僕の生まれた国も、育った村も。僕が勇者として守るはずの世界は崩壊した。
ねぇ、カミュは勇者の相棒でしょう。僕の相棒だなんて言わないよね?
pixivにも投稿しています。
2021/2/1 改稿しました。
カミュとイレブンの相棒にまつわる話。
キャンプの暖かな炎と女神像のご加護に守られた談笑は続く。僕は炎に体を温められながら、心の中の冷たい気持ちまで温められないように注意深く座っていた。
体をぽかぽかと温める、手にしたマグについたかわいい茶色のうさぎは見ないふりをして。隣のカミュのマグは青いオオカミで、反対側の隣のロウじいちゃんは白と黒のペンギンだからまだマシだけど。
あまりにも、成人男性の持ち物としてはかわいすぎるのではないか。誰が買ったんだっけ。あぁ、マルティナだ。その彼女の手にもピンクのハートマークのかわいい装飾のマグがある。マルティナが選んだんなら仕方ないか……明日もちょっと戸惑うふりをしたら、あとは慣れたと言わんばかりにスルーしたらいいだけだ。
そう、決して揃いのシリーズに喜んでいる姿を見られてはならない。絶対に。僕個人としては可愛らしいこのデザインが嫌なわけではないけど、「勇者」としてのイメージが崩れてしまう。今日は嫌がるような素振り、したっけ。疲れているからもう忘れたけど、多分しただろう。ならいいか。
もしもこのマグに喜んだら最後、僕の持ち物は可愛らしい趣味のマルティナやセーニャ、シルビアのものに染まり、そうでないものはもともとの所持品か、成人男性としてのプライドを加味して気を利かせてくれた誰かの優しさの結果になるに違いない。どちらにせよ、僕はそんなみんなの優しさに包まれる資格はないのだから。
一番近くに座っていて、だからか気安く触れるカミュの手はもはや慣れたことにした。励ますように肩をぽんと叩いたり、もたもたしている時に手を引っ張られたり、すっ転んだ時に助け起こしてくれるその優しさに、いちいち反応して振り払っていたら普段の様子はどうしたんだと面白がるだけなのでもういいや。慣れて無視する恩知らずな冷たいヤツという方が楽でいい。
接触といえば、シルビアにすれ違いざま頭を撫でられるのももはや常だ。そういうのに心乱されないように僕はしなくちゃいけない。最初は嫌がっていたけれど、今は何も気にしなくなったやつなんだ、僕は。笑いかけちゃいけない。優しくしてくれることに嬉しそうにしちゃダメなんだ。
あぁ、僕は酷い人にならなきゃならないんだ。名実ともに。
そんな決意について考えていたものだから、まるでみんなの話を聞いていなかった。だから突然、向こうを向いて喋っていたはずのカミュがこっちを向いたものだから、びっくりして心臓が飛び出るかと思った。
普段町でお姉さんたちをあしらう様から考えるとクールなはずの彼はどうにも僕やベロニカには面倒見が良い。でも、体は小さくても本当のところはお姉さんなベロニカよりも、わかりやすく年下の僕にはなんとも甘いというか、面倒を見たがるというか、他のみんなに比べても僕をみんなの輪に入れたがる。ベロニカがお姉さん気質ならカミュは根っからのお兄さん気質なんだろう。
そういうのは……冷たいヤツというイメージが崩れるからよして欲しいけれど、カミュに悪気は欠けらも無いからそこまで強く断るのも悪いから出来なくて、ズルズルと現状は続く。僕は優しい彼に助けられてきたからこそ、彼には冷徹になりきれない。一番中途半端がいけないのに。
この中で最も恩あるからこそ、なおさら冷たくしなくちゃいけないのにな。それにしてもカミュは僕に嫌われているとか思わないんだろうか。こんなに酷い態度を取り続けているのに。
本物の大人の余裕は、僕ごときに嫌われている風でも兄的な慈しみを辞めるには至らないのかもしれない。もっと冷たく酷くならなきゃいけないんだろうか。これ以上? 無理だ。
僕のどうしたらいいのか分からないといった表情に気づいているのか気にしていないのか、カミュは楽しそうに笑ったまま僕に同意を求めた。
話の経緯は全くわからないけど、反射的に同意する。
「なぁ、相棒?」
「……う、うん」
その相棒というのは、僕が何度も繰り返しているように「勇者の」相棒なんだろう。そういうことにしておいてくれ。そうでなきゃならない。そうじゃなきゃ困る。カミュは僕の仏頂面を見て、何も気にしていないような顔をしてさらに笑いかけた。
僕の胸は適当な返事をしたからではない罪悪感でぎゅっと苦しくなった。
みんな知っている、きっとみんなみんな分かってる。僕は愛想がなくて、どうしようもなくて、でもみんなの優しい手を振り払えるほど冷酷ではないのだと。でも、恩知らずなやつだとも思っておいてくれて、だから、優しく放っておいてくれるんだ。
だって。僕はもう、誰かのなにかになりたくなかった。僕のものはなんでもなくなってしまうから。もうなんだって、失くしたのだから。故郷も、家族も、生まれた国も。
僕の隣で無愛想な僕を補うように振舞っているのは「勇者の」相棒だ。決して、「僕の」相棒ではない。カミュは勇者である僕に何を求めているのかわからないけれど、とりあえず勇者の助けになることをする必要があるらしいから、そうしているんだ。預言者、だっけ。預言者に言われたらしい。
きっと、きっと、僕はいつかカミュの願いのために力を振るう勇者になるよ。このたくさんの恩を返せるように。もちろん僕としてでなく、勇者として。そのときばかりは悪魔の子ではいたくないな。
だから、僕の相棒だなんて言わないで。僕の相棒なら、きっとまた失われてしまうんだ。
双賢の双子であるベロニカとセーニャは当然、使命があるから僕について来てくれるんだ。「勇者」を導くためにいるんだ。僕自体のことなんていいんだよ。ふたりは優しすぎるんだ。普段ぼーっとしていて、とろい僕のことなんていいんだ。しっかりしなさい、なんて励ましてくれなくてもいい。でも戦う時は頑張るから、勇者としてならちゃんと前を向くから、その時だけは手を貸して。
シルビアは世界の笑顔を取り戻すためにここにいるんだろう? 世界中の笑顔って言ったって、僕のことまで笑顔にしなくていいのさ。僕のことは例外でも構わない。シルビアはきっとそんな風には思えないんだろうけど。でも、ほら、僕頑張るから。闇を打ち払ってシルビアの夢を叶えるよ。あぁそうだ、巨悪を滅ぼしたそのあとのこと、今からでも考えてた方がいいよね。サーカスの大きなテントを建てるんでしょ? 設計とか、立地とか大変なはず。だから僕のことになんて構わないで。
マルティナは僕の母に恩があるから僕に構うんだ。そういうことにさせてくれ。幼い時の罪悪感なんてもう感じなくていい。僕は、マルティナが思っていたような孤独や苦しみを感じていないから。嵐のあと、僕はきっと勇者の奇跡とかいう力によって川を何事もなく流れ、優しいテオじいちゃんに拾われて、優しい母さんに育てられて、優しい村のみんなに見守られて、この上なく幸せだったんだから。はやくデルカダールの王が目を覚まして親子で過ごせるといい。僕の姉になんてなろうとしないで。なっちゃいけないよ。僕のものは、全部失われてしまうんだから。
ロウじいちゃんは……実の祖父で、だからつまり、勇者の祖父だ。だから、だから……娘とその婿の仇のために僕を利用するだけでいてほしい。大切なじいちゃんがもう一人いて、そして元気に生きているなんて僕はすでに幸せ者なんだ。だから。お願い。お願いだ。
僕が幸せになるとまた、失うに違いない。もう失いたくない。それならいっそ、冷たくしてくれた方がいいのに。冷たくしてくれないんだろうな。みんなが優しいことは分かりきっていた。
なんて、なんて、僕は恥知らずで恩知らずなんだろう。でもそう思わないとまた大切な人を失ってしまいそうで怖くて、怖くて、みんなはそれを分かってくれた。そう思う。だから、踏み込まないでいてくれた。ううん、懲りない一人が踏み込むけど。一人くらいは無視できるよ。カミュ。君こそ、一番失いたくないのにどうしたら分かってくれる? 絶望の中すくいあげてくれた君をどうしたら失わずに済む?
