うちの母港は確率がおかしいと思うんだ   作:出口のない周回

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『しゅんかんいどう』はおかしい

 青い空、白い雲。寄せては返す、波のさざめき。

 指揮官の任についてからは見慣れた光景だ。

 

 船の影すら見えない水平線をぼんやりと眺めていると、手元の釣竿から引っ張るような力を感じる。

 私は座ったまま、さほど力を入れずに竿を引く。少しの抵抗の後、きらきらと輝く海面から小さな影が飛び出した。

 釣り針にかかったソレは、小ぶりな魚。名前はいまいちわからないが、焼けば食べられないこともないだろう。

 私はその魚から釣り針を外すと、傍らに置いてあるそう大きくもないバケツへと放り入れる。

 水の張られたそのバケツには今しがた釣り上げた魚と同じような魚が数匹、ところ狭しと泳いでいた。

 

 とりあえず、今日の食糧はこれで事足りるだろう。足りなければまた後で釣りに来れば良い。

 

 私は釣竿をバケツの隣に置くと再びコンクリートの地面へ腰を下ろし、遥か遠くの水平線へ目を向けた。

 

 

 さて、本日に処理しなければいけない書類は幸いにも少なかったため午前中に終えてあるとは言え、休日でもない日に私は何をやっているのだろうか。

 そんな考えが頭をよぎったが、この状況では仕方ないと自分自身を納得させるかのように何度か頷く。

 

 不意に、背後からバチバチと空気が弾けるような音が聞こえ、振り返るとそこに居たのは。

 

「──エルドリッジ。こちらは駄目だった。船など小船すら見当たらなかった」

 

「……人、居なかった」

 

 私と同じように水平線の方へと体を向けて、隣にちょこんと座ったエルドリッジは、いつもと同じような口調でそう呟いた。

 

「そうか……、ご苦労だった」

 

 私はエルドリッジの頭を撫で、再び後ろへと振り返る。

 視線の先にはつい先刻も探索した、今は打ち捨てられ、かつては前線基地として建設されたのだろう廃墟。

 そして人の手など届いていないことを示すかのように草木の生い茂った深い森。

 

 どうやら現在いるこの場所は無人島らしい。

 

 

 

 

 さて、どうしてこうなったのか。

 

 

 遡ること数時間前、正確な時刻を覚えてはいないが正午よりは前だったはずだ。

 

 事務作業が午前中に終了した私は手が空いたわけだが、暇をもて余すことは無かった。前々からこういう時間には様々な資料や、ネットの情報に目を通していた。

 艦船である彼女達自身の情報はあまりないが、彼女達への理解を深めるためにその元となった艦について少しだけでも知っておこうと、まあ始まりはそんな動機からではあった。

 

 その時の私は、様々な箇所で噂としてまことしやかに囁かれているフィラデルフィア計画に目を通していた。

 まあ当然、資料として残っていたりするわけではないので、あくまでも噂話程度の情報をかき集めていただけにすぎない。

 

 そしてフッドが旗艦を務める第二艦隊にエルドリッジを編入させて、最近行き詰まっていた(元より目的の物がドロップしたことはない)3-4ではなく、5-1へと出撃させた。

 たしか「行けエルドリッジ。その電磁力(?)でコンセント、もとい127mm連装両用砲の設計図を手に入れろ」とか考えていたはずだ。

 おそらく3-4周回という悪魔にまとわり憑かれて疲れていたのだろう。

 

 まあ私の目論見通り設計図は獲得したのだが、作戦完了の報告に来たエルドリッジに飛び付かれて、受け止めた瞬間目の前が真っ白になったと思えばここに居たわけだ。

 

 

 

 さて、こうして思い返してはみたものの。わけがわからない状況であることはたしかだろう。

 ため息をはきそうになった所、隣のエルドリッジにつんつんと指でつつかれた。

 

「……指揮官、大丈夫。エルドリッジがいる」

 

 そう言った彼女の顔はいつもと同じ無表情であった。

 いや、ほんの数ミリにも満たないほどだがいつもより口角が上がっているような気がする。あるいは私がそう思いたいだけか。

 

