ポニータの脚力なら学校まで1分もかからないと思っていた。
「じゅうべい……!」
行く先々を妨害するように、影が盛り上がり猛威を振るう。
こうして襲ってきているということは、じゅうべいの足止めは終わってしまったということ。
無事なのか不安だが、今は確かめる術もない。
「ホオカノ! リンダにしっかり捕まっとけ! あと俺もがっしり捕まるから許して!」
「へ! あ、うん!」
「リンダ! 思いっきり跳べ!!」
二人乗り、走り慣れていない山道、邪魔な木々、いろんな要因が重なって普通よりスピードが落ちている状態だ。せめて道を無視できるよう、跳躍力でごり押しをする。
ポニータの跳躍力は、東京タワーを飛び越えると言われるほどだ。
「学校への最短ルートに───リンダ!!」
───跳んでいる状態で、影がまとわりついている。
かげふみの影響からは逃げれているが、純粋に相手の方が速いのか。
「───っ! ……?」
まとわりつく影から何か攻撃が来ると思ったが来ない。
この影がエレーレに無関係とは思えない。
「テツヤ、たぶん着地したら襲ってくる」
「着地後も見逃してくれたりしないか……」
「私が乗ってるからね。跳んでる最中は危なすぎるからってことで何もしなかったんだと思う」
ホオカノの説明に納得。予期せず人質を取ったような状態となっていた。
着地後に襲うのは、そのまま見逃すわけにはいかないからだろう。
これならへいはちに飛んでもらい、学校を目指せばよかった。あのヘタレめ。
心の中でオニドリルのへいはちに悪態をつく。
そうこうしている間にも、地面は近づいてくる。
「どうするの?」
「リンダに頼るしかねえです! リンダさんお願い!」
リンダの身体の炎が激しくなった。
「な、なんか熱いんだけど!? このまま乗ってて大丈夫!?」
「俺も熱いから大丈夫! リンダは賢い子だから……たぶん大丈夫! 大丈夫なはず!」
「どんどん言葉が弱くなってるんだけど!?」
着地地点には既にエレーレが回り込んでいるのが見えた。降りてしまう前に、リンダはそばにあった木を蹴りつける。
そしてそのまま燃え上がり、さらに加速して走る。
リンダのトレーナーだというのに、ようやく自身のポケモンが何をしたのか悟る。
ニトロチャージを使っているのだと。
攻撃技だが逃走用としても使えるようだ。威力は抑えていてくれてるのだろう。我慢できる熱さに留まっているあたり。
ともあれこれならエレーレを振り切れる。
「リンダ賢い!」
目的地である学校まであと少し。
ぐんぐんと景色を後ろに飛ばしていき───横殴りされたようにリンダが飛ばされた。
「───っ!!」
「リンダ!」
リンダと同じく飛ばされ、身体中擦ってしまった。ホオカノの方はといえば、まとわりついていた影がクッションのように落下から守り、影は散っていった。
転倒したリンダの安否を確かめようと目を向ければ、黒い球体の追撃がリンダを襲っていた。
すぐさまボールに戻す。
飛ばされる直前に見えたのは影から出てきた拳。
そして今、襲ってきたシャドーボール。
───振り切れてない。
「まだ大丈夫! 距離は空いてる! 走って!」
ホオカノの叱咤に、弾かれるように学校に向かって走り出す。
そうだ。リンダが稼いでくれたリードを無駄にしてしまうところだった。
エレーレの姿がまだ見えないうちに、影を踏まれないうちに、学校へ行くのだ。
「学校のどのあたり!」
「1階の職員室! えっと、下駄箱越えてちょっとのとこ!」
木造の校舎。20年前でも珍しいと思われるその姿に、ノスタルジックな気持ちを抱く。だからといって足を止める余裕は全くないが。
校舎内に足を踏み入れた途端に、先ほどまでとは異なる空気を感じた。
20年前、学校と村にいた人がいなくなった。
村の人達は魂に、ここでのフワンテに。この森での民家はエレーレがホオカノの日常を飾るために、異次元から創ったもので、現世に実在していたものはこの学校のみなのだろう。
何かが争った跡や、大きく斬られた壁、血痕が当時の様子を思わせる。
「そこ! 右の扉!」
何かを引き摺っていたのか、廊下にこびりついた血痕は職員室に繋がっていた。
その職員室の扉を開けて中に踏み込む。
そこには2つ。
