「第一委託艦隊、旗艦レナウン以下六名帰港しました! お出迎えありがとうございます、指揮官様!」
小さな波が寄せては返す、潮風の香る港に六つの影があった。
沈みかけた夕日に赤く染められた海を背に、どこか気品を感じる少女が他の少女らより一歩前に出て、敬礼と共に凛とした声でそう述べる。
フッドのものと比べるとやや小さい青のケープが風に揺れた。
彼女の名はレナウン。先ほど彼女自身が名乗った通り、第一委託艦隊の旗艦を任せている。
第一委託艦隊は基本的にレベリング用の艦隊であり、上級○○の委託へと着工したばかりの者や経験が浅い者を向かわせるのだが、そのまとめ役として練度百の彼女を付けているのだ。
着工したばかりの艦船達は色々と不安に思う事もあるだろうが、レナウンなら上手くまとめ上げてくれると私は信頼している。
「ご苦労だった。各自休息をとってまた明日に備えてくれ、以上だ」
私の言葉にレナウン以外の艦は寮舎へとそれぞれ戻って行った。
「それではまた後ほど、今回の任務について記した報告書を執務室までお持ちします!」
一人残ったレナウンはそう言う。
とりあえず全員が寮舎に戻るなりなんなりするのを見届けてから執務室へ戻ろうとでも思っていたのだが、なぜか彼女はその場から動く様子がない。
はて、と私が首を傾げると、彼女も同じく小首を傾げた。
「えっと……、報告書を書くんじゃないのか?」
「え、いえ? 既に完了していますので……」
彼女は「何を当然な」とでも言いたそうな無表情で再び小首を傾げる。
いや、うん。
さすが練度百、と言うべきなのか?
「あー……、ならここで受け取っておくとしよう」
「了解しました。確認をお願いします」
うん。多分まだ執務室には戻らない方がいいだろう。
彼女が何処からか取り出した書類を受け取り、目を通す。
それぞれが獲得した経験値、消費燃料、獲得資金。そして獲得メンタルキューブの数。が記されていた。
手に入れたキューブの個数は相変わらず五個と最低数ではあるが、元々の所持数と合わせるとまた十連建造が可能な数にはなったはずだ。
と、なれば。やるべき事は決まったと同然である。
どうせしばらくの間は執務室に戻れないのだ、時間潰しにも最適だろう。
などと適当な理由をつけ、勝手に心の内で納得した私は建造ドックへと足を向ける。
建造ドックへと続く静かな廊下に靴が床を叩く音が響く。
私の足音とは別に、もうひとつの足音が重なるように追従していた。
現在はおよそ夕食時であり、大体の艦は食堂へと集い食事を行っているだろう。
そしてこの廊下の先には建造ドックしか存在せず、寮舎や食堂は真反対の方向とは言わないが既に通りすぎている。
そのため、今この時にわざわざこの廊下を歩く者など私くらいしかいないはずだ。
私が立ち止まると、追従するもう一人も同じよう立ち止まる。
「……? どうかされましたか?」
振り返ると、背後のレナウンが不思議そうに小首を傾げてそう言う。彼女の青い瞳と目が合った。
私は彼女に「問題ない」とだけ告げると再び前へと向き直り歩を進める。
そして当然の如く彼女も私と同じく歩き始めた。
いや、『問題ない』ではない。
どう考えても問題ありだろう。
なぜ彼女、もといレナウンは着いてくるのだろうか。
任務終了直後だと言うのに、先ほどの報告書類を私が受理してから彼女は一度も部屋に帰っていない。
よくわからないが、彼女はそれが当然かのように私の側を常としているのだ。
任務とトイレと睡眠の時くらいだろうか。彼女が側にいない時と言えば。
……厳密には睡眠の時にいないと言えるのかは定かではないが。
前になぜ着いてくるのかと聞いた時は「……変、でしょうか?」と返された。当然、私が聞きたかった答えにはなっていない。
それ以降、私は特に気にしていない様子を装ってはいる。
正直なところ、とても気になる。
何か言いたい事があるのならば言ってくれれば良いものを。と言っても彼女の様子からするに、何かがあるわけではなさそうだ。
ふと、少し進んだあたりで立ち止まり、再度後ろへと振り返る。
何か、物を落としたような音が聞こえた気がしたのだが。
足元や周囲を軽く見回すと、レナウンの後方数メートルの辺りに何かプラスチックの……筒(?)のようなものが落ちているのが目につく。
自分の持ち物にそんな物の見覚えはない。
「……レナウン、あれは貴女の落とし物か?」
私が指し示した方向へと振り返りソレの存在を確認した彼女は私の言葉に肯定し、急いでそれを回収して戻ってきた。一連の動作を眺めていたが、どこに収納したのかは全くわからなかった。
そんなに急ぐ必要はないのだが……。
そう思いつつも再び建造ドックへと止まっていた歩を進める。
しかし何に使われるのだろうか、あの……筒は。
いや、遠目からは筒にしか見えなかっただけで何か別の物なのかもしれない。
