アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第63話 消えたマナ

「私が負けるなんて……。」

ロッツはそう言い残すと、バタンと床に倒れた。

私たちの勝利だ。

私は肩で息をしていた。戦闘の疲れもあるが、それ以上に、私は怒っていた。ロッツを倒しても、その怒りは収まるどころか、暴れだしたくなるような熱を持って、私の体を駆け巡る。

貧しい人たちの魂を浄化して万能薬を作る。そして金持ちにそれを売る。ドレイクが言っていた「貧しい国を回すための商売」とは、人の命を売るものだった。

そんなことが許されてたまるものかと、思ったところで、私には何も出来ない。これは公国の深い闇の秘密。世界を回す大きな歯車の前では、私はあまりにも無力なのだ。

だからこそ、こんなにも腹立たしい。何も出来ない自分が。

エルサイスが近づいてきて、私の肩に手を置く。

「水、飲む?」

そう微笑みかけてくる彼の目は、どこか悲しげだ。

私は水筒を受け取ると、中身をグイッと飲み干した。ほんのりレモンの香りがする冷たい水は、怒りで熱い頭を冷ましてくれて、視界が幾分スッキリする。

「ちょっと落ち着いた?」

「うん。」

私は目を瞑って、ほんの少しだけエルサイスに寄りかかる。エルサイスは、茶化しも、からかいもせず、黙ってそれを受け入れてくれた。

怒りで波立っていた心が、少しずつ凪いでいく。どこにもぶつけようのないこの怒りは、消えることはないが、どうにか落ち着くことはできた。

「あれは………?おーい!」

マナがそう呼びかけてくる。私は目を開け、エルサイスに寄りかかるのをやめて、まっすぐ立つと、そちらを見た。

「マナさん、こんなところで何をしてるんですか?」

「エナとまたはぐれちゃって。でも、エナが新興宗教のあとを追ってたから、ここに居れば必ず来るって思って、労働者として入り込んで待ち伏せしてたんです。」

エルサイスの質問に、マナはそう答えた。

たった1人で潜入捜査とは、マナは中々度胸がある。

「エナさんなら、多分そのうち来ますよ。さっき外で一緒でしたから。」

エルサイスがそう言うと、マナは嬉しそうに目を輝かせた。

「やっぱり!ここへ来たんですね!エナのことを一番わかってるのは私。旅の相棒も私なんです!」

マナが興奮した様子でそうまくし立てるのを、私とエルサイスは、若干引き気味に見ていた。

「そう思いませんか?」

マナにそう聞かれたエルサイスは

「ええ、そうですね。」

と、いつもの作り笑顔で、ニッコリそう返す。また心にもない合図うちをしてるなと、私は勘ぐる。

「あの子は本当に昔から私がいないと何もできなくて……。あっ、エナと私は幼なじみなんですよ。」

マナはそう言って、エナの失敗談を幾つかあげ

「私がフォローしないと、失敗して、ずっと泣いてばかりだったんです。」

と言って笑った。

今の勝気でお転婆なイメージのエナからは、想像も出来ない話だ。

エナとマナの関係は、エナとその弟のロイとの関係に似ている。相手を「自分がいないとダメ」と勝手に思っている所なんかは、そっくりだ。

それが良いとか、悪いとかではないが、私にはそういう関係は合わない。どちらかが、一方的に守られる関係というのは、お互いどこかでフラストレーションが溜まってしまうものだと、私は思うからだ。

「はっ!ところで、お二人はどうして?」

一通り話して落ち着いたマナが、そう尋ねてきた。

「エースさんの妹さんに、お兄さん帰ってこないって相談を受けて、様子を見にきたんです。」

「なるほど……。」

「世間話はそこまでだ。」

突然割り込んだ不吉な声に、私思わずデモンソード=アビス柄を握る。

「なっ、何をするんですか……!」

突如倒れていたロッツが起き上がり、マナを後ろ手にして、押さえつける。

「てめぇ!」

「さぁ、この人の命が惜しければ大人しくしなさい。」

私の悪態をものともせず、ロッツがそう言って、押さえたマナを盾のように前に出す。

「くっそ……。」

「クロ。」

エルサイスに促され、私は剣柄からゆっくり手を離す。悔しいが、今抵抗はできない。

「おや……この子も……もしかして冒険者じゃないか?」

ロッツはそう言うと、ニヤっと嫌な笑みを一瞬浮かべた。

嫌な予感がする。

「お嬢さん、お疲れではないですか。この薬を飲んでみませんか?すべての疲れが吹き飛びますよ。」

「え、な、なんですか、これ……やめて、ください……。」

「ほら、飲んで!」

「やめろ!」

「マナさん!」

私の叫びも虚しく、ロッツに薬を飲まされてしまったマナは、ゴホゴホむせたかと思うと、その場に崩れ落ちた。私が助け起こそうと近寄ると同時に

「マナ!あなたたちマナに何を……!?」

と、エナが突然現れた。エナは私に変わって、マナを抱き起こす。

「不死の薬を飲んでもらっただけですよ。」

ロッツが冷めた様子でそう言う。

「神の恩恵を受けて不死なのに、わざわざ不死の薬を飲むなんて、神を冒涜する者は果たして、蘇ることができるのでしょうか。」

なんという恐ろしい実験だろうか。神の加護vs不死の薬。永遠に生きることを二重に強要する呪いだ。

「でも、それを最後まで見届けることができないのは、残念です。」

ロッツはそう言い残すと、黒い霧となって消えた。

「マナ、しっかりして!死んじゃダメ!」

エナがマナを必死で揺すって呼びかける。

「エナ……死にませんよ……私……あなたと旅をしないと……うっ……。」

マナは意識が朦朧としているようで、弱々しく、今にも気を失いそうな様子だ。

「私がいないと……あなた、泣いてばかりで……」

「全然泣いてなんていないわよ!マナ、ちゃんと教会で復活するの!」

「大丈夫……復活する……エナ……ほっとけないから……。」

「私も探しに行くから!教会に!」

「…………………」

マナの体が光り輝くと、あとも残さず消えてしまった。

沈黙。

本当に教会で復活出来るのか、できないとしても、不死の体はどこに行くのか、誰も予想できない。

「……復活……できるよね……たぶん……いや、絶対に……。」

そう言い聞かせるように呟くエナに、エルサイスでさえ、慰めの言葉をかけることは、できなかった。

私はエースを叩き起こすと、事情を説明して、ケイプ元に帰るよう促す。

「僕たちも行きましょう。」

まだ名残り惜しそうに、マナのいた場所を見つめるエナに、エルサイスが声をかける。

エナは何か振り払うように勢いよく視線を外すと、先に走り出した。

「エル、行くぞ。」

「うん。」

私たちもそのあとを追う。

何とも言えない思いを残したまま、私とエルサイスは地下工場を後にした。

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