普通の学校では見ないものがあった。いた。
「エレーレ……」
ひとつはメガゲンガー、エレーレ。
いつの間にか先回りをされていたらしい。ゲンガー特有のニタニタした表情はなく、邪魔なものを見るような目でこちらを見ていた。
そして、もうひとつは───横たわり凍りついたホオカノ。
一緒に走ってきたホオカノよりもほんの少し小さいホオカノが凍っていた。小さいとは身長的な意味で。
凍っているホオカノの白いワンピースは、お腹の部分が大きく裂けて、その部位だけ赤黒く染まっている。そして死因の傷だと思わせるほどの斬られた腹部。その他の箇所は凍っていることを除けば傷などなく。
右手には、キーストーンが握られていた。
凍ったホオカノと、隣のホオカノ。
隣にいる彼女の存在を確めたくて、その右手を握る。その手は、温かくも冷たくもなかった。
「ホオカノ……」
「うん……まさか冷凍保存されてたなんて……」
「食品かよ」
キュウコンとゲンガーの合作、といったところなのだろうか。この森を維持するために、ホオカノの姿を維持するために、凍らせた。
「あの氷って、素手で壊せるもんだと思う?」
「……頑張って!」
頑張ればいける話なのだろうか。ゴールは目の前だというのに、新たな問題だ。
エレーレの妨害、氷の破壊、そしてキーストーンの破壊。
そして現在の戦える手持ちのポケモンはいない。
「何度も言うようだけどケオケオは───」
「手伝えない、だろ。大丈夫だ」
ホオカノの言葉に応える。
戦える手持ちは今はいない。だが音が聞こえてきた。
「ここが1階で良かった。本当に良かった」
「この音……」
近づいてくる大きな音。まるで地響きのような重量感。
「やまごろう」
森の奥に突っ走っていったサイホーンのやまごろうが、ここに迫っているのだ。
「エレーレ、観念しろ。やまごろうはすげぇ強いぞ」
エレーレは何も反応しない。ただホオカノと握った手を睨んでいる。
「ほ、本当にやべえ強さなんだ」
こちらの言葉などどうでもいいと思っているのか一切反応はない。
「いやマジで───うお!? ホオカノさん!?」
ホオカノに急に手を引かれ、バランスを崩したところで抱きしめられた。まだ残ってる枝とかが痛い。
「やっぱり私には手を出さないみたい……こうしてないと、そのうちテツヤの腕を切り落とされそうだったから」
「あ、なるほど……こっわ」
あの睨みはどう切り離すか考えていて、すぐさま切断が思いつかなかったことに安堵と恐怖。
「で、やまごろう君は本当に大丈夫なわけ?」
「……ぶっちゃけきつい」
やまごろうのできることは、とっしん、つのでつく、のしかかり、ふみつけ。これくらいである。
実体の持たないゴーストには厳しいのだ。厳しいというか、攻撃が当たらないのでまず無理。
「ところで、エレーレが使える技って何がある?」
確認できたのはシャドーボールとシャドーパンチ、あとおそらくまとわりつく。
「えっと……普通のゲンガーが使える技はたいてい使えるはずだけど……」
「えぇ……ポケモンバトルのルール通り4つに絞ってよ……」
「そんなの知らないよ」
20年差による弊害か、もしくは田舎すぎて公式ルールが届いていないのか。その両方か。
ちなみにやまごろうは頭的な意味で今の技が限界。
そんなことを確認しているうちに、とうとうやまごろうがここまできた。
───壁から。
「ダイナミック入店なんてネタ久々に見たわー……」
「なにそれ、すごい迷惑なんだけど」
さすがに壁をぶち破って登場したやまごろうを無視できないのか、こちらに背を向けてやまごろうに向き直るエレーレ。
やまごろうではエレーレに勝てない。
「ホオカノ」
「なに?」
「これからあの氷を砕く。ごめん」
「…………いいよ」
氷を砕けば、氷の中にいるホオカノの身体もただではすまない。
「───やまごろう! そのまま真っ直ぐとっしん! 当たるまで!」
その言葉で、やまごろうは真っ直ぐ走り出す。ただの突進。火や雷などを纏ったものではない。シンプルなもの。
ゲンガーにとって、避けるまでもない技。
当たることがないのだから。
真っ直ぐ向かってくるやまごろうに、エレーレは目を怪しげに輝かせ始めた。
あやしいひかりか、さいみんじゅつ。
