うちの母港は確率がおかしいと思うんだ   作:出口のない周回

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『指揮官の平凡な一日はおかしい』……らしい

 今日は、私のとある一日を紹介しよう。

 

 本日もまた、書類仕事から始まった。と、言っても。それほど大変なものでもない。

 そもそも、当日中に仕上げる必要のある書類の山が毎日のように降って湧くはずもなく。

 常日頃から一定量の書類整理をしておけば、想定外の事が起こらない限りは午前中に一日の必要な仕事は終わらせてしまえるのだ。

 

 しかし書類仕事が終わった所で、指揮官としての仕事はまだ始まってもいないのが事実だ。

 むしろ、この後に待ち受けている指揮官としての仕事の為に、ほとんどの日は書類仕事を午前中に終わらせていると言っても過言ではない。

 

 

 と、まあ。書き出しの文はこんな所だろうか。

 

 何やら、明石が私の普段の行動に興味があるらしく。メモ書きでも何でも良いから書いて欲しいのだと。

 そして今日これから起こる出来事を書こうと、私はメモとペンを手に取った次第だ。

 

「……指揮官、これで今日の書類仕事は終わりだな」

 

 私は書類仕事が終わったそのままの流れでメモ帳の上を走らせていたペンを机に置き、一息つく。

 私の向かい側に座って同じようにペンを置いたのは、ピンと立った狼のような黒い耳が特徴的な艦船、妙高だ。

 二の腕辺りに巻かれた、赤地に『風紀』の文字が書かれた腕章が普段よりも輝いて見えるような気がする。

 

 と、言うのも。本日は秘書艦であるウォースパイトが、クイーンエリザベスの命によりお茶会の準備へと駆り出されているのだ。

 そして私が一人で書類仕事をやっていた所を偶然、執務室の前を通りがかったらしい妙高が手伝いを申し出てくれた、と。

 そんな成り行きであるので、おそらくは腕章と言うよりも、彼女自身がいつもより輝いて見えるのだろう。

 

「そう言えば指揮官、あなたは朝から何も食べていないだろう」

 

 たしかに、妙高の言うように今日は朝食を食べていない。

 彼女の言葉に答えようと口を開く前に、私の腹が空腹感を主張するように返事をしてしまった。

 なんとなく、今日は朝食を抜くべきだと。そんなよくわからない直感に従った結果とは言え、なんとも情けないものだ。

 

「ふふ。弁当を作ってきたので、一緒に食べよう」

 

 妙高はくすりと笑い、何処からか大きな箱状のものを包んだ風呂敷を取り出して机に置いた。やや可愛らしい刺繍の施された風呂敷だ。

 結び目を解かれた風呂敷がはらりと開き、その中から出てきたのは黒く艶のある漆器。今日は、重箱らしい。

 一般的には正月や節句等の祭事に用いられるものとして知っていたが、こうして普段使いされる場合もあるようだ。

 

「──さあ指揮官、食べてくれ」

 

 四段から成る重箱を机の上に広げて丸箸が一膳入った箸袋を私の前に置いた妙高は、ちらと、こちらに目線を向けてそう言った。

 私は両の手を合わせ、それから箸を手に取る。

 

 たしか、一段目から食べるのが作法だったか。

 そんな事を思い出しながら、ゆっくりと食べ進める。

 

 

「……どうだ? 口にあうか?」

 

 私が食べ始めてから少しして、妙高が言った。

 いつも通り「美味しい」の言葉と感謝を述べると、彼女は嬉しそうに微笑んで。それからやっと、自身も弁当へと手をつけ始めた。

 

 

 

 

「指揮官、また何か私に出来る事があったら頼ってくれ。いつでも手を貸そう」

 

 弁当を食べ終えて少し経ち、いそいそと重箱を片付けた妙高は去り際にそう言って執務室を出ていった。

 私は感謝の言葉と共に、彼女を見送る。

 

 

 まあ、いつも通りだ。

 ウォースパイトが何らかの事情により秘書艦業務を行えない時は、大体がこうして偶然通りがかったらしき艦船が業務を手伝ってくれ、そして丁度その艦船が作って来たらしき弁当を頂くという流れになる。

 

 何か妙な違和感がある気もするが、それに助けられている以上は『偶然』に疑問を持ってはいけないのだろう。

 

 

 さて。書類仕事も終え、昼食も済ませた。これからが、指揮官としての仕事の始まりだ。

 

 指揮官としての仕事、と言っても。言葉にしてしまえばそれほど複雑なものでもない。

 艦船達とのコミュニケーション。

 それだけだ。

 

