機動戦史ガンダム 双眸のガーディアン 作:アルファるふぁ/保利滝良
ペガリオがサンバルタの宇宙港へ入港して、約一時間が経った。このコロニーに到着したのが六時間前で、戦闘が収束したのは二時間前。その後の救助活動や残骸の撤去に四時間を費やし、全てが沈静化した頃には、誰もが皆疲れ切っていた。
入港直後にテルミット艦長から遊びに出る許可が出されたが、大気圏突破直後に戦闘し、補給のために訪れた場所でも戦闘し、ペガリオクルーにははしゃぐ余裕も残されていなかった。
ただ一人、メリー・アンダーソン少尉だけは、久々のコロニーの風景に興奮している。元気なのは彼女自身のバイタリティが高いのもあるだろう。
「うわ〜…何年振りかなあ……。」
スペースコロニーの中では、想像を絶する光景が広がっていた。コロニーは筒のような形をしていて、彼女らがいるのは筒の内側だ。彼女らは今、一見普通の町に立っている。そこは地球と同じだ。
だが、見上げれば広大な大地が筒のように丸まっている。斜め右上、左上には、自分たちのいる町とはほぼ逆さまに似たような町がある。実際には、上とか下とかいう表現は正しくない。あっちの町にとっては、自分たちの方が上にいるのだろうから。
筒は6つに区切られ、区切り一つに町と窓板が交互に収まっている。窓板とは言ってもモビルスーツの装甲より遥か頑強だが、その向こうには星空が広がっている。ここから光を取り込んで、住人の生活リズムの安定と太陽光発電を行なっているようだ。
「なんか、生き生きしすぎじゃない?」
「そう?」
「水を得た魚?」
「そうね、魚ね。振り回されそうで怖いわ。」
「なにそれ〜。」
メリーが連れているショコラとアリスは毅然とした様子を保っているが、自室に戻ればヘロヘロになりかねないことをメリーは察している。だからあんまり迷惑はかけたくない。
コロニーに来るのは初めてな二人が、少しでもリラックスできるよう、自分が頑張らねば。
「でも確かにすごい光景ね。地球とはビジュアルからして違う……って感じ?」
「スペースコロニーはねえ、水の入ったバケツを思いっきり回すと水はこぼれないでしょ?それと同じで、コロニーが回って遠心力が生まれて、それを重力に見立ててるんだよ!だから、宇宙なのに地面に足が着くんだってさ〜。」
「知ってる。軍学校で聞いた。」
「え、え〜っ!」
「軍学校で勉強したことも忘れてるでしょ。」
「うーん、まあね!」
「全然誇らしくないから。」
3人は今、軍服を脱いで私服で歩いている。あんな戦闘があった直後だ、軍人が出歩いていたら住民を刺激することになる。
それに、窮屈な制服を脱いだ方が息抜きになると、艦長始め上級クルーの意見が一致したのだ。
「ひどーい。あっ、畑だ。」
談笑の傍ら、メリーが数十メートル先を指差した。野菜畑だ。痩せたトマトや小さなキャベツがポツポツ植わっている。周囲には金網フェンスがあり、電流が流れていることを示す赤と黄色の警告看板があった。
それを見つけた途端、笑いながらおしゃべりしていたメリー達の顔が一瞬で暗くなる。あの貧しい畑の様相が、そのままスペースコロニーに住む人々の姿であると気付いたからだ。
あんな不味そうな野菜でさえ、電流フェンスで覆って守るほどの価値がある。それは、スペースコロニーの貧しい食糧事情を言外に伝えているのだ。
「ねえ、メリー。」
「え、なに?」
「軍学校じゃ聞けなかったけど、あのトマト、一個いくらなの」
アリスが聞いた。それは、ただの好奇心からではない。自分がこの社会を生きる上で必要と感じて、それを知らなければならないという使命感からであった。
このコロニーは連邦のものだが、コロニー連盟の状況も似たようなものだと聞いた。コロニーがどれほど食糧に飢えているか、聞かなければいけない気がした。
「200ホープスだよ。」
帰ってきた答えは、アリスとショコラを絶句させるのに十分だった。
地球では、握りこぶし大に実ったトマトが一個80ホープスで買えた。金網の向こうにあるあのトマトは、地球のトマトの半分の大きさにしか見えない。ブランドや小売店で値段は変わってくるのだろうが、あのトマトがあのサイズで地球の倍の価値があるとは、とても思えない。