「目を見ちゃダメ!」
「大丈夫、やまごろうはあれだ。……走ってる時、周り見てないんだ……前すらも」
だから壁にぶち当たるのだ。そして壊しちゃうのだ。
止まることなく進み続けるやまごろうはそのままエレーレに、そして当然のごとく、ダメージを与えることはなかった。
エレーレの身体をすり抜けてもなお、突進をやめない。頭は悪いが愚直な子なのだ。指示をそっくりそのままやってしまう子なのだ。
真っ直ぐ突進、当たるまで。
当たるまで走り続ける。エレーレには当たらなかった。だからといって、そこで突進を止めない。振り向かない。このまま突き進む。
突き進む先は、エレーレの背後には、凍ったホオカノ。
エレーレがその真意に気づき、止めようと攻撃を始める───が、間に合わない。
「───砕けぇ!!」
目をそらしたくなる光景が生まれる。知り合った人物の、本当の身体を砕く光景が。
ここで目をそらせば、自分が許せない気がした。だからしっかりと見届ける。
氷とともに砕けるホオカノの肉体。
それを見たエレーレは叫んだ。断末魔のような、耳を塞ぎたくなるほどの叫び。
「───っ! バークアウトかこれ!?」
「エレーレ……!」
音による攻撃。
怒りか、哀しみか、激情からホオカノへの配慮が完全になくなっていた。
エレーレの姿は未だメガシンカしたままだ。
ホオカノの遺体は砕けたが、右手にあるキーストーンは健在のまま。
───あれを壊さないとダメだ。
「やまごろう!! そこのキーストーン、石をふみつけて───」
砕け。さっきと同じ言葉なのに、飲み込んでしまう。
あれを砕けば今度こそ、ホオカノはきっと消える。
エレーレがメガシンカの姿を維持できず、異次元ももとに戻り、本来あるべき姿になる。
バークアウトの影響でよろめきながら、やまごろうはキーストーンをふみつける。しかし体重も力も、込められていない。
あとは砕け、その言葉だけでいいのに、その決断に迷いが生まれた。
このままではダメだとわかっているのに、言葉を出せない。バークアウトの影響で、やまごろうもいつまでもつかわからない。はやく決めなくては、だけどそうすればホオカノは───
「やまごろう、その石を───踏み砕いて」
エレーレの叫びのなか、凛とした声が聞こえた。その言葉に応じるように、やまごろうが体重をかけて、キーストーンを潰す。砕く。
───また大事な決断を、彼女にやらせてしまった。
石が砕ける音が聞こえたとともに、エレーレの姿がゲンガーに戻っていく。石を破壊されたからか、ゲンガーは眠るように倒れこんだ。
そして、激しい揺れ。
「ホオカノ……!」
メガゲンガーの力によって作られていた異次元が、元に戻ろうとしているのだろうか。外の景色が白い光に包まれ変化していく。光とともに、見えていた木々の姿が無くなっていく。
ホオカノも同じように消えていくのが怖くなり、手を強く握った。
自分が出たいために、この状況を招いておいて、頭の片隅で自責にかられる。
だけど、できることなら外に出たい。そこにホオカノも一緒に。
そんな我が儘を、願い事を持ったっていいではないか。
こんな特殊な状況に巻き込まれたのだ。ご褒美があったって、いいじゃないか。贅沢な願いなんていらない。ただ、新しくできた友達と外に出たい。そんな我が儘。
このまま強く握っていれば、消えない。大事な人を手離したりしない。少しだけ気恥ずかしくなって、それっぽい理由を話す。
「異次元が元に戻ったらどこに出るかわからないんだ。ホオカノがひとりになったら迷子になるだろ。しっかり手を握ろう」
ホオカノは困ったような顔をしながら握られた手を、もう片方の手で優しく撫でた。
「テツヤ、ありがとう」
「……」
感謝される謂れはない。感謝は、一緒に外に出たときでいい。
「テツヤがここまでしてくれなかったら、きっと私は、あのまま知らないフリして迷いこむ人達を、犠牲にし続けてた」
握った手は撫でられるだけで、握り返されない。
「それはエレーレがやったことだ。ホオカノじゃない。気がすまないなら、外に出たら一緒にその人達のお墓をつくろう。そして謝ろう。俺も一緒に謝るからさ」
先の話をすれば、一緒にいられる。そんな小さな願いとともに出した提案に頷くことなく、首を横に振る。
