鎮守府はいつも晴れ   作:bounohito

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第六話「しゅほひらけ!」

 

 

 艦隊は鎮守府正面の湾を横切り、第一艦隊埠頭に無事帰投した。

 

 深海棲艦の攻撃で出来た破孔が邪魔をして五月雨さんは航行に少し難があったものの、今は岸壁にもたれている。

 

「全艦、接岸いいわね?

 わたしは執務室に行って来るわ。

 すぐに補給と修理の命令が下ると思うから。

 それから神通さんは……えーっと、たぶんすぐに呼ばれると思うから、ここにいてね!」

 

 暁さんは言うだけ言ってから、司令部妖精を肩に乗せたまま、てってってと鎮守府に走り去ってしまった。

 

「大丈夫かい?」

「はあ~」

「五月雨さんはそのまま休んでいて」

「あの、配属の命令はまだですけれど、いいんでしょうか……?」

 

 困り顔の神通さんだが、暁さんの判断は間違っていない。

 

 現界直後なので、神通さんは未配属どころか鎮守府の所属ですらなかった。

 提督さんに正式な帰投報告をするまで、交戦中であろうと埠頭に戻っていようと艦隊は『出撃中』であり、神通さんは第一艦隊預かりとして扱われたのである。

 

「葉舟もお疲れさま」

「あい!

 しぐれさんもおつかれさまでした!」

 

 労ってくれた時雨さんに、葉舟はえへへと笑顔を向けた。

 初陣を勝利で飾れたのは幸運の為せる技かも知れないが、嬉しい事には違いない。

 

 ぴんぽんぱんぽ-ん。

 

『ち、鎮守府よりお知らせです。

 第一艦隊は速やかに補給を行って下さい。

 第一艦隊所属の駆逐艦五月雨は、補給後、第一修理船渠にて修理を受けて下さい。

 繰り返します、第一艦隊は速やかに……』

 

 もちろん暁さんの声だが、ちょっと息が上がっていた。

 走っていったから仕方ない。往復すれば結構な距離になる。

 

 その放送が終わるか終わらないかの内に、埠頭奥の倉庫ががらがらと開き、ドラム缶や弾薬箱を手にした鎮守府所属の妖精達が走ってくるのが見えた。

 

「けいちゅう!

 かくかんのそうびようせいは、すみやかにほきゅうのじゅんびをせよ、であります!」

「あい!」

「おー!」

 

 第一艦隊に配備されている装備妖精では最先任である五月雨さん所属の沫那美湍津磐筒枳佐加───『あわなみのたぎついはつつのきさか』───きさかさんが、大声を張り上げた。

 今は時雨さんと共に艦隊に所属中なので、葉舟にとっては時雨さんとは別となる妖精のみで組まれた指揮系統上に於いて上官となる。

 

「だんしゅ、かくにんよーし!」

「すうりょう、かくにんよーし!」

 

 ……その後ろ、慌てて戻ってくる暁さんの姿もあった。

 

 第一艦隊旗艦は秘書艦の栄誉も兼ねるが、とにかく忙しいのである。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

「司令官さんが『酒保開け』の『並』を認めてくれたわ!」

「やったー!」

「うれしいです」

「後で酒保に集合よ!

 あ、神通さんはこっち!」

「は、はい!?」

 

 暁さんは大至急で補給を終えると、解散を告げて五月雨さんの手に修理票を残し、神通さんの手を引いて再び提督執務室へと走っていった。

 

「本当に忙しそうだなあ……」

「ですー」

「時雨さん、行くわよー!」

「うん。

 じゃあ葉舟、また後で」

「あいっ!」

 

 五月雨さんも修理中、『酒保開け』の命令が下ったと云うことは次の作戦までは少し間がある様子───提督さんは艦隊が帰投すると、現有戦力と敵情を勘案しつつ次の出撃海域を検討したり、備蓄資源と相談して次期建艦計画を練ったり、他の提督さん達と電文をやりとりして情報を集めるお仕事があるので忙しい───だった。

 

 補給を終えた艦むすさんたちは、寮まで装備を預けに行った。

 そのまま酒保で時雨さんの歓迎会とのことだが、急遽神通さんの歓迎会も兼ねるようだ。

 

 一緒に行かないのは、艦むすさん達は士官、妖精達は兵───がんばれば下士官や特務士官に成れるけれど、正規の士官とは扱われない───と、軍制によって扱いが分かれているからである。

 

 もちろん、艦むすさんが誘ってくれる場合は別で、艦むすさんと妖精が家族なら、艦隊はとんとんとんからりっと隣組、縦の繋がりも横の繋がりも大切だ。

 

「枳佐加!

 わたしも修理が終わったら酒保に行くから、みんなのことよろしくね!」

「あい!

 おまかせください、であります!」

 

 曳船に曳かれていく五月雨さんを帽振れで見送る。……大怪我じゃなくてよかったと顔を見合わせ、うんうんと皆で頷く。

 

「よーし、ぜんいんしゅうごう!