僕は笑顔を忘れた顔で、孤立しない様に話をかわるがわる振ってくるみんなにせめて、僕としてではなく、勇者らしく、勇者として微笑もうとした。でもあえなく僕は失敗して、俯く。そんなのしょっちゅうだから、誰も気にしやしない。
みんなが構ってくれるのは正直、嬉しかった。でも僕が嬉しいという感情を出したら最後、「僕の大切な」彼らもきっと奪われるのだろうと思うと恐怖で心の奥底から凍りついていくようで、手が震える。それを察知した誰かが僕を毛布にくるんで寒くないようにした。温かかった。
僕は間違いなく愛されている。それに応えることも出来ない恩知らずなのに。
毛布でぐるぐる巻きの間抜けな姿を、心底慈しむように見るマルティナはもう今日は寝なさいという。ベロニカは何か言いたげだったけれど、疲れてるでしょと言う。セーニャはその隣でニコニコと笑っている。シルビアの慈愛の微笑みは今日もくすぐったい。ロウじいちゃんは、何も言わずに微笑んでいた。すべてを見透かすように。マルティナが僕のマグを持って笑う。毛布に包んだのは彼女か。
カミュが毛布でぐるぐる巻きのあまり一人で立てない僕を立たせて、こしらえられた寝床に連れていった。そうして僕は赤ん坊か何かのようにすべての面倒を見られて、そしてそれでも誰にも心を開かないのにこうして甘やかされるのだ。
気を許してはならない。みんなに心を許したら、きっとみんなも死んでしまうか、故郷を焼かれるとか、そういうとんでもなく辛い目に遭うんだ。僕が悪魔の子だから。僕がいなければ何も起こらなかったんだ。「勇者」だなんて、ちょっと変な力を持っているだけでそんなことあるものか。でも、勇者にならなきゃならない。みんなのためにも。ジレンマだ。
半ば簀巻きのままさらに温かく布団を重ねられる。ぽんぽんと子どもを寝かしつけるように背中を叩かれると、もう成人済みの大人のはずなのに子どもから抜け出せない僕は意識が溶けていくようだ。
この温もりはなんだか母さんみたい。
意識が完全に沈み込む瞬間のその言葉はどうやら口に出ていたみたいで、聞こえていたのかぶはっと笑ったのはカミュだった。
背中をぽんぽんとしていたのはマルティナかセーニャかベロニカか、シルビアか。せめてロウじいちゃんだと思っていたから気を抜いていた。兄気質はそこまであったのか。おのれ。僕は母性的な慈しみを感じたのに!
青少年の心を弄びやがって。いつか僕は大人なカミュを子ども扱いできるような大人になると誓って、あたたかくされて、寝た。
ツンデレ勇者は今日も必死で顔を取り繕う。
というとイレブンには悪いが、もはや取り繕えていない頬の緩みは誰も指摘しない。あんなに痛々しく張り詰めていた無表情は氷解し、今はやわらかく、小さく微笑んでそこに座っていることも多くなった。だがあちらに振ると話は別だ。
必死で怖い顔をして、興味なさげな顔をして、でも気が良いものだから本当に無視することが出来ずにツンツンと律儀に返事をする。でも時間が経つとチラチラとこちらを見て、気になっているのが丸わかりでもはや取り繕えていないんだが、相棒。
僕に触れるな、関わるなといいながら、キャンプではいの一番にオレの隣に座ってはこうしてうつらうつらするのは弟分が出来たように微笑ましい。なんでも、座る順番は大切で、調和を乱すのは良くないからオレの隣に座っているらしい。
それは……オレが最初に仲間になったからか? たしかに時計回りに仲間の加入順に座るように彼は言う。すると反対側に回ってくる祖父の隣でそれなりに幸せそうな顔をして。
緩む表情も、懐いた様子も、なかなか懐かない野良猫を手懐けているようで良いものだと思わないか、なぁ?
オレは最初、自分の利害のためだけにイレブンを助けた。今も、きっとそうだ。半分は。だが残りはツンデレ勇者の面倒をみながらからかうのが趣味みたいなものになっているからだと思う。贖罪を忘れた訳では無いが、本人が皮肉な呼び名の呪縛にもがき苦しんでいるのに、オレの私欲だけでイレブンに助けを乞うことはできなかった。生まれついての宿命に振り回され、大切な人を失ってしまった哀れなイレブン。そのせいで、心から微笑むことも出来ないで。
戦闘終わりの安堵のため息の中、飛び回って回復に回るイレブンは今日もツンデレ真っ盛りだし、しばらくは見ていようと思う。正直、心地よい隣に長くいすぎた。贖罪のためという言い訳ももう出来ない。もう見捨てるには情が完全に移ってしまった。ここまで来たなら最後まで付き合おう、どうせオレにはなにか世に役立つことは出来ることはないのだからせめて。
せめて、この傷つききった少年が少しでも癒される手伝いができればいい。
「まぁ、ありがとう」
「別に……シルビアを心配してやったんじゃないよ」
「うふふ、分かってるわよイレブンちゃん」
「……他に怪我はない?」
「ないわよ。優しいのね、ありがとう」
「優しくないよ。優しくないってば。次は怪我しないでよ! 僕もう知らないからね!」
必死で怒った顔を作ってそっぽを向き、オレを見たイレブンは懐いた子犬のごとくオレの方にやって来た。何故か一番オレにツンツンするんだが、その分取り繕いが甘い。顔を見れば寄ってくるしな。いい弟分だ。
「カミュは当然、怪我してないよね?」
「どうだかな」
「えっ」
ちょっとからかうとすぐこれだ。眉毛をきりりと釣り上げていた表情はどこへやら、瞬く間に眉を下げておろおろして、小動物みたいだ。怪我なんてしてねぇよ、と言い直すと見るからにほっとするのも生来のお人好しさをしっかり示しているってものじゃないか。ここでもう少しからかうと面白いが、マルティナあたりが黙っちゃいねぇからやめておく。
本当の表情の変化はよく見なければ分からない。不機嫌な顔ばかり強調しているせいか、明るい表情は分かりにくいのは確かだ。反面、不安な顔は普通にわかるものだからいつか笑顔を惜しみなく見せるようになってくれたらと思う。
なんでイレブンがこんなに懐いて、こんなに態度でみんな大好きと言わんばかりなのにツンツン、ツンツンと素直じゃない態度を取ろうと一生懸命なのか。全然本人の性格に似合ってないし、かなりらしくない行動なんだぜ?