「私がちゃんと死んだことを受け入れて、エレーレ達にも受け入れさせれていたら、こんなことにはならなかった」
だから、と彼女は続けた。
「テツヤも、受け入れて。私はもう、大丈夫」
「───そんなこと簡単にできるわけないだろ!?」
もう学校の外は何もない。この学校はもとの場所に戻そうとしているのか、赤い光が包んでいく。ホオカノの身体は、白い光が包んでいった。
大声を出したところで、光は変わらない。彼女は聞き分けのない子供をあやすように穏やかな声音のままだった。
「私のお墓、つくってほしいな」
「っここから一緒に出たらそんな必要ないだろ!」
自分の身体も、倒れているエレーレの身体も、佇んでいるやまごろうの身体にも、赤い光が包みだす。
ホオカノと違う色の光が、別のところへ飛ばすような気がして、殊更握る手に力を入れた。
「お願い」
「……」
「20年経って、私のお墓を作ってくれる人なんてテツヤ以外に頼める人がいないの。だからお願い」
こんな時に、他に頼める人がいないから、という理由はどうなんだと文句を言いたくなった。だけど、ホオカノの困ったような表情がその文句を飲み込ませた。
「…………わかった。だけどホオカノも───」
一緒に外に戻れたら、今度は自分に町を案内させてくれ。
その言葉を続ける前に、握っていた手の感触が消えてなくなった。
「ホオカノ……?」
見えている景色がどんどん光に染まっていく。周囲の様子も全く見えないほどに。
名前を呼んでも返事が帰ってこない。
手を伸ばしても感触はかえってこない。
走って探そうとして足を動かしても、地面の感触すらもなく。
───そのまま強い光のまばゆさに、意識を失ってしまった。
目が覚める前に、夢を見た。
その夢で、ひとりの少女が小さな村で遊び、学び、平和に暮らしていた。
学校が終わり、小さな村を出て、森を抜けて、バスに乗り病院へ向かう。
病室にいるお腹に子を宿した母と、その日の出来事を日が暮れるまで話し、再び村に戻る、そんな日々。
少女の穏やかな日常の、夢だった。
目が覚めると、夜の森の中にいた。やまごろうが破壊した壁の外から夜の景色が見える。月と星の明りが見えた。耳をすませば、虫の鳴き声がする。
周囲には壁に穴の開いた小学校。まるで何年も放置されていたかのように、蔦が絡まっている。
それとサイホーンのやまごろう、ユンゲラーのじゅうべい、フワライドのせんふう、オニドリルのへいはちが眠っていた。
そして、ひとつのモンスターボールとゲンガー。エレーレの姿も。
立ち上がり、ふらふらと壁の穴から小学校の中に入る。
「───」
中には散乱した机や椅子。木目の隙間から延びる雑草。
そして、バラバラになった白骨があった。
右手部分は重いものがのしかかったように砕かれている。
その遺体に近づいて、膝をつく。
「……最後まで、ちゃんと言わせろよ」
人の言葉の途中で勝手に消えて。
お別れもちゃんと出来なかった。
喉が、目頭が、熱くなる。
震える手で、その身体の手を掴んだ。
20年の歳月に、いきなり襲われたかのようにその形はボロボロと崩れていく。
その姿に、本当にもう会えないのだと、ようやく悟ることができた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『今日であの日から丁度20年。忽然と姿を消していた小学校が、突如として現れたあの怪事件。今日はこれについて取材を行って───』
テレビに映るアナウンサーの言葉を眺めながら、懐かしむ思いに駆られる。
外に目を向ければ、まるであの日のように快晴だった。
あの日はその後、雲が出て、雨が降ったが今日はそんなことはないらしい。
テレビの電源を切り、キッチンにいる妻に声をかける。
「そろそろ行かないか?」
「はいはーい」
年上の妻の返事の適当さに少し苦笑してしまう。
「何よ笑っちゃって」
「いや、もうすっかりおばさんだなって思って」
「は?」
「すいません。僕の妻はいつまでも若く美しいです」
反射的にほめたたえて誤魔化す。凄み方があの少女を思いださせるものだったのが、また笑ってしまいそうだった。
「それじゃ、お墓参りに行こうか。マウロア」
