うちの母港は確率がおかしいと思うんだ   作:出口のない周回

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確率がおかしい

 ──一体、いつになれば終わるのだろうか。

 

 執務室の机に座る私は、今回の出撃に関する報告を述べた目の前の女性に視線をやった。

 その蒼い瞳を真っ直ぐにこちらへ向けた、どこか気品を感じられる姿の彼女の名はフッド。第二艦隊の旗艦を務めている。

 

「……ええ。今回もこれと言った収穫はございませんわ、指揮官様」

 

「……そうか。ご苦労だった。皆にもしっかりと休息をとるように伝えておいてくれ」

 

 やっぱりか。

 なんとなく予想はしていたものの、少しばかり抱いていた期待を打ち砕かれるような思いに私は肩を落とす。

 これで何回目だ。最早数える事などとうに放棄した私には精細な回数などわからない。

 友人は三十回くらいで出ただのと言ってはいたが、今となってはその言葉の真偽は定かではない。ただ言えるのは、それが真実なら友人はとんでもない運の持ち主だと言うことか。

 

 どこか申し訳なさそうな顔を浮かべているフッドに、「貴女が悪いわけではない」と言っておく。

 

 事実、ただ単純に私の引きが弱いだけなのだ。

 彼女に責任等あるはずもない。

 

 

 

 さて、現在私が率いる艦隊の最高到達地点は6-1と呼ばれる海域。

 10-1だとかまで進んでいる友人等他の指揮官達と比べて、その進行は目に見えて遅い。それはさながら兎と亀のような。

 

 と、言うのも。それにはワケがある。

 私は今、とある問題にぶつかっているのだ。

 3-4と言えば、わかる者にはわかるだろう。

 

 そう。私は例の空母、赤城と加賀を持っていないのだ。

 どちらかしか持っていない、というわけではない。

 どちらともを持っていないのだ。

 

 かつてそんな存在を知らなかった私は海域攻略にそれなりに熱を持っており、6-1まで進めたものだ。

 しかし、友人より3-4で強い空母が手に入ると聞いてからというもの。今までの海域の中で他に見落としがないか、と様々な資料を読み漁った。

 やがて私は周回と言う名の深海に沈み、気が付けば執着と言う名の海藻に足を絡めとられていたのだ。

 

 そこからは毎日毎日3-4を回り、時には5-1を回り。

 そして先ほどのように毎回同じ報告を聞く。そんな日々が続いている。

 

 おかげさまで練度百の艦が何体になったことか……。

 

 

 フッドが部屋を退室した後、私は一時中断していた手元の書類とのにらめっこを再開していた。

 机の上では書類が小さな山を形成しているが、それでもこんなのはほんの一部でしかない。

 何せ背後には、既に必要な処理を施した紙の束が高く積まれているのだ。

 全く、秘書艦のウォースパイトが居なければどうなっていたことやら。

 

 

 太陽より降り注ぐ赤みがかった光が弱まり、ぽつぽつと建物の中に光が灯り始めてきた頃。

 不意に、誰かが執務室の扉を叩いた。

 私の「入れ」と言う入室を許可する言葉と共に木製の扉が開かれ、姿を現したのはエンタープライズだった。

 手元の書類から目線を外し、顔を上げる。彼女の手に見えるのは少量の書類。

 

 ……はて、何か彼女に頼んでいた事があっただろうか。

 

 そう頭を悩ませる私の目の前までつかつかと歩み寄ってきた彼女は、抱えていた書類を差し出すと口を開いた。

 

「指揮官、建造結果についての報告書だ」

 

 ああ、そう言えばイベント限定艦のために回していたんだったか。

 しかし、いつもなら明石がしれっと机の上に置いていくのだが……。

 まあ大方、明石が手を離せない状況にあり、それを見かねたエンタープライズが代理として持ってきてくれたのだろう。

 

 私は軽く礼を述べて書類を受け取ろうと手を伸ばすも、彼女が書類を掴んだまま手を引っ込めたのでそれはかなわなかった。

 

「いや、指揮官はそのまま作業を進めてくれ。私が読み上げよう」

 

 そう言い、自身の胸の前辺りに書類を持っていった彼女の提案は有難いものだった。

 できれば机に積まれた書類共とは早々におさらばしたい。

 

 ……いや。

 ありがたい、のか……?