 彼女自身もこんな場所に上官である私と二人きりになるような状況になってしまって辛いはずだが、暗い顔を見せないように気を使いながら、私を元気付けようとしてくれているのだろう。ありがたいことだ。

 

 私はエルドリッジに感謝の言葉を告げ、再び水平線を眺める作業に戻った。

 

 

 小さな影が私の頭上をよぎった。

 大空を自由に羽ばたく鳥達が、何かを伝えあうかのように囀ずっている。私にも彼らのように大空を自由に駆けられる翼があれば。

 

 太陽は真上よりやや傾いていた。

 今は十二時を少し過ぎたくらいだろうか。

 そう認識した途端、腹が空腹感を訴え始めた。

 

 そう言えば、ここに来てから昼食をとっていなかった。

 

「指揮官、腹減った」

 

 バケツの中の魚を眺めていたエルドリッジもそう言った。

 

 そろそろ食事にしよう。

 私は立ち上がり、背後の廃墟と化した元前線基地へと足を運ぶ。

 コンクリートの建物内部を歩いて行き、火を着けるのに便利な着火剤とライター、そして少量の飲料水を手にエルドリッジが待つ海岸へ。

 物の場所は、先ほど探索した時にある程度覚えておいたのだ。記憶力はそこそこに良い方なのが幸いした。

 

 この元前線基地は、よほどの急ぎで打ち捨てられたのか持ち運ばれなかったであろう保存食や飲料水、様々な物資等がそれなりにあった。が、どれほどの期間ここに居なければいけないかもわからないため、体力がある今の内は保存食に手を付けたくなかった。

 それに加え。……何と言えば良いのだろうか。

 何故かはわからないが、保存食や飲料水が長期保存されていたようには見えなかったのだ。

 いや、地下の貯蔵庫で埃を被っていたような物なので古いのは間違いないはず。

 が、そこそこ新しい物のような、何故かそんな違和感があった。

 水は手を付けざるを得ないので仕方なしと納得したが、保存食に関してはどうしようもなくなった時の最終手段として使わせてもらうことにした。

 

 

 海岸に戻った私は着火剤とライターで、薪に火を着ける。薪はエルドリッジが森から集めてきてくれた。

 ライターが湿気っていた場合は少し手間であったが、問題なく火を起こせたのですぐに食事にありつけそうだ。

 灰色の煙が空高く立ち上る。

 

 適当に森の木々から拝借した枝を串にして魚を刺す。口にするものなので、串に使った木は私が取りに行った。

 毒を持っている植物や生物等の知識は指揮官になるにあたってある程度は学んである。

 知識を持っているのならばそれを利用しない手はないだろう。

 

 魚を火に掲げるように串の端を地面に刺し、ゆらゆらと風に揺らめく火を眺めていると、やがて魚が焼ける香ばしい匂いが鼻を刺激する。

 そろそろ食べ頃だろう。

 調味料等の贅沢なものは無いが、ここでの生活が長くなりそうなら塩くらいは作ることを考えても良いかもしれない。

 と、まあそんな考えは後に回すとしよう。

 

 私は静かに手を合わせると、串に手を伸ばし魚にかぶりつく。

 淡白な味だが美味である。やはり食べることにおいては空腹が一番の調味料だ。

 

 ふと、隣に座っているエルドリッジへと目を向ける。

 彼女はその小さな口で小動物のように少しずつ魚を食べていた。

 

「……指揮官、おいしい?」

 

 私の視線に気付いたエルドリッジは食べるのを止め、そんな言葉をかけてきた。

 私を気遣ってくれているのだろう。

 

「……ああ。エルドリッジはどうだ?」

 

「……ん。楽しい」

 

 肯定して、同じような言葉を投げかけるとそう返ってきた。

 エルドリッジも楽しんでいるらしい。

 

 いや、何か違う答えだったような気がする。言い間違いだろうか。

 まあそう深く考えたところで特に意味はない。

 黙々と魚を食べるエルドリッジの姿を尻目にそう納得し、私も同じように食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここに集まった者達よ。諸君らはそう、わざわざ言われるまでもなく知っているのだろう。指揮官が消えてしまった事を」

 

 現在、執務室には多数の艦が押し掛けていた。まるで、大規模な作戦が始まる前かのように。

 と、言っても誰かが召集をかけたわけでもなく、ただあることを知っている者達が事実を確認すべく集まっただけにすぎない。

 