なにしろデルカダールの牢獄から脱獄したての頃は全くそんなことはなく、普通に懐いて後ろをついてくる可愛い弟分そのものだったんだからな。
……まぁ、故郷の村の惨状を見たからだろうが。
ついぽんぽんとイレブンの頭を撫でると、嫌そうな顔をして振り払われたが、振り払う前に一瞬頬が緩んだのをオレは見逃しちゃいなかった。たっぷり可愛がられてきたとわかる、まだまだ子どものイレブン。すぐに厳しい顔を作ったから多分、また余計なことを考えているんだろうな。可愛がられるのを許容するといけないとか。気を許したらオレたちにも何かあるんじゃないかとか。ねぇよ。あったとしてもてめぇで火の粉は振り払うから、お前はそこまで思い詰めなくていい。
「すぐ子供扱いするのやめてよ」
「悪い悪い、だがオレから見たらほとんど子供だからな」
「む……」
背丈はオレよりも大きいのに、そんな顔をしていたらますます子どもじゃないか。言ったら本気で不機嫌になるだろうから言わずに、笑った。
「カ、カミュなんて知らない!」
「……えっ」
だがからかいすぎたらしい。ぷいっとそっぽを向いたイレブンはロウじいさんの方に行ってしまった。虚しく、伸ばした手が空振った。
ベロニカにはため息を吐かれ、背伸びしたいお年頃を考慮してあげてね、とシルビアに囁かれる。確かにな。そうかもしれない。故郷では成人なんだもんな。
だから機嫌を直してくれよ、と構いに行く。構われるとイレブンは、ツンツンしながら嬉しそうにするから。
「生き残っちゃった」
暗い空、焼け焦げた匂い、生命が弱っていく大地。大樹なき今、死んだ魂はどこに帰るの、こんな世界に新しく生まれる命はあるの?
太陽が隠されているから時間すらわからない。空には小鳥たちでも、邪気の少ない小さい魔物たちでもなく、目を赤く光らせた邪悪な魔物がのさばってかつての穏やかさが嘘のよう。
ぱちぱちと枯れて乾燥した草が燃える音が聞こえる。焦げ臭い匂いが染みる。獰猛な魔物に追い回されているのか、捕食されているのか、なにかの悲鳴が遠くで聞こえた。
こんな惨状なのに、僕は生き残っている。五体満足で。目の前で美しく聡明な人魚の女王を見殺しにしたのに。あの美しく穏やかな楽園と引き換えに僕は生きているのだ。
体のどこにも怪我はなく、少しばかりだるいだけでなにも、僕自身は何も欠けることなく、生きている。生き残ってしまった。僕よりも助かるべき存在はいくらでもいただろうに。
海底に匿われていたのは僕だけだったみたいだ。なら、ベロニカは? セーニャは? あの優しくて強い双子は無事なの? 離れ離れになっていないよね、あの仲良しな双子は一緒にいるよね? 彼女たちはいつだって一緒にいた。最初、双子が離れ離れだった時のベロニカは今思えば不安そうな顔をしていた。
シルビアは、こんな暗い中でも誰かを笑顔に出来るくらい元気で生きているの? あの曇りない笑顔に何かがあるだなんて耐えられない。明るい彼女のままであってほしい。この出来事のせいで何かがあったらと思うともう僕は消えてしまいたくなる。
ねぇ、ロウじいちゃんは? マルティナは? 十六年一緒に過ごしたふたりはもう、家族でしょう、片方でも怪我していないよね? 怪我もなく、二人でまた支えあって過ごしているんだよね? どこかで旅をしているんだよね? それだけだよね? また会えると信じて、旅をしているだけなんだよね?
カミュは。カミュは無事なの? あの強いひとは、僕の兄のようで、誰よりも僕みたいな愛想のない可愛げのない、馬鹿な冷たいやつに優しくしてくれる人なんだ。絶対こんな、こんな事のせいで怪我したり、失ったりしていい人じゃないんだ。無事だよね、なにも、何も、欠けることなく元気にしているよね? どこかの街か村で過ごしているとか、魔物が活性化していてもあの鋭い武器の操り方ができるから、案外平気で旅をしているかもしれない。そうに違いないよ。
ふらふらと僕はデルカコスタの荒野を行く。かつてカミュと二人、逃げるように進んだところを。ひとりぼっちで。あの日は追いかけ回されるのは怖かったけど、空は青く澄み、緑は燃えるように生き生きとしていたのに今はもう見る影もない。
僕はまた、誰かに助けられた。あの親切な漁師は僕に最後の砦へ行けと言った。教えられた位置からしたら……イシの村としか思えない。ウルノーガが正体を現し、そのせいでデルカダールを追われた王国の連中が自分たちが焼き払い、蹂躙した村へ避難して最後の砦呼ばわりしているってこと? あの場所は人にも魔物にも見つかりにくいから。
はは、笑える。
すごく笑えるよ。
さぁ、村へ帰ろう。人は恨んじゃいけないから、恨んでいないさ。多分何も知らない愚かな一般市民が大多数を占めているんだろうし。僕を悪魔の子と呼んでくれた人たち。あながち状況を見るに悪魔の子っていうのは間違ってないかもしれないけど。
ただ、その場所は誰の住処なのかってことぐらいよく分かって欲しいよね。僕はそれを教えに行くだけだ。
僕は悪魔の子。自覚はなくても、きっと本物の悪魔だよ。命の大樹を落とそうという企みを持ち、世界を崩壊させた魔王をあの場で止められなかった時点で、悪魔だよ。
悪魔だから、もしかしたら激情にかられて、イシの民のいない最後の砦を破壊するかもしれない。そんなことをしたらじいじは怒るかな。怒るよね。僕が激情になんて負けないことを祈ろう。
でもそうなったとしても、それは報いなんかじゃない。僕は悪魔の子。悪魔の子が厄災をもたらすだなんてそこかしこで言われていただろ? 自ら厄災をもたらした覚えはない。でも悪魔の子なんだから人里の一つや二つ、襲撃してもおかしくないよね。そう言ってきたのはそっちだろ?
