握った手   作:横電池

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4話

 

 季節は夏。

 夜なら昼間より気温が下がるとはいえ、雪が降るなどありえない。なんらかの力が働かない限り。

 

 背後から感じる冷気と圧迫感。

 

「ケオケオ、冷凍ビーム」

「ごんざ!!」

 

 すぐさま走りだし、ボールからドククラゲのごんざを呼び出す。

 キュウコンから放たれた冷凍ビームはごんざの身体に当たった。幸いこおりの攻撃は通りづらいタイプなため、大きな怪我にはなっていない。だが、ごんざがいなければ確実に人に、自分に当たる射線だった。当たれば間違いなく惨事になっていた。

 

「ごんざ、悪い」

 

 盾のように扱ったことを謝罪し、キュウコンに指示を出したホオカノを見る。

 

「ホオカノ……どういうことか、聞いていいか」

「学校に行っちゃダメなんだよ……言ってダメなら無理やりでも止めないとダメだから……だから、引き返そう?」

 

 嫌々やったことだとでも言うようなホオカノの様子。それとは対照的にキュウコンは凛としてこちらを見据えている。ホオカノの指示を待っているようだ。勝手に凍らせてくるというわけではないことが、逆に残念でならない。

 

「……やっぱり、あの男を凍らせたのはホオカノなのか……」

「ち、違う! 私じゃない! 私はあいつに───チルド!?」

 

 いつの間にかそばによっていたボクレーが、その目をさらに怪しく光らせた。するとキュウコンの身体に植物が生えだす。

 

 これは──────もりののろい。

 

「なんで───なんで邪魔するの!? あなた達だってこの世界じゃないと───!」

 

 信じられないというかのようにわめきだすホオカノ。その身体にも植物が生えだす。

 このボクレーは、ホオカノにまでもりののろいをかけている。

 

「───! ケオケオ!!」

 

 キュウコンの身体から激しい吹雪が発生する。ごんざがその触手を伸ばし、庇ってくれてもなお襲う身をも切り裂くような冷気がこちらまで届く。

 辺りを完全に冬景色に変えてしまった吹雪がようやく止んだ。

 

 まともに吹雪を浴びたボクレーとごんざは、先ほどの姿勢のまま凍り付いていた。

 

「ごんざ……すまん、ありがとう。少し休んでろ。絶対ポケモンセンターまで連れていくから」

 

 凍ったチルドも連れていきたいが、ボールがない。腕に抱えるかと悩んでいたところでチルドの姿が砕け、白いもやとなって空に消えていった。

 

「……チルド」

「馬鹿……」

 

 今の変化がなんだったのかよくわからない。わからないが、考えている暇もない。

 前に見えるキュウコンはまっすぐこちらを見据えている。命令が出ればすぐに襲い掛かってくるだろう。

 

「リンダ」

 

 ポニータを呼び出す。

 

「テツヤ? その……お願いだから、引き返そうよ」

 

 身体から木々が生えている状態で、ホオカノは懇願するように言う。

 おそらく断れば、凍らせてでも止めにかかるんだろうな、と他人事のように思えた。

 

「ホオカノ」

 

 身体から生える木々が、白いワンピースの一部を裂き、その肌を露見させていた。

 その姿を見て、くだらない妄想が事実だったことを認識した。その事実を、自分にも、ホオカノにも言い聞かせるように言う。

 

「お前、もう死んでいるんだ」

「何を───!」

 

 本来あり得ないことだ。普通は死んでいる人間と会話などできない。だけど、ホオカノの姿は、その怪我は、生きているものとは言いがたいものだった。

 

 露見された腹部は大きく裂けていた。そんな怪我をするような事態にホオカノが遭った場面を見ていないため、最近できたものではない。

 その裂け方は、大きな爪で引っかかれたような裂け方は───

 

「グライオン、だったか」

「なんで、そのポケモンを……」

 

 手帳に書かれていたトレーナー。それはホオカノのことだった。

 オカルトすぎる。そう言って目をそらしたかった。

 

「テツヤ……? あの男の、仲間なの……?」

「え? あ、いや、ちがっ───」

「じゃあなんで知ってるのよ!!」

「うおあ!? リ、リンダ、ありがと」

 

 怒声と共に氷のつぶてが飛んできた。寸でのところで横からリンダが突き飛ばしてくれたのでやり過ごせたが、なにやら誤解が発生している。それも早急に解かないと危険な誤解が。

 

