ノックスにある新聞社、その隣で営業している小洒落たカフェにてハイソなご婦人ソシエ・ハイムは紅茶を片手にくつろいでいた。最近はこの店ココアもやっているとかで試したいところでもある。次に利用する機会があれば頼んでみようとソシエが何となしに決意を新たにした。
そこへ現れたのは、新聞記者フラン・ドール。隣の新聞社に勤める、足で稼ぐキャリアウーマンだ。
「やぁ」
「アーレー?」
ソシエにとっては待ち合わせの人ではあったのだが、自分の知己であったというのは想定外だった。
「コラコラ、人を指して変なこと言わない。…あ、お姉さんコーヒー一つ頂戴」
フランがソシエと同じテーブルの向かい側に座る。隣の椅子にはカメラケースを置いておく。月で貰ったデジカメも持ってはいるが、このような乾板を使った嵩張るサイズのカメラも彼女は好んで使っている。もっとも、数年前と較べると格段に小型化しているが。
「取材の人ってフランだったの?」
「あの小説前の戦争が舞台になってるでしょ。当時取材してたからってことで紙面のレビュー任されて見本廻ってきたのよ。で、作者に取材」
「お手柔らかに」
ソシエがおどけて挨拶する。今日は仕事とはいえお互い見知った仲ゆえである。フランにとっては社交界の情報源であり、同時にメシェーとの3人でたまに女子会を開く仲だ。
月と地球との戦争が終結し、お互いの経済や文化の交流が進んで早数年。当時の人たちもそれぞれの人生を歩んでいる。
ソシエはソシエで、いつの間にか小説家に名を連ねていた。暇人と言ってはいけない。今回の彼女の新作はその当時の戦争を舞台にした伝記である。同時にフランの勤める新聞社で出版し上述の通り新聞に紹介記事を載せるため、フランがアポを取ったのだ。
「そうそう、お子さんと旦那さん元気?」
真っ先に口火を切ったのはソシエだった。
「丁度子どもが手のかかり過ぎる時期で、暴れるわ泣くわの大騒ぎ。ジョゼフともども振り回される毎日よ」
「そーなんだー大変だなー」
「他人事のように言うけどアンタもいつかはそうなるからね」
「家族計画は立ててるから平気だって」
フランの指摘に笑顔で胸を張って応えるソシエ。何言ってんだおめーと突っ込みたくなったが、出産前は自分だってそんなものだったのでフランはつい苦笑いして流してしまった。
「さてお仕事、と」
気を取り直し、フランが使い込んだメモ帳をめくる。新しいページが現れたところでペンの試し書きをし、日付と項目を書き込んでいく。
「そもそもこの話、何で書こうと思ったの?」
「ブルーノとヤコップからね、コレン軍曹の話聞いた時思い出したのよ、最期にあの人に言われたこと。自分たちの物語を伝えろって」
今回の作品の主人公はコレン・ナンダー軍曹なのだ。あの機械人形ターンエーに執着し、決着し、未来を託して最期を遂げたあの彼である。悲劇の男として題材は十分であろう。
「本音は?」
「次回作に煮詰まって手近な題材に」
「それで伝記かー……」
流石に付き合いが長くてソシエの性格を知っているフランだけに、予想通りのオチに納得した。てへぺろと舌を出すソシエ。とはいえ当時の関係者へ取材するなど、彼女は実に精力的に執筆したものだ。同時に当時の兵隊たちや機械人形の操縦など、当事者ならではの細かい描写も一つの魅力となる一作である。
「それと、基本ホワイトドールのローラとの恋物語になってるけど……あの男そういう趣味だったっけ?」
「盛ったわよ?」
「言い切ったわね」
ソシエが優雅に紅茶を嗜みつつ答えを剛速球で打ち返した。フランとしては、恋愛とは限りなく無縁だった筈の男にしては妙だとは思っていた。何せタイトルが、
『コレン、ローラと呼ぶ』
なのである。彼の固執していた対象が完全にすり替わっている。女兵士ローラに執着し、決着し、未来を託して最期を遂げた彼と化している。フランが最初見たとき、どこぞの御曹司が主役なのかと錯覚したくらいである。
「月の悲劇の兵隊さんが見眼麗しい女兵士に恋をする、てね。死人に口なし」
「仮にも伝記と銘打った小説でいい度胸じゃない」
「まぁ、世間的にはローラ・ローラは女性だしぃ。機械人形に恋してるなんて共感呼ばないしぃ」