 「それだけ」と表したものの、これは母港の運営を円滑に行う上で欠かせない業務であり。疎かにしてしまえば、母港全体の機能停止も起こりうる。

 つまりそれは、人類の危機が訪れる事を意味する。

 

 そこまでスケールの大きな話にならなくとも、場合によっては自身の命も危うい。

 とは言ったが、私は問題なく行えているはずなので恐怖などはない。

 いや、恐怖を抱いてしまえばそれはそれでアウトだろうが。

 

 ──例えば。偶然護衛の艦船が席を外している時に、何処かから飛来した九一式徹甲弾が指揮官の居る執務室を崩壊させたとか。

 

 まあ、よほどの事が無い限りそうはならない。

 『指揮官』として恥じぬような行動を心掛ければ、問題はひとつとしてない。はずだ。

 

 それはさておき。

 私が言いたいのは、艦船達とのコミュニケーションは重要であると、それだけだ。

 

 

 

 いや、この部分は必要ないか。

 そう思い直した私はペンで書く動作を一旦止め、直近の文を書いたページを破った。

 

 この文を艦船である明石に見せてしまうと、私の行動がやや押し付けがましいものとして受け取られ、それが誰かの反感を買う可能性もある。

 入念に処理をしておこう。

 

 それがシュレッダーにかけられ、紙くずへと変わっていく姿をぼんやりと眺めていると、不意に執務室の扉が開かれた。

 

「指揮官さーん! 良かったら一緒にお昼しませんか? ジャベリン弁当作ってきたんです!」

 

 そう言い、弁当と思わしき包みを掲げたのはジャベリン。

 彼女は私と同時期にこの母港へと配属された、所謂『初期艦』として数えられる内の一人である。

 

 つい先ほど昼食を済ませたばかりであるため、腹の状況としては今から食事を取るのに適してはいない。が、食べられなくもない。

 そして、これこそが指揮官としての仕事。もとい、務めである。

 と、なれば。彼女に対する答えは一つ。

 

 

 私は感謝の言葉と共に、私と向かい合うように置かれている椅子へ座るよう促す。

 先ほど妙高が使用していたものだ。

 

「えへへ、失礼しますね! ──え、えっと、お弁当広げますね!」

 

 嬉しそうに微笑みながら椅子に座ったジャベリンだが、ほんの一瞬だけ無表情になったような気がした。

 まあおそらくは気のせいだろう。

 

 彼女が包みから取り出した弁当は三段重ねの弁当だった。外側からも見られたその大きさからある程度想定してはいたが、実際に広げられたモノを見ると、こう。腹の内部状況を省みざるを得ない。

 

 いや、問題はない。

 

「指揮官、お箸はこれを使ってください! それじゃあ、いただきまーす!」

 

 楽しそうな様子で少しずつ食べ進めていくジャベリンの姿を眺めながら、私は本日二度目の昼食を口に運ぶ。

 一口目で、天を仰ぎたくなった。

 

 私は軽く深呼吸をし、気持ちを整える。

 腹の容量としては問題ないはずだ。それは間違いない。

 

 いや。

 

 いや、問題はない。

 

 

 

 よし。

 

「──あれ? どうしたんですか? もしかして、どこか悪いんですか?」

 

 と、精神統一をしたのだが。ジャベリンに私の様子がおかしいと疑われる失態を演じてしまったようだ。

 

 いや、ここはむしろ「昼食は既に終えてしまった」と正直に言った方が良いだろうか。

 

「……できれば、指揮官の為に頑張って作ったので食べて欲しかったです。でも、具合があまり良くないなら仕方ないですよね。無理言っちゃってごめんなさい、指揮官」

 

 私が何かを言う前にそう言って微笑んだジャベリン。

 ぎこちなく笑ったような彼女の笑顔に、何処か後ろめたいような感情が私をぎりぎりと絞め上げる。

 

 私の体調を気遣って弁当を片付けようとしている彼女をこのまま帰してしまっても良いのか。

 いや、指揮官として部下の好意を無下にしてはいけないだろう。

 

 私は彼女の手をそっと掴み、問題ないことを告げる。

 「美味しさに打ち震えていた」等、取捨選択したそれらしき言葉で彼女を引き止めて昼食を再開した。

 

 

 

 

 

「指揮官、今日は楽しかったです! またお弁当作ってきますね!」

 

 笑顔でそう言ったジャベリンを見送り、再び執務室内は私一人となった。

 

