「ここって……」
ボクレーのチルドについていった先は、ホオカノに案内された場所だった。入ってはダメだと言われている場所。その道だった。
チルドはこちらの戸惑いを気にすることなく入っていく。
ますます罠なのでは、という思いが強まる。
じゅうべいをちらりと盗み見る。特に何かに構えることなく、毅然とした態度だ。
「い、いくか……」
腹を括り、入ってはいけないと言われた場所へ足を進める。じゅうべいからあまり離れないようにしよう。そんなことを思いながら。
歩くことしばらく。
特にこれといって奇妙な道ではない。ただの森の道だ。獣道と言うには歩きやすく、歩道と言うには歩きにくい。そんな微妙な細い道だ。
チルドは相変わらず先導し、後ろには安心を与えてくれるじゅうべいの姿。
チルドの悲鳴のような鳴き声と、自分とじゅうべいの歩く音以外聞こえない状態の中、別の音がリュックから聞こえ出す。慌ててそれを取りだし、声を掛ける。
「聞こえるか!?」
『あ、やっとつながった!! 無事!?』
「無事、だと思う」
『なにかあったの!?』
「いや、今ボクレーになんか案内されてんだけど」
『はあ!? なんで!?』
本当になんでだろう。というかどこに案内されているのだろうか。
何はともあれ、人の声と言うのは安心感をもたらすと何かで聞いたことがあったが本当のようだ。だいぶ気持ちが持ち直せた。
『ボクレーに案内って、ついてって大丈夫なのそれ!?』
「わからないけど無視するのも怖いんだよ……一応じゅうべいがいるから大丈夫だと思う……」
『だからって……』
「……なんだこれ」
『ど、どうしたの?』
喋りながら歩いていると分かれ道に出くわした。チルドは右へと進む。それに倣いついていったら、地面に何かを引きずった跡があった。
「なんか、引きずられた跡がある……」
『……大丈夫?』
「わからない……」
引きずられた跡は人間くらいの大きさのものだ。というか人間だろう。もがいていたのか、指で地面をひっかけて抵抗したような跡がある。それでも引きずられる力に負けてしまったのか、その跡はこの先へと続いていた。
立ち止まったこちらをチルドは少し先で止まって見ている。
案内はまだ終わっていないようだ。
「まだ先があるみたいだ」
『え、いくの? やめとこう……?』
テレビから聞こえる声を無視してチルドについていく。
もしも何かの罠だとしたら、逃げようとしたところでこの地面の跡をつけた人物と同じ道を辿ってしまいそうだ。それなら前へ進みたい。
チルドの進む先は、引きずられた跡と同じだった。
引きずられていた人物は、どんどんと弱っていったのか。奥へ進むほど、もがいていた指のひっかき跡がどんどんと薄れていった。そしてひっかき跡も完全になくなり、少し開けた場所に出た。
そこでチルドは止まった。
「……なんだよこれ」
『何があったの……?』
人がいた。
横たわる人がいた。ただ横たわっているのではない。凍っている人がいた。
「人が凍ってる……」
『なんで……』
「わからない……たぶん、引きずられた人だと思う」
その人物は30代ほどの男性で、足を怪我していたようだった。足を庇うようにうずくまり、恐怖で歪んだ表情のまま凍り付いている。
「チルドはこれを見せたかったのか? なんで……」
すぐに離れたいという気持ちと、怖いもの見たさの気持ちがせめぎ合い、凍り付いた男性に近づいて観察する。
凍りうずくまる男性の服装はどこか古臭さを感じるものだ。その手はやはりもがいたためか、爪は剥がれ、土や血でボロボロだ。ズボンは何かに噛みつかれていたのか、破れており、その下の肉にはくっきりと歯形が残っていた。
『ねえ……ボクレーの鳴き声、増えてない……?』
目の前の光景に夢中になっていたせいか、その言葉を聞くまで全く気づかなかった。
確かに増えている。
チルドはすぐそこにいる。他のボクレーも付近にいるのだろうか。