「……そうなんだ……そうだったんだ。じゃあここに来たのも、またケオケオたちを狙ってきたんだ」

「ま、待て。それは違う。ここに来たのは完全に事故だし───」

「かなしばり」

「手帳にぃ───!?」

 

 弁明など聞く気もないということなのか。

 身体が全く動かない。喋ることもできない。

 ポケモンの技を人間に使うとどうなるか、ここ最近で色々と知れてしまっている。あまり知りたくなかった。

 

「仲間だって言うなら、仲良く並べといてあげる」

「~~~!!」

「催眠術」

 

 リンダならなんとかしてくれる。そんな希望も催眠術で眠らせて消すという徹底ぶり。田舎のトレーナーのくせに、と意味のない悪態をつく。金縛りで言えなかったが。

 

「ケオケオ、凍らせて」

 

 キュウコンに冷気が目に見えて集まっていく。

 未だに身体は動かない。リンダも眠っている。せんふうは森の外でフワンテの群れを凌いでいる。あとはボールの中だ。

 いよいよ来る最期の時に、目をつぶることもできない。金縛りがこんなに凶悪だなんて知らなかった。

 そしてキュウコンは溜めた冷気を解き放───

 

 

「───ケオケオ!?」

 

 

 ───つことができなかった。 

 

 新たな乱入者によって、キュウコンが身体をよろめかせた。そのまま追撃をするように嘴で襲いかかる。

 

「~~~! へいはち!!」

 

 キュウコンが追い詰められたためか、単に効果切れなのか、金縛りがなくなり身体に自由が戻った。

 そして今回の功労者の名前を呼んだ。

 

 オニドリルのへいはちだ。

 この森に来た時、真っ先に1匹で逃げだしたあのへいはちだ。

 

「やっぱりあの男と一緒で騙し撃ちが得意なのね……!」

「だから違うって! あーもう!! へいはち! 植物になってる部位にドリルくちばし!」

 

 ひこうタイプのへいはちでは、キュウコンの攻撃に耐えられない。攻撃をされる前に執拗に攻めなくてはダメだ。

 もりののろいは相手に植物を生やす。そしてその植物は相手の身体の一部、痛覚があるらしい。植物は、くさタイプは鳥ポケモンに弱い。だからこそあの冷凍ビームを妨害するほどの威力があったのだろう。

 

 植物になっている尾を嘴で抉られて、キュウコンが苦し気に呻き鳴く。

 

「ケオケオ!?」

「そのままついばめ!」

「───っ調子に乗らないで! 吹雪!!」

 

 再び周囲を飲み込む凍える吹雪が吹き荒れようとする。

 

「リンダ! ほのおのうず!!」

「───!?」

 

 炎と吹雪が混ざりあい、訳の分からない光景が生み出される。熱寒い。

 多少緩和できるがそれでも熱寒痛い。炎と吹雪の吹き荒れるフィールドで、へいはちがオロオロしていたのでボールに戻しておいた。

 

「なんで!?」

「なんでって、そりゃ起こしたからだけど」

 

 へいはちがキュウコンを襲っている最中にひたすら揺すっただけだ。

 普通のポケモンバトルとは完全に違う状況だ。それくらいしてもいいだろう。

 

「リンダ、決めてやれ! かえんぐるま!」

「ケオケオ! もう一度催眠術!!」

 

 妖しく目を光らせて迎えるキュウコンは、そのまま炎を纏ったリンダの突進に大きく吹き飛ばされた。

 

「け、ケオケオ……」

「ケオケオに勝ち目はもうないよ……ただでさえ苦手な炎がもりののろいでさらに苦手になってるんだ……。大事ならボールに戻した方がいい」

「奪うんじゃないの……?」

「だから、完全に誤解です……」

 

 ため息をつきながら手帳を渡した。

 誤解で殺されかけるなんて最悪もいいところである。

 

「これに当時のことが書いてあったんだよ」

「これ、あの男の……?」

「ああ。ていうかやっぱりあの凍った死体のこと、知ってたんだな」

「……凍ってたことは知らなかった」

「……」

 

 死体を見つけたときの演技を思うと、その言葉もどこまで信じていいものか、ついつい疑ってしまう。

 遠くで何かが弾ける音が聞こえた。

 

「私がこうして話ができるのは……エレーレ……ゲンガーのおかげ」

「逃げられたっていう……?」

「ううん、逃げられてなんかないよ。エレーレも、ケレルも、コリスも……どの子も逃げてなんかないよ……。逃げて、くれなかったよ……」

 

