アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
家を出ると、夕飯の香りが鼻をつく。
もうすっかり夕方になっていた。
人々はどこか忙しなく、家路への帰り支度を始めている。
「(帰る家があるのはいいことだな。)」
どこか他人事のようにそう思った。
「どうやら、あの『救済者』という人たちは、本当にただの善人だったようね……。」
エナがそう言いながら、歩み寄ってきた。
もうとっくに帰ったものだと思っていたから、少し驚く。
それにしても、本当にあれだけで、救済者を善人だと言い切るのか。
フジとフニエが、[日常]を続けていく素振りを見せたとき、エナはここまで読んでいたのかと、驚いたが、どうやらそれは買い被りだったらしい。
彼女は、本当に何も考えてないのだ。
行き当たりばったりで、結果がどうなろうと知ったことではないのだろう。
今回は無理やりだが、丸く収まった。でも、いつもそうなるとは限らない。
僕は、苦手なものや、嫌いなものはほとんどない方だ。
食べ物の好き嫌いだってないし、勉強も運動もそれなりにできる。それに僕は、人を嫌いになれるほど、他人に興味がない。
でも、エナのことは嫌いだ。はっきりそう言える。
自分でも初めて気がついたが、僕という人間は、思慮深さがない人が嫌いのようだ。
考えることを放棄している。または、考えることを重要と思っていない。そんなやつが大嫌いみたいだ。
嫌いな人を前にしても、僕は表情を変えない。いつもの、にこやかな笑みを顔に貼り付ける。
クローバーはというと、明らかに不機嫌な顔で、エナを睨み返している。
「ごめんってば。あなたにお仕事を押し付けたことは謝る。」
クローバーの怒りは、そんな単純なものでは無い。もっと複雑で、言葉で言い表せないような感情だ。
エナはまったくズレているのだ。なにもかもが、どこかおかしい。
「私はちょっと劇場へお芝居をね……お芝居はね」
エナの目の色が少し変わる。
「交錯せぬ陰と陽、螺旋状に巻いて、やがては深淵に堕ち、収斂し、貫く隧道は両世界の新世界に通ず……」
「はぁ?」
クローバーが不快そうに聞き返す。
何を言っているのか、さっぱりわからない。
エナは時々こうやって、気難しい言葉を無理やり使って、それを楽しむ癖がある。
ある国では、それを『厨二病』というらしい。ティーンエイジャーがよく罹る病だと聞いたことがある。
エナは、もうティーンなんて年齢ではない。1人の大人として、責任を問われる立場のはずだ。
しかし、いつまでも厨二病という病から脱出できないのは、彼女の精神年齢が幼いからだろう。
別にそれが悪いわけではない。厨二病も好きに楽しめばいいし、精神年齢が幼いなら幼いなりに、慎重に行動すれば、なんの問題もない。
エナにその自覚がなく、大人の行動力を持ったまま、子供のように振る舞うのが問題なのだ。
「なぁんてね!お芝居、ステキな恋のお話だったわ!」
最初は反発し合う冒険者と町娘だが、困難を乗り越えて結ばれ、反対を押し切り、最後は駆け落ちする話らしい。
その説明が、なぜあれになるのだ。
本当にさっぱりわからない。
「あんな恋にもあこがれるわ……」
そう言うエナの感想に、クローバーは
「へー。」
適当な合図打ちを返した。
僕は愛想笑いをしておく。
「ああ、でも……やっぱり……。私が冒険にほしいのは、胸を熱くさせるライバルね!」
「はぁ……?」
思わず、呆れたような声を出してしまった。唐突過ぎて、流石に僕もついていけない。
「そのライバルはあなた!」
エナはそう言ってクローバーを指す。
クローバーはギョっとした顔をしている。あまりのことに、声も出ないようだ。
「それと旅路を共に行く相棒……あっ!忘れてた!!マナを探さなきゃ……!それじゃ、またね!今度会う時には、もっと強くなってるのよ!」
エナは一方的にそう言い残すと、走り去っていった。
エナは嵐のような人だ。急にきて、僕らの心をぐちゃぐちゃにかき乱し、なんにも感じず、あっという間に去っていく。
「クロ?」
エナの走り去った方を見ながら、固まってるクローバーに、声をかける。
「ねぇ、エル?」
「ん?」
「考えるだけ、無駄なのかな?」
クローバーは、なぜか悲しそうにそう呟いた。
「僕はそうは思わないよ。考えないで生きられたら、それは楽かもしれないけど、僕はそんな楽を享受できるほど、お利口さんじゃないからね。」
君もだろ?という思いを込めて、そう返す。
なにか返ってくると思っていたのだが、クローバーは、なにも返してこなかった。
そして、この時から、狂気のような戦闘の日々が始まったのだった。