ボクレーのタイプはたしか、ゴーストとくさタイプ。目の前の凍った惨劇を作り出した存在ではない。そのはず。
もしもこの死体がポケモンの仕業だとしたら、こおりタイプで、噛みつける牙があるポケモン。そんな条件を満たすのはボクレーではない。
「……」
茂みからボクレーが1匹出てきた。少し遅れて何匹も続く。
20以上はいそうだ。
ボクレー達はただこちらを見つめている。何を考えているかわからない視線に恐怖しか感じない。下手に刺激しないようにじっとするしか出来なかった。
やがて、1匹のボクレーが前に出てきた。
そのボクレーは手帳のようなものを置き、森へと消えていった。それに続いて他のボクレー達も森へと帰っていく。
残ったのは、チルドと固まっていた自分、じゅうべいと凍った死体。それと置いていった手帳だ。
「わ、訳わかんねえ……」
『だ、大丈夫……?』
「何もされてないけど……手帳を置いてった……読めってことかなこれ」
『読んだら呪われたりとかしない……?』
「怖いこと言うなよ……」
手帳の表紙には旅行手記と書いてあった。
観光日記を勝手に読むことの罪悪感を無視して開く。
そこに記されている日付は。
「……20年前の日記?」
『やっぱり……絶対おかしいよ……』
「おかしいってなんだよ。何か気づいたのか?」
『むしろなんで気づかないの……そこ、20年前の集団失踪があった村だよ……今は廃村になって誰も住んでないはずの、あの裏山だよ……』
「…………ノーコメントでいたい」
いろんな出来事が起きすぎて何も考えれなかった。とにかく日記の続きを読むことにした。何か大事なことが書いてあるかもしれない。
「ふつーの旅行記だ」
ペラペラとページを捲っていく。特に重要なことは書いていない。
「んん?」
『今度は何?』
「いや、途中から旅行記じゃないこれ……ロケット団って、どっかのテロ集団だっけ」
『う、うん。ロケット団について書いてあったの?』
「この手帳のもともとの持ち主がロケット団っぽい」
『へ?』
後ろの方のページは本部からの指令だの、今回のターゲットだの、悪どそうなことが書いてある。前半の旅行記はカモフラージュだったのだろうか。それとも趣味と併用した手帳なのか。
「ポンニタイコタンについて書いてある……」
『こ、こういう真相がわかる時って、真犯人がそばにいるパターンだから気を付けてよ……』
「ドラマの見すぎだ」
馬鹿なことを言い出す妹のおかげで少し肩の力が抜けた。とは言え怖いのでじゅうべいにひっついて読み進める。
「えっと、今回のターゲットは森に囲まれた辺境に───」
「テツヤ? こんなところで何してるの?」
突然聞こえてきた声。思わず跳び跳ねるように、声のする方を見てしまった。
『今なんか───』
テレビを切る。やってきた人物から目をそらさずに。
ホオカノはきょとんとした表情を浮かべていた。そして何かに合点がいったのか、手を叩き、ニヤニヤした表情に変えた。
普段ならウザく感じそうな表情だが、今は気を許していいかわからない。いや、危険だと思った方がいい。
「怒られると思ったの? 怖がりさんだねえ」
からかうようにホオカノは笑う。昼間と同じような雰囲気だ。だからこそ、不気味に感じる。
凍った死体がすぐ近くにあるのに普段通りなのだから。
ホオカノのポケモンはキュウコンだ。普通のと異なり、こおりタイプの。
「なんでここに来たんだよ……立入り禁止じゃなかったっけ……?」
手帳を隠しながら尋ねた。
ホオカノは少し怒りながら返答した。
「自分のことを棚にあげるのはよくないと思うんだけど? 私はチルドを探しにここまで来ただけ」
「こっちはチルドに連れてこられただけだよ。これから帰ろうと思ってたとこ」
「そっか。それじゃ帰ろっか」
「……そうだな」
どこまでも普通。
まるで凍った死体に気づいていないかのようだ。怪現象が起きてそうな現状、それもあり得るかもしれない。
だからと言って、確認する必要なんてない。危険すぎるからだ。