まあそれを考察する理由は特にないが、こうして色々と考える事が普段の思考力に繋がるのだ。
と、あれこれ考えている内に建造ドックへ到着だ。
それほど宿舎や食堂等がある区画から離れているわけではないので、当然と言えば当然である。
「どこ行ったにゃ~……」
建造ドックに入ってまず目についたのは何かを探している様子の明石の姿だった。
右へ左へ行ったり来たり。何やら慌てているように見える。
何か大事なものでも無くしたのだろうか。
「にゃ~……。にゃっ! 指揮官~、報告書はもう少し待って欲しいにゃ~!」
こちらに気付いた明石が、紙束の山を漁りながら片手を上げてそう言った。
報告書、と言うのは建造結果についてのモノのことだろうか。
もしそうならエンタープライズが先ほど届けてくれた、という事を伝えると明石はほっとしたように一息つき手を止めた。
書類を無くしたと思い、焦って探していたらしい。
紛失してしまうかもしれないような環境もどうかと思うが、私の執務室も似たようなものなのであまり言えない。
「……それで指揮官、今日は何のようかにゃ?」
「ああ、いつものを頼む」
明石は私の言葉に「了解にゃ~」と言いどこかへ行ったかと思うと、建造素材であるメンタルキューブを大量にくくりつけたロープを引っ張って戻ってきた。
明石の身長とだいたい同等くらいのそれの数は目測でざっと数えて約二十個。約、ではなくぴったりと言った方が正しい。うちのキューブ事情は寂しいものであり、現在はそれが最大個数なのだ……。
それはさておき、一度、キューブをひとつだけ持ってみた事はあるがそれなりの重さを有していた。それなりとは言ったものの、ひとつを持つので手一杯なほどだ。思念体という話だが、何故それほどの質量を持つのかは不明である。
それを軽々と運んでしまう彼女達。艦船である以上、人とは馬力が違うのだろう。しかし、あの小さな体のどこにそんな力があるのかと毎回思う。
そしてそれと同時に、彼女達に本気で殴られでもすれば私は文字通り弾けてしまうのだろう、と。
好かれずともなるべく嫌われないような行動を心がけねば。
それはそうと、私の建造依頼に慣れている明石は数を言わずとも私が求めている回数を回せるだけの量をぴったり持ってきてくれる。まあほとんど十連なのだが。
「にゃー……。じゃあ特殊建造で実行するにゃ」
明石は少しのあいだ私の顔を見て、そう言った。そして私の確認を取ることもなく、よく分からない機械へとキューブを投入していく。
本当に明石はこの作業に手慣れたもので、私の顔を見ればどの建造方針を求めているのかがわかるらしい。機械と同じ、よく分からない技術だ。
「……明石」
「了解にゃ~」
ドリルを頼む、と言おうとしたところで明石が被せるようにそう言った。そして再びどこかへ行きドリルを手に戻ってきた。
まだ名前しか呼んでいないのだが。
慣れと言うのは凄い。そう納得することにしておこう。
「この明石を誰だと思っていやがるにゃ!!!」
明石は叫び、メンタルキューブが投入された謎の機械へとドリル片手に突撃していった。
やがて轟音と共に衝突し、機械は明石を巻き込んで強烈な光を放つ。その際に建造ドック全体が大きく揺れた。
この揺れは……SSRだな。
いや、そんなことよりも建造ドック自体が壊れそうだ。毎度のことではあるが、よく崩壊しないものだな。
やがて光は収まり、そこには稼働が終わった機械と何かをやりきったような表情を浮かべる明石の姿があった。
「いつも通り、全員直接寮へ送っておいたにゃ。一応これが建造結果にゃー」
そう言って手渡された一枚の紙。
艦船による自己紹介がなかったということはつまり、新規の艦船は居なかった。そういうことだ。
が、しかし。既存の艦船だとしても限界突破など戦力増強の効果は得られる。
要するに、だ。
もうサンディエゴじゃなかったらなんでも良いよ。
意を決して手元の書類に目を落とした。
……ウォースパイトだった。
残りの九体は全てN。
確率の偏りが……。
サンディエゴじゃなければなんでも良いと言ったが、あれは訂正しておこう。
古参メンバーであり秘書艦でもあるウォースパイトは星6、つまり限界突破最大に達している。それに加える形でウォースパイトは後二人いた。
つまり現状、星6ウォースパイト+ウォースパイト×3である。
せめてRやSRであれば勲章と交換できるのだが、SSRともなると……。
「大丈夫ですか、指揮官様? 具合でも悪いのですか?」
頭を抱える私に、レナウンがそんな言葉をかけてくる。
「か……」
「か……?」
「確率がおかしい……」
SSRはなんかもったいなくてサンディエゴですら退役できなくてどんどん溜まっていってる。
むしろ二体目の星6が居る。
とか言う人は他にもいると思うんだ。
いや、そう思いたい。うん。