「色々あるんだって。コロニーが生まれた時、良い作物が採れる環境じゃなかった。現場慣れした農家も、微生物いっぱいの土も、野菜を鍛える気候も。コロニーには最初からないものだから。今はまだ良くて、三十年前はもっと酷かったって聞いた」
三十年前。それはコロニー連盟をはじめとしたコロニー国家が生まれた頃だ。地球連邦の怠慢で空気も食料も切り詰めた場所に住まねばならないコロニーの人間は、武器をとって地球に挑んだ。
そして始まったのが、第一次地球圏戦争。
「酷かった……って、どういうこと?」
「コロニー一つが、飢え死にで全滅した事件がいくつもあった。だから、コロニー連盟は連邦に戦争を仕掛けて、作物を奪って、それを研究して、それから……それから、ようやく今と同じくらい作物が採れるようになった」
そして、飢え死にで壊滅したコロニーは、後から来た人間によって霊園と農園になり、コロニー連盟の生活を支えているという。そこまで言おうとして、メリーは口をつぐんだ。ショコラとアリスも黙ってしまった。
畑をとっくに通り過ぎ、ビルが立ち並ぶ風景に入った。歩道には街路樹が並び、その向こうには、燃料電池で動くバッテリー車が右往左往に巡る。
そこで、ハッと気が付いた。虚無を纏ったような目が精気を帯びる。コロニーの姿を楽しんで欲しかったのに、こんなに暗くしてどうするんだ。
気まずい、非常に気まずい。ショコラとアリスは疲れているのだ、あんな暗い話を、鳩尾にボディブローかますような暗いお話を積極的にした自分を責めたい。
「あ、本屋だ!ちょっと寄ってかない?」
「何か、買うものとかあるの?」
「それを今から考えるんだよ!」
「行き当たり、ばったり。たまにはいいね。」
歩道沿いにベージュの壁の書店があった。ビルに挟まれ窮屈そうにしている。まるで本棚に詰め込まれた雑誌のようだ。
3人は自動ドアをくぐった。入店ベル代わりの、気の抜けるサウンド。入って早々客を迎え入れるのは、ずらっと並んだ本棚の数々であった。
入り口沿いのレジは2つ。店員が一人一つずつ配置に就いている。
「いっぱいだねー。探すのも一苦労かも。」
「財布……あった。何買おうかしら、う〜ん。」
キョロキョロと見回す友達二人を差し置いて、アリスは悩みもなく店の奥へ向かっていった。ズカズカとした足取りは、小柄な彼女からは想像もできない。
雑誌コーナーの本棚をじっと見つめ、一つ引き抜く。それは板で、中にはメモリーチップが封入されている。コロニーセンチュリーでは紙の本ではなく、デバイスの中に入ったデータを端末に落とし込む電子書籍が一般的だ。
「これ……。」
「アリスちょっと早くない?私たちも選ぶから、待ってて。」
「二人が遅いだけ。」
「最初から買うものが決まってたんでしょ?」
「うん。」
「私たちは、今から買うものを決めるの。」
「一緒に探す?」
「じゃあ、お願いしちゃおっかな……何買うの?」
メリーがアリスの手元のデバイスボックスを見る。タイトルは、月刊ラグランジュ・ポイント。
「宇宙の雑誌?」
「そう。前世紀の宇宙飛行士とか、載ってる。」
「宇宙オタクなの?」
「オタクじゃない。」
「ほんと?」
「メリーは何が欲しいの。」
「あー、今考えてる……あ、黒い鬼オーガ!」
無意識的に来てしまったのは、絵本のコーナー。そのなかででかでかと本棚を制圧する一冊に、メリーは見覚えがあった。
「もう持ってるでしょ。」
「私のお母さんじゃないんだから……別の買うよ。紙本持ってるし。」
「二人とも、どうしたの?」
「あ、ショコラ。これ、見付けたの。」
「黒い鬼オーガ。」
「ふ〜ん。紙媒体は劣化が激しいから、保存を考えるなら電子版を買うのもアリなんじゃないかしら。」
「あ、そっか!じゃあ買う!書います!」
「二冊目だけど、長持ちだけで買う?」
「書います!決めました、い〜ま〜き〜め〜た〜」
レジでそれぞれのデバイスボックスを購入し、店員に箱からチップを取り出してもらい、それを受け取って店を出る。
書店から少し離れたベンチに座り、3人は本のデータが入ったチップを端末に差し込んだ。ダウンロードにかかる数分の間にも、お喋りをやめない。彼女たちは姦しく会話するのが本当に好きなのだ。