「これ……誰がやったんだ」
危険だとわかっていたのに言ってしまった。言ってから、後悔した。
自身の心臓の鼓動がうるさい。それ以外の音が全くないのが原因のひとつだったりする。
そして、ホオカノは───
「これって? え……なにこれ……? え……これ……凍って……」
本当に気づいていなかったようだ。
どんどんと顔が青ざめていくホオカノに、不謹慎ながらも安堵した。まだ一日だけしか一緒にいてないが、友人と言いたくなるほど仲がよくなった相手だ。人を凍らせるような人物だと思いたくない。
最も、演技という可能性もまだなくはないが。
「チルドがここまで案内したんだけど……何も知らない感じ……?」
「……チルドが?」
「うん……あれ? さっきまでいたのに……ホオカノさん嫌われてるんじゃないすか?」
「……とにかく帰ろうか」
ふざけた雰囲気を出そうとしたが、空回りに終わった。
凍った死体をそのままにしていいのか少しばかり悩んだが、下手に触らない方がいいかと思いその場から離れた。
森を抜け、ホオカノにゲンさんの家まで送ってもらう。普通はこういうのって逆なのでは、と思ったが特に何も言わないでおいた。
「もうあそこに入ったらダメだよ」
「あの凍った人はそのまま?」
「村の大人達に話してみるよ。私達が勝手にいじっていいことには思えないし」
「まあ、そう……なのかな」
「それはおいといて! 今回は多目に見るけどあそこにもう入らないこと! わかった!?」
「あ、はい」
森を歩いている最中、ホオカノは静かだったが調子を取り戻してきたのか、今度はご立腹になって釘を刺してきた。
自分のことを棚にあげるのはよくないと言っていたが、ブーメランのように感じた。
「以後気をつけます……とりあえず色々と疲れたからもう寝たいー」
「本当に気を付けてよ? もしかしたら次はないかもなんだから」
「怖すぎて笑えない」
そんなやり取りをしてからホオカノには帰ってもらった。
完全に帰ったことを確認してから、手帳を取りだす。そういえば妹との通話を突然切ったままだったなと思いだしたが、後回しにすることにした。今は手帳の内容の方が優先だ。
読み進めると、任務について書いてあった最初の方はレポートのような堅い文章だったが、ページをめくるにつれて愚痴が多くなってきていた。
そんな中、気になる記述がある。
ポンニタイコタンで通常とは異なるキュウコン、およびゲンガーの強奪。
このキュウコンとは、おそらくリージョンフォームのあのキュウコンだろう。しかしゲンガーも手帳には記されている。だがゲンガーはこの村に着いてから見ていない。
隠されているのか、奪われてしまったのか。
逃げられたとも言っていたからその可能性もある。
なんにしろ、気になった部分を読んでいく。
”ポンニタイコタンのキュウコンおよびゲンガー
キュウコンは通常種と異なる色を持つ
ゲンガーは通常種と異なる姿を持つ
トレーナーは女
このキュウコンおよびゲンガーは団にとって大きな利益となり得る。よって生きて捕らえること。その他については考慮しない”
”7月24日
この森から抜けれないまま4日。無事に戻れたときのため、ここに報告を記す。
色違いのキュウコン、そして特殊な姿になれるゲンガー。この2匹を手に入れれば団の中での立場は強固なものとなれる。手柄を独占するために単独で任務にあたることにした。
村のトレーナーはひとりだけ、しかもまだまだ子供だという情報も掴み、確実な作戦を選んだ。作戦は単純。キュウコンとゲンガー以外のポケモンは不要なので目の前で殺害、恐怖を煽り正常な判断を奪うこと。さらには忍び込みやすいように、村の小学校で行われる自治会主催の肝試しの日に作戦を決行。
作戦自体は上手くいった。判断力のないトレーナーの指示ではキュウコンもゲンガーもろくに力を発揮できない。そしてその2匹に相性のいいポケモンを3匹も用意していた。準備は万全だった。