でも、その噂を流したのはウルノーガなんだ。そんな手に僕まで乗ったら、ダメなのは分かってるよ。この気持ちをどうにか整理することが出来たらいいのに。
……ひとりくらい、知り合いがいたらいいな。いるなら何があっても辞めよう。もちろんいるのがかつての追っ手なら話は別だけど。僕のことを一方的に知っている兵士がいたって決心は変わらない。少し仕返しがしたいなんて、暗い感情に支配される。
あぁそうだ、グレイグ将軍。グレイグ将軍がいるはず。千里の真珠で見た彼ならまだピンピンしているだろうし、知り合いだし、大樹の様子を見るに、既に目が覚めている人だ。
たとえ知っている人がいなくても、また悪魔の子だと言われても、とりあえず彼と話すことを目標にしようかな。納得できる答えを得たら僕はまた前を向けるかな。
グレイグ将軍はなんて言うだろう。想像もつかない。
僕は今、下しか見れないんだ。誰か前を向かせてくれたらいいのに、僕は一人なんだ。
勇者の力を失って、使えていたはずの雷の魔法を失って、すっかり僕は勇者じゃなくなった。皮肉にも剣術というのは勇者の力と関係の無い僕自身の才能らしくて、しかも以前よりも冴え渡っている自覚がある。見えないところで勇者としての力に割かれていた能力値がすべて剣術にいっているみたいだ。
誰かとサポートして戦ったり、魔法を使ったり、ゾーンを効率的に使いこなすような……いわゆる頭を使う戦法は出来なくなってしまったけど、力任せに剣を振り回して敵を斬って進むという意味で随分僕は強くなった。今ならグレイグ将軍と剣を交えても多少は戦える気がする。いや、これは流石に自惚れかな。
盾も持たずにかつて入手したけれど使っていなかった大剣一本だけを担いで、僕は進む。みみっちく防御なんてやりたくなかった。自分の命を失いたいわけじゃなかったけど、身を守るくらいなら少しでも早く魔物を蹴散らしたかった。ただそれだけだった。
鼻につく焦げ臭さにはだんだん慣れて、暗い世界も目が慣れてきた。ふと隣を見てもカミュがいない。誰かがいた気がして振り返っても誰もいない。誰も僕に笑いかけてくれない。世界は静かだった。
こっちが普通だったはずなんだ。今まで恵まれすぎていたかとうとうら罰が当たったんだ。僕のものは、失われるんだから。
しばらく歩き詰め、僕はやっとたどり着いたイシの村の前に作られた、木の柵の見張りをしているデルカダールの兵士に向き直った。彼は戦えそうな僕を歓迎し、僕のことを誰か知らないようだった。
「最後の砦、か」
「大陸中の人間がここに避難しているんだ。デルカダールは魔物の根城になってしまって……」
「門兵さんはここの『正しい』名前は知ってるの?」
僕は多分睨んだと思う。彼はたじろいで、そして、頷いた。
僕は分かっていた。ここが最後の砦と呼ばれていることを。みんな一生懸命生きるために努力していることを。なのに、こんなことをしている。感情を制御出来ない子どもみたい。
「ここはイシの村、です」
敬語を使うほど怖かったんだろうか。さっきまで魔物をばっさばっさ斬っていたのを見ていたのかな。この魔物の凶暴具合で門兵になるくらいだからあれくらいはできるだろうに。何を恐れることがある? 僕はウルノーガに負けた弱い存在なのに。
「そう」
「もしかして、ここの住人の方ですか」
「うん。久しぶりに帰ってきたら最後の砦って呼ばれてると聞いてびっくりして、来たんだ。じゃ、入るね」
僕は剣を持っていたし、決して友好的な態度を取っていたわけじゃない。下手したら止められるかな、武器を取られるかなと思ったけど、予想に反して何もされることなく僕は黙って見送られた。
もしかしたら、人間で魔物じゃないなら問答無用で中に入れろと命令されているのかもしれない。剣があるからこそ戦力になりそうなら逃がすなということかもしれない。何でも良かった。砦の中の無数の気配に、知り合いがいる事を祈っていた。
踏み入れた暗い村はそこかしこが焼け焦げ、簡素な松明やばらばらの規格のテントが立ち並び、木で組まれた柵がたくさん立ち並んでいてかつての面影はなくなっていて悲しくなった。でも人間の気配がする。それも結構な数だ。一人くらいは知り合いがいるかも。もしかしたら誰か仲間がいるかもしれない。
考えていたら、村の中から犬が一匹走ってきた。そういえばルキってあれくらいの大きさで、あんな色をはしていたな。ルキが恋しい。あの犬、人懐っこそうにこっちに走ってくるからもしかしたら撫でれるかも。手が返り血でドロドロに汚れているのに僕はその時失念していた。
「ワンッ」
「こら、ルキ! すみません犬が走っていっちゃって……え?」
懐かしい声に、犬に向けて手を伸ばしていたのに顔を反射的にあげた。懐かしい金髪の、女の子がいた。薄暗い世界だけど、見間違えなんかじゃなかった。
「え、ま?」
犬がもう一度吠える。そしてよくよく見るとその犬は、いやルキは僕の足元にきちんとお座りして僕を見上げていた。尻尾を振って心底嬉しそうに。それだけで僕は嬉しくなったのに、エマまで元気に生きてたなんて! あぁ、あぁ! ありがとう。ありがとう! 奪わないでいてくれて!
エマは僕の血塗れの手を気にせずに握った。当然ながらエマもエマで僕の生存を知らなかったらしくて、生きているのか、体温があるのか、化けて出ているんじゃないかを確認しているのかもしれない。
僕は手元を見てからやっと惨事に気づいて、魔物の血がつくのは良くないんじゃないかと思いながらも、されるがままにされていた。
エマの手は温かかった。生きていた。暗くてよくわからなかったけど、彼女は少しやつれていて、でも痩せこけているわけではなかったから安心した。
セレン様の話では僕は数ヶ月眠っていたらしいから、その間にもたくさん苦労したんだろう。僕は何も知らずに眠りこけていたのに。また胸が苦しくなった。胸の傷とは違う痛みだ。罪悪感で息が詰まりそうになる痛みだった。
「イレブン?」
「な、んでもない。エマ、生きててよかった……」
「イレブンも生きていてくれて本当によかった! そうだ、ペルラさんのところに行きましょう、きっと喜ぶわ!」
僕はその名前を聞いて涙が出そうだった。
「母さんもここにいるの?」
「村の人はみんなデルカダールの地下牢に閉じ込められていたんだけど、無事よ。あの日、地下牢は解放されてデルカダールの避難民と一緒にここまで来たの」
みんな、殺されてなかったんだ。安心して大きく息をつくとエマは笑う。安心させるように。
「ちょっと疲れているけどみんな元気よ。会いに行きましょ。イレブン、顔に怪我してる。奥で手当を受けた方がいいわ」
「だ、大丈夫」
「ここで、傷から病気になって死ぬ人はたくさんいるのよ」
エマは僕よりずっと大人っぽくなっていて、子どもに言い聞かせる様にそう言う。僕は子どものまま立ち止まっている。
「魔法で治せるから……エマ、ほら」
「わ、前はメラしか使えなかったのに」
「僕だって成長するよ……今日はここまで来るのに魔力を使い果たしちゃったから無理だけど、明日からなら怪我している人を治せるよ」
