アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「私が負けるなんて……。」
ロッツはそう言い残すと、バタンと床に倒れた。
私たちの勝利だ。
私は肩で息をしていた。戦闘の疲れもあるが、それ以上に、私は怒っていた。ロッツを倒しても、その怒りは収まるどころか、暴れだしたくなるような熱を持って、私の体を駆け巡る。
貧しい人たちの魂を浄化して万能薬を作る。そして金持ちにそれを売る。ドレイクが言っていた「貧しい国を回すための商売」とは、人の命を売るものだった。
そんなことが許されてたまるものかと、思ったところで、私には何も出来ない。これは公国の深い闇の秘密。世界を回す大きな歯車の前では、私はあまりにも無力なのだ。
だからこそ、こんなにも腹立たしい。何も出来ない自分が。
エルサイスが近づいてきて、私の肩に手を置く。
「水、飲む?」
そう微笑みかけてくる彼の目は、どこか悲しげだ。
私は水筒を受け取ると、中身をグイッと飲み干した。ほんのりレモンの香りがする冷たい水は、怒りで熱い頭を冷ましてくれて、視界が幾分スッキリする。
「ちょっと落ち着いた?」
「うん。」
私は目を瞑って、ほんの少しだけエルサイスに寄りかかる。エルサイスは、茶化しも、からかいもせず、黙ってそれを受け入れてくれた。
怒りで波立っていた心が、少しずつ凪いでいく。どこにもぶつけようのないこの怒りは、消えることはないが、どうにか落ち着くことはできた。
「あれは………?おーい!」
マナがそう呼びかけてくる。私は目を開け、エルサイスに寄りかかるのをやめて、まっすぐ立つと、そちらを見た。
「マナさん、こんなところで何をしてるんですか?」
「エナとまたはぐれちゃって。でも、エナが新興宗教のあとを追ってたから、ここに居れば必ず来るって思って、労働者として入り込んで待ち伏せしてたんです。」
エルサイスの質問に、マナはそう答えた。
たった1人で潜入捜査とは、マナは中々度胸がある。
「エナさんなら、多分そのうち来ますよ。さっき外で一緒でしたから。」
エルサイスがそう言うと、マナは嬉しそうに目を輝かせた。
「やっぱり!ここへ来たんですね!エナのことを一番わかってるのは私。旅の相棒も私なんです!」
マナが興奮した様子でそうまくし立てるのを、私とエルサイスは、若干引き気味に見ていた。
「そう思いませんか?」
マナにそう聞かれたエルサイスは
「ええ、そうですね。」
と、いつもの作り笑顔で、ニッコリそう返す。また心にもない合図うちをしてるなと、私は勘ぐる。
「あの子は本当に昔から私がいないと何もできなくて……。あっ、エナと私は幼なじみなんですよ。」
マナはそう言って、エナの失敗談を幾つかあげ
「私がフォローしないと、失敗して、ずっと泣いてばかりだったんです。」
と言って笑った。
今の勝気でお転婆なイメージのエナからは、想像も出来ない話だ。
エナとマナの関係は、エナとその弟のロイとの関係に似ている。相手を「自分がいないとダメ」と勝手に思っている所なんかは、そっくりだ。
それが良いとか、悪いとかではないが、私にはそういう関係は合わない。どちらかが、一方的に守られる関係というのは、お互いどこかでフラストレーションが溜まってしまうものだと、私は思うからだ。
「はっ!ところで、お二人はどうして?」
一通り話して落ち着いたマナが、そう尋ねてきた。
「エースさんの妹さんに、お兄さん帰ってこないって相談を受けて、様子を見にきたんです。」
「なるほど……。」
「世間話はそこまでだ。」
突然割り込んだ不吉な声に、私思わずデモンソード=アビス柄を握る。
「なっ、何をするんですか……!」
突如倒れていたロッツが起き上がり、マナを後ろ手にして、押さえつける。
「てめぇ!」
「さぁ、この人の命が惜しければ大人しくしなさい。」
私の悪態をものともせず、ロッツがそう言って、押さえたマナを盾のように前に出す。
「くっそ……。」
「クロ。」
エルサイスに促され、私は剣柄からゆっくり手を離す。悔しいが、今抵抗はできない。
「おや……この子も……もしかして冒険者じゃないか?」
ロッツはそう言うと、ニヤっと嫌な笑みを一瞬浮かべた。
嫌な予感がする。
「お嬢さん、お疲れではないですか。この薬を飲んでみませんか?すべての疲れが吹き飛びますよ。」
「え、な、なんですか、これ……やめて、ください……。」
「ほら、飲んで!」
「やめろ!」
「マナさん!」
私の叫びも虚しく、ロッツに薬を飲まされてしまったマナは、ゴホゴホむせたかと思うと、その場に崩れ落ちた。私が助け起こそうと近寄ると同時に
「マナ!あなたたちマナに何を……!?」
と、エナが突然現れた。エナは私に変わって、マナを抱き起こす。
「不死の薬を飲んでもらっただけですよ。」
ロッツが冷めた様子でそう言う。
「神の恩恵を受けて不死なのに、わざわざ不死の薬を飲むなんて、神を冒涜する者は果たして、蘇ることができるのでしょうか。」
なんという恐ろしい実験だろうか。神の加護vs不死の薬。永遠に生きることを二重に強要する呪いだ。
「でも、それを最後まで見届けることができないのは、残念です。」
ロッツはそう言い残すと、黒い霧となって消えた。
「マナ、しっかりして!死んじゃダメ!」
エナがマナを必死で揺すって呼びかける。
「エナ……死にませんよ……私……あなたと旅をしないと……うっ……。」
マナは意識が朦朧としているようで、弱々しく、今にも気を失いそうな様子だ。
「私がいないと……あなた、泣いてばかりで……」
「全然泣いてなんていないわよ!マナ、ちゃんと教会で復活するの!」
「大丈夫……復活する……エナ……ほっとけないから……。」
「私も探しに行くから!教会に!」
「…………………」
マナの体が光り輝くと、あとも残さず消えてしまった。
沈黙。
本当に教会で復活出来るのか、できないとしても、不死の体はどこに行くのか、誰も予想できない。
「……復活……できるよね……たぶん……いや、絶対に……。」
そう言い聞かせるように呟くエナに、エルサイスでさえ、慰めの言葉をかけることは、できなかった。
私はエースを叩き起こすと、事情を説明して、ケイプ元に帰るよう促す。
「僕たちも行きましょう。」
まだ名残り惜しそうに、マナのいた場所を見つめるエナに、エルサイスが声をかける。
エナは何か振り払うように勢いよく視線を外すと、先に走り出した。
「エル、行くぞ。」
「うん。」
私たちもそのあとを追う。
何とも言えない思いを残したまま、私とエルサイスは地下工場を後にした。