失敗の原因は本部の調査不足にある。
キュウコンもゲンガーも特殊な姿としか知らされていなかった。用意していたグライオン3匹なら相性の有利、トレーナーの判断力も奪い、逆転の目も摘んである下準備の万全さ。それらを覆すように、キュウコンは冷気を纏っていた。
キュウコンの攻撃でグライオンが凍らされ、そして砕かれた。そしてすぐさまもう1匹も砕かれた。
今こうして生きているのは自分の適切な判断他ならない。この森から戻れたら昇格があると思いたい。
念のため、ここに自分の適切な判断も記す。
2匹目のグライオンが凍らされている間に、3匹目に、トレーナーに対して攻撃を命じた。おそらく致命傷を与えることが出来たと思われる。確認する暇もなく3匹目も凍らされたため、即座に撤退を選んだ。
戻れたら積極的にアピールしたい。
しかし戻る方法がわからない。どういうわけか森から出れない。どれだけ歩き回っても、村に出てしまう。村に戻ればあのキュウコンがいる。出会えばおそらく殺されてしまう。ポケモンなしで対峙する相手ではない。
何度も森を出入りしてもどうやっても村に戻る。さらにはずっと視線を感じて疲れがたまる一方だ。走っても、隠れても、どこかから見られているような感覚が付きまとっている。
おそらくゲンガーが原因だと思われる。
キュウコンとの戦闘時、ゲンガーは見当たらなかったが、撤退するとき一瞬辺りが暗くなった。なんらかの力を使ったと思われる。
ゲンガーが原因だとすれば、いずれその能力を使う体力も尽きるはず。そう信じて今は隠れ潜んでいるが、早く本部から救援が来ないだろうか”
手帳の記されたページはここで終わっている。
読んでみたが結局わからないことが増えただけのように思えた。
ひとり悩んでいても仕方がない。そう思いテレビをつける。当然そばにはじゅうべいを置いて。
「おーい、聞こえてる?」
『聞こえてる! さっきのなんだったの?』
「ちょっと村の人に見つかってな。咄嗟に切ったんだ」
『村人を?』
「テレビの電源な」
どうしてそんな物騒な発想が出るのか不思議である。
「今またひとりになれたから手帳読んだんだけど、森から出られないとか書いてあるんだけど」
『オカルト現象に完全に巻き込まれてるよね』
「やっぱりそうだよなぁ……」
『繋がってない間、ポンニタイコタンについて改めて調べてみたよ。ってもネットでだけど』
「おー」
『まぁほとんどわからないってことがわかっただけだったけど』
「なんて役に立たない……」
『しょうがないじゃん。謎の事件なんだから。むしろ事件解明の可能性はお兄ちゃんの手に……!』
「森から出られない状態だから新たな犠牲者かもしれないんですが」
実際のところ、森から出られないという情報は半信半疑だ。ただ迷子になってただけなのではと思えてしまう。
しかし、冗談半分で新たな犠牲者と言ったせいで、ふざけていた雰囲気がテレビの向こうから消えてしまった。
『大丈夫だよ……きっと』
「ん。……そうだ。ゲンガーってリージョンフォームってあったっけ」
『ゲンガー? ないと思うけど……ちょっと調べてみるから待ってて』
「手帳に普通とは違うゲンガーの姿ってあってさ。森から出られないのはそいつの仕業かも的なことが」
『ゲンガー……リージョンフォームはないね。普通とは違う姿って言うと……メガシンカとか?』
「……20年前に?」
『でもそれしか違う姿なんて思いつかないけど』
メガシンカ。
希少な石を用いて行える、ポケモンの別形態への強化のようなもの。20年前は広まっていなかったことも考えると、可能性としては高い。
ホオカノの手持ちのポケモン。逃げたうちの1匹はゲンガーだとしたら……そこまで考えて、記述されていた気になる点を思いだした。
「致命傷を与えることができた……」
『ど、どしたの』
「手帳にあった内容。キュウコンとゲンガーのトレーナーに致命傷を与えたってあって……」
『うん』