二人がいるのなら、村のみんながいるのなら。僕は全力でここを手伝おう。だから考えた、少しでも役に立てそうなこと。でも聞いたエマは微笑むだけ。ちらっと僕の背負った血塗れの剣を見て。
「多分、イレブンの持ち場はそっちじゃないわ」
あぁ僕は戦いに出る側になるのか。それもエマが躊躇なくそう思うということはその基準は低いんだろうな。立って、戦闘ができる。これだけでいいのかも。
「ほらこの向こうに」
「うん」
エマは輪になって裁縫をしている女性たちに近づく。その中には、母さんがいた。母さんも怪我をしている様子はない。周りの女性たちに声をかけて元気づけている姿は懐かしくて、涙が零れそうになって目元をぐいっと拭った。僕は成人の儀式を終わらせた大人なんだから、泣いちゃいけない。
「エマちゃんおかえり。どうしたんだい、いい事があったのかい?」
「ペルラさん! ほら、あっちを見て!」
母さんがこっちを見た。手にした道具を取り落とすのも構わず、一気に顔は喜色に染まる。あぁ。良かった。母さん。
「イレブン!」
「母さん、ただいま!」
「あぁおかえり、イレブン、生きていたんだね!」
周りの人の視線が集中するのが分かったけど、今は母さんの腕の中で子どもの時みたいに安心していたい。大人なんだから、泣いちゃダメのはずなのに涙が頬を伝うのが止められなくなっていた。
母さんは母さんで、小さい頃の時のように僕が怪我していないかとか、そういうことが気になるみたいで血にまみれたままの頬にそっと触れる。
「もう治したよ、大丈夫」
「そうかい、良かったよ。イレブン、まぁこっちに来てお座りよ。随分疲れた顔をしてる。長いこと村を出ていたものね」
「……うん」
「血を拭いてすっきりおし。人の目が気にならないなら川で水を浴びてくるのもいい。ゆっくりお休み」
母さんは僕を丸太の椅子に座らせると頭を撫でた。かわるがわる僕の頭を撫でる仲間のことを思い出して僕はまた泣いた。声を出さなかったのは意地だった。エマが僕の手を取ったのも、セーニャやベロニカを思い出すことだ。
成人した息子が情けなくも泣き出したのに頭を撫で続けてくれる母さんの優しさは温かくて、そしてそれはどうしてもあの温かい人たちを思い出すのに十分だった。
なんだなんだと人がちょっと集まってきて、僕を知る村の誰かがわけを理解したらしく、そのうち僕は母さんの温かさだけに包まれた。
その中にはきっとエマのしょうがない弟を見るような優しさも混ざっていた。誰かが僕の頬を拭う。誰かが僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。よかったなぁと声をかけられ、でも僕はずっと泣いていたからその相手のことがわからない。
僕はこんなことになっても村のみんなが生きていたことに心底安堵したし、誰かが誰かを失ったという話を聞いても他人事になってしまった。僕のものは、失われなかった。
その後、デルカダール王に会った時には僕はもう落ち着きを取り戻して憎しみも怒りも何も残していなかったし、グレイグとともに村を守り、防衛線を守りきった時は僕でも戦えるという頓珍漢な自信をつけてしまった。
僕が失ったのは家族ではなく、記憶にない祖国ということになり、記憶がなくて、だから大して愛着もなくて、あるのは亡き母の形見と手紙だけとなった。僕は前のように誰かを振り払うことはしなくなったし、する必要も無いと思えた。
その後、多少の気まずさはあるものの、ツンケンしていない僕はそれなりに打ち解けたグレイグとデルカダールを取り戻した。その時、確かに苦戦はしたけれど致命的な傷を負うこともなくデルカダールを、そして太陽を取り戻せたから。
ホメロスは逃がしてしまったけれど、取り戻せたものは大きかった。だから、僕はだんだんあの胸を支配する罪悪感から解放されてしまった。僕が一番参ったのはカミュと二人逃げたデルカダールの地下水路で彼を思い出して、彼の無事が心配で不安に駆られたことくらいだった。
仲間や知り合いの死を直接見たわけではなかったし、経験したわけでもなかった。知らない人の死だけ知っていた。海底王国のことを思うとまだ胸がいたんだけれど、僕は薄情で、海ではなく陸に生きる人間だったし、実際彼女たちが死ぬところを見たわけではなかった。だから、彼女たちのことから目を逸らしていた。彼女たちもなんとか生きているんだと思い込んだ。
それに拍車をかけるようにグレイグとともに旅立った僕は割と早い段階でロウじいちゃんを、続いてシルビアを見つけることが出来たから、本当に楽観的になってしまったんだ。
きっとみんな生きているって。どこかで元気にやっているって。そう、根拠もなく思ったんだ。誰のおかげで生きているのかも考えないまま。僕はどこまでいっても考えの浅い上に弱い、誰かに守られる子供だったんだ。
僕は無条件に、あの温かい日々を取り戻せると信じていた。その点に関しての諦めのなさは勇者としてではなく、現実をちゃんと見れない子供の見る目のなさだったに違いない。
ロウじいちゃんを何の戸惑いもなく労り、シルビアに可愛がられても僕は嫌な顔を作らなくても良くなったし、素直に感謝できた。それがとても楽で、嬉しかった。誰かを遠ざけなくてもいいのは自分に正直なことだったし、つい、寂しかったぶん、たくさん甘えた。
かつての僕のことを対して知らないグレイグは微笑ましいものを見るような、複雑なものを見るような顔をしていた。追いかけ回していた悪魔の子がなんの脅威にもなりそうにないただの子どもだと知ったから、だと思う。
「カミュ、なにか困ったことはない?」
「ないですよ、イレブンさん」
「そう?」
記憶喪失になったカミュは自信なさげに困った顔をした。そんな顔はこの状態になってからしか見たことがなかったけど、もう見慣れてしまった。記憶のない彼には分からないだろうけど、僕が必要以上にカミュのところに行くのは罪滅ぼしなんだ。
あんなに守ってもらって、優しくしてもらったのに失うことに耐えられなかった僕はカミュに冷たくし続けた。だからか、天罰なのか、カミュはすっかり以前の記憶を失っていてなんで僕に構われるのかちっともわからないのだと言う。当然だ。
でも、恩返しをしたい。今度は僕がカミュを守って、優しくして、記憶を取り戻す手伝いをしたいんだ。
「イレブンさんには助けられっぱなしですね、オレ。戦闘でも、今も。オレ、あなたになにかしたんですか?」
「したさ。僕は君にたくさん助けられた。恩返しなんだよ、受け取っておくれよ」
「そうは言いましても、覚えてないんですよ……」
覚えてなくても。君は君だ。変わらない。僕はカミュに再会するまでのあいだロウじいちゃんとシルビアには出来うる限りの恩返しをした。次の仲間が見つかるまではカミュの番なんだ。出来るならカミュの記憶が戻ってからも恩返ししたいけど。
「僕は君に冷たかったんだよ。優しくされていたのに、今までね」
「え? 想像できません……」
「僕は優しくして、大切な人の一人であると自覚したら……故郷のみんなを失ったと思っていた僕は君もひどい目に遭うかと思ってた。そんな馬鹿なことあるはずないのにね」