 あれから彼女はやけに機嫌が良かったが、とりあえず私は指揮官として彼女の笑顔を守る事ができたのだろう。

 そう記した私はペンを置いて窓を開き、眼下に広がる母港の景色を見下ろして。少しばかりの達成感と吹き抜ける爽やかな風に息を吐いた。

 

 この後にも困難が待ち受けている事を知らず。

 

 

 ジャベリンのように何人かが食事を持って執務室を訪れたのだが、簡潔に結果だけを記録するとしよう。

 私はこの日、昼食を五回ほど食した。

 

 

 

 さて、現在の時刻は午後二時三十分(ヒトヨンサンマル)

 昼食を幾度となく食し、既に私は満身創痍だ。

 しかし、これからクイーンエリザベス主催のお茶会に参列しなければならない。

 途中で訪れたアークロイヤルより受け取った招待状によると本日午後三時丁度(ヒトゴマルマル)に開始するらしい。

 

 まあ、週に一度くらいの間隔で普段からよく行われているこのお茶会に関しては今更、こうして記す必要もないだろう。

 

 私は身嗜みを整えてから執務室を出ようとしたが、少しばかりの思案の後にメモ帳を懐へとしまった。

 盗み見るような者はこの母港に居ないと確信しているが、何かの拍子にこれが他の艦船達の目に触れてしまった場合、良い方向へと事が運ぶとは限らない。

 おそらくは、業務に関する事柄がほとんど書かれていないので、サボっていると受け取られてしまう。

 

 まあそもそもこのメモ自体、明石に見せる為に書いているのだが、彼女は色々と吹聴して回るような人物でもないのでその点に関しては問題ないだろう。

 

 

 今はそんな事をあれこれと考えている場合ではないか。

 再び現在の時刻を確認した私はそう思った。

 クイーンエリザベスの機嫌を損ねるという事はロイヤルに属する全ての艦からの信頼を、大なり小なり個々の程度はあれど失う事に繋がる。

 

 ──いや。これはあくまでも可能性の話、だとは思う。

 しかし、無いと言い切れない以上、それを避けるべく行動するのが最善である事は間違いない。

 

 そんな思想に脳内を埋め尽くされた私は、やや足早に執務室を後にした。

 

 

 

 

 

「遅かったわね! 何をしていたのかしら? あなたには私の婿となる者としての自覚を持って行動してもらわないと困るわ!」

 

 常に最盛を誇るかのように華麗な姿を見せる花が咲き乱れる花壇に、無駄の一つもなく手入れを施された庭木。

 それぞれ一つ一つを取り上げても文句のつけようがない完成品であり、それでいてそれらの全てを合わせてやっと一つの芸術品として成り立つよう形作られている、まさに『優雅』を体現したかのような庭園。

 お茶会の会場となるロイヤル区画内のこの場所にたどり着いた私を迎えたのは、クイーンエリザベスのそんな言葉であった。

 

 私は確かに五分ほど遅れて到着したが、それも直前でマナーを思い出した故の行動である。

 とは言え、あの言葉はクイーンエリザベスにとって挨拶のようなものであるので、別段彼女の機嫌を損ねたわけではない。はずである。

 

 クイーンエリザベスに対して「申し訳ない」と謝罪の言葉を述べ、既に着席している他の艦船達へ挨拶回りをしていく。

 真っ白なテーブルクロスが掛けられた大きな長机。その周りに置かれた椅子に座るフッドやイラストリアス、給仕を務めるロイヤルメイド達とその取り纏め役を務めるベルファスト。等々、お茶会の参列者達と軽い挨拶を交わしていく。

 

 母港に所属するロイヤル艦達の全員がこのクイーンエリザベス主催のお茶会に出席している為、必然とその全てに顔を合わせる事となるのだが、今回はキング・ジョージ五世の姿が見られなかった。

 おそらくは、そう。彼女の趣味から考察するに、料理を作る側として今回は立っているのだろう。

 いや、本来の趣味である『食事をする事』が高じてシェフ顔負けの料理上手になってしまったものを、趣味と呼んでも良いのかはわからないが。

 

 そうして皆への挨拶回りを済ませて再び戻ってきた長机の中央には、玉座のように豪華な装飾の施された椅子が三つ並んでおり、クイーンエリザベスとウォースパイトが丁度その中央に空席を一つ作るかのようにそれぞれ腰かけていた。

 

 先週にも見た事のある、普段通りの光景だ。

 

「──指揮官、よく来たわね。ええと、そう。丁度ここの席が空いているから、座ると良いわ」

 