 そんなまとまりの欠片もない者達をまとめるべく、ウォースパイトはそう言葉を発し集まった面々を見渡す。それと同時に執務室内の一見特に何の変哲もないように見える所々を照らし合わせるようにちらと見た。

 

 全員が集まっているわけではない、か。

 

 当然、ウォースパイトは他の艦船達が仕掛けたカメラや盗聴機の位置や数は把握している。秘書艦としての嗜みだ。

 

「率直に言わせてもらうけど、あのガキよくもやってくれたわね。全く面白くないわ」

 

 そう声をあげたのはプリンツ・オイゲンだった。

 いつもの飄々とした態度は微塵も見られず、その顔に表されたものは怒りと言う感情のみ。

 姉のアドミラル・ヒッパーや、壁にもたれかかっているグラーフ・ツェッペリン。他の鉄血勢力は何を言うでもなく、静観していた。その態度は、それが我らの総意であると示すかのよう。

 

「面白くないと言う意見には同意するが、エルドリッジが故意に起こした事かはわからないだろう」

 

「……何? お前はアレの肩を持つわけ?」

 

 淡々と、冷静にそう述べたエンタープライズ。

 当然の如く、気が立っているオイゲンはエンタープライズの発言に対して噛みつく。

 それに対し、エンタープライズは面倒だとでも言わんばかりにため息を吐き、その蒼い瞳を静かに閉ざした。

 

 集まった他の者達も言葉を発するわけではないが、ほとんどはオイゲンと同じように怒りのような感情を抱いているのだろう。

 殺伐とした、険悪なムードが場を満たしていく。

 

「……私としましては、オイゲンさんに同調するわけではありませんが。彼女、エルドリッジさんがテレポートのようなものをするという事は指揮官様から度々、話の種として伺っておりましたので。実際に目の当たりにしたのは初めてですが、ええ。やはり……、この件は意図的に引き起こされたものではないかと、そう邪推しますわ」

 

 そんな中に、フッドが更に火に油を注いでいくような発言をした。

 当然、フッドとしては特にそのような心づもりなどないのだろう。あくまでも、現場を直接見た者としての発言であるはずだ。

 

「──フッド。そう結論付けるには、まだ早いわ。そして、今私達がしなくてはいけない事はそんな些細な事ではないはずよ」

 

 ぱん。と、乾いた音がそう広くない執務室に鳴り響き、続いてウォースパイトの声が通る。

 危うく皆の矛先が現在この場にいない、事の発端となったエルドリッジへと向きそうになるも、ウォースパイトは話を切り換える方向へ持っていこうと考えた。

 これも偏に、指揮官より秘書艦としての地位を与えられ、母港を任されているという責任感によるものだ。

 

「──まず、第一に行わなければならないのは指揮官の捜索だ。決して、原因の究明などではない。全ては指揮官の身の安全が確保されてからだ。この件において我らは所属の壁を越え、一時的に共同戦線を結ぶ事を提案する!」

 

 ウォースパイトの地の底から轟くようなそんな発言に、所々から同意するような言葉が漏れ始め。皆がまとまるかに見えた。

 しかし、いつの間にか本来なら指揮官が座っている椅子に腰かけていたグラーフ・ツェッペリンが不穏な空気を纏わせて口を開いた。

 

「──ふ。流石はロイヤル、と言ったところだ。人の上に立つことに慣れている」

 

「……何が言いたい、グラーフ・ツェッペリン」

 

 どこか嘲るようなグラーフの物言いに、ウォースパイトは食って掛かるような言葉で返す。

 睨み付けるような眼光のウォースパイトを愚弄するようにツェッペリンは鼻で笑い、首を振って見せた。

 

「──なに。言いたいことなど何も無い。ただ、我ら鉄血は我らで行動させてもらう」

 

 そして、静かにそう言うと外套をひらひらと揺らしながら執務室を出て行った。

 

「──何者でもない私はただ縁をたどるのみ。私と、愛する人の間に、たしかな縁があるならばやがてたどり着く」

 

「全く……しょうがねぇやつだなぁ、指揮官は。このZ1様が姉貴分として、探しに行ってやるか」

 