 エレーレ、ケレル、コリス。どれも聞いたことのない名前だった。そして思い出すのは空っぽだった3つのボール。

 それと手帳の内容。おそらく殺された他のポケモン。

 

「ここはエレーレが異次元の中に作った世界……って信じられる?」

「……そのエレーレが作ったかどうかはともかく、普通とは違うってのはわかる」

 

 出られない森。虫が一匹もいない環境。明かりのない民家。20年前に消えた村の名前。消えた住民。

 

 普通じゃない要素がパッと思い付いただけでもこれだけある。

 

「とりあえずここから出してくれない? 別に俺はキュウコンやゲンガーを捕まえにきたわけじゃない。本当に事故で来ただけだからさ」

「……たぶん、無理」

「なんで!?」

 

 やっぱり本当は、ゲンガーに逃げられたから出せないとかだろうか。この場面で見栄を張って嘘をつく図太さに感服しかけた。

 

「時々、テツヤみたいに迷いこむ子はいたの。私も出られるよう協力したこともあった」

「……」

 

 他にも自分と同じような境遇の人がいたということに驚いた。そして、そんな人物とこの村で遭遇していないことに、うすら寒さを覚える。

 

「私からのお願いでも、エレーレは許否した。だからその人は結局出られないまま」

「……その人は、それでどうしたんだ?」

 

 ゲンガーの許否。その理由は気になることだが、出られなかった人の方が気になった。

 

「……何日かしてから突然いなくなってた」

「森から出たとかじゃなく?」

 

 最終手段、強行突破に出たのではないか。そう思い尋ねる。その場合はホオカノが把握することは難しいだろうが。

 

「……この森ね。ボクレーはチルドしかいなかったんだよ」

 

 ボクレーには都市伝説のような逸話がある。

 ボクレーは森で死んだ子どもの魂が腐った切り株に宿ってできたポケモンだと。

 

「ホラー空間でホラーな話はやめようか」

「この森には生きている人はいないの。迷いこんだ子はボクレーに、元々村にいた人たちはいつの間にかフワンテになってた。……ううん、ここに留まるのに自然な姿に変えられただけかもね」

「人の台詞を無視してさらっとホラー話の補足とな」

 

 フワンテにも都市伝説がある。

 フワンテは人やポケモンの魂が固まってできたポケモンだと。

 

「エレーレが私からのお願いを許否した理由はね。たぶん、無理だったから。ここには死んだ人しかいない。あの世の食べ物を口に含めば、そこから出られなくなる。そんな話、聞いたことない?」

「あるけど……それと一緒だと?」

「うん、だからテツヤもしばらくしたら……」

「あ、それなら大丈夫です」

「え?」

 

 ゲンさんの家にあった食べ物には一切手をつけていない。持ってきてた食料が尽きていたら危なかったが。

 

「人様の家の食べ物を勝手に消費なんて出来ないから保存食で凌いでた! 飲み物もこだわり天然水!」

「そ、そうなんだ」

 

 ホオカノは戸惑い気味のリアクション。ひょっとして、不安に怯える反応を期待されていたのだろうか。

 

「これなら俺は出られるな!」

「ごめん……たぶん、無理」

「さっきの話なんだったの!?」

「その方が諦めがつきやすいかなって思って……」

 

 出ることを断念する理由がまだあるらしい。しかし、どんな理由であろうと出るつもりでいる。怖いし。

 

「なんで無理なんだよ」

「テツヤだけを外に出すのは無理みたい……なんとなくわかるの」

「……また嘘とか?」

 

 すっかりホオカノを疑う癖がついてしまった。

 

「ここはエレーレが異次元の中に作った世界。ここだから、私はこうして動けるし、話せる」

「ここじゃなければ、何もできない……?」

「うん、私だけじゃない。あのフワンテ達もボクレー達も、きっとここじゃないと散っちゃう。テツヤを出すには一度この世界を終わらさないとダメ」

 

 ここから出る場合はホオカノ達が成仏、なのだろうか。とにかく消えるということ。

 

「隙間からちょちょいと出せないもん? ここに入れちゃったんだし同じように」

「本来、こんな世界をつくる力をエレーレは、ゲンガーは持ってないの。だから不安定で……それで隙間ができて入れたんだと思う……意図的に隙間をつくるのは難しいかも……」

 