 私への歓迎の言葉と共に自身の隣の席、もといクイーンエリザベスとの間に空いている席へと座る事を促すウォースパイト。

 つまりは、彼女らと同じく玉座のような椅子を勧められているわけである。

 

 勧められた椅子に座ると言うのも、このようなお茶会においての基本的マナーだ。

 最初は玉座のような椅子に腰をかける事に少しばかりの躊躇いを覚えたものだが、最近はあまり深く考えないようにしている。

 

 そもそもその席以外に空席が無いので、ある種の諦めに等しい。そう言うのが正解だろうか。

 

 と、まあ。普段通りに着席すると、目の前に置いてあった空のティーカップに紅茶が注がれた。

 微かな泡立ちもない透き通るような紅から立ち上る湯気と共に場に溢れる、上品な香りに優雅さと言うものを知る。

 いや、優雅とは何かを問われてしまえば私は何とも答えられないが、おそらくはこの事なのだろう。と、そう思えた。

 

 一度はこのお茶会に関してのメモを残す必要はないと判断したが、ここに来るまでに思考を重ねた私はやはり書く事にしたのだ。

 そしてここまでの事を素早く書き記した私は、メモ帳を閉じた。

 

「他に何かご用命がございましたら、()()()()この私、ベルファストにお申し付け下さいませ。ご主人様」

 

 紅茶を注いでくれたベルファストと目が合うと、彼女はそう言って綺麗な所作でお辞儀をした。

 一部分が妙に強調されていたように聞こえたが、おそらくは気のせいだろう。

 

 ベルファストに対して軽い会釈と感謝の言葉を返す。

 ふと、彼女からの視線が私の手元にあるメモ帳へとほんの一瞬だけ向けられた事に気付いた。

 

 たしかに、楽しむ場であるお茶会にこのようなものは不粋であったか。

 そう咎められていると解釈した私は、謝罪の言葉と共にメモ帳とペンを懐へしまった。

 

「指揮官、今のは──。いいえ、何でも無いわ。気にしないで頂戴」

 

 ウォースパイトが私に何かを言いかけたが、側にいるベルファストと何度か目線でのやり取りをし、言葉を取り止めた。

 彼女もやはり私の先ほどの行動が目についたようだ。

 こうして私へと直接言わないのは、彼女達の優しさなのだろう。

 しかしその優しさに甘えてばかりではなく、私自身も向上しなければならない。彼女達の指揮官として、相応の覚悟と態度を持って日々精進である。

 

 

「よく集まってくれたわ、王家の戦士達! 今回もまた誰一人として欠けることなく集まれた事を、この私が神に感謝してあげるわ!」

 

 ロイヤルメイド隊によってそれぞれのティーカップに紅茶が注がれていき、丁度全員に行き渡ったタイミングでクイーンエリザベスが立ち上がり、口上の言葉を述べ始めた。

 普段の姿は、そう、何とも言い難いが。やはりこうして周囲の様子を見て行動する事が出来る辺りは、女王として人々の上に立つに相応しいものを持っているのだと感じる。

 更に彼女はこの口上も毎回変えており、同じ事を言わない。お茶会は毎週開かれるのにも関わらずだ。

 

「……ええと、はっきり言ってあげる! 流石にこのエリザベス様でも言う事が無くなったわ! もう難しい事は考えずに楽しみなさい! これは命令よ! 以上!」

 

 流石にもう手が尽きた様子だ。

 当然と言えば当然だろう。

 

 それはさておき、クイーンエリザベスの言葉によってお茶会の始まりが訪れた。

 

「──そう言えば指揮官、今日は何をしていたのかしら?」

 

 そしてすぐさま隣に座るウォースパイトがそう訊ねてきたが、これも毎回恒例の話題となっている。

 おそらくは秘書艦である自身が居ない間に何か問題が起きていないかなど、そのような確認作業の内の一つだろう。

 お茶会の時間に仕事の話等は控えるべきであると言われるが、私はこれもウォースパイトの業務に対しての勤勉さの表れとして受け止め、最初のほんの数分ほどを情報共有の時間として考えている。

 

 と、言っても。お茶会のある日は午後のほとんどを業務にあてる事が出来ず、更には秘書艦のウォースパイトが約丸一日動けないので、まず出撃や委託任務に艦隊を出していない。強いて言うなれば、母港周辺の哨戒任務に向かわせる程度だ。

 実質的には、母港の休日のような扱いとしている。

 最初に痛い目を見たので、そう決めたのだ。

 イレギュラーで降って湧いた終わらない書類の山に、帰還した艦隊を出迎えに行けず艦船の機嫌を損ねる等々。

 