 鉄血に属する者達はグラーフ・ツェッペリンに続くように一人、また一人と去って行き。やがて、執務室内に残った鉄血の艦船はプリンツ・オイゲンただ一人。

 しかし、エンタープライズへと一度鋭い視線を向けた後に彼女も他の鉄血艦船らと同じく去って行った。

 

 鉄血艦船らが出て行ったため、先ほどより窮屈でなくなった執務室。

 室内を軽く見渡したウォースパイトは、指揮官に任せられているにも関わらずこのような不甲斐ない事となってしまい強く握りしめた拳を震わせる。

 

 一方、今しがたプリンツ・オイゲンに睨まれたエンタープライズはと言うと、やはり我関せずとでも言うかのように瞳を閉ざしたままだった。

 

「……エンタープライズ。貴女、今日はやけに静かね。つい先日、騒ぎ立てて指揮官へ追及していた姿からは想像もできないわ」

 

 思うように立ち行かなかった苛立ちからか、ウォースパイトはエンタープライズへ対してそんな言葉を放つ。

 彼女はその言葉に反応してか、今まで閉ざしていた眼を開いた。

 

「……この程度は私と指揮官、二人にとっての障壁にもならない些細なことだからな」

 

 彼女がそう言うと同時、開いていた窓から何かの影が室内へと飛来する。突然のことに皆が身構えたが、飛来した何かはエンタープライズが常々連れている鷹であった。

 飛来した鷹、いーぐるちゃんを肩に乗せたエンタープライズは、ばさりと外套を翻した。

 

「……どこへ行くつもりかしら?」

 

「指揮官を迎えに行く。ここへは皆の様子を見に来ただけだからな。暴走する者が居れば不在の指揮官に代わって止めるつもりだったが、その必要はなかったようで安心した」

 

 執務室の出口へ向かって歩いて行くエンタープライズの背中へ向かって、ウォースパイトは声を投げかけたが、エンタープライズは振り返る事もなくそう返した。

 

 皆をまとめるようなつもりはないが、指揮官の代理かのようなエンタープライズの言葉に「何と言うことだ」と、ウォースパイトは膝から崩れ落ちそうになる。

 しかし、自分は正しい事をしている、とウォースパイトは首を振った。

 一度でも、エンタープライズの方が秘書艦に相応しいのかも知れない、とそう思った自分が腹立たしい。

 

「……どうでも良いことだが、ここには貴女達ロイヤル艦隊しか残っていないぞ。動かなくても良いのか?」

 

 執務室を去る間際、エンタープライズが立ち止まって残していった言葉にウォースパイトは周囲を見渡す。

 たしかに、残っているのは自身含めロイヤルに属する艦船のみであった。

 鉄血艦やエンタープライズに気をとられすぎたようだ。

 

 ひとつの物事に集中するあまり、全体を見れないなど上に立つ者としては論外だ。

 やはり、自分は秘書艦に向いていないのだろうか。

 と、ウォースパイトは考えるが、首を振ってそれを否定した。

 

 自身が秘書艦に相応しいかどうか、全ては指揮官が決める事だ。

 そして。秘書艦に任命された以上は、その立場に相応しくあらねばならない。

 

 ──そうでなければ、指揮官の判断が間違っていたと言うことになる。

 

「既にご主人様の居場所の特定は済ませております。いかがなされますか? 陛下」

 

「……ベル、出撃の準備を。私が出るわ」

 

 ────指揮官が判断を誤ることなど、あるはずがない。

 

 俯いていた顔を上げ、ウォースパイトは傍に控えていたベルファストへ凛とした声で告げた。

 




 そういえば、アズレンのアニメ始まったよね。
 アニメ見てるともうね、面白いんだけどすっごいダメージ受けるんだよね。
 自分書いてるこれに出てくる艦船達の口調とか設定とかその他諸々の差異にね、もうめちゃくちゃ死にそうなるわけね。

 うーん。


 あ、それと。
 聡明な方々は既に気付いてらっしゃるとは思うんだけど。

 ここ、『勘違い』タグほぼほぼ機能してないんだよね。

 どうしてこうなった……。
 本当はこう、もっとなんか、色々とさ……。








 ……まあええか(遠い目

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