 ここのボクレーやフワンテ、そしてホオカノは、現実では死んでいる。だからこの世界がなくなるのは正しいかたち、なのだと思う。だけど、正しいかたちだからといって───

 

「外に出るためなら、私達に消えてほしいって思える?」

 

 そんな単純に答えを出せるわけがない。

 

「いじわるをしたいわけじゃないの。ただ、私だって消えたくない」

「俺だって、消えてほしいわけじゃない……でも、だからって出たくないわけでもない……」

 

 この状況を打開する方法、それを必死に考える。

 

 意図的に隙間をつくるのが難しいなら、隙間ができるのを待つ? ダメだ。先に食料が尽きてしまう。尽きればボクレー達の仲間入りだ。

 実は嘘で、本当はゲンガーの力で普通に外に出れる?

 そんなこと試すなんてできない。行き当たりばったりすぎる。

 元々赤の他人。知らなかったことにして無理矢理にでも外に出してもらう? 元は知り合うこともなかったかもしれない。けどもう知ってしまった。そんなことできない。それにそもそも外に出るにはゲンガーの協力が必要だ。

 

 ダメだ。全然思い付かない。

 どうしたらいいか、全くわからない。

 ただただ悩むことしかできない。

 

「隙間をつくれれば……でもどうやれば……」

「……」

 

 エスパーの力は繋がっていた。だからそれをもとに……漠然としすぎているせいで、具体案が出てこない。

 

「ボクレーにならずにすむか、エレーレに聞いてみるよ。だからここで暮らそう?」

 

 ボクレーにならない。それならありだろうか。

 食料のタイムリミットも気にならなくなる。ホオカノ達が消えることもない。

 だけど───

 

「それはダメだ……できない」

「どうして」

「……帰りたいから。妹が心配してくれてたんだ。それに、母さんや父さんともっと一緒にいたい。自分に試練だとかふざけたことして、そのままお別れなんて嫌に決まってる……」

 

 試練なんて聞こえのいい言葉で、実際はただ夢を、地に足つかない妄想を見ていた。

 特別なことをすれば、特別な事件に巻き込まれ、特別な存在になれる。そんな夢物語。

 そんな妄想が原因で離ればなれなんて、あんまりだ。

 

 かつての自分の判断を悔やみながら、もう一度出るための方法を考える。

 確かに偶然にも特別な事件に巻き込まれた。だけど、特別な存在になるための打開策が出ない。都合のいい解決策なんて思い付かない。窮地を助けに来るヒーローなんていない。

 

 考えれば考えるほど、自分の無力さと馬鹿さ加減に涙が出そうだった。

 

「私もね。妹がいるはずだったんだ」

「……そうなのか」

「顔も名前も知らないの。産まれる前に、私がここに来ちゃったから」

 

 そう話すホオカノは、同じくらいの年齢のはずなのに大人びて見えた。

 

「だから、帰ろっか。テツヤはテツヤの家に」

「───え」

「私が生きてた時って、テツヤが生きてる時代より昔でしょ」

「あ、あぁ……20年の差があるけど」

 

 そんなに、と小さく驚きの声をあげて笑う。突然の帰ろう発言に戸惑いを見せる自分をよそにホオカノは───

 

「じゃあやっぱり、私はテツヤよりお姉さんだ」

 

 何故か、したり顔でそう言った。

 

「それがなんだよ……」

「妹がいるんでしょ」

「それがなんなんだよ……」

 

 話の流れが見えない。妹がいるのとホオカノが年上なのと、元の世界に戻すのがどう繋がるのか。ひょっとして何か妙案でも思いついたのか。話の流れは不明だが、そんな期待をわずかに抱いてしまう。

 

「言われたことない? お兄ちゃんなんだから、年上なんだから我慢しなさいって」

「そりゃあるけど……おい、まさか」

 

 ホオカノが言おうとしていること。それは状況打開の妙案などではなく───

 

「だから、私が我慢するよ。だって私はテツヤよりお姉さんなんだから」

 

 ───消える決断だった。

 

「……それでいいのかよ」

「よくないよ。だけど……そんな泣きそうな顔されたら、年上らしいことしたくなっちゃうよ」

 

 そんなに自分は情けない顔をしていたのだろうか。消えることを決断させるような、どうしようもない顔を。

 

「そんな顔、してないから」

「そっか。そうだね」

 

 出会ったときのように年上ぶるその姿にきっと、なんだか悔しく感じた。

 