「ホオカノはキュウコンをおばあちゃんから譲り受けたって言ってた……手帳には少女がトレーナーとも」
『ホオカノ? 村でできた、知り合い?』
「ああ……20年前にキュウコンのトレーナーが殺された。それは普通に考えたら、ホオカノのお母さんってことだよな」
『た、たぶん?』
「だよな。オカルト現象に巻き込まれすぎて変な想像しちゃったわ」
ホオカノの母ではなく、ホオカノ自身が殺され、今なお霊として彷徨っている。そんな想像を浮かべてしまった。
『そう。とりあえずメガゲンガーについて色々調べてみたよ』
「おおー」
『ファイルを送れないから全部口頭だよね……めんど……』
「だんだん冷たくなってない、君?」
『じゃあ言うよ。メガゲンガー。えっと、メガシンカによって異次元へ入ることができるようになったとか。常時異次元に半分浸かってる? 額には新たに第三の目がついている。メガゲンガーに影を踏まれると逃げられないとかなんとか』
「すごい噛み砕いた解説ありがとう」
『どういたしまして……異次元とか、すっごい怪しい気がする』
20年前の事件。凍った死体。出られない森。と来て、次に異次元とは。情報が色々溢れ過ぎである。
「メガゲンガーが村を巻き込んで異次元に入ったとか?」
『うん、それなら集団失踪の理由もなんとなく納得できそうじゃん? 名推理』
「建物が残った理由がわかんねぇ」
『ふ、不要だったからとか……』
「学校だけがなくなったらしいけど」
『ひ、必要だったからとか……』
不安だらけの推理ではないか。
「でもメガゲンガーが原因だとしたら、メガシンカしたままなんだよな」
『そうだね。ってことは……そのトレーナーはキーストーンを身につけてるはず』
「……ホオカノはそんなの持ってなかったな」
『そのホオカノって人のこと随分気にかけてるねー』
テレビ画面ではニヤニヤした表情を浮かべている姿が映った。なかなかにウザい。
「そういえば……」
『どしたの? ホオカノさんのことで何か気になること?』
「ちゃうわ。入ったらダメって言われてた場所。大きな建物があったんだ。もしかしたら、学校かもしれないなって思って」
『ボクレーに連れられた所より奥ってこと?』
「いや、途中分かれ道があったから、たぶんもう片方の道」
『行くつもり……?』
「まあ、何かわかるなら……じゅうべい?」
それまでそばに静かに佇んでいたユンゲラーのじゅうべいが、周囲を警戒するように見渡した。
「なんかじゅうべいの様子が変だ……まだ繋がってるかこれ?」
『───学校、行くの、ヤメヨう?』
「そりゃあ!!」
『ナニモ、シナ───』
掛け声をあげてテレビの電源を切った。
テレビの画面に映るのが、女の子の人形で、そしてカタコトで今の言葉をのたまったからだ。怖すぎた。
テレビの音がなくなり、無音になる部屋。
じゅうべいはスプーンを構えて戦闘準備に入っている。
姿は何も見えない。だけど何処かからか見られている感覚がした。
「リンダ」
ボールからリンダというニックネームのポニータを出す。そっと近づき、その背中に乗せてもらう。燃え盛る体はどういう原理か、懐いている相手は焼かない不思議な炎。
リンダはポニータの中でも逃げ足が速い方だ。何が出ようと逃げられる自信がある。
「リンダ、学校らしき建物まで走るぞ……! じゅうべい、戻れ!」
じゅうべいをボールに戻して即座に走らせた。
ゲンさんの家を飛び出た途端に、家が崩壊していった。そして同時に周囲の家も崩壊していく。
「欠陥住宅とかじゃないよなこれ……!」
村中の家が崩れ、中の住民のことが心配になったが、見えた光景が不思議でよくわからなくなった。
家の中からフワンテが何匹も出てきた。
村を歩きまわっていた時は、あんなにフワンテはいなかった。
フワンテたちは黒い球状のものを浮かばせて、それをこちらに飛ばしてきた。
「シャドーボール……!? リンダ、とびはねる!!」
全力の大ジャンプ。その下をいくつものシャドーボールが通り過ぎていく。
