が動転してしまったのだ。

クローバーは、僕の凪いだ心に、時々こうして波を立てる。それは嬉しいことばかりではなく、それなりの痛みも伴うが、悪いことではない。

クローバーのそばに居るだけで、特別なことは何も無くても、僕は少しずつ大事なものを取り戻していける。きっとそれは、素晴らしいことなのだ。

「本当だな?」

「僕は嘘つかないよ。」

「それが既に嘘だろ。」

「そうだね。」

僕が思わず「ふふっ」っと笑うと、クローバーがうんざりしたようなため息をつく。

「ずっとそれが引っかかって、不機嫌だったの?」

「不機嫌じゃない。ただ、なんか……モヤモヤしてただけ。最初は自分でもわからなかったけど、アジーロを思い出したんだ。あいつは、ああいうとき、私が『女だから』で動いてたやつだったから。それに、お前女の子にモテそうだから、そういうの得意なのかなってさ。」

クローバーはそう言うと、バツが悪そうに頭をかいた。

「私が悪かったな。変に勘ぐったりしてすまん。」

「別にいいよ。」

クローバーにとっても、僕にとっても、この確認は大事なことなのだ。どっちが上とか下もない。対等な関係を築くためには、こういう小さな確認の積み重ねが重要になってくる。

「さっきも昨日も、ありがとう。火傷はもう随分良くなったよ。」

クローバーはそう素っ気なく言いながら、素早く僕から目を逸らし、先に歩き出す。照れているのか、後ろから見ると、耳が真っ赤だ。

「(あぁなんてかわいいんだろう。)」

僕は愛しくなって、思わずクローバーを後ろから抱きしめた。案の定、間髪入れず、クローバーの拳が僕のお腹に飛んでくる。

「ぐふぅ……。」

何度くらっても痛い。

「調子乗ってんじゃねーよ。」

そう言うクローバーの後ろで、僕はゴホゴホむせた。

「ほら、行き止まりだぞ。」

僕を置いて先に進んだクローバーが言う。

小さな部屋の真ん中にトロッコが1台置いてあるだけで、次へ進む道はない。確かに行き止まりだった。

「ゴホ……えっと……。うーん……。」

僕は目の端の涙を拭いながら、地図を確認する。

「あれ?ここが1番奥のはずなんだけどなぁ?他はどこも行き止まりだったよ。」

僕はそう言いながら、辺りを見回す。どこかに隠し通路があるかもしれない。

「なんかトロッコから音が聞こえないか?」

クローバーはそう言うと、壊れかけた車輪に足をかけ、トロッコの中をぞき込む。

「お、ロープがかかってるぞ。」

「本当だ。これで下に行けるね。」

トロッコの床には穴が空いていて、さらに下に行けそうだ。この先が工場なのだろう。

「クロ、この先は多分、かなり危険だよ。」

僕はクローバーに真剣な目を向ける。

この地下工場は、公国が関わっているだけでなく、あの『いのりの教団』が管理していると、エナが言っていた。

おそらく、一筋縄ではいかないだろう。今回の件は、色々な意味で、かなり危険だ。

それでも

「私は行くよ。知りたいから。」

とクローバーが言う。ならば仕方ない。僕は一緒に行くだけだ。

僕は決意を込めて「うん」とうなずき返す。

「さぁ鬼が出るか、蛇が出るか。」

クローバーはそう言いながら、ロープを握ると、ゆっくり下へ降りていった。

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