「ていうか20年かぁ。じゃあ私ってもう30越えて……おばさんだ!?」

「…………ホオカノおばさん」

「クソガキテツヤ何か言った?」

「ナンデモナイヨ」

 

 互いにふざけたやり取りを行った。村を案内されていた時のような距離感で。友達同士のように。友達と断言することができないのは、彼女の決断を覆すことができない自分にそんな資格があるように思えなかったから。

 

「まったく……それじゃ、これ以上遊んでると決心が鈍りそうだし……エレーレ」

 

 虚空に向かって呼びかける。まるでそこにいると確信しているように。

 

「今までありがとう。私はもう、大丈夫。いつまでも留まるわけにはいかないから」

「……ホオカノ」

 

 辛いならやめてもいい。そう言えるだけの器量は自分にはなく、名前を呼ぶだけに終わった。

 

「……エレーレ?」

 

 先ほどまで穏やかな声をしていたのに、戸惑うような声音になった。

 

「エレーレ、私はもういいんだよ。もう私を守らなくていいの」

 

 ホオカノの呼びかけをよそに、寒気がするような視線を感じた。

 暗い世界の中に、異質な影が見える。

 

「エレーレ……? 何する気……?」

 

 その影は地を這いながら近づいてくる。真っ直ぐ、こちらに向かって。

 

 

 今回の件の当事者はホオカノと自分だけではない。

 近づいてくる影を見て今更ながら気づいた。

 

 ホオカノは消えることを決断した。

 自分は何も決めれなかった。

 

 エレーレは、ホオカノが消えないことを願っている。

 

 当然だ。この世界はエレーレが、ホオカノのために作り上げた世界。己のトレーナーの死を否定するために作られた世界。

 

 しかし今はトレーナーが消えることを決めた。その決心をさせたのは誰か。

 

 

 自分だ。

 

 

「やめて! エレーレ!!」

 

 ホオカノの叫びと同時に、影は膨れ上がる。その姿は通常のゲンガーと異なり、額の部分には黄色い眼。刺々しい輪郭が形作る影。

 

 メガゲンガーだった。

 

 メガゲンガーはホオカノの言葉を無視して、黒い球体を作り出し、そのまま放ってきた。

 シャドーボール。それは、フワンテ達が使っていたものより威力が高いことを容易に想像させる威圧感を伴っている。

 

「お、おおお……リンダ!」

 

 そばにいたポニータのリンダにしがみついて避けてもらった。情けない姿になってしまったが、仕方なかった。

 逃げることができなかったのだ。

 

 かげふみ。

 

 特定のポケモンの特性。

 そのポケモンと対峙すると逃げられなくなるというもの。

 

 ポニータの身体の火によって奇妙な影がメガゲンガーから延びていた。それはそのまま近づいてくる。

 

「じゅうべい!」

 

 メガゲンガー、エレーレは完全に敵意がある。話し合いなど不可能と考えた方がいい。

 ゴーストタイプにはエスパータイプ。ユンゲラーのじゅうべいを繰り出した。

 

「ホオカノごめん! ゲンガーにねんりき! ってスプーンが!?」

 

 近づいてきた影が細い腕を形作り、じゅうべいのスプーンをひっかいた。それによって銀のスプーンがもげた。

 あまり表情が変わらないじゅうべいが目を見開き驚きを表していた。プルプル震えながら何度ももげたスプーンに触れている。

 

 とてもダメな予感がする。

 

「じゅうべい、スプーンは後で似たようなの探すから今は切り替えて───って自棄を起こさないで!?」

 

 じゅうべいはもげたスプーンを投げつけた。ゲンガーに。

 

 完全に頭に血がのぼっている。一般的に強い精神力の持ち主だと言われているユンゲラーだが、じゅうべいは違ったようだ。

 

 こちらの指示を聞かずにじゅうべいはサイケ光線を放った。状況が違っていたら、スプーンを投げつけた意味についてひたすら問いただしたい。ただの癇癪だろうが。

 

 ゲンガーはサイケ光線があたる前に、再び影に消えていった。

 

 逃げた───?