「そういえば。」
「うん?」
「メリーは、黒い鬼でどのシーンが好きなの?」
「私はね〜……オーガが羊の兄弟と仲直りするところ!あそこで……。」
「ちょっと待って。そんなシーンあった?」
「え、あったでしょ。ラスト手前の。」
「いや、無かったけど……それ、本当に黒い鬼オーガ?」
「そうだってば。アリスもそう思うでしょ?」
「私も、そんな場面は知らない。」
「あれ?え〜……。」
メリーが焦ったように二人を見やる。そんな馬鹿な。黒い鬼オーガは、お姫様を守ろうとしていたオーガと、家を守ろうとしていた羊たちが勘違いの戦いの果てに仲直りする物語のはずだ。彼女の記憶では確かにそうなっている。
「あ、ダウンロード終わった。じゃあ証拠見せるから!」
「うん。」
「本当に和解してたっけ…?」
メリーが端末をぽちぽちと弄る。画像データが表示され、本の内容が露わになった。
遠い国の森の中に、羊の兄弟がいた。羊たちは貧しいけれど、何不自由なく暮らしていた。
そんなある日、森の向こうから恐ろしい化け物が現れた。真っ黒な体に、金色の二本角と、炎のように燃える両目を持った、大きな鬼。
その名はオーガといい、それは地平線の彼方まで届く雄叫びをあげ、岩をも砕く膂力を持っていた。羊達の森は恐怖に包まれた。
羊達は仲間を守るためオーガと対峙し、オーガもまた羊達に襲いかかろうとした。
だが、オーガの後ろから可愛らしいお姫様が現れた。オーガは、城から逃げ出したお姫様の新しい家を探していたのだ
羊達とオーガは勘違いをお互いに認め、和解し、新たな仲間を迎えた森に平和が戻ったのであった。
3人で食い入るように一つの端末を見詰める。絵本の内容を一字一句見逃すまいとしているのだ。
そして、最後のページまで読み終わり、メリーが端末を閉じた。
「ほら!仲直りするじゃん!」
「ん……おかしい、こんな内容じゃなかったはず。」
「だいたい絵本で殺し合いとかありえないし。はい、私が正しかった!」
「そうでもない。」
「え?」
今度はアリスが、自分の端末を二人に見せる。そこにあったのは、地球連邦が運営するオンラインブックストアのページだった。
表示されるのは、無料公開されている黒い鬼オーガの絵本。そちらの方には、ショコラとアリスが言っていた、羊と殺し合う邪悪な鬼がいた。
「え〜……マジで?これが?」
「同じ絵本なのに、地球とコロニーとで内容が違う……?」
「そう。多分、コロニー建設のごたごたで混乱してた時期があったから……。」
「その頃に書かれた絵本だから内容に違いがある、ってことかな。」
「多分だけど。」
それで納得がいった。メリーはコロニー出身で、アリスとショコラは地球出身である。同じ絵本でも住んでる場所で内容が違うなら、話が噛み合うはずもない。
「オーガの話は初めてだよね、私達。意外。」
「メリーは訓練生の時もあの絵本持ってたけど、そういう趣味かと思って誰も触らなかったものね〜。」
「趣味!?そういう趣味って、どういう趣味!?」
「評論家のコラムも見つけた。やっぱり、地球とコロニーとで内容に違いがある。」
「ん……ん?」
「どうしたの、メリー?」
ここで、メリーの記憶に一瞬違和感が走った。セイヴのことだ。
彼は、メリーと一緒に黒い鬼オーガの話をした。その時には、会話の内容に齟齬はなかった。
端末を素早く操作する。連邦軍の支給端末は大変便利で、所属によって同僚や上官のプロフィールを逐次閲覧することもできる。
直属の上司だけあって、セイヴ・ライン特務大尉のプロフィールはすぐに見つかった。出身地は、地球のコロンビア。
「……何コレ。」
黒い鬼オーガの内容は、地球とコロニーとで違う。地球の出身であるのなら、同じ絵本の話を、コロニー生まれのメリーと共有できる訳はない。
コロニー版を何処かで見たのか。それも違うだろう。セイヴは、オーガを好んでいたのは昔から、と言っていた。幼少期からという意味で捉えるなら、やはり地球版の内容を話していなければおかしい。
両方読んでいて、こちらに合わせてコロニー版の話をしてくれた。それも違う。彼の口からは地球版とコロニー版があるなんて一言も出なかった。