 

 書類と内容が混ざって変な事を言ってしまわないよう聞くことに集中すれば当然、書類は疎かになる。

 となると、何も変わらない。

 

 「やっぱり自分で読む」と静止の言葉を告げる間も無く、彼女は私が現在座る椅子に詰めるように座り、耳元で囁くように報告を上げ始めた。

 正直、一人用の椅子に二人で座るのは無理があると思う。ほとんど私の膝の上に彼女が座るような形になっているしな。

 別に私は耳が遠いわけではないのだから、そう近付く必要もないのではないだろうか。

 

 しかし彼女が上司である自分の為にわざわざやってくれている以上、無下に扱うわけにもいかない。

 おそらくこの距離も書類を進める私が一言も聞き逃すことがないようにとの、彼女なりの配慮なのだろう。

 

 私は一旦手を止め、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

 

 端的な建造結果としては、SSレアが三体と残り七体はN。

 

 良い。

 確率的には良い流れだ。

 

 流石に三体も居れば、その中の一体くらいは限定艦だろう。

 

 そんな期待を胸に抱えていた私の耳に突き刺さったのは恐るべき事実であった。

 

 三体ともサンディエゴ。

 

 その言葉を突き付けられた瞬間、目の前がほんの一瞬ばかり暗くなった。

 

 三体が三体ともサンディエゴだと……?

 なるほどな、これが正しく3ディエゴと言うことか。

 

 いや、おかしいだろうこれは。

 うちのドックには既に星6のサンディエゴ、謂わば5ディエゴがいるんだぞ。

 もうそれこそ3ディエゴどころではない。

 実質8ディエゴだ。

 

 あまりにも辛く厳しい現実に私は頭を抱えた。

 

 

 ガタン。

 

 視界の端で、書類作業を手伝ってくれていた秘書官のウォースパイトが立ち上がったのが見えた。

 

「たしか……エンタープライズ、と言ったかしら。貴女、それは上官に対する距離としておかしいのではなくて?」

 

「指揮官は、私と共に数多の意志を背負ってくれるかもしれない人だ。ならば、もはや運命共同体と言って良い私達の距離はこれが適正なはずだ」

 

 ウォースパイトとエンタープライズ、両者の鋭い視線がぶつかり合う。その様を形容するなれば『火花が散るような』と言う言葉が正しいだろう。

 

 また始まった。そんな思いを胸に二人のやりとりを私は呆然と眺める。

 

 一体何が原因かは知らないが、いつからか二人はこうして衝突することが多くなった。

 昔は同じ第一艦隊に居る古参メンバーとしてそれなりに仲が良かったはずなんだが。

 

 まあ私が何かした所で解決できるような問題でもないだろう。それに放っておけば大抵は勝手に収まる。

 

 ウォースパイトがエンタープライズの胸ぐらを掴み、膝の上に乗った彼女の腰が少しばかり浮く。

 私はその隙を狙い、二人の邪魔をしないようにそっと執務室を後にした。

 

 できることなら書類を終わらせてしまいたかったが、ああなってしまっては手の出しようがない。

 その件に関しては、落ち着いた頃に彼女らも手伝ってくれるだろうと期待しておこう。もし手伝ってくれない場合は……まあ、頑張るしかないな。

 

 そんな最悪の事態を想定し、私は拳を握りしめて気合いを入れ直す。

 と、そこで、船の帰港を知らせる汽笛の音が聞こえた。

 そう言えばそろそろ委託任務に出向いていた艦が帰ってくる時間か。

 

 どうせ執務室にはしばらく戻れないのだ。このまま彼女達の出迎えに行くとしよう。

 今日はいつもと違って随伴する秘書艦がいないが、まあなんとかなるだろう。

 

 私は楽観的な気分で港へと向かった。




 正直、3ディエゴって書きたかっただけなんだ……。

 十連3ディエゴを体験した人は結構居るはず。私はそう思いたい。

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