完全に敵意だらけだ。家を壊した恨みだろうか。濡れ衣である。
なんにせよ、早く降り切らないと危険だ。リンダの逃げ足なら体力が続く限り追いつかれることはない。しかし、森から出られないという情報。むやみに逃げてもダメかもしれない。
やはり予定通り学校へ行くのがいい。
「リンダ! 学校までいけるな!?」
リンダは地面に着地して立ち止まり、どうしたらいいかわからないと言いたげに首をこちらに向ける。
「あ、場所わかんないか……と、とりあえず前! 村の外側走ればいける! ……たぶん」
雑な指示だがリンダは力強く嘶いて応じてくれた。背後からふわふわと押し寄せてくるフワンテの群れを置き去りに、どんどんと速く走る。
最初こそ囲まれていたが、一度集団を抜ければ脅威はなくなった。
「テツヤ!?」
走っていくと前方から名前を呼ばれる。呼んだ人物は、ホオカノ。
どうするべきか悩む。
ホオカノを無視して走り抜ければ、後から来るであろうフワンテの群れにホオカノは呑み込まれてしまう。だが、それはホオカノがこの異変と無関係の場合だ。
メガゲンガーに関してはキーストーンを所持していないことから無関係だと思うが、フワンテの大群はまだわからない。
「~~~! リンダ! 止まれ!!」
リンダに制止の言葉をかけ、止まってもらった。そしてリンダから降り、ボールに戻す。
「テツヤ! 何が起きてるの!?」
「……わからない! とにかく逃げよう!」
ホオカノは本当に戸惑っているように見える。どこまでも無関係ということでいいのだろうか。だがこの村にいる時点で完全に無関係とはやっぱり言いきれない気もする。念のため、すぐにポケモンを呼び出せるようボールを1つだけ取りだしやすい位置に変更しておく。
逃げる先を探す。目的の建物を。
暗いため正直全く見えない。胸中に焦りが生じる。どれも真っ黒だ。今更ながらここは異次元だという信憑性を高める点に気づく。月は出ているが、星は出ていない。星が見えないだけというには、この田舎では違和感を感じる。思えば生き物の鳴き声が一切なかったのもそうだ。
異次元だということを殊更に実感した時、森から悲鳴のような音が聞こえ出した。
「チルド?」
チルドの鳴き声。
そしてどんどんと数が増えていく。今度はボクレーの群れ。
前方にボクレー、後方にフワンテ。字面にすると特に怖くない。
だけど群れだと話は別だ。しかも夜だとさらに別物だ。怖すぎる。
森から不気味な明りが漏れる。赤い妖し気な光。それが点々と、まるで一本道のように繋がっていた。
「あの方角って……」
「よし、行こう!」
フワンテは危険だが、ボクレーは大丈夫だ。そう信じることにした。考えればボクレーたちはあの手帳をくれた。凍った死体のことを教えてくれた。何を考えているかわからないが、友好的だと考えていいだろう。
「だ、ダメ!! あそこは行ったらダメ!!」
「立ち入り禁止とか言ってる場合じゃないんだって!」
走りだそうとしたらホオカノが止めにかかった。まだフワンテたちは追いついていない。だが時間の問題だ。だからここで揉めてる暇などないのに。
「立ち入り禁止とかじゃなくて! 学校は危ないの!!」
「ここにいたって危な───せんふう!! 追い風!!」
フワライドのせんふうを繰り出し、追い風を頼む。追い風の向きはフワンテの群れに向かって。
本来の用途と違う使い方だが、ふうせんポケモンにはそれなりに効果があるはずだ。
「アレを見たらわかるだろ! ここは危険なんだって! いくぞ!」
「でも───!」
抵抗するホオカノの手を掴み、無理やり引っ張り森の中へ足を踏み入れた。ボクレーたちの出している妖し気な光は双眼だったようだ。近くで見るとすごい不気味。
近づいても襲ってこないことから、やはり敵ではないようだ。
「この先に行けば何か解決の手掛かり、が……?」
事態の解決に向かう糸口、それが少し見えた気がした時だった。
雪が、降りだした。