会話に齟齬が全くないことから、記憶が混ざったという線も消える。要するに、セイヴが地球版を読んでいたとは考えづらいのだ。
これらの推理が意味することは、一つだ。
「メリー?メリー?」
「どうしたの。」
「あ、ごめん!なんでもない!」
二人に呼びかけられ、慌てたように立ち上がる。セイヴ大尉のことを考えると、いつも没頭してしまう。ショコラとアリスが心配して声をかけるのも、半ばテンプレート化している。
「なんか、羽を伸ばしにきたのに、余計疲れちゃったね〜!戻ろっか。」
「ん。そうね。少し長居するらしいし、また今度遊びましょ。」
「賛成。帰って寝る。」
「んじゃ、タクシーでも乗ってく?帰りも歩きはきついでしょ。」
ベンチの周りを片付けて、裾を払って立ち上がる。再び楽しい談笑の時間。だが、和気藹々とした雰囲気には幾らかの影が見える。
その発生源は、一番明るいはずのメリーだ。二度もきな臭い情報が飛び交ったので、内心疑心暗鬼となっている。
そういうのは良くないぞと自分に言い聞かせ、メリーは、頭上の街を眺めながら、ペガリオへの帰路についた。
コロニーは絶えず回っていた。街の区間の隣、窓板に映る星の図が、ゆっくりと切り替わっていく。
サンバルタの宇宙港まであと5分の地点。
メリーを先頭とした物見遊山のガンダムチームは、宇宙港のバリケード前に大勢の人間を見た。彼らは皆一様に不安げな顔をしていて、宇宙港の職員に詰め寄って取り囲んでいる。
異様な雰囲気だ。向かう先はそこにあるので、3人はどうしてもそっちへ近づく必要があった。
なんだろう、と思いつつ近付くと、怒号や悲観的な叫びが耳に入ってきた。
「連盟の艦隊がこ、こ、コロニーに向かって攻撃してきたってマジなのか!また来たらどうするんだ!」
「連邦の軍人さんが負けたらどうなってしまうの!?」
「俺の息子がここに配属されてるんだ、生きてるかどうか教えてくれーっ!」
「コロニーの壁にビーム一発食らったら、あたしたち全滅なんです!基地の偉い人はちゃんと守ってくれるんですか!?」
「基地司令出てこーい!」
「連邦と連盟は今すぐ戦争をやめてください、お願いします!」
それは、不安に駆られた人間の命の叫びだった。連盟の部隊がこのコロニーを攻撃してきてまだ半日も経っていない。戦闘は収束したが、住民は不安で不安でしょうがないだろう。
プロの軍人しかいない軍事基地ではこういったパニックは起こらない。しかし、ここは一般人を多く抱えるスペースコロニーで、ここに大穴一つでも開けられたら、彼らは宇宙に放り出されてしまう。それ即ち死だ。
「……連邦部隊が負けたら、皆捕虜に決まってる。」
「アリス?」
「……軍人に頼ってるのに、文句だけは立派。」
「皆、怖いんだよ。力を持ってないから、何かにすがるしかないんだよ。」
「そうね、私達は軍人で、彼らは一般人。だからアレを、醜いとか、愚かとか、口が裂けても言えないわね。」
「……だからって、あそこまで身勝手で居られる精神がわからない。」
「皆が皆、ストイックで居られるわけではないのよ。さ、早くペガリオに戻りましょ。」
停泊しているペガリオはあの群衆の先のゲートの、さらに向こうだ。つまり、このパニックを掻き分けて進まねばならない。
3人はお互いの手をつなぎ、人々の間を縫うようにしながら進んだ。無理矢理入れば遠慮してどいてくれると思ったが、この群衆にそこまでの余裕はないようである。
「落ち着いて下さい、落ち着いて!住民の皆さんは必ず地球連邦軍が守ります!安心してお家へお戻りください!」
「我々が責任を持ってサンバルタをお守りします!冷静になってください!」
恐らく、艦長が私服でコロニーに出るのを推奨した理由がこれだ。軍服のままでいたら、この集団に取り囲まれて、罵詈雑言を食いつつ、ひっきりなしに説明を要求されるだろう。
「ぷぁ!」
群衆を掻き分けて、3人はゲートにたどり着いた。ここからさらに歩いていけば、宇宙港で補給を受けているペガリオに辿り着くだろう。
「2人とも大丈夫?」
「うん。」
「無事、大丈夫。戻りましょう。」