「こうして伝説は作られていくのね」
よくあることといえばよくあること、とフランは特に害することもなく納得した。
「世の中のご婦人はね、惚れた張ったのストーリーが大好きなのよ」
「恋愛話で受けた作家に言われると妙な説得力があるわね」
ソシエの前作2作はいずれも恋愛物である。なかなか評判はいいらしい。フランは読んだことがないが。
「……お色気描写も?」
「オットーミ先生から軽くでもいいからポルノ要素はあったらいいってアドバイス貰っちゃった。主人公に軽くMな要素付けたりとか」
「あの人筋金入りのエロジジイなだけだからあんまり真に受けない方がいいわよ?」
「えぇ、そーなの!?」
ソシエが割と本気でビックリしている辺り、先生の評判を知らなかったらしい。
「あとさぁ……表紙と挿絵のコレン、あれってロラン……」
今回フランが最も聞きたくて仕方がなかった疑問を直球でソシエにぶつけた。途端にソシエが居心地悪そうな様相となった。誤魔化そうという気概が実に良く伝わってくる。
「あははー……」
「あの人色白筋肉で顔ちょっとアレだったよね? こっちは線が細くて銀髪色黒の美形で。目ぇ逸らさない」
「うぅ……」
「どうなの?」
もうヤケとばかりにソシエがカミングアウトした。結構顔が真っ赤である。
「白状します! 編集さんと打ち合わせの時ロラン同席させたら絵描きさんがモデルにしちゃったのー! この人だーっ! って!」
「あまりにあんまり過ぎてここ記事に出来ないわね」
ロランの恋した相手が女装したロランという地獄絵図は、本人の素性を知る関係者が読めば肚を抱えること必至であろう。月の親衛隊長に上梓したらどうなるかなとふとフランは変な期待を抱いた。
何やかやで他にも幾つかの質疑応答と雑談を繰り返し、二人が2杯目の紅茶とコーヒーを半分消化する頃合いになった。
「さて、これで取材も終わり。アンタこの後どうするの?」
「うちの亭主がカプル買い付けに走っててね、終わったら迎えに来るって」
機械人形はどこでも需要がある。
「あーまた発掘したんだっけ……自家用車にでもすんの?」
「いーでしょー?」
「全く……」
フランはこれだから金を持て余してる連中はなどという愚痴は大人気ないので表に出さなかった。ちなみに戦時中ソシエがお世話になった陸戦艇ギャロップがいつの間にかハイム家の別荘扱いになっていたりする。実にハイソな人たちである。
まさに丁度のタイミングで、オープンカーがカフェの前に停まった。ソシエはちょっと多めに紅茶代をテーブルに置き、ごめん払っといてね、とフランに言付けしてテーブルを立つ。向かうはあのオープンカーである。
運転席から現れたのは、ワイシャツを腕まくりし線の細い色黒銀髪の男性、つまりはロランであった。年を重ね落ち着いた美丈夫の出で立ちに周囲からちらちらと注目が集まる。
「ソシエさーん!」
「ロラーン!」
お互い手を振り、抱きしめ合う夫婦。ロランが助手席にソシエをエスコートして、ソシエが優雅に乗り込んだ。そんな微笑ましい姿をフランは微笑ましく眺めている。戦乱から復興したノックスのどこでも見られる現在の日常でもある。
戦争終結後、しばらく行方不明だったロランがソシエの元に戻り、二人は速攻で結婚した。二人の止まった時間は動き出したのだ。婿となったロランは家督も譲られ、名前もロラン・ハイムとなった。ロランはハイム家の鉱山を元手に事業を拡大し、一方でソシエ夫人は暇を持て余して始めた執筆業が当たる。社交界でもちょっとした話題の夫婦となっている。
コーヒーを飲みつつ、来年にはあいつらの子供拝めるかなぁ、とフランは二人を微笑みつつぼんやりと眺めていた。
フランの飲み干したコーヒーは甘ったるかった。
・フラン
今回の実質主役。子供の話はジョセフとの子が丁度そんな時期だろうってことで。
・ソシエ
人妻。小説家になるという元ネタは「フランケンシュタイン」を書いた女流作家メアリー・シェリーから。
・コレン、ローラと呼ぶ
原稿を読んだロランは終始苦笑いしていたという。
・オットーミ先生
お察しください。
・カプル
操縦席のソシエに「人妻をナメるなー!」と言わせたい。
次回は思いつき次第。