カミュにどれだけ助けられたか、どれだけ優しくしてもらったのかを僕は語る。その度に僕がカミュにどんな酷い態度をとったのかも。これは贖罪だ。本人に余すことなく語るのが罪滅ぼしなんだ。
あの頼れる存在に戻ってほしい気持ちはもちろんあったけど、それよりもカミュには謝らなきゃならないことが沢山あった。僕の酷い態度について。そして感謝も沢山しなくちゃならない。カミュによって僕は救われたも同然だった。デルカダールの地下牢でも、旅の扉の祠の前でも、ダーハルーネでも。
恩を返さなきゃ。だから、回りくどい方法はもうよそう。直接伝えなきゃ。ねぇ、カミュ。そのほうがいいよね? そう俯いてぐるぐる考え込んでいると明るい笑い声が降ってきた。
「あはは、そんなの酷い態度になりませんよ。きっとオレ、気にしてなかったでしょ?」
「気にしてなかったのは、確かだけど」
「だってそんなイレブンさん、なんか懐かない子猫みたいでかわいい……あっオレ失礼なことを」
懐かない子猫。記憶のあるカミュもそう思ってくれてたらいいな。傷ついていないのなら。記憶喪失のカミュは穏やかで、あの鋭さをまるで失ってしまったようで、いつもおどおどと怯えているようだったけど根本的な強さというものは簡単には失われない。
カミュは、ほら、やっぱりあの兄のような顔をして僕を見ていた。
照れ臭くて以前のようにぷいっとそっぽ向きたくなるのを抑えた。僕は素直になるって決めたんだ。もうそういう態度をとったって意味は無いって知ったんだから。僕は弱くて、虚勢に意味はなくて、みんなを遠ざけるだけ意味はなかった。
「カミュは変わらないね……そういうところ」
なんとか僕はそう言った。カミュは微笑んで、僕は恥ずかしくてまた俯いた。
僕は安堵を重ねる。カミュの記憶はきっと戻る。そう信じていたし、カミュは記憶を失っても忘れなかった魔法でなんだかんだ以前と同じように守られていた。
何よりも母さんとは違う意味で条件反射的に頼れる存在の無事は僕を安定させ、冷静させてくれた。僕はカミュを尊重したという体で隣にカミュを置いた。僕のわがままは温かい日々よりも増長していたように思うけど、優しいみんなはそれに何も言わなかった。
優しさに甘え続け、僕は現実を見ることの出来ない子供であり続けた。
そして、それでも怖かった僕は誰かの何かになることは恐れた。母さんのことは母さんと呼んでいるし、ロウじいちゃんのことをおじい様とも呼ぶけれど、僕の何かとは絶対に言わないし、考えない様にしていた。
ほらうっかり、僕の相棒とでも言ってみたら、お前のものはすべて奪ってやるとばかりになにか恐ろしいものに攫われそうに感じたから。カミュが一度、オレはあなたの何だったのか? と聞かれた時にはすごく困って、困って、ただの相棒だったんだと答えた。
僕はもう勇者だと名乗りたくなかった。勇者だと言われたら肯定はするのだけど。力を失い、大樹を落とす魔の手を止められなかった僕に勇者はふさわしくない。名乗るわけには行かないんだ。
そんな僕の態度にカミュは何を思ったのか知らないけれど、それから聞くことはなくなった。
僕は、誰のものにもならないから。誰かの何かにはならないんだ。なったら駄目だ、奪われるんだ。そういう気持ちはまだ付きまとっている。呪いのように。
君は優しい。優しいから呪いの上から祝福をかけてくれる。
でも。僕はやっぱり未熟だった。ベロニカを失って、僕は自分がダメな存在だと悟った。僕の、大切な人は失われてしまうんだ。みんなは止めてくれたけど、僕は行くことにした。何も失われない世界になるなら……それで良かったんだ。
ほら、あの塔でも君は。
「もう一度お前と旅をするからな!」
本当にあの言葉は、僕の不安をかき消して、希望をくれたんだ。時の番人はあぁ言っていたけれど過去にもどって君に会えば……勇者の奇跡か君の奇跡か何かで、すべてを思い出してくれるだろうと。
僕は根拠もなく思った。
もちろん、根拠の無いことは起こらないし、奇跡というのは本来起こらないから奇跡なんだ。僕がたくさんの「勇者の奇跡」を起こすから、本当に起きてほしい奇跡なんて、起きないんだ。
「また会おうよ」
君に。また、会えたら。あの君に。君は僕の心を直して、そして掻き乱して、そればっかりだ。
君は何も知らない。知らないのが当たり前で、あんな過酷な世界の記憶を持っていないことの方が幸せで。これが正しいんだ。
なのになんで僕は寂しいんだろう? かつてのカミュに会うことを望んではいけないのに。
過ぎ去りし時の向こうで、失われなかったベロニカは笑っている。大樹が堕ちず、世界は崩壊せず、たくさんの人が死ななかった世界はこんなにも明るいのに。
オレたちの勇者様、とうっかり呼びでもしたらアイツは全力で嫌な顔をするだろう。それに聖地であるラムダに来てそこのヤツらに勇者と呼ばれるごとに嫌そうな顔をしていた。
そのたびに双子が勇者様は難しい年頃なのだと説明していたが余計表情が歪んでいるのに気づいていただろ、ベロニカは。もっとマシな説明もあっただろうよ。さっさと目的地に連れていったらあからさまにほっとしていただろうが。
それにしてもそのイレブンはどこに行った? さっきの、長老の話を聞いている途中にどっかに行っちまったみたいだが。ぼーっとしているところはあるが、人の話の途中にどっかに行くようなやつでもない。なんとなく、胸騒ぎがする。
その辺りにいるだろうと手分けして探しているが、これがどうしてなかなか見つからない。聞き込みをしても会う人会う人が聖堂に入る前のことを言うが、その後を知らない。これだけの人がイレブンを見ていないのにどっかに行けるなんて隠密の才能があるんじゃないか?
まぁあいつも子どもじゃないんだ、もとの場所に戻っているかもしれない。と、オレは決め込んで捜索を切り上げて聖堂に引き返すことにした。
階段を上っていくと厳かな雰囲気を湛えていたはずの聖堂が騒がしいような。気のせいか?
登りきると聖堂の扉は開け放たれ、見慣れたブラウンの髪が揺れていた。やっぱり戻っていたか。
いたが、様子が明らかにおかしかった。膝をついて、何かを抱えている? バタバタともがく何かを。
駆け寄ると、それはまぁよくわからない光景が広がっていた。
「ちょっとイレブン、そろそろ離しなさいよ……」
「ベロニカ、本当にどこもなにもない? 痛いとか、苦しいとか、ないよね?」
「無いわよ!」
「良かった、良かったよう……」
抱えられていたのはベロニカだ。暴れていたのにも納得する。自分よりでかい人間に抱きつかれてむせび泣かれているならそりゃあ暴れるだろう。
他にもおかしいところはある。今まで片手剣と盾で戦っていたっていうのに背中にはどう見ても両手剣としか思えないサイズの禍々しい剣を背負っていて、禍々しいと軽く表現したがその剣からは嫌な気配がこれでもかと立ち込めているんだ。
ただの盗賊くずれのオレでも禍々しさが分かるんだぜ? それを勇者であるイレブンが平然と装備している。これじゃ悪魔の子と呼ばれても言い訳ができないだろ。
……何か悪いものでも拾って食べたか?