「ん。忘れ物はない? テツヤ」
大丈夫だと妻のマウロアに、ホオカノの妹に返事をした。
森の中を歩いていき、廃校のそばまで来る。
この学校が元の世界に戻って、もう20年。当時の騒ぎは凄まじく、しばらくは警察やマスコミがひっきりなしだった。
20年前に消えた学校。さらには荒らされた教室。大きな穴の開いた壁。残された血痕。男性の遺体。
話題性としては抜群過ぎた。
そんな学校から少し離れた場所。そこには3つ、お墓が並んでいた。
「あ、今年も来てたみたいね。姉さんのお墓参りに」
「みたいだな」
お墓の前には氷で作られた花と、綺麗な石が置いてあった。
ホオカノのポケモン。キュウコンのケオケオと、ゲンガーのエレーレが置いていったものだろう。
ホオカノの墓、その左右にある墓はケレルとコリス、ホオカノのポケモンのもの。元々あったその2つの墓のそばに、ホオカノの墓をたてた。
村の人たちの墓は、市が慰霊碑を立てたのでそれで勘弁してもらいたい。考えれば名前も顔も知らない人ばかりだったのだ。
お墓の前で膝をつき、静かに語りかける。
「もうすっかり、ホオカノより年上になったよ」
「私より年下のままだけどね」
「それでいいさ」
年齢を追い越すなんて、あまりしたくない。
20年前のあれからを思い起こす。
あの日、森に残されたモンスターボールはケオケオが入っているとわかった。そのままにするわけにも行かず、暴れられるかもしれないと思いながらもボールから出した。
ケオケオはボールから出た後、エレーレを起こした。2匹はしばらく無言でこちらを見つめていたが、その後、悲し気に森の中へ消えていった。
それから自分の妹に電話で連絡を取り、少ししたら戻ると連絡をいれ、頼まれた通りホオカノのお墓をたてた。
それから毎日、お墓参りに行った。
2年ほどしたある日、褐色の肌、黒髪の女性とお墓の前で出会った。マウロアだ。
その姿があまりにもホオカノのように見えて、勘違いして泣きながら詰め寄った。
自身が生まれる前にいなくなった村のことを、姉のことを思いだして近くまで来たらしい。そして外れにある小さなお墓に気づき、眺めていたところを自分と出会った。
突然姉と勘違いして泣く、同い年か年下の男にドン引きしなかった精神力に賛美を送りたい。
それから互いによく会っては話すようになり、結婚までいってた。
「姉さんと私、どっちが好き?」
「なにそのギャルゲーみたいな質問」
「30後半ですよね? 何その発想普通に引くんだけど」
「おう40代、若く見せようとする発言はよすんだ」
当時のことに想いを馳せていたらこれである。
時折マウロアは、ホオカノの代替品扱いをされているのではと思い悩んでいたらしい。酔っぱらった拍子にその愚痴を聞かされて驚いた。
「それで、どっちよ」
「お前、姉の前でそういうのよくないと思うけど」
「ま、それもそっか」
割とあっさり引いてくれたことに安堵。決して気持ちが二股状態なわけではない。ただ、当時のホオカノへの想いを否定するようなことを言いたくなかったから濁した。
その考えを見越してくれたのか、それとも単に気まぐれだったのか、すんなりとひいたマウロアの手を握る。
「私は消えないよ」
「知ってるよ」
あれから、何かと手を握ろうとしてしまうようになってしまった。
ここにホオカノがいたら、甘えん坊だと笑っただろうなと想像する。
「甘えん坊だねえ」
想像していた台詞と同じ言葉が聞こえてきた。
「うっさい」
「え? 何急に」
きょとんとしたマウロアの姿に、こちらもきょとんとした表情を浮かべてしまう。
少し悩んで、ちょっとオカルトな想像まで考えが及び、笑ってしまう。
「なんでもない。それじゃあマウロア、帰ろうか。ホオカノ、また来るよ」
「ん、もう日差しがきついからねぇ。暑い暑い。姉さん、またね」
───熱いのは日差しのせいだけかな。
そんな言葉を放ちながらニヤニヤするホオカノが脳裏によぎった。
それに対して見せびらかすように、マウロアの手を強く握る。
その手は温かかった。
「暑苦しいんですけど。ベタベタしすぎ」
「お前なー……」
そんな手酷い言葉とは裏腹に、自分の手は優しく握り返された。
妹のことをよろしく、といった感じの声は聞こえることはなかった。