 われわれも、しんじんかんげいかいだー!」

「「「おー!」」」

 

 流石は艦隊の最先任妖精。

 親分肌の枳佐加さんは皆と同じ二等兵だけれど、とても頼りがいがあった。

 

「とまれー!」

 

 あっという間に乗合自動車をつかまえ、葉舟たちを押し込む。

 

 もちろん、2人席に5人───一行は、各艦の12.7cm連装砲を操る砲術妖精に暁さんの水雷妖精を加え、新人である神通さんの14cm単装砲の砲術妖精の計6人───を詰め込んだわけで、後部座席はぎゅうぎゅう詰めのぱんぱんになった。

 

「うにゃ!?」

「むぎゅー」

「おしくらまんじゅうであります……」

「『しゅほ』にやってくれ、であります!」

「あい!」

 

 部下を押し込み終えた枳佐加さんは、余裕たっぷりに助手席へと座った。

 

 でもずるくない。

 こういう場合は、大抵言い出しっぺの上官殿か、艦むすさんや提督さんの意向を受けて軍資金を授けられた……やっぱり上官殿の奢りなのである。

 

 ぶっぶー!

 

「しゅっぱつしんこー!」

「おー!」

 

 定員オーバーの乗合自動車は鎮守府倉庫街の裏手にある酒保───指定官給品の支給に加えて日用品を扱う売店だけでなく、いわゆる息抜きの為の施設も兼ねる───へと、賑やかに走り出した。

 

 

 

「とうちゃ~く!」

 

「きゅうう……」

「あたまがゆがんだであります……」

 

 酒保は艦むすさんにも妖精にも、等しく愛される部署だ。

 

 組織としては、鎮守府のお財布と補給を預かる間宮さん麾下の主計部が民間に運営を委託しているという少しややこしい型式で、葉舟にはよくわからなかった。

 

 だが、この部署がとても大事なことは知っている。

 

 ここは葉舟の大好きなお汁粉を注文できる、鎮守府で唯一の場所なのだ!

 

「みんな、おぎょうぎよくするのであります!」

「あい!」

 

 おいっちに、おいっちに。

 

 枳佐加さんがくれぐれも失礼のないようにと念を押し、一列縦隊で酒保に駆け込む。

 

 鎮守府の酒保は、もちろん広かったがそれだけじゃない。

 正しくは酒保『街』と呼称すべきほどで、購買部や食事処、『こんびに』、逓信局の出張所───電報や郵便を扱う半軍半官の機関───など、生活に必要なお店が並んでいた。

 

 その内の一軒、藍染め暖簾の目立つ甘味処……の横にある小さな暖簾のかかった妖精用出入り口から、一列で入っていく。

 

「こんにちは、であります!」

「はい、いらっしゃいませ。

 みんなお揃いね」

「あい!」

 

 割烹着で出迎えてくれたのは、『浅間』さんである。

 

 多くの活躍が記録に残る元装甲巡洋艦だった浅間さん、今は装備を外して酒保のおねーさんをしているが現役時代は海軍有数の武闘派であり、大先輩だった。

 ……大概の艦むすさんでさえ頭が上がらないのに、葉舟たちが羽目を外して大暴れ出来るはずもない。もちろん、甘い物があると皆行儀良くするので心配無用でもある。

 

「しんじんかんげいかいなので、おざしきをおねがいしたいのであります!」

「はい、6名さまご案内ね」

 

 おいっちに、おいっちに。

 

 案内された先は3畳しかない小部屋だった。真ん中に丸いちゃぶ台が置いてある。

 もちろん、妖精サイズだと1畳でも大広間同然なので、誰も気にしなかった。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうです!」

 

 浅間さんがちゃぶ台の『上』に、小さな座布団を置いてくれた。

 えいっと飛び上がって行儀良く座る。

 

「えっと、『いつもの』でいいのかしら?」

「あいっ!

 おねがいするのであります!」

 

 くすりと笑った浅間さん、心得ましたとばかりにお猪口に入れたお茶を配ると襖を閉めていった。

 

「まずはかんぱい、であります!」

「おー!」

 

 お茶での乾杯は、珍しくなかった。

 

 お酒は美味しい───新人の葉舟でも数百歳だし、御神酒の欠かせない儀式だってある───けれど、幾ら枳佐加さんでも二等兵のお給料6円20銭では厳しいし、いつ出撃命令が下るかわからないので酔っぱらうわけにはいかない。それに提督さんが下す『酒保開け』の命令には何段階かあって、特上のを貰わないとお酒は出てこないのだ。

 

 こっそりと寮で飲んでる艦むすさんは、たまーに……いる。……かもしれない。

 

 全員、両手でお猪口を捧げ持つ。大きいからちょっと大変だ。

 

「しんじんの!

 ぶうんちょうきゅうをいのって!

 ……かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

 

 よいしょよいしょとちゃぶ台の上を動き回って、皆でお猪口を合わせる。

 そっちこっちで笑顔の花が咲いた。

 

「はい、お待たせしました」

「おー!」

「おおー!!」

 

 浅間さんは涼しげな小鉢───もちろん、艦むすさんには丁度良くても、葉舟ならお風呂に出来るぐらいの大きな『小鉢』───に盛られたあんみつを、それぞれの前に置いてくれた。

 

 英国生まれの浅間さんが持ってきたそれは少し洋風で、定番の寒天、赤エンドウ、粒あん、求肥に加え、ぴんと角の立ったクリームが盛られていてとても美味しそうだ。

 

 ……あんみつの中央にある粒あんだけでも妖精の頭ほどの大きさはあるが、彼女たちはとてもよく食べてとても良く働くから、これぐらいはへっちゃらへーである。

 

 

「「「いただきまーす!!」」」

 

 葉舟ももちろん、顔を輝かせている。

 一等に好きなのはお汁粉だけど、あんみつもその次ぐらいには大好きなのだ。

 

 


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