3人はそれぞれの手を離し、肩を並べて歩き出す。途中、メリーが振り返った。
「メリー?」
「どうしたの、忘れ物?まさかあの中に落としたんじゃ……。」
「ああいや、問題ないよ!荷物も無くなってないし。平気平気!」
メリーが振り返ったのは、ゲート前に集まった不安を抱えた一般人たちを目に焼き付けたかったからだ。
自身は軍人で、他所から来た。だから彼らの今の気持ちを、完全に知ることはできない。
しかしメリーの生まれはコロニーで、彼女はもともと民間人だった。自分はああならなかったのだという保証はない。
連邦でも、連盟でも、コロニーという不安定な存在に住む人間は、その恐怖に怯え続けなければいけないのかもしれない。
「……今日は疲れた。」
やっとペガリオに戻ったメリーは、次の観光班とバトンタッチして、自室に向かった。ここはペガリオの中部の生活エリアで、彼女の自室もここにある。
コロニーの中に入っているので、ペガリオの床に足が着く。リラックスできそうだ。
「……あっ。」
伸びをしていると、通路正面からセイヴ・ライン特務大尉がやってきた。サングラスと、染めたように見える金髪。今のメリーは、彼に対して不穏な雰囲気を感じていた。
もしかしたら、貴方はコロニーの人間ではないのか。それを隠して生きているのではないのか。
だが、そんなことをいきなり聞いて、どうするつもりなんだ。糾弾するのか、責めるのか。そんなこと、するつもりはない。
ならこの疑念に意味はない。疑問の答えを得ても何にもならない。だが、そのままでは気持ちが悪い。
何より、セイヴ大尉を疑うのを、もうやめにしたかった。
「セイヴ大尉!」
「メリー少尉か、どうしたんだ?」
「あっ……あのっ!」
声をかけてしまった。呼びかけてしまった。
自分は今、大した根拠もないのに、セイヴ大尉に問い正そうとしている。今ならまだなんでもないが通るか。ここで退くか。
だが、口が動いてしまう。
「大尉は……コロニーの出身なのですか?それを隠して連邦にいるのですか?」
「いや、俺は地球の……」
「だったら、オーガの内容が食い違うんです!黒い鬼オーガは地球とコロニーとで内容が違ってて、セイヴ大尉が話してたのはコロニーの方でした!」
「……俺の故郷が地球だったら、コロニーの方の内容を知っているのはおかしいと?」
「……。」
言ってしまった。1から10まで疑いの根拠を話してしまった。これで、自分の些細な勘違いだと言い繕うこともできない。
いま考えれば、めちゃくちゃな理論だ。状況証拠だけ述べて、一方的に相手を疑っている。
これで間違えていたら、次会う時から険悪なんてレベルじゃなく嫌われる。合っていたら、なんて想像もしたくない。
セイヴはじっとメリーを見詰めている。メリーは、赤い瞳を揺らして震えていた。
沈黙がその場を支配する。静寂に包まれる二人。
「……あまり言いふらさないでほしい。君の予想は正しいよ。」
先に口を開いたのは、セイヴの方だった。
「俺は、コロニー連盟出身だ。諸事情あって、今は連邦軍にいるが、この忠誠は連邦軍にある。スパイなんかじゃない。」
「あ……あぁあ……。」
「疑っていた方が仰天してどうするんだ、しっかりしなよ。」
足から崩れ落ちそうになるメリーを、セイヴが両肩を掴んで支えた。その様子からは、自身の正体を暴こうとしたメリーへの悪意は感じられない。
いつもの紳士的な上官、セイヴ・ライン特務大尉だ。
「疑われたまんまじゃあ、何が起こるかわからないからね。本当のことを話させてもらった。」
「せ、セイヴ大尉……コロニー生まれを隠してたのはわかったけど、連盟出身だなんて……!?」
「あらぬ疑いがかかることはわかっていたから、地球出身だと偽っていたんだ。連邦の上層部は承知済みだよ。……だから、今の話はあまり言いふらさないでほしい。」
「は…はいっ!」
「ありがとう、メリー少尉。」
驚きに包まれながら、メリーはセイヴの秘密を受け止めた。
「俺は君を信頼している。君も、よければ俺を信頼してほしい。」
「あ……は、はいっ!」
「ありがとう。」
そう言って、セイヴはその場を離れていった。
メリーはその背中を、見えなくなるまで見ていた。