ベロニカも力の差から振り払えないようだし、まぁなんだ、見つかったのはいいんだが、これは止めた方がいいのか? 止めた方がいいよな。
とりあえず振り乱したその髪の毛をさらさらと梳くように撫でた。さらさらの髪の毛は乱れはそれだけで簡単に収まった。イレブンはオレをゆっくりと見上げる。
おかしいな、ツンデレ勇者なのに振り払う気配はない。目には涙がこれでもかと溜まっていて、頬を伝う。くしゃくしゃの表情が少し、オレを見てマシになったような気もする。
「おいおい、探したんだぜイレブン。怖い夢でも見てたのか?」
「怖い夢? ……確かに怖い夢だったのかも」
「お? えらく素直じゃないか。なんにせよおチビちゃんが困ってるから離してやれよ」
無視するわけでもなく、うっかり返事してしまったというわけでもなく、わざとツンツンした返事をするわけでもなく至って素直なイレブンはベロニカを離すと謝った。目元を乱暴にぐいっと拭えばもう、泣いていなかった。
「ごめんねベロニカ。元気そうで安心したよ」
「もういいわよ。それにしてもさっきはどこにいたのよ」
「うーん……」
答える気は無いらしい。
「あぁそうだ、カミュ、あのね」
イレブンはにっこりと笑った。なんとなく、少しずつでもイレブンとの距離が近くなっていたように思っていたが、突き放される感覚があった。目元は赤かったが、少し子どもっぽさが抜けたような気もする。
「僕、みんなと離れるのやめることにしたんだ」
「……へえ?」
「みんなに誠実でいたい。突き放したら失わないとか、そんなはずないものね。僕、子どもだったよ」
いいや、いいや、その発言とその表情そのものがオレたちを突き放しているんだぜ?
わざわざ作らなければ緩んだ表情、ツンツンして素直でないように見せかけておきながらいつでもこっちが気になって仕方のない少年。それは、どこかになりを潜めたようにそこにはいなかった。
イレブンは綺麗に笑っていたが、その瞳の奥は完全に何もかもを諦めているように見えた。
つまり、悪化した。イレブンはオレたちをさらに突き放して、傷つけないようにと笑う。泣きながら、あの時から変わらず。
「じいさんが泣いて喜ぶんじゃないか?」
だがイレブンである、という根幹に変わりはないらしく直球の皮肉には気づかない。
「おじい様には今まですごく悪かったよね……僕。もちろん、カミュにも。大樹へ行くまでにも結構まだ登らなきゃならないと思うから、その時からゆっくり距離を詰めれたらいいな」
遠い。肩を叩いたりすれば、いつもなら。反応をしないように気をつけているのが丸わかりな反応を見せてくれるだろう。だが今は笑って流すだけだろう。
自然に。
不意に、こいつは誰だ? という言葉が浮かび上がる。何を馬鹿なことを考えた? いくら距離が離れてもイレブンはイレブンだ。
顔も、雰囲気も。柔らかい空気を失って、こびりついた悲壮の香りをさせて。だが変わらない、皮肉が通じないところも、その決意の意味もただただ自分だけを大切にしない、彼なりの優しさのあらわれ。
なぁ、一体どうしたんだ? どんな夢を見たらそうなるんだ?
オレはそれを聞きたかった。だが言えなかった。
ただひとつ引っかかったのは、マルティナが素直に受け止めるようになったイレブンに喜び、そのついでのように身長が伸びたように感じる、と言ったことに酷く動揺していたことだ。
マルティナが実際身長が伸びたように感じたかは定かじゃないが、イレブンはあからさまに動揺した。動揺を隠すのは幸い、前と同じで下手くそでオレは安心した。
ベロニカの無事への不安、姿を消した時間、怪しい剣、伸びた身長。オレは命の大樹を目指しながら頭の中で繰り返す。
だが、それはすぐに忘れられた。デルカダール王に取り憑いたウルノーガを倒すことや、勇者の星の正体である諸悪の根源、邪神ニズゼルファ。その存在を追うことになったからだ。
そして何より、イレブンは知っていたかのようにマヤを黄金の呪いから解放したからだ。勇者の剣と紋章に宿る力で、なんとも呆気なく。
マヤを取り戻せた喜びと感謝で、オレはイレブンへの違和感を一時忘却した。
イレブンはたしか、その時も微笑んでいた。勇者然とした、慈愛に満ちたようなやわらかな微笑みを。オレとマヤとの再会を本当に喜んでいて、オレの感謝をすんなりと受け止めて。
だが、オレがマヤを置いて戦いの最後までついていくと言った時は驚いていたのも事実だ。置いていかれそうになったことよりも、そんな薄情な人間に見られたことが悲しかったのを覚えている。
「また、旅をしよう。また会おうよ」
いつかの夜、お前がオレの顔を見て呟いていた言葉の意味はなんだ?
「なぁー……終わったな、相棒」
「終わったね」
「ならもういいだろ?」
「何が?」
僕という存在の生まれた意味ももう終わる。あと少し後片付けをすれば一つの国を滅ぼして存在した僕の意味はなくなる。そんな感傷に浸る暇も与えてくれないらしい。
ケトスに寝そべったまま、僕はカミュと言葉を交わしていた。彼は心底戦いと、そのあとに塔に登ったものだから疲れ果てていたけど、それは僕も同じだった。でも、なんとなく、僕にはまだ余裕があって、カミュにはないような気がした。
なのに、カミュは話すのをやめたくないらしい。大人しくこの気持ちの良い空気を浴びて……いっそ眠っちゃえばいいのに。僕は起きてるつもりだから、ちゃんと起こすのに。
「もう脅かすものは何も無いだろ」
「そうだね」
「諸悪の根源は滅んだし」
「うん」
「先代の悲劇もハッピーエンドだろ」
「そうだといいな」
「なぁイレブン、そろそろ認めてくれよな」
……いったい何を? カミュがわかるように説明してくれないなんて初めてで、僕は体を起こした。疲れのせいで理解力までやられているのかもしれない。
カミュは寝転んだまま、笑っていた。いつも僕の背中を押してくれるカミュの笑い顔の真意がどうしてか掴めなかった。
笑顔は見たこともないくらい晴れやかだった。
「答えはまた言うからさ」
「また?」
「約束だ、会いに行くから。約束があれば会えるだろ、なぁ、相棒」
「別に約束がなくてもいいと思うよ」
「いいや、約束だ。オレが会いに行くからな。もちろんイレブンが来てくれても構わねぇが、とりあえずオレが会いにいく」
しつこいまでに念を押すから僕は折れた。カミュも起き上がって僕の頭をくしゃくしゃにした。くしゃくしゃにしたのに、そのあとすぐに整えはじめるのがおかしい。
「オレも答えを出しておくから。約束だ」
「もう、意味わからないよ」
「それも含めて答え合わせ。な?」
そのあと、うながされるまま子どもみたいに指切りして。カミュという年上の男は結局僕を最後まで子どもだと思っていたらしい。邪神を滅ぼしても多分、過ぎ去りし日々のキャンプのように毛布にくるんで寝かしつける存在のままなのかな。なんとなく、嫌な気はしなかった。
嫌な気はしなかったけど次があったとしたら……あるならば。寝かしつけるのはこの僕だ。僕は真っ直ぐそれをカミュに言った。夜更かしが得意なカミュは生暖かい目をしていたけど、負けるものか。
みんなは僕達の子どもっぽいやりとりを見て穏やかに笑っていた。
そして、それぞれ帰るところに戻る前にまたデルカダールでまた宴会をした。宴会でもやたらカミュは隣にいた。いや、多分、いてくれたんだと思う。
なんとなくこのまま、行方をくらましてしまおうかと思ったのを引き止めてくれたんだ。勇者は世界を平和にしたあと、姿を消しました。だなんて、物語の最後によくある話だろ?
僕にはまだやることがあるのに、それをほっぽりだしてどっかに行くような責任感のなさを何とかとどめてくれたんだ。
さぁ、あとは少しの後片付けだ。カミュが僕に会いに来てくれるまでが期限。勇者由来の装備の行先を決めないと。勇者がいたというその証はどこに隠すのが良いだろう?