 

 突然じゅうべいがこちらを向き、サイケ光線を放つ。

 

「ひょあ!?」

「テツヤ!」

 

 こんらんしたのかと思えば、そのサイケ光線は背後に迫っていたエレーレにあたった。

 トレーナー狙いがここのところ続いている気がする。

 

 ゲンガーは、再び影に消えていく。

 

 エスパータイプの技があたったが、見ている様子だと全然堪えていないようだった。スプーンがないと威力が落ちるという噂を聞いたことがあるが、それのせいだろうか。それとも単純に、エレーレと力の差が大きいのか。

 

 じゅうべいがやられたら、ほぼ勝ち目はない。現状で戦える手持ちはじゅうべい含めて4匹。ユンゲラー、ポニータ、サイホーン、オニドリル。

 

「やまごろう、へいはち」

 

 サイホーンのやまごろう、オニドリルのへいはち。この2匹もボールから出す。

 効果的な技はないが、じゅうべいをせめてサポートできればと思ってのことだった。

 

「えっと……なんとかうまいことやってくれ!」

 

 いざ指示を出そうとして、4匹に同時に出すとか無理だと思いあやふやな言葉になった。

 とはいえ、じゅうべいは頭に血がのぼっているし、へいはちはヘタレる。やまごろうは細かい指示を聞くのが苦手だ。なので、リンダしかまともに指示を聞いてくれそうにない。

 あやふやな指示を聞いて、へいはちは一目散にどっかへ飛んでいった。姿の見えない相手に怯えて空に逃げたと推測。

 やまごろうは森に向かって走っていった。姿の見えない相手にとりあえず勘頼りのたいあたりだと思われる。

 

 

 残ったのは先ほどと変わらず、じゅうべいとリンダのみ。

 

 

「……ばっかじゃねぇの!?」

「ど、どんまい……それよりテツヤ」

「どうも! キュウコン……ケオケオの手伝いはいいよ」

「ケオケオはまだ戦えないよ。それにボールから出したらたぶん、テツヤを襲うし」

「こっわ!?」

「それよりも、エレーレのことなんだけど……あの子を止める方法があるの」

 

 エレーレ。つまりゲンガーのこと。

 

「何か弱点とか!?」

「エレーレは特別な石であの姿になれたの。その石がなければ普通のゲンガーと同じ姿で……」

「メガストーンとキーストーンか……!」

「……20年もあれば知られてるんだね。たぶんそれであってる。それがエレーレを強くしてるの」

「つまりそれを……どうすんの?」

 

 メガシンカに必要なものであるメガストーンとキーストーン。それがなんだというのか。

 本来一定時間しかメガシンカできないらしいから、時間切れを待つとかだろうか。

 

「それを壊して」

 

 メガストーンとキーストーン。それらを破壊するなんて聞いたことがない。下手したらトレーナー狙いよりもない。

 

「エレーレが持っている石か、私が持っている石。どっちか片方でも壊れればエレーレは普通のゲンガーになる。そしたらこの世界を維持できなくなると思う。テツヤも帰れる」

「……わかった。って、ホオカノ今、石持ってんの?」

 

 持っているようには見えない。手ぶらだ。

 

「私の本当の身体が持ってる」

「本当のってどういう……」

「生きてたころの身体」

「……その身体はどこに」

「学校に。学校はこの先」

 

 ホオカノが行かせようとしなかった場所。森の奥にある建物。行かせたがらなかった理由がなんとなくわかった。

 

「……リンダ、俺とホオカノを乗せてほしい」

「え、私も……?」

「大丈夫、詰めたら乗れるはず! ほら、リンダも乗せてくれるみたいだ。乗った乗った!」

「て、テツヤ? 私を置いていっても大丈夫だよ?」

「いいから詰めて乗る! ホオカノ前な! 熱くないか?」

「それは大丈夫だけど……」

「あ、せま。二人はやっぱ無理か……いや、ギリいける、か?」

「……変なとこ触らないでよ?」

「20歳以上年上の方はちょっと……それはともかく、ホオカノにも来てもらわないとダメだ」

「……わかった」

 

 狭いため、ホオカノに密着。気恥ずかしさと、生えている枝が地味に痛い。それらを茶化して誤魔化す。

 

「じゅうべい、エレーレの足止めを頼む! ……って聞こえてなさそー……」

 

 スプーンの恨みは根深いのか、未だに怒りモードが激しい。機敏な動きであちこちにサイケ光線を撃ちだしている。

 撃たれる先で影が奇妙な動き方をしていることから、でたらめに撃っているわけではなさそうだ。

 なんにしろ足止めになりそうだ。この間に目指すは学校。

 そこにあるキーストーン。

 

「リンダ! 学校目掛けて走れ!」

 

 その声とともに、二人を乗せているとは思えないスピードでリンダは走り出した。

 

 

 

 

 

 

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