 そのような失態は二度と起こしてはいけない。

 

 

 つまりは、だ。

 私が本日行った業務と言えるものは午前中に済ませた軽い書類作業のみである。

 

「……本当にそれだけかしら? 何か小さな事でも良いわ。教えて頂戴」

 

 初のお茶会以降と同じく軽い書類作業のみと伝えたが、やはりウォースパイトは事細かに訊ねてくる。

 しかし業務に関するものはそれだけであるので、他に言えることなどはない。

 

「……ええと、質問を変えるわ。今日の昼食は何を食べたのかしら?」

 

 業務の話から突如として昼食の話に変わってしまったが、つまりはどういう意図だろうか。

 

 もしかすると自身の目の届かない所で軍用食で済ませたのではないかと、私の食生活を気にしている可能性も。

 いや、流石にそれは考えすぎだ。

 十中八九仕事の話を終わりにして、ただの雑談に切り替えただけだろう。間違いない。

 そうなれば特段隠す必要もないことなので、妙高が弁当を作って来てくれ、それを昼食として共に頂いた事を話した。

 

 

 瞬間。

 

 楽しそうに話す艦船達の声や、食器とフォークやナイフが当たる音等。周囲に溢れていた全ての音と言う音が止み、艦船達から表情が消え、時間が止まった。

 ような気がした。

 

 瞬きを一度する頃には、そんな光景などまるで嘘だったかのように先ほどまでと同じ時が流れ始めたので、やはり気のせいだったのだろう。

 稀に時計の秒針がやけに遅く感じる時もあるくらいだ。人の感覚などあまりアテにならない事もある。

 偶然、そう見えただけだ。

 

「──指揮官、楽しんでいるか? ここらのものは私が料理したものばかりでな。是非とも食して欲しい……ものだ、が。冷や汗をかいているようだが、どうかしたのか?」

 

 背後から声をかけてきたのはキング・ジョージ五世だった。ここに居るという事は料理を作る役目は終えたのだろうか。

 私は額の冷や汗を拭い、彼女に対して問題無い事を伝える。

 そしてケーキスタンドからサンドイッチをナイフとフォークで取り、食した。

 

 そう言えば、腹の空き状況があまりない事を忘れていた。

 

 軽く口に含んだ紅茶で流し込み、キング・ジョージ五世に美味であると感想を告げる。

 

「はははは、そうかそうか! ふむ、どうだ指揮官。どうせならこのままディナーまで共にしようではないか」

 

 そんな夕食への誘いだが、流石にどうにかして回避したい所だ。

 私はもう今日は何も食べられない、と言える程度には満身創痍である。そう考えるのも当然だろう。

 

「ええ、それは良い考えね」

 

「あなた、今日の晩餐は参加しなさい! これは女王様の命令よ!」

 

「おぉ! 陛下達も賛同してくれるか!」

 

 

 これは、そう。

 SGレーダーT3を装備していたとしても最初から回避不可能な案件だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、まあ今日もこのように平凡な一日を送った」

 

「指揮官の『平凡な一日』の基準がおかしいにゃ?!」

 

 ロイヤル艦船達との夕食を終えて、書き上げたメモを明石へと渡しに来たのだが、メモを読み終えた明石はそう声をあげた。

 彼女はそう言ったものの、週に一度は今日とそう変わらない日である。それを平凡と言わずして何と言うのだろうか。

 

 と、それよりもだ。

 流石に指揮官である私と言えど限界が近いので部屋に戻って横になりたい。

 

「え、指揮官帰るのかにゃ? できれば今日は帰って欲しくないと言うか、にゃんと言うか……」

 

 明石がやや困ったような表情でそう言うが、部下であり女性である彼女と同じ室内で睡眠をとるわけにもいかないだろう。

 それこそ、私が何かしなくともそれ自体が問題に発展する場合もある。

 今はそう言う時代だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、指揮官……。行っちゃったにゃ……。これ絶対ヤバいにゃ」

 

「──ご機嫌麗しゅう、明石様。今宵は虫の鳴き声の一つもない静かな夜でございます」

 

「にゃっ、べ、ベルファ──」

 

「大人しくそちらを渡して頂けると、こちらとしても助かるのですが」




 まあ、ほら。

 次回デート回をするとは、言ってないからさ。




 うん。







 まあ、しないとも言ってないけれど。









 えっと、そう。


 若干、ヤンデレ風味で書いてるんだけど。

 伝わってるんだろうか。




 そう。



 若干。





 ……若干?




 …………若干だね。





 間違いない(確信


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