僕はもう、勇者じゃないのさ。セニカ様に力を渡してしまったから。僕が持っているのは相応しくない。彼女が持っていれば上手くいく。僕はバトンを渡したんだ。
だからもう、ただのイレブンだ。僕は。でもただのイレブンにしては世界中どこでも飛べるルーラがあったから日帰りで装備を各地に隠したりできた。冠を封印し、衣を宝箱に隠す。誰かが見つける必要は無い。
勇者がまた生まれて、見つける日が来るかもしれないけど。だから、見つけられないようなところでも保存状態には気を使った。盾だけはちょっと水場が近かったから錆び付いてしまうかもしれないけど。錆び付いた装備を何とかする鍛冶なら、勇者として、できるよね? できないかな?
勇者の剣は、ベロニカとセーニャとともに命の大樹に奉納した。そのとき聖竜からもらったロトの称号は都合よく忘れることにした。だってただのイレブンには分不相応だから。かつての、勇者の紋章が力を持っていた頃の勇者イレブンのものでいい。それはもう過ぎ去ったものだ。
そして。すっかりやることもなくなった僕がどこに隠居しようかこっそり検討しているとカミュがひょっこりきた。なんだかんだあの決戦から半年くらい経っていたような気がする。
その隣にマヤちゃんはいない。
カミュはかつてのフードに似た、でももっと丈夫そうな……例えるなら、旅人がよく着ているような服を着ていた。もしかしたら旅をしているのかも。盗賊のカミュもらしいものだったけど、旅人カミュもらしいな。
どっちもなににも囚われない感じで。僕と反対だ。
「よう」
「久しぶりだね」
「だな、結構時間がかかっちまった」
僕も後片付けが全部済んで、もうカミュの約束だけが残ったことだったよ。
カミュは僕の村での普段着をジロジロ見た。何の変哲もない青い村の服がそんなに珍しいのかな? 辺境の民族衣装っていうには僕の服は都会のものと比べても逸脱していないと思うけど。
「話があるんだが、その前にちょっと紫のヤツに着替えてくれねぇか?」
「着替え? この格好でも神の岩を登ったりできるから全然動けるんだけど」
「まぁ、ちょっとな」
何だろう。最近はやることもなく暇だったから僕はなんとなくで了承してカミュを木陰に置いていった。命の大樹の根っこが絡んだ木陰だ。
じいじの形見で、ユグノアの兵士服だった服は旅を経てちょっとは繕わなきゃならなくなったけどまだ全然着れた。
それよりもカミュがジロジロ見てた村の服の方が背が伸びたからか入らなくなっていて、これはデザインは同じだけど新しいやつだもの。とはいえ成長はしていたからインナーは新しいほうじゃないと入らなかった。ちょっと見ても見た目は変わらないかもしれないけど、僕は大きくなったんだよ。
そういえば家の中に母さんがいないな。と、思っていたら木陰でカミュと話していた。僕の服装を見ても何も言うことなく、母さんは僕達に手を振ってどこかに行ってしまった。なんだろう? 何を話してたんだろ?
「おまたせ」
「ありがとな」
カミュはにやっと笑った。魔物がお宝を持っていた時みたいな顔。
「じゃあ、掴まれ」
「え?」
いうが早いか、カミュはキメラの翼を放り投げる。とっさに掴まってしまったから、村が足元にどんどん小さくなってしまう。僕にはルーラがあるけど、ほかの人にやったら普通に誘拐だと思うんだけど。どこかでまた母さんが手を振っていたような気もした。
一方、カミュは僕の抗議の視線をさらっと受け流した。
「ちょっと! いきなりどこに連れていくのさ!」
「どこって……約束しただろ。まぁ場所まではしてなかったか。悪いな」
「……約束?」
約束って、セニカ様を見送ったあと、ケトスの上でしたやつでしょ? カミュがしつこく僕のところに会いに行くって言ってた。あれでしょ? キメラの翼で拉致とは聞いてない。
というかここは……導きの教会だ。僕たちの、旅の始まり。教会の近くには繋がれた馬が二頭いた。なんで? なんでここに。
いくら悪意を持つ魔物が減ったからって僕は丸腰なんだけど。魔法でなんとか出来るけどさ。
それにしたって拉致はよくない! 僕は久しぶりにカミュにそっぽ向いた。後ろで笑う気配がする。
「拉致……いやまぁ、それはだから悪かったって。でも約束は約束だ」
「もう、そればっかりじゃないか!」
「『オレたちはもう一度旅をする』」
ひゅっと息が止まった。その記憶を持っているのは、君じゃないんだ。君じゃないはずなのに!
振り返ると、もうカミュは笑ってなくて、真面目な顔をしていた。あの忘れ去られた塔で見送った時の悲壮な表情とどうにも被って見える。あの表情を、かつてを知らないカミュが見せることなんて、無いはずなのに。
「『また会おうぜ』。なぁ、オレと旅をしよう。約束しただろ、相棒」
「カミュ、記憶が……」
「あぁ。ずっとオレは考えていたんだぜ?」
カミュは語った。僕の違和感のことを。独り立ちをさせるためにマヤちゃんをメダ女に入れてからもずっと違和感を整理していたらしい。そして行き着いた事実から、記憶が少し、戻ったと。つまり目の前のカミュは……いいや、もうそんなことは良かった。
すべての記憶があるかないかなら、既に勇者の力を失ってから僕もだんだん曖昧になってきたような気もする。失った強烈な悲しみだけが胸の奥に残っていて、あの暗い空と焦げた匂いが記憶に焼き付いて、それから、覚えているのはいくつかの言葉と、光の中に包み込まれたあとの約束。
「それから認めてもらうとも決めてたんだ。相棒、そろそろお前の相棒だって、イレブンの口から認めてくれよ」
「あ……」
村の惨事を知ってから相棒と呼ばれても僕は、カミュを「勇者の相棒」だとずっと繰り返した。カミュを否定するように。僕を否定して。僕の何かであってはならないと。誰かの何かであってはならないと。そう呪いを繰り返して。
本当はカミュの相棒だと認めたくて、言いたくて。でも言ったら、カミュも失う気がして。焼かれた家の焦げ臭さが思い出されて、焼け焦げた大地の悲鳴が聞こえるようで。
僕は悪魔の子? ううん、そうじゃないんだ。そんなはずはないんだ。
もうすべて終わったんだよ。呪縛は解かれたんだ。
「カミュ」
「おう」
「『僕の』相棒、一緒に旅をしてくれる? もう一度」
「あぁ!」
馬に飛び乗る。カミュも乗った。追われていたあの日のようにカミュは僕に剣を渡した。丸腰じゃ不安だろって。すべてお見通しってわけだ。渡されたのは兵士の剣ではなかったけど、片手剣を選んだところがカミュらしい。勇者の剣以外は、大剣ばっかり使うようになっていた理由も知ってそうだ。
もう僕は失わなくていい。晴れやかな気持ちで、前へ進む。背中を支えてくれる存在ではなく、隣に立って、一緒に進んでくれる存在と。
誰のものにもならないから。
いいえ、いいえ。違うよ。かつての僕。
空の色をした相棒と、旅立つ日が来るよ。